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■特集テーマ 2
  原発・放射線をどう教えるか


子どもたちに確かな判断力をつけるために
 「原発・放射線をどう教えるか」


        市川章人(京都教育センター学力研)
 

1.はじめに

 東京電力福島原発の事故が発生して1年2ヶ月後の今年5月初め、日本の9電力会社の原発50基が定期検査などで全て「稼働停止」するという画期的なニュースが報じられた。しかし、その一ヶ月半後の6月16日、野田政権は西川福井県知事の「再稼働に同意する」との表明を受け、関西電力大飯原発3・4号機の「再稼働」を正式に認め、7月に入り稼働再開した。拙稿が読者の目にふれる頃には、フル出力で運転されていることが懸念される。四国電力や九州電力などもこれに続けとばかりに地元自治体を懐柔している。また、地に墜ちた原子力安全行政の信頼を回復するため、「原子力規制庁」という新しい組織が立ち上げられるが、ここを担うのはこれまで情報公開をためらってきた経産省原子力安全・保安院や文科省の官僚たちで、「原子力ムラ」を継承する無責任体制は何ら変わっていない。

 こうした「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」ごとき風潮には、今なお、事故前の日常再開のメドが全く見えない被災地の方々にとっては耐えがたい屈辱であろう。昨年末の教育センター研究集会に来られた福島県立高校の大貫昭子先生は「自分たちの失敗や怠惰のせいでなく、原発事故によってそれぞれの将来の夢や希望がことごとく潰されました。いくら補償金を貰っても米も作れず、牛も飼えない、思い出がつまった自宅や学校にも戻れない」と切々と訴えられた言葉が今なお私の脳裏にこびりついている。


2.今、私たちにできることは何か

 このようにあってはならない事態が続く中で、私たち教育関係者がなすべきことは何であろうか。被災地復興への支援やボランティア活動に志願することはとても大切ではあるが、だれもが容易にできることではない。私たちが教育という仕事を通して、その気になればだれでも出来ることはこうした事実を含め、「原発・放射線の怖さ」を正しく子どもたち教えていくことではないだろうか。私たちの先輩は、戦後教育にあって、あの悲惨な戦禍をくり返すまいと「教え子を再び戦場に送るな」の決意で平和と真実を教える教師になることを誓った。今、私たちに求められていることは「脱原発、再稼働反対」の国民的運動に連帯するとともに、教育の専門家として「うやむやにされようとしている重大な出来事」を正しく教え、原発や放射線などの難解に見える基礎的な知識を発達段階に沿って小中高校すべての子どもたちに理解させることではないか。文科省の副読本批判にとどまらない真実に基づく授業づくりの必要性を強く感じた。

 そうした折りに教育センターの大平事務局長から自主テキスト作成の要請があり、同じ研究会仲間の小野英喜先生とともに喜んでお受けすることになった。ふたりで、昨年半年間にわたり「京都民報」に『1から分かる原発問題』を連載し、今年になって『フクシマから学ぶ原発・放射能』(かもがわ出版)の執筆にも携わったことがあり、構想の下地はできていた。しかし、そのまま授業に、しかも小学生から高校生まで使えるとなると知識や用語への配慮などが求められ、大平氏を含めた3人の編集作業は3月から6月まで10回に及んだ。また、後に紹介する先生方にも教科書批判や授業実践の原稿などご苦労いただいた。


3.文科省「新副読本」の問題点

 これまで子どもたちへの原発の安全神話の“布教”に使われてきた文科省の「エネルギー副読本」に代わって、2011年11月から新しい「放射線副読本」が各学校に配布されてきた。これは後に見るように、“服毒本”という表現がピッタリの内容である。科学的な視点をきちんと持たない限り、大人でもだまされる危険性がある。一般に、人をだますにはウソばかり並べても効果はない。科学的に正しいことを混ぜると、全体をウソに仕立て上げるうえで効果的である。副読本はそのようなウソの典型である。



 福島原発事故の結果、エネルギー副読本は使えなくなったが、文科省はこれまでの姿勢をきちんと総括することもなかったし、方針を変更したわけでもなかった。新しい副読本は、小学校児童用、中学校生徒用だけでなく高等学校生徒用までつくられ、発表後、教育関係者や研究団体から意見や疑問が出されたが、それを押し切って各学校へ配布された。子どもたちが直接被害を受けている福島県でさえ、教職員の研修会で内容に疑問を感じても異を唱えることができない状態で、副読本教育が推進されている。完全に上意下達による学校への押し付けである。

 新副読本は、次の表にある項目で構成されている。事故のことや原発の仕組みなどを一切省いた点、旧副読本と比べて放射線に関わる内容をかなり増やしたことが特徴であるが、内容は旧副読本と同様にかなり高度なことまで含まれている。

 放射線副読本の項目
【小学生向けの構成】  【中学生向けの構成】  【高校生向けの構成】 
◇放射線って、何だろう?
◇放射線は、どのように使われているの?
◇放射線を出すものって、何だろう?
◇放射線を受けると、どうなるの?
◇放射線は、どうやって測るの?
◇放射線から身を守るには? 
◇不思議な放射線の世界
◇太古の昔から自然界に存在する放射線
◇放射線とは
◇放射線の基礎知識
◇色々な放射線測定器
◇コラム放射線・放射能の歴史
◇放射線による影響
◇暮らしや産業での放射線利用
◇放射線の管理・防護 
◇放射線の世界
◇原子と原子核
◇放射線の基礎知識
◇放射線による影響
◇放射線の利用
◇放射線の管理・防護
◇身の回りの放射線の測定 

 紙面の制約上、詳しい問題点は書き尽くせないが、以下に主な問題点を列挙する。

@ 小学校解説編には「身近に受ける放射線があることを伝え、放射線に対して児童が不安を抱かないように配慮する必要がある」とあり、これは、中・高の副読本も含めて、全体に貫かれている基調になっている。


A どの新副読本のトップにも、スイセンの放射線写真がのっているが、これは、わずかな放射線をレントゲン写真に比べて感度が桁ちがいに高い装置で、26万倍ほどの時間をかけて感光させたものである。「人類は、放射線が存在する中で生まれ、進化してきました。私たちは、日常生活でも放射線を受けています」とあるのも、表面的な事実を恣意的に利用している点で問題である。人工であれ、自然であれ、放射線が生体に及ぼす作用に物理的な区別はなく、自然放射線であっても浴びないほうがよいのである。

B 高校用の放射線の性質では、透過作用以外に、電離作用、蛍光作用にも触れているが、電離作用について、工業的な利用や測定器への利用だけ述べて、生体への被害にはまったく触れていない。

(詳細はテキストp.54~63の拙稿参照)

 このように見たとき、旧副読本「わくわく原子力ランド」(小学校)、「チャレンジ!原子力ワールド」(中学校)は、『原発安全神話』を吹き込んだが、新副読本は新たに作成された高校編を含めて「放射線恐れるに足りず」とする『放射線安心神話』を吹聴する「服毒本」そのものと言えよう。


4.テキスト「原発・放射線をどう教えるか」の発刊

 この度、京都教育センター編集・京都教職員組合発行で刊行された自主テキスト「原発・放射線をどう教えるか」は、B5版100頁余の小冊子ではあるが、授業でそのまま使えるテキスト部分をはじめ、教師用の解説、そして副読本や教科書の批判的検証、小中高校での実践記録などが掲載されている。

 ここでは、テキストの冒頭部分「原発はどのようにして電気をつくるのですか?」を紹介しておく。

【1】 原発はどのようにして電気をつくるのですか?

(1)原子力発電のしくみ



@ 原子力発電

原子力(げんしりょく)発電(はつでん)(以下、原発(げんぱつ)という)では、原子(げんし)炉(ろ)で発生させた熱で水を加熱し、できた高温の水蒸気をパイプで送って、タービン(羽根車)を回し、それとともに回る発電機で電気をつくります。

図は、実物に比べてきわめて簡単に描いてあり、実際には100万個を超える部品やパイプでできており、高さが30m程ある大きなものです。

A 他の発電方法と比べると

理科の授業で使う手回し発電機(ゼネコン)と、発電所の発電の原理は同じです。発電所の発電機は大変大きいので、発電機の軸にタービンをとりつけ、タービンをなんらかの強い流れ(力)によって回します。

火力発電は水を加熱して高温水蒸気をつくり、それをタービンに送り込んで回して発電します。この点は原子力発電と同じで、熱を石油や天然ガスや石炭を燃やして作る点がちがうだけです。原子力発電では、原子炉の中で核分裂という反応を起こし、それで発生した熱を使っています。

水力発電は、タービンを水の流れで回して発電し、熱は必要ありません。風力発電はタービンの代わりに風車で風の流れを受けて発電機を回します。


(2)核分裂の「核」とは何?



@ ものを小さく分けていくと

すべてのものは、小さな原子が集まってできています。原子は人工のものも含め、およそ110種類ほどあり、どの原子も原子核(げんしかく)とその周り動く電子からなりたっています。

原子1個の直径は1cmの1億分の1ほどで、原子1個を人の目で見ることはできません。原子核の直径はさらに小さく、原子の1万〜10万分の1です。また、原子核は私たちの世界とも原子の世界とも異なる性質を持っています。それが、これから見ていくたいへん大きいエネルギーと放射能です。

  原子1はグラウンドの真ん中に、次のどれを置いたほどの大きさに相当するでしょうか。

(ア) サッカーボール(イ)野球のボール(ウ)卓球の球(エ)米粒

A原子核がさらに小さな粒でできている

こんなに小さな原子核がもっと小さな陽子(ようし)と中性子(ちゅうせいし)という2種類の粒がいくつか集まってできています。陽子はプラスの電気をもちます。中性子は、陽子とほぼ同じ大きさと重さがありますが、電気をもちません。

陽子の個数によって、その原子核でできている原子の化学的な性質(元素の種類)がきまります。陽子の数が同じで、中性子の個数だけがちがうものを同位体(どういたい)といいますが、重さがちがうだけで同じ化学的性質をもちます。



陽子が92個のウランには中性子が143個と146個の同位体があり、それぞれウラン235、ウラン238といいます。235や238は陽子と中性子の合計数で質量数(しつりょうすう)と呼びます。天然のウラン鉱石の中にはウラン238が約99.3%で、ウラン235は0.7%しかありません。

もっとも簡単な原子核が水素で、陽子1個です。同位体は中性子1個が加わった重水素、中性子が2個の三重水素です。

(3)核分裂とは



@ 安定になろうとして核分裂を起こしやすい大きな原子核

大きな原子核は不安定で、割れることがあります。これを核分裂(かくぶんれつ)といい、たいてい2つに割れます。陽子同士は反発するので、多くの陽子を含む原子核ほど反発力も大きく、バラバラになろうとします。それを、中性子が核力(かくりょく)という力で陽子と強く結びつくことによって抑えています。しかし、外から中性子を当てるとさらに不安定になって割れるものがあるのです。中には、自ら勝手に割れるものもあります。

おおまかにいえば陽子が多いほど原子核は壊れやすく、現在の地球では陽子が93個以上の原子核は天然には存在しません。天然で最大の原子核が陽子92個のウランです。


この自主テキストは主な部分を私と小野先生で執筆しましたが、次の先生方にも執筆協力頂いた。(敬称略)

 岩間正樹(京都府立高校) 大平 勲(京都教育センター) 大八木賢治(京都市立中学校)
 清水忠司(亀岡市立中学校) 辻 健司(京都市中学校) 中村雅利(京都市小学校)

 このテキストは6月20日の発刊以来1週間で、初版分(1,000部)が他府県からの注文も含めて普及され、更なる普及とともに批判検討を含めてこのテキストを使っての実践が集約されることを期待する。

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