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第1分科会

「格差・貧困に立ち向かう教育条件整備の課題」

        
市川 哲(地方教育行政研究会)


 分科会は2007年12月8日に御逝去された地方教育行政研究会代表 室井 修先生に黙祷を献げて始まった。

 先生は、京都大学大学院教育学研究科(教育行政学専攻)在学中の1960年代から京都教育センターの活動に関与され、龍谷大学、和歌山大学、近畿大学等で教職教育に従事されるとともに、教育行政学、教育法学の研究を旺盛に展開された。日本国憲法や「47年教育基本法」に基づく教育条理をふまえた教育法解釈や学校経営論に関する多くの研究成果を残されている。共同研究者をつとめられた京都教研の給食分科会でいつもお菓子が出ることを嬉しそうに話されるなど、気さくな多くの人に好かれるお人柄であった。

 改悪教基法のもとで困難が増すと考えられる学校のあり方をめぐって、先生にさらにご活躍をお願いしなければならないところであるが、真に残念である。あらためてご冥福をお祈りするものである。


  本分科会の報告は以下の4本であった。掲載順に午前中2本、午後2本の報告をそれぞれ20分程度受け、報告ごとに若干の質疑応答を行った。そのうえで午後、報告をとおして全体的な議論を行った。参加者は20名を超える盛況であった。 なお、掲載文章は報告者が提出したものを事務局の責任でまとめた。


第1報告 「格差・貧困と子どもの学習権、生存権−府高教研のシンポをふまえて」
    T (京都府立高等学校教職員組合)

  府高ではこの間、府立高校を対象に「教育における貧困と格差問題のための調査」を行ってきた。その内容は、“授業料減免の申請者数や授業料・諸費の滞納者数の増減、入学時に必要とする費用(PTA会費、教科書代、制服代、実習費等)、部活動・研修旅行に要する費用、生徒のアルバイトの状況や就職希望生徒の状況、家庭の経済事情が生徒の教育に及ぼす影響等”である。この調査の回答数は23校(全日制20校、定時制2校、通信制1校)であった。

 以下、調査結果の一部を紹介する。

 「授業料の減免を申請する生徒は増えている」は13校、「授業料や諸費用の未納、滞納は増えている」は11校と、経済的理由で修学が困難になっている生徒が近年増えていることが伺える。授業料が減免になったとしても、入学時に授業料以外で必要とする費用は、多い学校で30万円近くにも及んでいる。就学金制度や就学支度金制度などがあるものの、それらは無利子でも有利子でも、いわゆる「借金」であり、家庭の経済状況が厳しく卒業後の先行きも不安な社会状況下で、生徒に多額の借金を背負わせることを意味している。

 卒業段階で大学や専門学校への進学を希望していても「期日までに入学金が払えない」「弟妹の高校進学を優先させるために本人の大学進学をあきらめる」など、家庭の経済的事情から自らの進路をあきらめ、就職を選ばざるを得ない事例も報告されている。しかも就職先は、求人数は増えているものの、パートや派遣社員などが多く、特に女子生徒が希望する事務や販売の正社員の求人は少ないのが現状である。

 また「学校(担任や授業料担当事務職員)が保護者に連絡をとろうと思ってもとれない」という実態も多く報告されている。こうした現象面から「家庭の教育力の低下」を問題とする向きもあるが、母子家庭の場合、親自身が朝から夜遅くまでパートや派遣社員として、二重、三重に就労せざるを得ない生活に追い込まれているということもある。子どもと接する時間すらもつことができない家庭も少なくないのである。「子どもが大変なときでも仕事を休めない親が多い」というアンケート結果もそのことを示している。

 今後の取り組みとしては、まずこれらのアンケート結果を新自由主義による「構造改革」路線の問題点とともに学校現場や父母、府(市)民に広く伝えていくことが重要である。もちろん国や京都府に対して、子どもの就修学を保障していく助成制度の拡充や新たな制度化を求めていく運動をすすめていかなければならない。


第2報告 「京都市の学校予算の分析」
     O (京都市教組)

 京都市の学校予算配分は、従前予算費目毎に学校当・学級当・児童当の配当基準に基づいて行われていた。ところが2004年、京都市財政の非常事態宣言を名目に、経常運営費配分内示額が前年度比20〜30%大幅に削減された。その総額は9億円を超えている。また、「合算執行」ということで、運営費以外で計上されていた様々な予算が運営費に合算されてきた。合算されていても合計額が必要額に達していないので、実質的には減額されているのが実態である。 また、「経常運営費」が減額される一方で、特別事業を計画・申請することで予算が配分される「特別事業費」が増えている。実際のところ、この「特別事業費」を申請しないと通常の学校運営に支障をきたしかねない学校が少なくない。

 また、1997年以降、配当基準が示されていないという問題がある。市当局は、配当予算における学校格差はないとしているが、基準が示されていない現状では格差があるのではないかという疑念を払拭しきれない。現に、京都市が力点を置く特別な学校への優遇(例えば、学校の全館エアコン整備、一部の学校へのヒノキや杉天板の机の整備や教職員配置数の増員等)が存在している。 学校予算は光熱水費を含んで配分されるため、猛暑や酷寒等による冷暖房費の増大が子どもたちの教育に使える予算に直接影響することになる。特に小学校では光熱水費が全予算の半分近くを占めるため、プールの指導日数が減少するなど、甚大な影響をまともに受けることになる。一部では、学校予算の減少から保護者負担が増えている状況もある。

 旧京北町が京都市と合併して3年がたつが、「特別事業費」も含めれば学校予算は増えた。とはいえ、旧町時代に親の願いをふまえて拡充されてきた教育委員会から児童・生徒一人ひとりに直接還るものは、殆どなくなっている。健康センターの掛金や社会科の副読本代、入学や卒業時のお祝品等々である。その結果、合併により父母負担は増えている。 今後、子どもたち一人ひとりに寄り添った教育活動を推進できる学校予算のあり方を考えていくことが求められている。


第3報告 「学力テストをめぐる教育条件整備の言説」
     H (綴喜教組)

 八幡市教育委員会は、すべての小中学校に全国一斉学力テストにむけての対策として、「学力テストに向けた取組計画」書を提出させ(07.2)、その実行を求めた。各校は3月からテストの前日まで予備テストや各種プリントを用いた対策学習を繰り返すことになり、得点力アップの「対策学習」に時間をとられ、本来身につけるべき学力がつかないといえる状況を作った。

 教育委員会事務局は、学校間格差を生まないために「ALL YAWATAで取り組んでいく」、「しょせんはテスト。学力アップのいい機会と思った」と述べるなど、「学力向上」というかけ声の中、1コマの授業時間を15分、25分、30分などと弾力的に設定する「モジュール制」を押しつけ、「八幡の子どもたちや家庭環境の課題」を打ち出すことで正当化する発想を持ち続けている。

 八幡という「地域の課題」と文科省のすすめる教育改革の矛盾はありつつも、新自由主義的な「教育改革」に乗りおくれまいとする姿がますます浮き彫りになっている。 そうした中、「学力・評価問題」を実践的に検討しながら、二つの取り組みをすすめていくことが大切である。

 一つは、教育実践の創造を学校づくりの柱に位置づけてすすめることである。 「読み・書き・計算」の力をどの子にも保障すること(つけること)は、小学校段階では、避けることができない課題である。しかし、「その力を確かなものにするのは何のためか」という自分たちの実践への問いかけや検証がなされないと、『かたち(やり方)や内容』を子どもに強いることになりがちである。おしつけの「モジュール学習」に縛られるのではなく、共同して吟味しながら取り組むことが大切である。 また、子どもたちが「おもしろい」と感じたり、「なぜ」と問をもったりする内容や、「話し合い」「考え合う」ことが「楽しい」と思える学習過程、結果として「学力」が身につく授業時間を学校の中で大切にしていく必要がある。たとえ点数が高くなったとしても、「憶える」ことに特化したような学力テスト対策授業に汲々とする学校であってはならない。子どもたちがつけるべき「学力」について継続的に提起を行い、狭い「学力観」に陥ることの危険性を広く伝える必要がある。

 もう一つは、教育条件整備の運動と結んですすめることである。 多くの課題を抱えた子どもたちの実態がある中で豊かな授業実践を保障するためには、少人数学級をすすめていくことが必須である。あわせて、市販テストやテスト対策に金をかけるよりも、学校現場が本当に求めている施設・設備や教材に対して十分な財政支援を実現させる必要がある。

 さらに、学校・教育の専門家(集団)として成長するための条件整備が大切である。授業準備やていねいな評価活動、打ち合わせ・研修が保障し合える人的配置と勤務条件を確立する取り組みを、広範な人々の理解と共同を深めながら、具体的に確認しつつすすめていかなければならない。



第4報告 「『30人程度学級』など府教委の政策動向」
      S(京都教職員組合)

  府教委は平成19年度の「教育委員会運営目標」で、「まなび教育推進プラン」の改定を行うとして、「学級規模の検討(1学級40人→30人程度)」を初めて例示した。さらに「府内全小中学校1学級30人程度に  −府教委来年度から段階的に」と9月府議会での教育長答弁が報じられた(07.9.27「京都新聞」)。 府教委はその後「まなび教育推進プラン」を改定し、その「重点施策(平成20年度)」では、 @学級編制は、市町村教委の裁量で行えるものとする A市町村教委の教員配置の裁量の幅を広げる ○市町村教委に配当する教員は、30人程度(30〜35人)の学級編制が可能な人員を確保するよう、年次的に充実する ○市町村教委は、配当された教員を市町村教委の裁量で学校に配置することができる B京都式少人数教育の諸施策は、市町村教委の判断・選択で継続実施できる などとして、市町村教委の裁量で学級編制を行い、また教員配置の裁量の幅を広げ、「30人程度学級編制」が可能な人員を確保するとしている。

 こうしたもとで、@「30人程度学級編制」の実現にむけ、府教委が速やかに学級編制基準を改正し(1学級30人〜35人)、実施学年、年次計画など一定の目安を示すこと、Aこれまでの少人数加配教員を「30人程度学級編制」に配置し、どの学校でも少人数学級編制が計画的・段階的に実現できるようにすること、B市町村教委が学級編制や教員配置についての裁量を活かして、保護者・教職員の要求に応えて「30人程度学級編制」とその条件整備に積極的に踏み出すこと、C上記の@からBを実行させていく父母と教職員の共同の取り組みを強めていくこと、が求められている。

 一方、文科省は「子どもと向き合う時間の拡充」として、3年間で21,000人、うち20年度は7,121人の定数改善の要求をしたが、行革推進法、「骨太の方針06・07」のもとで、主幹教諭の配置にともなう加配1,000人などの改善にとどまり、要求とは程遠いものとなっている。副校長・主幹教諭・指導教諭など管理強化にも結びつく新たな「職」の設置とその定数配置ではなく、真に「子どもと向き合う時間を確保する」ための定数改善を求めるとりくみが重要である。


(討論等)

 以上4報告の他に、「京都府議会12月議会の報告」:Y(府議会議員)を受けて議論を行った。以下では各報告後の議論と全体議論を特に分けずに紹介する。

 府高の調査は「構造改革路線」のもとで深刻化する貧困と格差拡大の問題点を学校現場から告発し、社会的にアピールする目的で職場単位の調査を行ったものである。上ではふれられていないが、家で勉強する場所がない生徒がかなりいる問題やアルバイトで疲れて遅刻が多く、単位修得が危ぶまれる生徒もいるなど、家庭の経済状況が子どもの学力に直接マイナスの影響を与えていることや新聞をとれない家庭の生徒の情報量に格差が出てきていること、遠征にかかる金やユニフォーム代金が払えず練習だけして試合に出ないなど、経済状況の困難が生徒の学校生活や学力に影響していることも明らかになった。

 今後の展開は府高に設けられた「貧困・格差プロジェクト会議」の活躍に大いに期待するところであるが、討論では具体的な数字を根拠としてどのように府民にアピールしていくのか、学校間(類型間を含む)や地域間の格差もふまえた議論を提起し、展望をどのように示すのか、など課題も残されていることが指摘された。

 京都市の教育費の使い方のおかしさ(一部の学校への突出した厚遇予算、同和奨学金問題、学校予算が減らされ子どもの教育にも支障が出ている問題、など)は2008年2月の市長選挙でも大きな争点になったところである。学校予算が合算化されることによる小・中学校運営費そのものの減少に加えて、実習材料費、教材費、理科設備費、図書費、維持修繕費等、以前は主要費目の概要として計上されていた費目が消えてしまい、ほぼ運営費に近い総計40億円ほどが不明になっていると推測される(2002年→2006年)。一方、直接子どもの教育にあたらない市教委事務局の人員や指導主事が多いことが指摘された。また特別事業費が学校の自主性を奪っていることや一方的に配布される備品など、あらためるべきことも多いことが議論された。

 八幡市では二つの中学校が入学式当日に予備テストを行うなど、始業式から「学テ」までの2週間に補習や各種テスト、総復習プリントを計画、実施する学校まであった。口頭による記憶学習に特化した「モジュール授業」の理論立てに「脳科学」が都合よく根拠として語られることもあるが、「学テ」で良い点をとるための「学力」ではどうしようもない。一方、学校統廃合問題や一部の学校に対する極端に多い教職員配置など、人事や予算面を含めて情報公開を求めていく必要があることが指摘された。 京都府教委の「まなび教育推進プラン」の改定(07.12)は、少人数学級を求める声の大きさにも押され、「学級については、今日的諸条件の下においては、30人程度をベースとする規模とすることが望まれる」として、人的資源の確保と制度や基準の一層の弾力化による「より効果的な少人数教育の推進」を打ち出した。今後、打ち出された“方向”の実現を府教委と市町村教委に具体化させることが必要である。

 また「外部人材の活用」ということで、今まで以上に多様なマン・パワーが学校に入り込むことをどのように考えるのかということが議論された。スクール・ボランティアとして教職課程にある学生が学校に入っているが、教員採用試験の一部が免除されるなどの例(名古屋市)も指摘された。

 Y報告は12月府議会の議論を扱った。「まなび教育推進プラン」の具体化に係わって少人数学級、少人数授業とも教室の数が問題になると指導部教育企画官が答えていることが注目される。つまりプランの具体化は教育条件整備と結んで取り組む必要があるということである。また京都市・乙訓通学圏の再編に係わって「子どもの意見を聞いたのかということでございますが、私はこの種の問題はまず大人の側が、子どもにとって何が最善かしっかりと議論をして、その上で子どもたちの不安の内容にしっかりと説明を仕切ることが大人の責任」であるとの答弁を教育長は行っている。「子どもの権利条約」に対する無理解を示すものであり、また大人の政治や経済の論理を子どもに押しつけて当然とする態度は問題である。

2008年3月
京都教育センター
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