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青年教師のための お助け「玉手箱」 3

「教師と子ども」実践「玉手箱」
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青年と高校生の働く未来を求めて
〜進路指導室の就職相談担当者から〜

     京都府立綾部高校 水谷 徳夫

(2009年11月10日)



作られた「不況」と貧困・格差社会の中で

 「百年に一度の」とか「サブプライムローンが」とか、他人事のように宣伝される人(政治)が招いた今回の構造不況、貧困と格差が平気でまかり通る社会で、高校生の就学と進路の奪われた実態が明らかになっています。進路指導を担う高校教員の悩みを紹介して、今後の課題を探りたいと思います。私の直面する課題は二つ。現代の青年の働き方、働かせ方の実態と、夢が描けない高校生の進路の現実です。


教え子の過労死

 一五年前、前任の工業高校で教えた生徒が、就職先の製造工場で「過労死」しました。府営綾部工業団地に「優良企業」として誘致されたばかりの「T綾部工場」に就職して四年後、週末の夜勤 明け就寝中に、誰に看取られることなく「急性心停止」により死亡しました。A君、享年二二歳。

 当時、この工業高校で分会役員をしていた私に、京都職対連(京都労災職業病対策連絡会議)から要請があり、いっしょに調査を始めました。聞き取り調査を進めていく内に、予想をはるかに越えた労働と職場環境の実態が次々と浮かび上がってきました。

 受注生産の即応体制で長時間過重労働もさることながら、真っ白になるほどの切り粉の埃が舞い、冷暖房は定時には切れる。立ちっぱなしで、力とスピードと精密さが求められる神経をすり減らす作業、その上に新入の派遣社員を指導しながら自分の仕事をこなしていくという毎日。心身ともに超過酷な労働実態が、同僚社員から明らかにされていきました。そして、彼の過労が頂点に達したと思われる頃には、土日の休みに友達との約束もやめて、ひたすら家で寝ていたという家族の話でした。「こんな働き方していたら、過労死するで」と言っていた矢先の出来事だったのです。

  同じようなことは、今年卒業して地元製造工場に勤務したB君にも起きています。社長の横暴と管理強化に耐えかねて、青年が次々と退社しています。彼は「とにかく辞めることはしない。労働組合を作らなければ」と言ってきました。「車に乗りたい」「リッチな生活がしたい」など、金が欲しいという気持ちと、安く働かせるという経営側の要求が、奇しくも一致しています。このことは、不況の中で「子育て真っ最中」や高校や大学へ行かせている保護者世代にも同じことでしょう。

 一〇月になって、「T綾部、三月で工場閉鎖!」の二ユースが駆け巡りました。地元百人以上の正規従業員の雇用が危うくなり、二百人の非正規従業員が契約打ち切られるそうです。税金でインフラ整備した工業団地に誘致され、「利益が上がらない」ので「もっと儲かる中国へ」、「労働者をとことんこき使い、過労死させ、儲けるだけ儲けて、はいさようなら」では、企業の私利私欲しか見えてきません。


夢が描けない高校生

 私はこの五年間、進路指導部で就職相談指導の仕事をしてきました。三年生の四月から、就職希望の生徒たちが毎日、 私との相談と面談にやってきます。公務員希望を入れると三〇人を超えます。「なぜ就職することにしたの?」と、まず社会への意識や抱負を確かめていました。でも、今はやめました。社会や家庭のひずみの中で、将来がほんろうされている高校生たちの生活実態が、いやが上にも浮き彫りになります。答えは一様に「進学するお金がありません。弟や妹を、高校に行かせるために、進学できません」ばかりです。だから今は、「そうか、就職するのか。偉いなあ。みんなより早く自立するのだね」という励ましから始めることにしています。ここ一、二年で、本校で起きたいくつかの事例を紹介しましょう。

 その一。卒業式の前日に「合格体験記」を書いてもらおうと頼んだ女生徒が、いきなり泣き出して「私には、夢も希望もないのです。家に帰ればストレスばかりやし、学校へ来れば、みんなは楽しそうにしていて、卒業を前にして私だけが取り残されたみたいで・・・」と。訳あって家庭離散、母子三人が実家に身を寄せて暮らしている彼女の「夢も希望もない就職」を発見してしまいました。

 その二。スポーツマンの彼は、昼休みのたびに来ていてしばらく来なくなったのでたずねたら、「もういいの。フリーターする」。夢を家で話したら、「そんな金はない」とケンもほろろに言われたのでした。

 他にも、大学に合格していながら、親が学費やアパート代にびっくりして、やめさせた例もありました。親の忙しい生活は、子と話す時間やゆとりを奪い取り、ましてや「お金」のことになると、すぐに話は途切れてしまいます。「夢」を語るところにまで、とてもたどり着けません。

 教職員仲間の不調和も問題です。ある懇談会の中で、母親が学校の制服のセーターやべストが高価なので困ると、経済的事情を訴えているのに担任は「制服は綾高の生徒として誇りを持たせるもの」と説明したというのです。学校がいかに社会の実態からかけ離れた存在にあるのか。議論のできない忙しさ、強化された管理体制に支配されているかが、解かります。このような母親に対しては、「とにかく校長に直接出会って、多くの保護者の声で訴えてほしい」というのが精一杯でした。


高校生とともに夢を描く

 「教え子を再び過労死させない。過労死する職場に送らない」。「生徒が夢を育てる進路指導」。これが私の信条です。A君の過労死認定裁判も、いよいよ山場である原告側証人尋問に入ります。私のかつての教え子も証言台に立ちます。青年の働く未来を左右する大きな闘争です。全国に支援を要請しているところです。

 高校生とともに夢を語るという、私の仕事は社会の実態を反映して、やりがいのある仕事です。政権交代で、高校授業料無償化の動きも急速に進んでいます。「三〇人以下学級と教職員定数増、教育諸条件整備」の運動とともに、雇用を増やすこと、「働き方・働かせ方」の社会構造の改革が、高校生の夢を実現することとになります。

 入社内定後に勤務地変更を余儀なくされ、泣く泣く関東の工場へ行ったCさんが、上司にさんざん訴えて地元に戻させました。ワンマン社長の経営管理のもとに苦しんでいるD君。「辞めないで、とにかくがんばる」と、私の紹介した大阪府下の全労連傘下の労働相談センターと連絡を取りながら取り組んでいます。ものを言う労働者として育ってくれている青年たちは、高校で学び得たことがその素地になっているものと確信しています。

注:この記事は「京都教育センター通信」から紹介しています。個人情報保護のため、一部氏名等は省略しています。(事務局)
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