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第2分科会


テーマ 自治と人間的共感を育む生活指導実践
〜競争と排除ではなく、連帯・共同の社会を目指して〜

        
築山 崇(生活指導研究会)


《はじめに》

 規律・規範の教育が強調され、「ゼロトレランス」という一見目新しい厳罰主義の生徒指導方法が提唱される状況は、昨年末の教育基本法改悪によって、教育を受ける者が学校生活を営む際の規律の重視が規定されたことと呼応している。本分科会では、競争・排除の圧力・仕組みを強める現代社会にあって、市民的連帯の基盤となる自治の力と、ゆたかな人間的共感を育む生活指導実践のあり方を探ることを目的としている。各報告は、今日の子どもたちの内面のていねいな把握、その願いに応える教育実践のあり方等をテーマとしている。

 討論は以下のような柱で行った。 
 @いじめ問題の今日的状況の把握・分析(そのための方法を含め)を踏まえた生活指導実践の課題。特に、相談活動などの場面で見えてくる子どもたちが抱える内面的な困難の実態、その構造を明らかにする。 
 A教育行政による生徒指導分野の”再編”動向の把握・分析、これに対峙する学校づくり、生活指導実践。(教育における規律・規範意識の醸成などを強調する動向)
 B困難な時代状況のもとで、子どもたちに自治と連帯(人間的共感)の力をはぐくむための生活指導実践の全体イメージを描く。


《報告・討論の主な論点と明らかになった課題》

1.書くこと、語ることを介した対話的関係の今日的意

 報告、討論の全体を通じて、今日、子どもたちの世界、子どもと教師(おとな)との関係において、対話的関係(コミュニケーション)希薄化が進み、意思疎通や相互理解の困難が大きくなっているという認識が共有されていた。

 携帯電話やインターネットが子どもたちの世界に浸透することによって、メールを介した間接的なコミュニケーションが占める機会が増えていること、「習熟度別編成」によって、学習集団と生活集団の分離が生じ、共感や相互理解をベースにした学級づくりが難しくなっていること、格差の拡大を特徴とする新たな貧困の広がりを背景として、幼児期から虐待的環境におかれる子どもが増えていることなどは、近年顕著に進行している新たな問題状況である。

 子どもたちを取り巻く競争的環境の強まりや、商品社会化の進展などはその問題性が指摘されて久しいが、そこに上記のような要素が新たに加わっている点を踏まえた、教育実践の展開が求められている。 生活指導実践において、書くこと、語りあうことを介して、子ども同士、子どもとおとながつながっていくことの重要性が分科会の全体討論で鮮明になったことも、このような文脈(社会構造)の中で理解する必要がある。 書くこと、語りあうことを介した対話的関係(つながりづくり)の意義は、分科会の各報告で次のように現れている。

  「『いじめ』・『自殺』問題と子ども・教育の危機」と題する倉本報告では、学級文集などに見られる現代の子どもの繊細さとイラつき、むかつき、攻撃性(「けっこう疲れる友だちづきあい」「ひとり」「いやになってきた」といった作品)、自殺した子どもが残した「遺書」に見られる、「がんばることに疲れた」「みんなから冷たくされているように思った」という表現に表れている“見捨てられ感”に注目している。

 横内報告は、高校1年生が綴った自分史を通して、いじめ、自殺未遂、家庭内の不和(親の離婚など)、特待生の不安・疲れなど、子どもたちが背負っている”重荷”を浮かび上がらせると共に、「文章の中に”もう一人の自分”がいない生徒が多数いる」(例えば、「今の私は、○○という状態だ」というように、自分を対象化・客観化できず、教師の働きかけや要求に対しても、「だめ!」「無理!」など、反射的な対応しかできない)という発達上の課題を示す一方、「教科学習の事柄がほとんど記述されていない」、「文化祭・学校行事・クラブについては鮮明に記述している」点などに注目している。

 竹内報告は、教師自身が書くことを含み、「子どもたちの鋭さや温かさに感動したことを書いたり、教師が自分を素直に出していくことで、それを読む子どもたち、そして親たちに、教師の人となりも理解してもらい、より親しくなれることにもつながったし、何かと支援してもらえる関係にもなれた」と、長年にわたる実践を振り返っている。「書いたらしっかり読んでくれる人がある」、「仲間の書いたものを読みあう中で、一番、この力(伝えたいようにかける力)はつく」など、書くことを介してつながっていくための実践の手がかりも示されている。 この報告については、竹内実践に見られる子どもや教師の文章表現は、ごく日常的な場面での対話がその中味になっており、行事など自治的な活動を組織していくときの討議とは質をことにする「“ソフトな”会話」という性格をもっているのではないかという意見が出されている(1月19日研究例会での分科会振り返り討議)。さらに、今日の学校生活において、このソフトな会話によって結ばれる、“関係の土台”づくりが弱くなっていることが、子どもと教師の信頼関係を阻害して、「荒れ」などの減少につながっているのではないかという指摘もされている。 この論点は、生活指導実践において、教師が子ども集団に対して示す“要求”は、その提示の仕方や内容が重要であるが、“押し付け”にならず、子どもたちにていねいに選択肢を与えることになっているかという視点とともに、今後の重要な検討課題である。

2.現代の子どもが抱える抑うつ状態

 倉本報告で強調された論点に、「子どもの自殺の原因はいじめだけではありません」「子どものうつ病について、教育関係者、教師、親が、その状態について認識を深め、早期に発見して医療的対応をすることが重要です」という指摘がある。

 国内で年間3万人を越す自殺者がでている近年の状況で、その半分以上が「うつ病・抑うつ状態」を伴ったものであるといわれ、北海道大学の研究グループの調査結果(2007年秋の新聞報道 小4年から中学1年の一般児童・生徒の4.2%に、うつ病とそううつ病が見られる)を踏まて、医療的対応が重要性だというのである。

 倉本は、いじめが即「自殺」につながる例より、「『いじめ』から『うつ状態』に入り、『孤立、リストカット、引きこもり』になり、その中から『自殺者』が出るのです。さらに、『いじめが原因でなかった』と子どもの自殺を『個人』の問題にせず、深刻な問題として受けとめることが重要だと思います」と述べている。

 この主張は、いじめと自殺を因果的関係で結びつけることへの慎重さを訴えると共に、自殺の誘引となる抑うつ状態をうみだしているのが、今日の日本社会の全体構造、教育における競争的環境にあることをとらえて、個々の子どもの心の問題だけに解消することなく、”社会的問題”として、成人、高齢者の自殺などとの共通性においてもとらえることを求めているものである。「見捨てられ感」とあわせて、「抑うつ状態」という医療的対応に関わる視点を、生活指導実践の中にどのように位置づけていくことは、今後の検討課題のひとつである。

3.中学校の生活指導をめぐる状況と課題

(1)問題状況の背景とそこから見える課題

 森本報告では、中学校での生活指導の現状について、たとえば、生徒間、対教師暴力の激化の背景を、次のように分析している。 「人間不信、おとな不信」が、小学校での指導の中でも癒されずに増幅し、誰も信用できないという孤独感を強める。それが、中学校で『自分』探しを始めた頃に噴出してくる。人と人とのつながりを求める気持ちの強さは自分の苦しみを分かち合える問題行動をもったグループに取り込まれることにもなるし、それ以外の相手に対して激しい暴力で関係を確かめようとする。それは、自分の属する集団に対しても同様で、暴力を繰り返すことで更に集団から浮き上がってしまう。結果、学校秩序になじめず、早くからエスケープ、逸脱行動をくり返し、それを保護者に伝える中でますます問題を膨らませてくるように思える。」 報告は、このような状況を克服していく際に依拠する内容として、「学校文化の伝統」をあげ、体育祭や合唱コンクールなどの行事を、リーダー育成を軸に子どもたち自身の力でやりとげていく過程を重視している。その際、実践の鍵が、”話し合い”におかれている。 この報告について、次のような趣旨の意見があった。 @ 行事の取り組みが目指す文化的内容と、取り組みの過程での話し合い、合意づくりなどの活動がもつ教育的意義の双方を視野に入れて、行事に取り組む“ねうち”、“創造しようとする価値”を大事にした実践の構想が必要だ。A子ども、親それぞれの課題が、ダブルパンチで表れている。B暴力に対する学校の態度を鮮明することは、学校(教師)に対する信頼を築く上で重要。C子どもが見せる否定的側面に集中しすぎないよう、肯定的な面を保護者や地域社会に知らせていくことで、問題解決の輪を広げることができるのではないか。

(2)問題状況の今日的特徴(構造)と実践の焦点

 森本報告では、依然として、あるいは従来にも増して、中学校における生活指導(生徒指導)の困難が増している状況がリアルに報告された。今日的な新たな要因としては、既に触れたように、電子メールやインターネットによる、間接的、あるいは匿名のコミュニケーション手段の広がり、「習熟度別」の学習集団編成による子ども相互の関係の解体、生活の格差拡大という新たな貧困の広がりがあり、確かにその困難は客観的に増している状況がある。

 リーダー育成や話し合いを軸とした集団づくりが生活指導実践の主要な柱であることは、生活指導における教育目標が、子どもたちが自治的能力を獲得していくことにある点で基本的前提といえる。

 森本報告では、「発達課題や社会情勢と関わっての生徒理解がより一層求められている」との認識の下に、実践の具体的な課題が次のように提起されている。 @子どもと子どものつながりを大切に Aクラスでのきめ細かい対話(個人面談週間の活用や班長会のための時間保障) B生徒会自治の育成(行事で見せた力を次のリーダーに活かす) C全教職員、全クラスでの「自治」の育成(失敗してもいいから経験させる)。

 生徒の「問題行動」や「少年事件」が深刻化する状況をとらえて、教育基本法のなかに、「教育における規律の重視」が盛り込まれ、生徒指導における「規範意識の醸成」を強調する論調が国の研究機関等で目立ち、地方教育委員会の指導方向もそれに順ずる傾向が見られるが、そのような方向では、子ども・青年に対する抑圧を一層強めることになり、かえって問題の解決を困難にすることを、ひろく社会に訴えていくことが必要である。

 中学校での生活指導(生徒指導)に関わって、もう一つの今日的論点となるのが、「学力」問題や「特別支援教育」とのかかわりである。今回の分科会では、この点の議論は十分に行えていないが、全国学力テストが今後も継続され、昨年末に発表された国際的な学力テストの結果などを根拠に、「PISA型」など特定の学力概念のもとに、授業時間増や「熟度別編成」などの対応が強められることが予想される現状で、教科指導を中心として獲得を目指す学力と、教科外活動を中心にした自治能力の形成とを統一的に追求し、民主的人格の形成を目指す教育実践全体の構造を、今日的状況のもとであらためて明らかにしていくこと、それは、近年政府や文部科学省、財界が進めようとしている「教育改革」に対置する、憲法と1947年教育基本法が目指す教育の展望を示すことでもある。

 今回の研究集会の全体会講演で、佐貫浩が示した次のような提言もこのことを述べている。

 「子どもが安心し、受けとめてくれる他者に支えられて本人の人間的表現を、そしてその表現を介して他者とつながり支えあう関係を構築していけるか、そういう意味での生きられる空間、教室、つながりを生み出していくことが教育実践における大きな課題となっている」


《おわりに》

 今回の分科会は、基調提案にある3つの柱に沿いながら、小・中・高等学校のそれぞれから実践報告がされ、今日の子どもたちが抱える困難と、そのために生じている生活指導実践の新たな問題状況が明らかにされるとともに、書くこと・語りあうことを介してつながっていくという意味での、コミュニケーション世界を創造していくこと、子どもたちがおかれている抑うつ状況に対する医学的対応も視野に入れた取り組みの必要性、官製生徒指導において強まっている“教育における規律の重視”、”規範意識の醸成”を目指す傾向の問題性の解明とそれを超えて自らの世界をつくりだす自治の力を形成していく筋道などについて内容の濃い議論が交わされた。“自治”を、教育の目的としてしっかり位置づけることが難しい学校現場の状況ではあるが、否定的状況の告発・分析、官製生徒指導の批判にとどまらず、「競争と排除ではなく、連帯・共同の社会を目指す」生活指導実践の創造に一歩近づいた今回の分科会討議であった。

2008年3月
京都教育センター
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