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私と京都

日本での新しい人生一章



        Siti Nor Habibah binti Hassan
      (シティ・ノル・ハビバ・ハッサン・京都大学大学院情報学研究科)

 

 家族や友達と別れて遠くの町に旅立つことを決めるということは、生活を変えるほどのしんどい決断でした。しかし、心を決めて、後を振り返らず、思い切って飛び出す時だったのでしょう。だから、いま私は日本の京都にいるのです。2014年9月29日に、無事、関空に降り立ちました。

 初めての留学ですが、日本語の基礎知識もないまま、どうして日本を選んだのでしょう。マレーシアの職場では、機械工学が専門で、日本の大学を卒業した同僚たちが沢山いました。その人たちの話を聞くにつけて、日本こそが、私の人生の新しい一ページをスタートさせるところだと思うようになりました。

 言葉の障壁、ムスリムとしての食事の制約、文化や気候が異なる等のため、最初の頃はとても大変でした。それらに慣れるための期間が始まりました。日本語ができる友だちのお蔭で、いくつかの身の回りのことは上手く行きました。研究室の先生や同僚の皆さんには、いつも何かとお世話になり本当に助かりました。新しい世界へと溶け込みながら、一方で、研究生活との調和を取ることは、なかなか大変ことですが、それは日本では、それほど難しい問題ではありませんでした。周りの親切な人たちが、いつでも、どこでも、どんなことでも、全てが計画に沿ってスムーズに行くように、私を援助してくれたからです。

 日本の生活様式に触れながら、それを学ぶということは、とても貴重なことです。京都は、マレーシアのマラッカにとてもよく似ています。京都にいると、古いものと新しいものとが混然一体となっていて、その二つの世界に同時にいるような感じがします。服装、野菜、果物、植物は四季とともに変わります。それは、マレーシアと全く違っています。秋、「清水の舞台」の大きな柱のそばに佇めば、頭上の青い空と、足下の紅葉に魅了されます。春、「哲学の散歩道」を逍遙すれば、桜の花の美しさが、身に染みわたります。冬、京都が大雪に見舞われることはめったにありませんが、2015年の1月に雪が降った時は、すべてを白一色に覆い尽くして、とても美しかったことを憶えています。夏は、暑くてたまりませんが、それでも、桂キャンパスに咲く向日葵の輝きを衰えさせることはありません。

 交通機関の驚くほどの時間の正確さは、日本の先進技術を実感させます。自転車と電車はどこにでもあります。公共交通は日本では一般的な輸送手段です。清潔さと犯罪率の低さ故に、誰もが、自由に、京都の美しく自然豊かな観光スポットを訪れることができます。道路にゴミが落ちていることはめったにありませんし、ゴミ箱を見かけることもあまりありません。ゴミの分別収集システムもとても印象的です。このシステムは自治体の清掃事務所によって運営されていて、各都市によって異なるでしょう。ゴミはいくつかの種類に分別され、スケジュールに合わせて回収されます。

 カスタマーサービスも素晴らしく丁重な応対がなされます。セブンイレブンからルイヴィトンまで、どのようなお店でも店員はお客様を丁寧に迎えます。

 ムスリムとして、いくつかの食べ物がイスラムの教義として食べられないことには従わなければなりません。しかし、それが様々な食べ物に挑戦しない理由ではありません。日本の料理の味は忘れることができません。マレーシアにはたくさんの日本レストランがありますが、やはり本場で味あう鮨、刺身、うどん、ラーメン、たこ焼き、天婦羅は格別です。とりわけ、甘味なもの、新鮮なものなど、魅力的な食材があることが、お弁当にぴったりなのは言うまでもありません。

 加えて、私たちムスリムが他の料理を食べたいと思ったときは、インド、トルコ、ペルシャそしてマレーシアの人たちが経営しているたくさんのハラルのレストランがあります。日本人の細かい気配りが、お店で売られているものからも窺えます。工夫された商品は、日本での日常生活をより容易にしてくれます。必要なものが、ダイソーやセリアなどで安く買えるので、とても助かります。

 日本で経験したことは、得難く価値あることばかりでした。肯定性、優しさ、礼儀正しさ、進歩性などは、よりよい国になるためにマレーシアにも適用されるべきものです。日本はどのような宗教にも追随していないにも関わらず、生活の仕方は世界の主流をなす宗教の教えに似ていると思います。日本に暮らして学んだことは、異邦人を含めて、全ての人に、友好と配慮深さをもって接することができるということでした。屋外と屋内を問わずきれいにすることは徳と言わなければなりません。常に時間の貴重さを大事にすることは大切なことです。日本は、私に、もっと配慮深い市民になるための大切なマナーを教えてくれました。こうした全ての大切なことと経験をマレーシアに持ち帰りたいと願っています。

―新しい自分を求めて故郷を後にするならば,わたしたちはきっと新しい自分に出会えるだろう。(ロバート・ニーリー・ベラー)―

 
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