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青年教師のための お助け「玉手箱」 5

「教育について学びたい」 理論編「玉手箱」
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総選挙と教育問題

        市川 哲(地方教育行政研究会代表)

(2009年9月10日)



総選挙マニフェストと教育費

 これが読まれている時、すでに総選挙の結果が出ている。自公政権の退場は国民世論であったので、「政権交代」が起きているであろう。

 小泉「構造改革」で激化した格差と貧困の中、選挙では国民生活を支える政策が問われた。家計に大きな負担を強いる教育費も争点となった。マニフェストで、自民党は“低所得者の授業料無償化、就学援助制度の創設、新たな給付型奨学金の創設”を、民主党は高等学校の希望者全入・無償化、高等教育の無償化の漸進的導入、奨学金制度などの抜本的拡充≠掲げた。

 教育には、人びとの能力を発達させる機能と、社会にあるさまざまな職業や社会的な地位、階層に人びとを配分する機能がある。「良い学校」に進学し、「良い職業」に就き、「良い生活」を得るチャンスが、偏在し、豊かな階層の子弟に多く与えられ、その結果、階層が固定化する傾向が強まっている。このような中、ようやく家計における教育費の軽減や教育の無償化が取り上げられるようになった。


家計と教育機会

 「平成二〇年国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省)は、全世帯を二〇%ずつ五分割して年間の所得分布を見ている。中央値(真ん中の世帯)は四四八万円、最も下位二〇%の世帯の平均年収は二一〇万円、二〇〜四〇%の世帯は三六一万円である。「国の教育ローン」を〇七年二月に利用した世帯に対するアンケート(日本政策金融公庫が同年七月に実施)は、高校入学から大学卒業までに入学費用と在学費用を合わせて一人当たり一〇四五万円かかること、学校費用(授業料、通学費、教科書・教材費)と家庭教育費(塾、参考書費、習い事)を合算した在学費用は世帯年収の三三・六%であり、特に税込年収が二〇〇万円から四〇〇万円の世帯の場合、在学費用が年収の五四・三%であることを示している。

 一方、〇六年末に東京大学が在籍者の四分の一を抽出して行った学生生活実態調査によれば、家庭の主たる家計支持者は「父」が九〇・三%、職業は「管理的職業」が四二・六%、その年収は九五〇万円以上が五二・三%である(なお、年収四五〇万円以下の家庭は一一・六%)。出身高校は中高一貫型私立校が五一・四%と圧倒しており、公立は三四・五%である。

 これらの数値から、わが国の全世帯の半数を占める年収四五〇万円未満の世帯は、家計の五割以上を教育費に充てているが、東京大学の合格者に占める割合は一割に過ぎないと理解しても、あながち間違いではないであろう。

 なお「社会的階層と移動調査」(日本社会学会)は、企業・官公庁の課長級以上の管理職や専門職などの「ホワイトカラー上層」に、それ以外の自営業や「ブルーカラー層」などの父親をもつ子どもがなる傾向が一九八五年は拡大していたのに対し、一九九五年には戦前のように「ホワイトカラー上層」は親子の間で継承される傾向が強まったことを指摘する。「ホワイトカラー上層」に就くためには一定の教育を受けることや資格等が必要なことを考えると、経済的に豊かな階層の子弟が「良い教育」を受け、豊かな階層になっていく割合が大きくなり、階層移動の閉鎖性が強まったといえる。


中等教育・高等教育の無償化を留保する日本

 一九六六年に採択された国連の「国際人権規約」を日本は一九七九年に批准している。同規約を批准した国々の中で、漸進的な中等教育・高等教育の無償化(A規約第一三条)を留保する国が三国あった。そのうちルワンダが〇八年一二月に撤回し、残るはマダガスカルと日本だけである。ルワンダのGNI(国民総所得)は一人あたり四一〇ドル、マダガスカルも同額なのに対し、日本は三八、二一〇ドルである(〇八年。なお、日本は世界三〇位、マダガスカル、ルワンダは一九〇位)。豊かな国の政府が無償化を留保する根拠は財政的なものであるはずはなく、政策的なものであったと考えられる。こうした国の姿勢や経緯をふまえれば、総選挙後の政権枠組みがどうであれ、マニフェストの「有言実行」を求めていく運動が是非とも必要である。 くわえて、「義務教育は、これを無償とする」との日本国憲法(第二六条)をもちながら、公立小学校で平均五六、六五五円、同中学校で一三三、一八三円の学用品や修学旅行費、教科外活動費等の多額の「学校教育費」を各家庭が負担していることをふまえるならば(文科省「子どもの学習費調査」〇五年)、授業料の無償化を求めるだけでは済まない。マニフェストの実行は当然だが、さらに教育費の公費負担の拡大を実現しなければ教育の機会均等は現実化されないと考えられる。

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