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京都教育センター年報 第19号(2006年度)
第一部 問題提起

教育基本法改悪案を廃案にしよう

        
野中一也(大阪電通大学名誉教授
京都教育センター 教育基本法改悪「待った!」緊急集会
             2006年5月27日(土)13:30〜16:30
             会場:教育文化センター302号室(参加者60名)
             司会:倉原愁一(京都教育センター)
             記録:浅井定雄(京都教育センター)


 どうも今日は。お忙しいところをありがとうございます。国会が急を告げておるわけですけれども、そんな中でみなさんと意見を交換させていただいて、教育基本法改悪を廃案に追い込んでいくようなそんな運動を進めていきたいと思っています。

 若干時間をいただいて話題になればと、問題提起をさせていただきます。お手元の封筒の中にレジメがあり、見ていただければありがたい。また全教の方で「なぜいま改正か、みんなで考えよう教育基本法」の冊子があり、現行の教育基本法と改悪法案との比較があるので見ていただきたい。

対米従属、「忠犬ハチ公」の小泉首相

 小泉さんを見ていると、まわりに「子どもたち」がぶら下がって、どっちの方向に行くかよくわからない。心配な方向へ進んで行っている。私は「忠犬ハチ公」って書いたんですけれど、そんな感じですね。その典型が杉村議員でしょうね。「杉村議員、ブログで盗用」こんなのが出てくるんですね。なんか精神構造がよく見えるという感じですね。これで、こういう人たちが政治を動かして、小泉劇場を華やかにさせているというのに不安を感じるわけです。

 一方で小沢さんは、「戦争ができる普通の国にしたい」と言っている。自民党と民主党合わせて、同一性の方向に進んで行っているんじゃないかと。つまり反対意見は麻痺させられる、排除させられる。そんな状況が作らさせられてきている。

 そんな中で子どもたちのいろいろな問題が連日のように起こっている。その原因は何かと言うと、彼らに言わせると「教育基本法が悪いからだ」と。まあ、論理の飛躍もいいとこだろうと思います。

この道はいつかきた道

 けれども、そんな中で気になるのは、私は1934年(昭和9年)生まれですが、レジメの2のところに「この道はいつかきた道〜私的体験を通して〜」と書いたんですけども、国民学校1年生なんですよ、昭和16年。ランドセルしょって小学校に入って。国民学校ですから男女別学で、校門に入るときは男も女もいっしょですけれども、中に入ると男子のクラスと女子のクラスがあるという、そんな中で国民学校に行きました。

 12月8日にご存じのように真珠湾攻撃があって、何があったのかはよくわかりませんでした。「日本が勝った、勝った」と言われて、私は北海道の根室という町ですけれども、日の丸を持って歩いた記憶があるんです。そして、日常の生活というと、絵というと戦争の絵を描いていました。爆弾が落ちると海の波がザーっと上がるわけです。それから水兵さんの絵ですが、陸軍はこういうふうに敬礼するんですが、海軍の水兵さんはこういうふうに敬礼する、その手のあげ方の違いが国民学校の1年生で大事なポイントで、私の絵はそれがよくわかると、その絵を廊下に貼り出されましてね、「野中の絵は上手だ」なんて言われて、ほめられるとうれしいという、国民学校1年生から、そういう軍国主義の波の中にスポンと入っていったという、何の抵抗も感じないというのでしょうか。

 そして、2年生ぐらいになりますと、選挙がありまして級長になるんです。そうすると先生のいうことをきかないといけないんです。整列でちょっと列が乱れますと、先生が「気をつけ!休め!2列に並べ!」と言って、ちょっと行儀が悪いと隣同士と頭をぶつけるんです。

 私は級長で、一人で余るんです。すると柱に頭をゴツンとするんです。割りの合わないのが級長でした。また先生の下請けをやらされました。そんな中で先生というのは絶対的な権威でした。私は級長で、先生の顔色を伺いながら、クラスをきちんとまとめる役割を果たさなければいけない。教室に入りますと、教壇の右側に白い紙で「しせい」と書いてあるんです。担任の先生は「これが赤紙になると君らが悪いんだぞ」と言います。本を読むときなどに姿勢が悪いと、校長先生が見に来て、赤紙にするから、そういう状態にならないようにちゃんとしなさいという、そういう教育を受けてきました。12月8日の真珠湾攻撃のあと、毎月だったと思いますが、8日の日になると、生徒が全員講堂に集められて、教育勅語を読んで、頭を下げさせられた。「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト 宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ・・・・」ですね。これを暗記させられました。

 戦争前の子どもたちは、ほとんど暗記しているだろうと思います。訳がわからなくても暗記をさせられる。そんな中で、途中でトイレにいけなくて、おしっこたれたりした子がいて、先生が往復ビンタをぶっとばすということがありました。また、よく職員室の前の廊下に子どもが立たされたりして、私も何度か立たされたことがありましたが、クラスの教壇の前に立たされることもあります。そうすると1時間たつと非常にしんどいんですね。体が動くんですよ。そうすると先生が円を描いておいて、「ここから出たらダメだ」というんです。体を動かすと、チョークを消したくなるんですね。そうすると「こらあ」とまた怒られてバーンとやられるという。そんなふうに、外からの強制の力によって、内面まで締め上げられるという体験をしました。

1945年の敗戦

 わけがわからないまま小学校5年生で敗戦を迎えました。敗戦を迎えて、一番びっくりしたのが先生の態度ですね。急に優しくなりました。「なんと先生方というのは変わったんだろう」と思いました。それでまず教師不信が広がりました。軍隊式というのは「気をつけ!休め!」とやるんですが、それを先生が言わなくなるんです。ゲートルを巻いていた先生が、ゲートルをとりますし、雰囲気が全然違ってくるという、そんな状態でした。

 そんな中で、あたらめて「戦争というものは、どういうものなのだろうか」と考えました。昭和20年で戦争に負けまして、学校に行きますと、ここに復刻版の国語の教科書を持ってきましたが、戦前の方はよくご存じと思いますが、ここに墨を塗ったんですね。こういうように、毎日学校に行くと、筆で教科書に墨を塗るわけです。これが日常の学校生活でした。勉強することが、ほとんど真っ黒に塗りつぶされている。そうすると、休み時間になると、これをガラスのところに持っていって、「なんて書いてあったんだろうか」と、透かして見る、それが遊びでありました。広瀬中佐なんかが出てくるわけですが、広瀬中佐の歌まであって、今でも覚えているんです。

 教育勅語もそうですけれども。いかに戦前の教育というものがすごかったのかと、改めて思います。おそらく先生方の意識が、自分たちの教えていた教科書に墨を塗って、それで先生方の精神構造がどういうふうになったのか、私だったら、とてもじゃないがいたたたまれない。教えているところに墨を塗って、消そうとするわけですね。しかも、それをやったのが文部省ですね、指示をしたのが。そういう命令一下、心の中までスパッと変えていくという、その恐ろしさを、だんだんと勉強していくことによってわかり始めました。そんな中で、教育学をやりたいなということで大学に入ってきたわけです。この私の墨塗りの体験というのは、非常に印象深く、心の中に座っております。改めて、小泉さんと議論するときに、「こういうことをやったことに対して、あなたはどういう責任を持つのか」ということを問いただしたい感じがするわけです。今、志位さんがんばってくれているので、もっともっとやってほしいなと思いますけれども。

 その後に、文部省が「あたらしい憲法のはなし」を出しまして、これも非常に感動しました。今までの戦前と全然違うんですね。戦争放棄の所なども「そこで今度の憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦力の放棄といいます。『放棄』とは、『すててしまう』ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさせないようにいたしましょう」となるわけです。改めて、別の世界をこの小さな教科書の中で見て、なんとなく明かりみたいなものが見えた感じがしました。

 ぼくが6年生だったときのことだと思います。1945年の敗戦、最近、寺島実郎さんですか『われら戦後世代の「坂の上の雲」』(PHP)という本の中で、彼ですら、「現代の問題の大きなひとつは、敗戦というこの事実を終戦といって誤魔化している」と書いているんですね。彼などもいっしょにやれる人ではないかと思っています。正しいことは普遍性を持って広がっていくという確信を持ちました。改めて、今、非戦・平和という、「戦争はしない」という、その原点に立つと言うことが大事なのではないでしょうか。

 岩崎さんの『文学でつづる教育史』という本の中に、高知の竹本源治先生の、「戦死せる教え児よ」という詩が書かれています。これも私の教育のひとつの原点と言ってよいと思います。もうご存じの方もいらっしゃると思いますけれども、復誦させていただきます。「逝いて還らぬ教え児よ/私の手は血まみれだ!/君を縊ったその綱の 端を私も持つていた/しかも人の子の師の名において/嗚呼!/「お互いにだまされていた」の言訳が/なんでできよう/慚愧 悔恨 懺悔を重ねても/それがなんの償いになろう/逝つた君はもう還らない/今ぞ私は汚濁の手をすすぎ/涙をはらつて君の墓標に誓う/「繰り返さぬず絶対に!」」非常にすばらしい教師の反省の言葉だと思います。

自公合意の「教育基本法改悪案」

 こういう教師の非戦・反戦の思想というのが教師の原点にならなければいけないと思うのですが、今度の教育基本法の改悪案では、これを否定していく、つまり教師の魂を否定していく、こういう改悪案だと言っていいと思います。

 そんな中で、今回の自公合意の改悪案の問題点を指摘させていただきたいと思います。  改悪案の前文のところを見ていただきたいのですが、「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する 」。現在の教育基本法と似ている文言はいっぱいあるわけなんですが、その次の所ですね。「ここに、我々は日本国憲法の精神にのっとり」と、あらためて現行の憲法の精神にのっとりと言わざるを得なくて、こういう書き方になっているんですね。自己矛盾も甚だしいとおもうけれども、そこを自己矛盾と感じないでこういう文章を出して、教育基本法を先に変えていくという、こういう論理のすり替えが平気で行われるというところに、ある意味で恐ろしさを感じるわけです。

 そんな中で、大きな点として3つを指摘したいと思います。

国家が直接教育に介入する

 一つは、国家が直接教育に介入するという問題です。現在の教育基本法は、教育行政というのは条件整備に徹底するという精神だと思いますが、それを転換させていく。そして改悪案は国が教育に介入していくという道を開いていくと思います。いくつか具体的に言いますと、「改悪案」9条で教員の問題を指摘しています。現在の教育基本法で言いますと、「教員は、国民全体に直接責任を負って」奉仕するわけですが、それを取ってしまって、「全体の奉仕者」を削除してしまう。従って教員は上からの命令に従っていくという道を用意した。先ほど戦前の話をしましたが、改めて戦前の教師の像がぐっと浮かんでくるんですね。体罰的な教師が今でもいるというのを聞いたりしますが、戦前の教師は体罰は日常的ですよね。国民学校ですが、先生がスリッパを履いていまして、すっと足を上げるんです。するとスリッパが浮くでしょう。そしてスリッパを持って、スパッ、スパッとたたくんです。すると見事に跡がつくんです。私は一也というんですが、ほっぺに跡がついてるんですね。すると、ほっぺたを隠しながら家に行くんですが、おふくろが「一也、何また悪いことした」と。小学生ならいたずらをしますよ。音楽室に入ってピアノをいたずらしたりしていると、すぐ見つかってしまう。ぞうきんがけなどもきちんとしなかったり、・・・・。そのときの教師というのは、信頼を持つのではなく、恐怖の対象みたいなものでした。改めて、権力に従う教師のイメージというのは、そんなところにつながっていく可能性があるのではないか。だから、私は「いつか来た道」というそんな感じがしているのです。

 教育行政のことについては(改悪案)16条の所で述べておりますね。「国民全体に対して直接責任」というのを削除して、「教育行政は、法律に従って行わなければならない」。つまり、(改悪)基本法と、さまざまな法律に基づいて教育行政を行うものとされ、「直接国民に対して責任を負っていく」というのが消えていくことになります。教育行政が権力の手先になっていく。現在、東京なんかを中心として徐々に、法の解釈などでそういうものが進んで行っているわけですが、さらにそれが先に進んでいく危険性があるというように思います。

 もう一つ気になるのは、(改悪案)第17条です。「教育振興基本計画」で、ここには「政府は、教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育の振興に関する施策についての基本的な方針及び講ずべき施策その他必要な事項について、基本的な計画を定め、これを国会に報告するとともに、公表しなければならない」。つまり、勝手に作って、それを実行して、あとは報告したらいいということで、そういう意味では、この条項というのは非常に怖いものです。東京では、勝手に校長さんが職員会議を校長の補助機関にしたり、さらには職員会議自身をなくしてしまったり、行政は月1回各学校を回って監視したりしている、そんな状況が一方で進んでいるわけですが、そういうことを全体の基本計画で打ち出してくれば、行政が自由に実行できるということになってしまうわけです。そういう意味ではこの基本計画というものは、教育基本法だけではなくて、彼らが進めている、学力テストなどさまざまあると思いますが、基本的なところをこれで決めて、実行して、そして後、国会に報告すればよろしいという非常に怖い性格をもっています。彼らが推し進めている政策に、権力がお墨付きを与えるという、そういう意味で、国家が教育に直接介入していくという、そういう余地をつくったと言えるのではないかと思います。

国家が決定した「道徳」の強制

 二つ目に「道徳の強制」ということを書いたわけですが、内面の問題と言っても良いかと思います。戦前のように子どもたちがおびえて、先生に自由にものが言えない。内面を自由に表現できない。たとえば作文をひとつ書くにしても先生の顔をうかがって、先生にほめられるような作文を書いている。そして評価される。そして展覧会とかそういうところに出される。もっともっと自分が遊びたいことなどいっぱいあるわけですが、そういう作文を書くと、そういうものは評価されない。内面、内心というものは非常に大事だと思うわけですが、そういうところへ今度は土足で入って来るという、そういう問題があろうかと思います。

 今度の改悪案の第1条で、教育の目的は一応「人格の完成」と、謳っているわけですけれど、第2条で「教育の目標」という設定をしています。この教育の目標というところで、20項目ぐらいの徳目と言われているものが出されています。第5項のところでは、こう書いています。「伝統と文化を尊重し、それらを育んできたわが国と郷土を愛すると共に、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」。「伝統と文化を尊重」という表現が入ってきているわけです。戦前よく「郷土、郷土」という言葉が使われていました。私は「郷土教育」という言い方に抵抗していたんですけれども、丹後なんかは「郷土教育」などと言ったりしていて、「あ、大丈夫?」なんて思ったことがあるのですが、それはまた別問題で、戦前、「郷土、郷土」という言葉は、よく使っていたんです。ですから、改めて、彼らの言う「文化」とは何なのか、あるいは「伝統」とは何なのか、そして「郷土」とは何なのかということを、その中味の追求と言うことを今後ともすすめていく必要があると思います。私の印象では、古い排他的なナショナリズムという印象が非常に強く浮かんできます。まだ、天皇の問題というのは全面に浮かんできませんけれども、1966年に「期待される人間像」というのが、中央教育審議会から出されて、文部省からパンフレットになって出ました。あの「期待される人間像」の第4章に国民としてどういう任務があるのかというのが書かれてあって、「我々国民は、天皇を敬愛することは、国家を敬愛することに通じる」、「天皇=国家」という。「天皇を戴いてきたところに日本の独自な姿がある」という。日本の独自性は天皇制だと書いてある。原文を書いたのは高坂正顕、西田哲学の、私のマスターの時代の指導教官ですが、あれを書いたあとで個人的に話をしますと、「先生、戦前の民族の哲学みたいなのを書かれて、戦後の著作集に入っていませんけども・・・」と話したんですが、無言でした。しかし後に「自分は変わっていない」と言っていました。だから、やっぱり思想というものは、そう簡単に変わるものではないと思います。先ほど敗戦の問題を言いましたが、やはり「敗戦」と言えない、「終戦」と言って誤魔化すのは、内心にイデオロギー的なものが入っていて、内心まできれいに変革できないという、そういう問題を抱えている感じがします。今後、古い形の天皇制というのは出てこないでしょうけれども、形を変えて、日本の伝統と文化の中に、天皇制の意味がさまざまにモディファイされて入ってくるだろうという感じがします。戦前のような天皇制にはならないとは思いますが、「天皇制」の現在的な現れ方というものに注意をして見ていく必要があると思います。

 今日の赤旗をみていたら、衆議院の教育基本法の特別審議会で自民党の大前茂雄という議員が、教育勅語を「自由で、寛容で、平等主義的で、謙虚だ」という。こういう解釈をするんですね。どんな基礎学力を彼が持っているのかはわかりませんが、これが多数を握るわけですから怖いですね。そして「教育勅語を参考して、新しい道徳律を創設してほしい」「戦前は、モラルという面では非常に水準が高かった」と言っています。本当でしょうか。そして、「戦前のことを参考にして、現在の教育に生かしてほしい」ということを大前議員が言っています。教育勅語が、化けの皮がはがされもしないで、教育基本法の議論の中に入ってくる。改めて、うすっぺらな、表面的な議論に恐怖を感じます。教育勅語は最終的には「一旦緩急アレバ義勇公ニ報シ」と「天皇のために死んでいけ」という、そこに収斂されていくために「夫婦相和し、兄弟ニ友ニ・・・」と愛を説いています。高坂正顕氏に言わせると「愛にはさまざまな諸相がある」と言っているんですね。いろんな「相」があるわけです。「その相には自ずからいろんな段階があって、その段階を理解することが大事だ」と彼は言っているわけです。おそらく今度出てくる学習指導要領なんかで「愛の諸相の序列」なんかがいよいよ出てきたら、怖いなという感じがするわけです。そういう意味では、西田哲学をひきついたあの「3羽カラス」といわれる人たちのイデオロギーを今日も徹底して批判していくことが大事だと思います。天皇制の問題も、今後どのような形で現れてくるのか、注意して見ておいていただければありがたい。

家庭教育まで国家権力が介入

 3番目の問題として、家庭教育のところまで国家権力が介入してくるという問題です。改悪案の13条に「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとする」と、「家庭は、・・・それぞれの役割と責任を自覚し」と、こういう言い方をしているわけですね。今の非行の問題、さまざまな教育問題を「家庭に問題がある」として「責任を持ちなさい」と、こういう側面が全面に出てくる可能性があるわけです。親御さんが自分の子どもの成長に不安を感じて悩んでいる方がずいぶんおられると思いますが、それを「お宅の責任ですよ」とやられると、「ああ、そうですか」と萎縮をせざるを得ない、そんな状況が出てくるのではないか。家庭教育にまで「第一の責任があるんですよ」と、こういう家庭教育への介入の問題には、十分に注意していく必要があります。


 以上3つの問題をあげましたが、改悪案が進んでいけば、教育の荒廃はますます進んでいくんではないだろうかと思います。学校は、どんな学校のイメージになるのか、蜷川さんは、「朝起きたら、恋人に会うように、いそいそと家を出ましょう」と言いいました。そういう学校のイメージが浮かんでくるでしょうか。そうではない。怖い先生が学校にいて、そして規律を強要させられて、「自己責任ですよ」と、こういうやり方に学校がなってくるのではないかと思います。東京なんかはそんな感じになって、七尾養護学校なんかには心配な状況が現れてきています。また、教師はどうなんだ。国民に責任を負わない、行政に責任を持つ教師像、となると教師は国家権力のティーチング・マシンにされるのではないか。従って子どもは、先生の顔をうかがったり、競争原理の中でもがきながら、二重人格を作らされていくような内面構造になっていくのではないだろうか。そんな社会で、本当に未来が切り開かれるだろうか。非常に暗いなと。世界に目を開くと明るい展望がいっぱい見えますけれども、日本だけ見ていると、ますます暗くなってしまうのですね。そういう意味では、今日はちょっと元気を出しましょうね。このまま教育基本法の改悪が推し進められていったら暗いイメージしか出てきませんのでね。

平和と真理の教育をめざして

 第四の最後のところに行きたいと思います。「平和と真理の教育をめざして」どんなことを考えていったらいいのか。教育基本法をベースに置きながら、少しお話をさせていただきたいと思います。  ひとつは教育基本法の成立した根拠を考えてみたい。侵略戦争の痛烈な反省に基づいて生まれてきたわけですけれども、宗像誠也さんが編集した『教育基本法』の中で務台理作さんが「人格の形成」のところに書いているわけですが、「普遍と個」という問題で、「個の問題というのは普遍とつながって一般性を持つ」という。人格の完成というのは、「個人個人の内面の特徴は、同時に国際的な普遍性を持って世界へ広がっていく」、そういうものとして人格の完成をとらえることが大事だという、そんな主旨のことを彼が言っています。非常に格調が高いという感じがします。今度の教育基本法改悪案を見て、そういう哲学といいますか、胸を打つというような、そういうものがないんですね。これを読んで、公明党、自民党の人たちが感動するんでしょうか。教育基本法の学習会をして、両方比較して学習したときに、「本当にこれでいいんでしょうか」という感じがします。教育基本法の制定には、日本の当時のインテリの人たちの知恵の、あるいは哲学の総結集があったと思います。部分的な弱点はいくつかありますが、しかし、私たちがやはり寄って立つのは、戦前の侵略戦争の痛烈な反省に基づいて、そして世界の良心的な流れ、人類の良心的な流れに添って、教育基本法が生み出されてきたと、そういう位置づけで考えていくことが、大事ではないかと思います。

どんな人間像を構想するのか

 2番目に、「どんな人間像を構想するのか」と書きましたが、田中耕太郎さんが「人格の完成」を言いました。彼は最高裁判所の長官をやって、それから国際裁判所判事もやりましたが、どちらかといえば良心的だが、古いタイプの人です。しかし古いタイプの田中光太郎ですら「人格の完成」などを提起してくれて、人をひきつけるものだった。「期待される人間像」と比較してみた場合、「人格の完成」は、子どもの無限の発達の可能性を示唆しているものだ。そのときに考えさせられる問題として、西田哲学にでてくる非合理主義的な「超越」という考え方で、内面の問題を「きれいな世界」に描いて、一段と高いその世界に「超越」をしていかないといけない。そのときに「決断」をして「飛躍」しろという。この論理です。しかし、「人格の完成」という表現の中には、「決断」や「飛躍」という概念はないのではないかと思う。非連続の面はあるけれども、連続的に発達していくのであって、「決断」をして別の世界に「飛んでいく」という概念ではないと思います。例えば、日の丸・君が代なんかの問題にしても、ほかの所に「決断」して「飛躍」するという、それは間違いだろうと思います。

 そんなことを感じるのは、5月の25日に韓国の人の靖国訴訟判決です。1910年に日本が朝鮮を植民地にして、朝鮮の人たちを戦争に引っ張っていって、亡くなっているわけです。その人たちを靖国に祭っているわけですから、とんでもない恥ずかしいことをやっているわけです。

 それをけしからんと言って裁判を起こしたわけですけれど、朝鮮の人が、負けました。「韓国原告の請求、棄却。東京地裁初の司法裁判」、本当に恥ずかしいですね。この裁判官は、戦後教育を受けているわけですね。すばらしい戦後の世代もいっぱい育っているわけですが、同時に、1945年の原点をしっかりと持っていかなければならない。原点を掘り下げていかないと、またこんなのが出てくる。昨日、ウトロの問題も新聞で報道されました。宇治市伊勢田にウトロというところがあるんですね、そこで立ち退きを迫られているわけなんですけれど、韓国の政府が、今度はお金で援助するという、これまた恥ずかしいですね。これを「はずかしい」と思わない精神構造がどこから出てくるんでしょう。改めて考えていかなければならない問題だと思います。

国家と教育の関係

 国家と教育の問題は先ほどもふれましたが、国家と教育の相対的な独立性というのは、きちんと押さえないといけないし、教育行政は、国民の要求に基づいた条件整備に徹底しなければいけないと思います。「教育振興基本計画」の策定についても、国家の教育への介入をさせないようにしなければならない。

教育基本法擁護の運動

 最後に、教育基本法擁護の運動をどう広めていくのかというところなんですけれども、ぼくの学生時代は、1950年代から60年代に少し入るんですけれども、学生時代は、よく議論をしましたね。読書会やったり、ソビエト教科書みたいな、間違った中味もいっぱいあったみたいですけれども、わりあいよく議論ができました。今はテレビがあったりコンピュータがあったりして、なかなか横の輪が広がらないという条件があるみたいですが、そんな中でも、議論をしていく必要がある。人と会ったら教育基本法を語ろうというそんなムードができていけばありがたい。戦後、58年だと思いますが、国民教育研究所が生まれました。日教組の組合員が月1円のお金を出し合って、国民教育研究所を作りましたけれども、その代表が上原専禄さんで、一橋大学の学長をやられた方ですが、彼が提起をしたのは、「地域と日本と世界、これを串刺しにして考える」思想を持ちましょう、というのです。今、私たちが京都のこの地域で、さまざまな活動をしていますけれど、それが日本とどうつながっていくのか、世界とどうつながっていくのか。広がりを持っていく、そういう見通しを一つでも持つと、元気が出てくるのではないかなと思います。その中で教育とは何なのかという議論をいっぱいしていきながら、改悪案を現行の教育基本法と比較をしていきながら、改悪の問題点を深めていって、廃案に追い込んで行くような、そんな運動が展開できればありがたいと思っています。

   −−小見出しは事務局でつけました−−
2007年3月
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