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文科省「わたしたちの道徳」を検証する
小学校中学年版 子どもを「よい子」の枠にはめないで



                西條 昭男(京都教育センター)
 

 「よい子」になるにはどうすればよいか、が全編を貫いている。子どもを「よいこ」の枠にはめてはならない。あるべき「よいこ像」から子どもたちを照射するのではなく、現実の子どもの姿から出発する道徳教育でありたいものだ。

 現実の生活の中から問題をとらえ、何をどうすれば、自分も周りの人たちも幸せに暮らせるのか。そのことを子どもたちが自ら考え、行動する力をつけていく道徳教育が求められるのではないか。

 枠にはまった子どもの見方や指導ではなく、自由にのびのびした環境の中でこそ、子どもたちは自己の可能性を十分に伸ばすことができる。その考えの上に立って、日本国憲法と民主主義にふさわしい市民道徳を子どもたちに教えていくことを大切にしたい。

 以下、中学年3・4年の内容について検討していく。


1.「やろうと決めたことは最後まで」23p

 女子サッカー選手の言葉「夢は見るものではなく叶えるもの」(安直な流行のフレーズだが)を紹介し、目標めざして「がんばればきっとできる」と、マラソン女子選手の金メダル成功物語を読ませる。頑張って夢が叶えば幸せだ、しかし頑張っても夢がかなわないことがある、人生は後者の方が圧倒的に多いのだ。「がんばればきっとできる」を裏返せば、できないのはがんばりが足らなかったのだと読めてしまう。夢が叶わなかったのはがんばりが足らなかったのか。そうとばかりは言えないだろう。これは子どもたちを自己責任論に落ち込ませる危険性をはらんでいる。

 大切なことは、「がんばればきっとできる」とむやみに強調することではなく、挫折を経験してもそれに屈せず、前進することの尊さを教えることであり、そしてその力は人と人との関わりによって獲得できると知らせることである。*一面的な成功物語よりも、挫折を乗り越える重層物語を読ませたい。


2.「自分の良い所をのばして」46p

 自分の「良い所」「気になる所」が絵入りで例示されている。

 良い所例=「元気にあいさつ」「やさしくできる」「えがおがいっぱい」「仕事をがんばる」「えがおがいっぱい」が自分の良い所など、他人が言うならともかく、自分から書く子どもでいいのだろうか。友だちに気遣い、明るく振る舞うことに疲れている子どもたちが少なからずいる時代なのに、道徳の本まで「えがおがいっぱい」がいいのだと言われれば子どもの立つ瀬がない。子どもに明るい笑顔を演じさせるつもりなのかと言いたくなる。

 気になる所例=「せいとんがにがて」「わすれ物をする」「「はっきりと言えない」
はっきりものが言えるか、言えないかは態度ではなく内面の問題である。それを「気になる所」として欠点としてとらえるのはどうだろうか。

 「えがおがいっぱい」がいいとは限らず、「はっきり言えない」からといって非難される性質のものではない。子ども心に丁寧に付き合っている教師であればこれぐらいのことは自明のことである。

*友だち同士話し合って、相手のよい所を書き出して交流する授業を勧めたい。


3.家族みんなで協力し合って 136p

 「大切な家族」の項で、「あなたにとって大切な家族とはどのような人たちですか。」と問いかけて、つぎのような家族の典型を絵入りで例示している。

 おじいちゃん=こまっているときは、いつもいっしょになやんでくれる。おばあちゃん=元気がないとき、はげまして、おうえんしてくれる。お父さん=わたしたちのために仕事をがんばってくれている。いろいろ遊びを教えてくれる。お父さんが作ってくれる料理はおいしいよ。お母さん=わたしたちのために仕事をがんばっている。食事の用意やせんたくをしてくれる。しかられることもあるけど、何でも話せる。お姉ちゃん=勉強や遊びを教えてくれる。けんかもするけど、一緒に遊ぶととても楽しい。

 この典型の例示が右頁、左頁には「あなたも自分の家族のことをまとめてみましょう」とあり、書き込むようになっている。

 子どもたちはさまざま形態の家族を生きている。両親ともにそろっている家庭もあれば、母子家庭、父子家庭もあり、三世代同居、大家族もある。また訳あって親と暮らせない子どももいる。家族に大切されている実感を持っている子もいれば、そうでない子もいる。それが現実である。その現実を子どもたちは精一杯生きている。「理想的な良い家庭」像を一つの典型として提示することは、子どもたちの家庭観を豊かにし、励ますことになるだろうか。家庭・家族のありようはそれぞれ違うこと、その違いを認め合っていくところを土台としたいものだ。望ましい家庭・家族の在り方など押し付けるものではないだろう。

*実践的には、ここは作文を書かせてみることを提案したい。「家族が出てくる作文」を書いて、読み合い交流する。(作文例)・家族といっしょに遊んだり、作ったりしたこと。・家族の楽しい失敗談。ちょっと心配、気になる家族のことなど。

 それぞれの友だち同士、家族がどんな願いを持ってくらしているのかを作文を読み合い、交流することで、子どもたちなりに家族・人生を学び合うことになるだろう。


4.「合い」の力で心と心をつなげよう。81p

 オリンピック水泳400mメドレーリレーの大きな写真が掲載され、日本代表として参加した27名全員がつながりあって銀メダルを獲得したと説明がある。勝利した感動的な2枚の写真にはメダルとともに胸には日の丸。ソフトなタッチであるが、日本の勝利のために一致団結。その意図が透けて見える。

 オリンピックは国のために競技を競うから感動するのではない、個人が自分の可能性を追求し続ける姿が美しいから感動するのである。

 
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