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■特集テーマ 1

 地域で育つ子どもたち

総論
地域の活動と子どもの発達


             棚橋啓一(京都教育センター・子どもの発達と地域研究会)

 

 (1) 集団の主体性、子どもの主体性

 子どものための、あるいは子どもを中心にした地域の活動と言っても、地域で子どもたちも参加して計画し主体的に取り組みを進める活動というよりも、最初から外部で計画され、枠がありレールが引かれている取り組みが多いのではないだろうか。そこでは、子どもに『してやる』『与える』『遊ばせる』式の活動が多く、子どもは、してもらうという受動的な立場に立たされている。そして、子どもとはそういうものだ、子どもには“してやる”のが大人の務めだ、と思っている大人も多い。いわゆる“子ども扱い”である。これでは当然、子どもには、受動的、従属の“しくみ”が身についていく。

 しかしそれは、子どもを一人の人間として育てる、子どもの主体性を尊重する、という基本的な重要なところで大きな問題を含んでいる。この点から言っても「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」がもっと日常的に重視されなくてはならないと思う。
 また、「つどい」や「キャンプ」「勉強会」「クラブ」などをしていても、そこで子どもたちが主体性をもって、自分から本気でやる気になっているか、活動しているか、やらされてやっているという状態になっていないか、が問題なのである。『動機づけ』という言葉があるが、それが大人の側の考えている目的や方向に子どもを乗せる、その気にさせる手段としてエサで釣るようなことであれば、それは大人中心の考えであって、子どもが本当にやる気になった、子どもが課題とか目標を主体的に自分のものにした、とは言えない。それでは動物に芸を仕込むのとあまり変わらないではないか。

 その子どもが『主体性』に取り組んでいるかどうかは、発達や学習にとても重要である。そしてもっと基本的な、人間形成、一人の人間としての自立にも関わる重要なことである。従って、子どもと関わる大人は、子どもとの関わり方、子どもと自分との位置・距離をどうとるか、について、子どもの主体性を無視、軽視しないように、いや、育て伸ばすようにいつも気をつけていることが求められているのである。そしてそれは大人自身の主体性、集団の主体性と深く関わっているのである。


(2) 人間は体外情報型・学習型の生きもの

 子どもの成長・発達を考える場合、子どもの『主体性』とともに重要なのが子どもの周囲である。一般の生物は、ほとんど体内にもっている遺伝子からの情報によって一人前になる。昆虫は誰にも教わらないで一人前の成虫になる。しかし人間は体内の遺伝子の情報だけでは一人前の人間になることはできない。言葉も生活のしかたも周囲から学び取って身につけていかなくてはならない。だから遺伝子には織り込まれていない周囲の文化が重要なのである。京都で育てば京都弁が身につく、フランスで育てばフランス語が身につきフランス流の生活のしかたが身につく。地域の文化が子どもを育てるのである。
 それも、よく見ると、子どもは多くの場合、その子に直接関わっている人や“もの”から学び取っている。話し方、行動のしかた、考え方もそうである。

 人間的な発達に重要なのは

@ 人間的環境
A 文化を身につけた人との共同の営み
B 能動性

と言われている。周囲の文化と地域の活動や集団が重要な所以である。


(3)柔軟な地域の活動

 子どもの主体性を考えるとき、当然大人の主体性も問われる。そして今、関わっている集団の主体性もだいじである。受け身の活動では、こうしたらもっとよいのではないか、こうやってみよう、あっ、これは面白い!というようなことが出て来ない。子どもたちにも決められた予定の範囲から出ないことが求められる。それでは、大人も子どもも本気で、「よし、やろう」とか、創り出す活動に「チャレンジ!」とか、「やったー」という感動が出てこないのも当然である。
 それに対して、子どもが本気になって、自分たちで決めた活動に自分たちで挑戦する、集団もそれに柔軟に対応できる自由をもっていればどうなるか。

 私が関わっていた小学生1〜5年生10人余りの公園の遊びのグループに、「ここで『子どもまつり』をやろうか」と声をかけたことがある。最初は、「それ、何?」という感じだった。それは当然のこと、なんでも最初はそうだ。
 そこで他所の『子どもまつり』の面白かった話や私がやってみたいことなどを聞いてもらった。これからやろうとすることの、おおよそのイメージができないのでは、子どもも(誰でも)考えようがない。そこで経験のある人とか知っている人(つまり文化を身につけた人)が必要である。その人のうまく伝える努力も求められる。しばらくすると子どもにもそれなりのイメージが持ててきたのだろう、「やろうか」という声が出てきた。

 『やらない』という決定もできる状態、柔軟性のある状態でこそ本音の話し合いができるのである。一人一人が『やる』と決めなければ『やる』という決定には至らない。そこに集団の主体性を確立する過程があるのであり、その中で構成員一人一人の主体性も育つのである。

 キャンプなどについても、経験のある子どもはやる気になるのも早いだろうが、まだイメージの持てない子どもや楽しい経験を持てていない子どもには、やろうと心に決めるまでには、それ相当の時間がかかるし、かけなければならない、情報も提供しなければならない。そしてみんなの夢や希望が話し合われることも必要である。その話し合いが持たれてこそ、去年とは同じでない新鮮なキャンプや取り組みのイメージができ、みんなの中で膨らむのである。そしてほんとにやろうという気になってくるのである。(子どもは知りたがり、やりたがりだ)

 話し合ううちにみんなが盛り上がってきて『子どもまつり』をすることが決まった。主催者(主人公)となった子どもたちは、ポスター作りも会場作りも遊びの準備もやればやるほど面白くなってきた。ものを創り出す活動、創造的活動は人を生き生きさせる。『まつり』当日も受付や自転車の整理も積極的で臨機応変にこなしていった。遊びの世話やリードも張り切ってやっていた。準備中から子どもたちの様子に動かされて、親たちも『餅つき』で参加することになった。予想以上の『まつり』になった。地域の活動は地域の大人にもつながっているのである。


(4) 子どもの発達、集団の発達

 この「子どもまつり」で子どもは大きく質的な変化・発達をしている。そして、遊び仲間の集団もまた質的に変わっていった。それについて、いくつかの点を挙げてみたい。

 @疑似体験でなく、本ものの活動

 誰かが作ってくれたのに寄りかかるのでなく、一から自分(たち)が創り出す立場に立って自ら考える。一度決めれば、それをみんなでいっしょに取り組む。すると具体的にことが進み出し、考えていたことが姿を現す。またそこでいろんな課題が出てくる。それと取り組んでーーというふうに、一つ一つ前へ進む。一時の遊びでなく、地域のみんなに関わる本ものの活動である。真剣さや集中力もぐんと深まる。だからやったことが身につく。そこには未経験のことにチャレンジする緊張、“やったー”という達成感、そして仲間との共感がある。

 集団としても、これだけの取り組みを、子どもたちが相談、決定、分担もしながら組織的に進める力や民主的な組織・運営の力をつけたのである。

 A子どもの発達段階に応じて

 異年令の集団、物知りもいればあまり話さない子どももいる、いろんな力をもった人がいる。多様な関わりの中で、一次元的な単純な考えややり方を超えて、二次元的多次元的な考え方関わり方を身につけていく。やるべき仕事も多種多様であるから、やろうと思えてくることがいっぱいある。子どもたちは、やる気になればかなり大きな力を発揮する。また新しい力を身につけて行く積極性もある。今、規制や“世話のしすぎ”の多い子育て・教育の中で育てられている子どもには、特に重要であると思われる。

 B抽象する力や論理を操作する力

 この力は、小学校高学年、中学生になってどんどん発達する力である。活動する集団では話し合いや決定(集団の意思を明確にする)をすることが多い。今問題になっていることの意味、本質とか、自分の考えとあの人の考えは、どこが違い、どこでは共通なのか、どういう筋で計画を立て分担をすればいいのかなど、いろんなものから共通な質を捉えたり、おかしいと思う理由を説明したりする力は、集団で共同の活動に取り組むときには大きく発達する。発言のしかたや説明の仕方もわかってくる。

 集団も、このような力を持つメンバーに支えられて発達する。ぶつかっている問題の整理、意義の把握・確認、方針・計画の立案・検討、実行段階での諸問題の解決、総括・反省、今後への生かし方等々について、会議の中で深める力も、質的に高いまとめができる力も持った主体性のしっかりした組織に発達していく。


(5) 私たちの課題

 今、日本の社会は、子どもも大人も時間に追われ、狭い範囲の活動に縛り付けられている。多くの人がゆとりが持てないような状態に置かれている。それだけに私たちは意識的に主体性や柔軟性をだいじにしなければならない。それには子どもを一人の人間として尊重する子ども観の確立を求め、また子どもたちには一次元、二次元の力、抽象・論理の操作能力などを育て発達させるためにも、話し合いと共同の活動の場を保障しなければならないと思う。そのためにも各地で取り組まれている主体性をもち多様性、柔軟性をもった地域の集団・組織的活動を増やし広げることが求められていると思う。

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