トップ ひろば一覧表 ひろば178号目次 

文科省「わたしたちの道徳」を検証する「小学校5,6年」
伝記・物語、抽象的な言葉と無理な書き込みで、規範・徳目のおしつけ
―「心のノート」と「道徳副読本」の寄せ集めの新「道徳教科書」―



                倉本 頼一(立命・滋賀大非常勤講師)
 

 文部科学省は2014年2月14日 4月から小中学校で使う「私たちの道徳」を公表しました。これは 「心のノート」と「道徳副釈本」を合わせたような内容で 192ページにもなっています。「偉人・有名人」の格言と抽象的な言葉を規範・徳目と結びつけ「あなたはどう考えたか書きなさい」と無理に迫るノート形式、そして数多くの人物紹介、伝記や物語を一面的に「道徳徳目」に関係づけ歪めた内容になっています。


1、 ヘレンケラーのわがままを直すためサリバン先生は厳しく教えたのか

 第1章「自分をみがいて」の中に「読み物 ヘレンと共に、アニーサリバン」(p22)があります。始めてあった「次の日、朝食の時のことです。ヘレンは、いきなり、お皿のものを手づかみで食べ始めました」「ヘレンの教育は、まず、このわがままを直すことだと決心したアニー」「アニーがヘレンのわがままを直すために、厳しく教え始める」ヘレンは「わがまま」で「手づかみ」したのでしょうか。「目と耳と口が不自由な」障害を持っている子の教育は「わがまま」を直すことでしょうか。誤った決め付けです。


2、 わがまま王子が王に「わがままは一層ひどくなり」、裏切られ牢に「うばわれた自由」(p34)

 同じく1章の「自立的で責任ある行動」の後にこの物語りがあります。この編集者はよほど「自由」と「わがまま」を関係づけるのにこだわりたいようです。「自由は自分勝手とはちがう」(p28)「自立と責任」の後にこの物語を載せてます。夜の明けぬ内に狩をしていた「わがまま王子、ジュラーに 森の番人は」「本当の自由とは。わがまま勝手と違います」と注意して牢屋に「王子は大様になると」「わがままは一層ひどく」なり、裏切りを受けて牢屋に「わがまま心を正すことが出来ていれば」とはらはら涙を流したというのです。たとえ物語りでも、具体的なことなしで「わがまま」だけでは王様が牢屋に入る運命になるというのは、説得力がありません。物語は 伝記6 伝統・命物語4 外国物語4 生活文4 全17で61ページあります。


3、 宮沢賢治は「自然を愛した人」、吉田松陰と夏目漱石は「誠実」の格言紹介でいいのか

 3章「命をいとおしんで」の「こわされていく自然環境」「自然をこよなく愛した人として宮沢賢治を位置づけています。宮沢賢治の児童文学作品を「子どもの時に、石を集めるのが好き」「石や虫などに興味をもち」としていますが一面的で誤解を生みます。「誠実」の所で 吉田松陰と夏目漱石の格言を載せていますが無理があります。格言は10ヶ所あり、日本人6人 外国人4人出していますが、「徳目」との関係に無理があります。


4、「書きなさい」(ノート書き込み)と生活実感のない抽象的な言葉で道徳心、心は育つのか

 「節度ある生活ができてなかったことはありますか。そのときに、どのようなことを思ったかを書いてみましょう」(p15)←小学生に節度ある生活など無理がある。「あなたが考える『自由』とはどのようなものですか」(p29)←前のページで 自由は自分勝手とはちがう、楽が出来ると言うことでもないと太字で書いている。おしつけだ。「あなたにとって友達とは」(p73)←子どもは 自分の友達については書くが 友達とはと聞かれても書きにくい。「人間の力をこえていると思うものに出会い感動したのはどのような時ですか」(p117)←神秘主義の押し付け、美しいと感じたことは書ける。小学生の発達と現状を踏まえてない問いが多すぎる。このような設問、問いが1章に12ヶ所 2章に18ヶ所 3章に8ヶ所 4章はなんと29ヶ所もあり、全部で67もあります。結局前のページの言葉、徳目をそのまま書くことになってしまうのではないでしょうか。抽象的な問いに答えるのでは、本当のことと思いは書かなくなるのではないか。


5、「子どもの権利、自由」より「義務・責任・公共」を強調、正しい社会的、歴史的認識と矛盾

 「節度ある生活をするためにはどうすればよいのでしょう」(p15)「その自由は自分自身をだめにしていないか、その自由は他の人の迷惑になっていないか」(p31)「自由だからこそ大切にしなければならないことがある」「自分を律し、責任を持って行動したい」(p32)「誠実であると言うこと」P39)自分の自由より責任、節度を持て、そして誠実であれと言われているのだ。せっかく「権利とは、義務とは何だろう」と書きながら追いかけて「だれかが一方的に自分の権利ばかりを主張して義務を果さなかった」と受けて書くのです。「憲法が定める国民の権利と義務」(p125)とせっかく憲法にふれても「教育を受けさせる義務、働く義務、税金を納める義務」を出して、後のページでは、福沢諭吉の「ひびのおしえ」を紹介して「社会の中で生きていく上で守らなくてはならない法や決まりがあります」と繰り返します(p130)自由を「わがまま」とすり替え、権利を義務でかぶせて「公共のために役立つことを」強調しています。ここでは憲法の基本的権利をきちんと紹介し今日では子どもの「意見表明権」「こどもの権利条約」を紹介すべきです。


6、最終的には「国を愛する」道徳教育、そのために伝統文化、郷土愛、家族愛を狙う

 「郷土や国を愛する心を」(p164)では、「この国を背負って立つのは私たち」「わが国の伝統と文化を尊重し、それらを育んできた郷土やわが国を愛する態度を養いながら、未来を切り開く力を身につけよう」と呼びかけ次のページでは「季節の行事、音楽、芸能、工芸、建築」を写真を使って紹介しています。さらに次ページでは「伝統の中にある創造の力として「技術」そして「わざをみがくと共に礼儀作法を重んじ『道』を追及していく」として「剣道、書道、華道、茶道」の写真を載せて「受けつがれている日本の伝統や文化に心動かされた時」「わが国の伝統や文化に学び」と繰り返し強調しています」(p168)そして「人間をつくる道―剣道」という読み物を4ページ乗せています。「見ていて美しい」「剣道は人間をつくる道」と説きます。2回も剣道をとりあげて、もう一つの武道、柔道は出てきません。不祥事が続いたからでしょうか。


 
「ひろば 京都の教育178号」お申込の方は、こちらをごらんください。
トップ ひろば一覧表 ひろば178号目次