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青年教師のための お助け「玉手箱」 1

「学力づくり」実践「玉手箱」


授業と学校の「再生」のために

               京都市立日吉ヶ丘高等学校 後藤 誠司

(2007年9月10日)


 いまどきの教師の「三つの病」があるそうだ。

@授業のファストフード化、だれがやっても同じような授業をしている、
A同僚性の欠如、ヨコのつながりを持たず孤立している、
B公共的な課題への鈍感さ、広く社会に目を向けようとする意欲や関心が薄くなっている。

 現在進行中の政府の「教育改革」のもとでこのような現象が指摘され、教師の仕事の「脱専門化」がますます進行して教師は単なるサービス提供者としてしか見なされないようになっていこうとしている。 しかし、そうならないように努力している教師たちもいる。

 長崎県の中学校で国語の教師をしている友人に、彼の学校での様子を教えてもらった。東京大学教授の佐藤学さんが中心となって全国で取り組まれている「学びの共同体」パイロットスクールに参加している学校の様子である。それは、授業と学校の「再生」をめざす学校をあげての「下からの改革」の動きでもある。(「現代思想」二〇〇七年四月号、青土社、参照)

   友人が語るには、生徒の学習意欲を敏感に感じとり授業の改善をめざす教師と、生徒の学習意欲に鈍感で授業の改善に無関心な教師どうしの乖離が年々増大していることが、生徒の学力格差と連動している。教育改革は、畢竟、教師の一時間一時間の授業改革であり、教師と生徒の関係性の改革である。さらに彼は言う。OECDのPISA国際学力調査の結果にもあるように、生徒が他者と関わりながら学べるようにすることが最も「実を上げる」学力向上の取り組みであると。こうして彼は国語の授業での様々な創意、工夫に挑戦していく。「改革はすなわち自己の破砕と再生を循環させる営みなのだ」。まさに彼の言うとおりである。(「日本語学」二〇〇五年六月号、明治書院、参照)

 ということで私の授業づくりの要諦も、「三つの病」に罹らず、教科(社会科)の「専門性」を維持し高めていくことにある。定年までの十年、授業の形と中味をどう変えていくことができるか、さらなる挑戦である。子どもたちが伸び伸び過ごせ、教師たちも楽しんで仕事に打ち込める学校であればどんなによいことか。そのような学校の環境づくり、職場づくりのための条件整備とともに、教師は「教える専門家」であると同時に「学びの専門家」でもなければならない。

 そのような教師の専門性回復の鍵を握っているのが、自発的なサークル・研究会活動であり、校内での公開授業や事例研究の取り組みであり、研修時間の確保である。教育が非教育的な効率にふりまわされ外面的な基準で評価されるようなことに対して、教師の自律性と専門性を回復することこそ、授業の「再生」と教師としての「誇り」を取り戻すことにつながるはずだ。子どもの頃よく聞いた言葉を思い出す。「よく遊び、よく学べ」。教師もまた生活を楽しみ、多くのことを学びたいものだ。

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