トップ 事務局 青年教師 教師と子ども

青年教師のための お助け「玉手箱」 3

「教師と子ども」実践「玉手箱」
13

三十五年間、最も課題を抱えた生徒を担任し続けて

      長岡京市立長岡第三中学校 藤木 祥史

(2008年6月10日)



今、三十五回目のクラス担任

 今年、三十五年目の教師生活、三十五回目のクラス担任をしています。学年主任や生指主任時代も、担任をはずれることはありませんでした。今では、主任は担任を持たない学校がほとんどなのでしょうが、当時の民主的職場のおかげでもあり、自分自身が強く望んだ結果でもあります。

 子どもは、子どもの世界で生きています。良くなるも、悪くなるも子どもの世界の影響ははかりしれません。子どもの世界をまるごと指導の対象としない限り、一人一人の子どもの指導も成り立たないと考えています。

大きな課題を抱えた生徒の指導から

 わたしのクラスには、いつも学年のなかで最も大きな課題を抱えた生徒がいます。

 私のクラスづくりは、その生徒への個人指導と集団指導が連動しながら進みます。課題を抱えた生徒は、当然ながらその言動から、クラスに負の影響を与えてしまいます。他の生徒たちに迷惑になることも多いものです。

 まさに一緒に成長するのか、ひとりを切り捨てるのか、担任は否応なく迫られます。今の学校状況の多くは、知らない間に、課題の大きい生徒を追い込み、排除するように機能しているようです。無自覚に学校全体の指導要請に流されると、担任が課題の大きい子どもを排除する役割を、担わされるようにもなリます。課題の大きい生徒の成長を追求する姿勢は、わたしの担任としての揺るぎない目標です。

個人指導と集団指導の統一を目指す

 クラス開きの前から、課題の大きい生徒へのアプローチと指導が始まります。生育史からくる彼の発達疎外をつかむ。彼のゆがめられた言動から、同学年の仲間との関係がどうなっているのかを知る。(縦糸と横糸で分析)

 分析に基づいて彼への配慮と援助を当初の指導では重視する。この指導の中でつかんだ彼の言動の背景・願い・否定的な言動の裏にある肯定面を出来るだけリアルにつかむ。初期の指導における彼への理解・共感はクラスのリーダーと共有する事が重要である。彼への共感と理解を示す者がわたしのクラスのリーダーであり、後のクラスの取り組みに欠かせない仲間になる。

彼の成長に共闘する取り組みを進める

 当初の援助と配慮を中心にした指導から、彼の耐えうる段階を想定しながら、彼に批判と援助による指導を展開するのが本格的なクラスの実践となる。それは行事の取り組みであったり、学習の取り組みになることもある。逃げ出そうとする彼を、援助を決意しながら批判するクラスの取り組みを組織する。この取り組みは、彼の成長に必要であると同時に、多くの生徒も抱える成長課題であるからこそ取り組むのである。

 紙面の都合で実践の骨格をお伝えするだけなりました。

トップ 事務局 青年教師 教師と子ども