トップ ひろば一覧表  ひろば168号

■特集テーマ 1

 安全で豊かな「食」と子どもの育ち

総論
安全で豊かな「食」と子どもの育ち


             高橋 和子(家庭栄養研究会顧問・消費生活コンサルタント)

   

1.放射能汚染時代の食べもの

 「子どもに牛乳を飲ませるのが怖く、飲ませていません。」、「子どもには、オーストラリア産の牛肉を選んで食べさせています。」、「学校給食の食材は大丈夫ですか?」、「毎日食べるおコメが、野菜や牛肉と同じ基準値で大丈夫ですか?」、「子どもに食べさせるものが大人と同じ基準では不安です。」、「毎日の食事の摂り方の注意点は?」。9月20日の学習会でのお父さん、お母さんからの堰を切った声、声が続きます。

 あの衝撃的な3月11日の東日本大震災と史上最悪の原発事故が半年以上続くなか、深刻な放射能汚染の実態が次第に明らかになってきました。原乳、葉物野菜、飲料水、コウナゴ、茶葉に始まり、日本全国にあっという間に拡がってしまつた汚染肉牛(7月中旬)、そして、おコメまで。当初の放射性ヨウ素による汚染から、より半減期の長いセシウム・ストロンチウムによる内部被曝への不安が京都でも拡がってきました。

 いままで、「原発の安全神話」にとりつかれ、国は食品が大規模に放射能汚染される可能性は「想定外」にしてきました。ですから、食品衛生法で国内に流通する食品中の放射性物質の規制値を設定してきませんでした。事故後6日も経過した3月17日に、厚生労働省が原子力安全委員会の「飲食物摂取制限に関する指標(国際放射線防護委員会=ICRP)が勧告した基準を基にしたもの」を取り急ぎ当面の暫定規制値<表1>とし、この数値を上回る食品を食品違反として販売等の禁止措置を決定したのです。その後、3月29日には、食品安全委員会(内閣府に2003年7月1日設置)で食品の健康影響評価(リスク評価)について検討して、<表1>の「食品衛生法に基づく暫定規制値」を追認しました。しかし、《放射性物質は、遺伝毒性発がん性を示すと考えられ、発がん性に関する詳細な検討及び胎児への影響等について詳細な検討が本来必要であり、今回の検討では、発がん性のリスクについての詳細な検討は行えてない等、さまざまな検討課題が残っている》との「放射性物質に関する緊急とりまとめ」も付け加えられました。特に、子育て中の親の大きな不安と風評被害を拡げながら、十分な安全審査もされないまま暫定規制値が決まったのです。

 これまで1986年のチェルノブイリ事故後、私たちは「汚染された食品を子どもたちに食べさせたくない」と国に輸入規制を求めて、日本ではセシウムの規制値を370べクレル(1kg当たり)とし、規制値以上の輸入食品は輸入禁止にさせた経験をもちます。

今回の<表1>の暫定基準値のセシウムは穀物、肉、魚などは500ベクレルにゆるめられています。また、子どもも大人も同じ値です。食べる頻度の高い食品については?例えば、穀類の499ベクレルのものは市場に出回っているの?など問題だらけです。「安全基準」ではなく一定の被曝は認めての「がまん基準」なのです。この基準を検証し、必要な見直しを国に求めるべきだと思います。

 射線被曝の健康への影響は、この量までなら安全という「しきい値(許容量)」がないことは、国際的にも認められています。低線量でも長期間被曝すると晩発障害をひきおこすリスクが高くなるのです。とくに深刻な影響を与えるのが、口から摂り入れる飲食物を通じた体内被曝です。「放射線に最も弱いのは、最も早く成長している妊婦の胎内の胎児であり、子供なのです。つまり、胎児と子供は放射線によって、DNAに傷がつけられ、癌などの深刻な健康被害がもたらされる可能性が高いのです。成人ですと、白血球、腸皮、毛髪が細胞分裂を盛んに行っているので、放射線の影響を受けやすく、被曝によって脱毛、貧血、下痢の症状が現れることがあります。」と児玉龍彦東京大学アイソトープ総合センター長(註1)の言葉の重みを改めて受けとめます。

 一旦外部に放出された放射能を消去できないのであれば、汚染された大気、土、水、海水、汚泥、農産物、飼料、堆肥、家畜、魚介、人体など自然界のあらゆる領域で、拡散・濃縮・食物連鎖などを通じて循環するものを処理・除染し、封じ込めるてだてを国の責任で講じてほしいと思います。

 そして、その実態とリスクを包み隠さず国民に明らかに開示すべきです。食の安全を確保する上でも当面実施してほしいこととして、2つ考えられます。

(1)暫定基準値を定めている以上それを超える食品は、流通させないことを政府は最低限、守ってほしいと思います。そのためには、放射能の検査体制の遅れが深刻です。私も直接、電話で食品中の残留放射能の検査機器について関係省庁の窓口に問合せました。京都府においては、ゲルマニウム半導体検出器は保健環境研究所の1台と民間の島津テクノリサーチに多くを委託し月に12〜3品目の検査のみ、京都市も1台で同程度の検査。(それぞれ検査のデータは、ホームページで公開されています)。一方、行政まかせの検査だけでなく、民間でも農民連食品分析センターが広く募金を呼びかけ購入した、1台約500万円のシンチレーション検出器2台が稼動し始めており、秋には、ゲルマニウム半導体検出器(重さ1tもある放射性物質を種類ごとに細かく分析できる。1台1500万円〜2000万円もする装置)も納入予定だということで、大いに期待したいものです。

 またもう一つ、(2)妊婦と子どもを守るために汚染された土壌の除染を急いで、生活環境から切り離すなどの措置を取ってほしいと思います。

 もしも若狭湾の原発銀座で事故が起これば、近畿の“水がめ”である琵琶湖まで“死の灰”で汚染されてしまいます。食べものも人も汚染します。また、トイレのないマンションと言われて久しい“核のゴミ”=放射性廃棄物も貯まりに貯まっています。私たちも地域・職場で「原発ゼロ」や「さようなら原発」、「脱原発」と行動の輪を拡げることが必要でしょう。長期間継続する放射能の実態を正確に、そして系統的に調査したものを開示してもらいながら、命を未来につなぐための学習会や国・府市への要請、放射能測定隊、そして集会など知恵と力を出し合い楽しく、息長く取組むことが求められる時代をむかえています。(私も一員として居住する京田辺市で実践中です)。


2.「食の安全」とTPP

 PTAのこと?」「食品添加物のOPPなら聞いたことがあるけど、TPPってなに?」、「大震災で被害を受けた東北地方は、食料生産の拠点地でしょう。まだ、復旧・復興も進まない中でのTPPへの参加は心配よね」、「いま以上に輸入食料品が増えて安全基準が緩められることには反対よ」など子育て中のお母さんたちの会話。昨年の11月はじめ、突然浮上したTPPTrans-Pacific Partnership・環太平洋連携協定のことを略していいます。その中身は、すべての品目の関税をなくすとともに、貿易の障壁となっているものを取り除くことを取り決めています。「食の安全」の分野でも大変なことになります。いままで消費者運動の中で築いてきたものが崩されていくことは明らかです。

<その1>畜産飼料が大量輸入されている中で、2001年9月、日本で初めてBSE牛(狂牛病と言われていた)が発生しました。そして、2003年に「食品安全基本法」と「食品衛生法改正」の成立に繋がりました。この年、米国でBSE牛が発見されたことがきっかけです。この法律により、日本は米国産牛肉の輸入禁止措置をとることができました。しかしその後、米国の圧力を受けて、05年には、BSEが発生した米国産牛肉は「脳、脊髄などの危険部位を取り除いた上で、月齢20ヵ月以下の若い牛に限って輸入を再開させる」ことになり現在に至っています。米国が、TPPのカードとしてこの牛肉規制緩和を求めてくることは明らかです。

<その2>米国では食品添加物が約3000品目、使用が認められているとされていますが、日本は、指定添加物で413品目、既存添加物419品目。TPPを主導している米国政府は、この2000品目の差を一気に縮めたい立場です。

<その3>残留農薬基準の大幅な緩和もあります。ポストハーベスト農薬の使用も増えてしまいます。

<その4>輸入の急増により、今でも少ない食品衛生監視員などによる検査率が減り、口蹄疫や鳥インフルエンザや新型のウィルスの侵入防止にも脅威を与えます。

<その5>とりわけ国内の農産物が、<表4>の農水省の試算でみても食料自給率(カロリーベース)で40%から14%程度に減ることになっています。その分コメなどの食糧から、食品やすぐに食べることができる袋入りのお菓子・おにぎりまでもが外国で作られた輸入物に置き換わり、子どもの口に入ることになるのです。考えただけでそんな子どもたちの姿を見たくありません。TPPへの参加の論議が不十分なまま今年中にも押し切られていく政治状況です。このTPP問題を通して、「農」と「食」を守る共同の輪を広げ、子どもたちへの安全で豊かな「食」の環境を保障していきたいと思っています。


3.「食育」と子どもの育ち

 2005年「食育基本法」が制定されました。40年私たちが発行し続けてきた「たべもの通信」の主張を取り入れてくれたかと思うほどで、感慨深いものでした(ただ、食育推進基本計画に基づいて実施していく段階で、上からの「こうすべき」論とイベント化〈予算が付かなくなるとしぼむ〉していることに少し違和感がありました)。

 私は今年79歳になり、2人の孫を預かりながらの暮らしです。地域の食改の会員でもあり、小学生の食事指導にも出かけます。子どもの育ちによりそいながら、自分自身で食べるものを選ぶことができ、素材に触って実際に料理してみて、本物の味と出会ったとき、子どもたちは満ちたりた嬉しそうな顔をしてくれます。「他の命をいただきながら生きているのよ」、「おコメも、一粒の米粒を蒔いて、沢山育ってくるのよ」などの食卓での会話を楽しみながら食育を始めることも大切です。

 栄養教諭の方々からの地域に根ざし、豊かな子どもたちの育ち合う実践活動が、これから沢山紹介されることを期待します。

 そして、「食の営みが、からだをつくる・心をつくる」と三十一年目を踏み出した「より豊かな学校給食をめざす京都連絡会」。これから益々、安全で豊かな「食」を保障していく上でも大切な役割を担うことになることでしょう。期待します。

(註1)児玉 龍彦 氏 「除染せよ、一刻も早く」    文藝春秋 10月特別号

 参考誌  「たべもの通信」8,9,10月号     編集・家庭栄養研究会

「ひろば 京都の教育168号」お申込の方は、こちらをごらんください。
トップ ひろば一覧表  ひろば168号