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京都教育センター年報 第19号(2006年度)
第二部 研究集会 第三分科会報告

今日の学力問題と学力保障の実践(要旨)


          小野 英喜(学力・教育課程研究会)
第37回 京都教育センター研究集会
日時 2007年1月28日(日)10:00〜16:00

基調報告「今日の学力問題の特徴と学習指導要領の改訂」・・・鋒山泰弘(追手門学院大学)
報告@「到達度評価の授業実践で学力保障を」・・・府内公立小学校教諭
   A「戦争学習から政治・経済学習へ〜生徒たちの認識と評価のあり方をめぐって〜」

【運営担当】小野 英喜  倉原 悠一  吉田 志朗  田中 一郎


 今年度の分科会は、基調報告「今日の学力問題の特徴と学習指導要領の改訂」を受け、小学校の国語の実践「到達度評価の授業実践で学力保障を」と、中学校の実践「戦争の学習から政治・経済学習・・・生徒たちの認識と評価のあり方をめぐって・・・」の二本の報告を受け、議論した。参加者は、15名で、昨年よりも多くなった。


【報告の概要】

 今回の生活指導分科会は、「共同と信頼を築く生活指導実践を構築する−『社会的排除』の視点を踏まえて」をテ


報告1.
                     鋒山泰弘(追手門学院大学)

基調報告  「今日の学力問題の特徴と学習指導要領の改訂」

 中央教育審議会の教育課程部会が、学習指導要領の改訂に関する最終答申を昨年中に出す予定であったが出なかった。それは、教育基本法が「改正」されたため、第2条の「教育目標」などとの関連を検討する必要が生じたためである。改悪された教育基本法によって「わが国と郷土を愛する態度の育成」や「道徳教育」「伝統文化に関する教育」「宗教教育」など、改訂された教育基本法に列記している項目を学習指導要領にどのように盛り込むかという課題があるからである。さらに義務教育段階での学習について、到達目標を分かりやすい項目として示して、身についていない子どもに対して学年を超えて補充指導などで習得をめざすとしている。

 しかし、この到達目標は、学習指導要領に限定されていることにも大きな問題がある。生活習慣や学習習慣についても必要な内容を学習指導要領とは別に示して、家庭での取り組みを求めることを検討している。これは、改訂教育基本法の具体化となるものである。次の学習指導要領の目玉としては、「基本的な計算や漢字などの知識の問題」と「知識や技能を実生活で活用できる」ことをあげている。この点では、この4月に実施される全国学力テストにも使われている「読み取る力」とか「PISA型学力」がこれからの学力内容になる。それらは、国立教育政策研究所が「実生活の中で数量やデータを比較・整理し、自分の考えを分かりやすく説明できるかを問う」と説明している学力である。


1.義務教育の到達目標の明確化・中央教育審議会」とは

 2005年の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」の中で、「目標の設定については、義務教育の目標を明確化することも踏まえて、国が各教科の到達目標を明確に示すことが必要である。」としている。これは、国民の学習権の保障や権利としての学力形成を意図するものではなく、「将来的に国民として自立し、納税や勤労の義務を果たせるようになることが義務教育の最大の到達目標」(中教審教育課程部会内の意見)というものである。

2.PISA型学力とは

 国立教育政策研究所は、OECDのPISAで出題した問題を解く能力を「PISA型学力」といい、数学では、「数学が世界に果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠に基づき判断を行い、数学に携わる能力」としている。

 PISAの問題は、「数学、科学、言語能力など、それを使って将来、市民として生活、職業、公共問題をなどに遭遇したときに、問題解決しなければならない状況に対応する能力」を問う問題である。しかし、文部科学省が行う学力テストは、問題解決や判断力を問うものではなく、主権者としての判断力を欠落させたテスト問題が作られることになる。


3.文部科学省による読会力向上とはなにか

 文部科学省は、2005年「読解力向上に関する指導資料」を出し、PISAの調査で最も低下した読解力をつけることを指示している。それは、@テキストを理解・評価しながら読む力を高めること、Aテキストに基づいて自分の考えを書く力を高めること、Bさまざまな文章を読む機会や自分の意見を述べたり書いたりする機会を充実すること、などを示唆している。

 しかし、学力テストは、この4月に実施する「PISA型学力」が前提としている「建設的で社会問題に関心のある思慮深い市民」という目標を矮小化し、脱色している。それは、一方では道徳を強調し、他方では批判的思考を育てることには矛盾があり、日本政府が考える「PISA型学力」では国の政策を批判する自由は否定されることになる。


4.形成的評価を生かし発展的な学力形成を

 PISAのような学力テストでは、生徒にひとまとまりの論述の構成が出来ることを求めている。この点では、日本の生徒は論述ができない割合が多く、一部の優秀な生徒しかできない学力である。すべての生徒が、このような能力を身につけることを保障しなければならない。書くという行為が、個人作業としてだけではなく、クラスの共同的な活動として取り組まれ、教師の指導の下での相互評価を取り入れた形成的評価が全体のレベルアップをもたらすということが大切である。


報告2                 
小学校の国語(アップとルーズで伝える)の実践
 「到達度評価の授業実践で学力保障を」


はじめに

 教師としての経験が浅く、「どの子にも学力をつける」ために日々、悪戦苦闘しながら、毎日模索している。特に国語の指導では、一人ひとりの子どもたちが解放された豊かな交流をうまく作れずにいる。

 今回の報告は、4年の国語で、「各自が問い対する答えを事前に用意して授業に臨み、深め合う時間を確保したり、より深い読みに移れるように、発問を考えたりして授業を構成している。」という実践である。どの子も落ちこぼしをさせずに、伸ばして力をつけるということへの小さい挑戦である。

1.国語科の学力保障とは

@1学期に遂語的な読解を授業の中心にしても国語科のあいまいさを子どもとともに克服してきた。「こんな答えもある、あんな言い方もある。どの答えもすばらしい個性的」というあいまいさが濃く、国語を分からない科目にしてきた。しかし、遂語的読解を進める中で、子どもたちが「国語の勉強も答えがだんだん見えてくる」という学習による収束ができ、「文中から答えを探す」という当たり前のことを取り組む中で私自身が学び直すことになった。

A国語科の授業
  学習能力の高い豊かな交流ができる授業にするためには、授業が始まってから考えさせるのでは、子どもによる時間差ができて、学びあう時間が取れなかったり、深めたりすることができない。そのため「発問を宿題」で考えてこさせて子どもを同じ土俵に乗せることにした。

 子どもたちに事前に「明日の第一問目の発問」を宿題として出した。そうすると、家に帰った子どもは教科書を読み一生懸命考えノートにその答えを書きとめることができ、授業が始まるときは全員同じスタートに立って学習を始めることができるようになった。はじめの発問に対しては、どの子どもも答えることができ、意図的に指名もでき時間的効率もよくなった。そのためには、その初発の発問は@宿題として自力でできること、Aその後の授業を深められるものであること、B診断的評価として活用できることなどが充足していなければならず、教師の力量とセンスが問われることになった。

 さらに、ノートを見ないで発表することによって発言の質を高める取り組みを進めた。ノートを読むと他の子どもとの絡みがなくなり、緊張感もなくなるため、ノートを見ないで自分の言葉で発言させることにした。最後は、子どもが司会をしてまとめるということに取り組んだ。司会は、みんなの考えを自分なりにまとめて整理し、自分考えがどのように変化したかを発言させるものである。

 4年生の子どもが上手にまとめられるわけではないが、それまで発表した子どもが聞き耳を立てて友達の司会の言葉を聞くようになり、学習の活性化が起こってきた。


2.説明文の授業での挑戦

 一斉授業では段落構成を理解できる子ばかりではない。「段落をつかんで読む」ということは、中学年の国語の到達目標になる。ところが実際には、簡単に段落構成が分かる子どもとそこに気がつくのに時間がかかる子どもがいて、授業の理解度に大きな差ができる。  そこで、接続詞に注目させ、段落をつかませるために教科書教材の前に「簡単な文章で法則を発見しよう」といい、自作の短い文を示して段落の理解や構成を見つけられるようにした。文章が短いこともあり、その説明を簡単にできることから、どの子も「こんなの簡単」といって終わることができた。

 その経験を基にして、教科書教材の文章構成について考えさせた。そのとき、「この前にやった簡単な文章では・・・」と引用して教科書教材を説明できるようになり、長い複雑な文の構造に目を向けさせることができた。理解が不十分な場合でも、前の短い文との対比で、みんなで共有した基準が明確になり理解しやすくなった。


3.終わりに

 現場にいると、「学力格差はしょうがない」などの、新学力観が教師をだめにしていることがじわじわと広がってきている。「個に応じた指導」や「習熟度別指導」が行政の主導で行われているが、これらではすべての子どもに学力を保障することはできない。このことは、諸外国でも明らかになっている実証済みなのに、より強力に進められている。

 本来、学校が責任を持つ学力保障を、「家庭が悪い」「育ちが良くない」「特別なものを持っている」などと責任を転嫁し、教師は子どもの課題を理由にして教えることを放棄し、保護者は学校の課題を攻め立てて、共同して子どもを育てるというものがなくなってきている。新学力観に対抗していく実践が今こそ必要であり、「すべての子どもに学力を」という自主的なサークル活動の中で授業実践を交流していく教師の学習活動が必要である。

 今回は、それぞれの教材で到達目標を絞った取り組みを報告した。指導書は、丁寧に細かく指導するように書かれているが、それは「そこに子どもがいない」からで、目の前の子どもをどのように学力をつけるかを考えると、さまざまな工夫と指導書に頼らない授業実践が必要である。学力テストに頼らなくても、学力を向上させることはできる。


報告2
戦争の学習から政治・経済学習
・・・生徒たちの認識と評価のあり方をめぐって・・・


1.今の中学生の現状認識

@今の政治に? 満足(0%)、大体満足(31%)、やや不満(44%)、不満(25%)
今の政治に関心が
憲法と生活の関係
意見が政治に反映
ある どちらか言えばある どちらかいえば無い 無い
26% 32% 18% 24%
8% 31% 28% 33%
23% 42% 29% 6%
6% 26% 39% 29%

 公民の学習を始める前に、中学生の社会に対する認識を調査した。その中からいくつかを上げると、アンケート調査の結果、中学生は今の政治に「不満とやや不満」で69%あるが、政治に無関心が59%ある。それは政治に反映されない68%が考えていることから来るものである。テレビのニュースを見る中学生は、86%で、新聞の39%を大きく引き離しており、中学生がワイドショー化したテレビで情報を得ていることは重要である。

2.中学生の歴史認識が育つとは

  歴史認識を育てるということは、@歴史を過去のものとしてではなく、未来に生かしていくために学ぶ、A歴史認識を持つことが、社会をつくり変革していく主体(主権者)にとって不可欠である、ということと考えている。そのような認識を育てるために、【第一段階として自分中心、現在から見る思考】を、【第二段階として、歴史的思考の芽生え】を、【第三段階として歴史認識へ】と発展させる。第一段階では、ある歴史上を現在の自分の立場や思いで捉えられるようにすることで、第二段階では歴史事象を学習したことを生かしてその時代の仕組みや状況の中で捉えられるようにすることである。第三段階では、現在と歴史の事象を組み合わせて自分の意見や感想を述べることができるようになり、その生徒の歴史認識が作られる段階である。

 このような歴史認識の段階を設定して、「日中全面戦争」の歴史を学ぶ中でどのようにして歴史認識が発展していったかを生徒の感想文の分析を通してみることができた。

3.「中学生の政治認識が育つ」とは

 公民の授業を通して「政治認識」がどのように育つかを分析した。まず中学生の認識を知るためにアンケート調査を実施した。その結果は、「護憲派」も「改憲派」も「良く分からない派」も授業の影響を受けていること、言い換えると世論操作に誘導される恐れがあることである。

@憲法9条、 変えない方がいい(60%)、かえる方がいい(26%)、わからない(21%)
A日米安保条約、 今のままでいい(33%)、無くしたほうがいい(33%)、分からない (42%)
B自衛隊と米軍の同盟強化、賛成(20%)、反対(55%)、分からない(34%)

 改憲派の生徒は、北朝鮮の脅威や自衛隊と憲法との矛盾、そしてある種のニヒリズムを持つものに分けることができる。このような生徒に共通に表れるのは、親子関係の確執がある場合、受験ストレスを抱えているなどの要因が挙げられる。これらの授業を通して、政治認識を育てるための5つの要素を明らかにすることができた

 それは、@親からの影響などの生育暦、A学校で学んだ経験地を含めた友達との交流、Bメディアからの影響、C学校のCurriculumとしての授業からの影響、Dその時々の子どもの考え、が相互に関連しながら、社会への認識を深めていくのではないか。 社会認識を育てる教材としては、憲法、自衛隊、在日米軍のほかに、新聞記事や教科書を使って「奈良・放火殺人事件」「法人税を下げる政策」「消費税」「格差社会を生きる」を用いた。

 評価については、生徒の意見やレポートについては、生徒の思想の自由を尊重し、自分の意見を持つことを強調した。観点別評価の矛盾点は、@学習内容が生徒と保護者に伝わらない、AA・B・Cの評価基準が分かりにくく、B関心・意欲・態度は計測しにくい評価をしなければならないことである。「社会的な思考・判断」は、考える力を観る観点とし、感想や意見で判断する。「資料活用の技術・表現」は、主としてノート作りを見て判断し、「社会事象についての知識・理解」は、定期テストや小テストなどの得点でつける。「関心・意欲・態度」の評価は、上記の3観点を総合してつけるようにしている。忘れ物や発言回数などは評価に加えていない。


【討論から】

 それぞれの報告を受けた後、15名の参加者から質問や意見が出された。その中で、特徴的な意見と質問に対して、報告者の回答および意見などの発言を列記する。

・OECDが、子どもの学力を測定する目的は、「経済の発展のため」と「持続的経済成長を維持するという国家の戦略」と「市民参加型の政治や経済理念」からきている。これはアメリカの経済のグローバル化を中心としたものではなくヨーロッパ型の考えが中心になっている。

・日本の学力テストで「PISA型学力」を測定しようとしているのは、経済界の危機意識が反映したもので、この学力に即効のあるようなtopic的な授業をすると生徒も学校も混乱する。「PISA型学力」は、各教科の基礎的な学習の上に成り立つもので、土台になる概念や知識を十分に身につけておくことが大切である。また、少人数で討論授業が当たり前になっている外国と教育条件が異なる日本の教育環境では、身につけるのは容易ではない。

・ヨーロッパでは、表現の自由を前提として思考の評価がある。日本では、表現の自由が無いままに、態度と思考・考えが一緒になって、評定することが困難になっている。

・すでに現場には、「「PISA型読解力」という冊子が配布されており、学力テストの問題では、「マークがなくなり記述になる」といわれている。 ・新学力観が導入された中で、評価と評定が混在し、学習目標が到達目標ではなく評定に連動して到達できなくても良い方向目標化している。


【実践報告について】

・小学生の学力形成において、「すべての子どもに」と言った場合、発達段階で大きな差ができる。その一つが、生まれつきによる差で、それを無視して授業を進めることはできない。

・子どもの意見の交流は、中学生でも粘り強くやっても1/3程度しか発言しない。小学生の授業での交流を進めるためには、全教科で取り組んだり仕掛けを作ったりして子どもの発言力を引き出すようにしないとできない。 発言をレポートの評価については、@レポートに点数だけつけて返す、Aレポートに点数とコメントをつけて返す、Bレポートにコメントだけつけて返す、の3通りがあるが、教育研究者は、Aが適切と主張するが、子どもに反省を促し、回復指導をする場合はBが効果的であった。

・社会科の評価で「表現の自由」というが、それは旧憲法的価値観であっても新憲法的価値観であってもかまわないということである。しかし、それは社会科の認識形成として学習内容との相関も捉えないと正しくないのではないか。

・歴史教育においては、「太平洋戦争は悪いけど仕方なかった」という言葉が出ることを順序だてて考えることを通して克服しないと行けないのではないか。

・中学生が、テレビのニュ―ス番組で社会認識を形成していることについて、ニュース番組は15本放映するために40本くらい製作している。その中から、プロデューサが選んでいる。メディアで情報が操作されていることを教えることも必要である。

 「京都教育センター年報(19号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(19号)」冊子をごらんください。
2007年3月
京都教育センター
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