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■特集テーマ 1

  震災・原発と教育

総論
原発問題と教育 正しく「怖がる」知識や真理を


     小野 英喜(京都教育センター・立命館大学非常勤講師)



(1) はじめに

 福島原子力発電所(原発)の大事故は、人類史上最悪の事態になっています。東京電力と政府は、原子炉が3月11日にメルトダウン(溶融)していたとことを2ヶ月以上も明らかにせず、放射能による環境汚染についても核種と放射線の種類や線量を部分的にしか公開しないため、私たちは正しい理解も判断もできません。

 このような大事故の渦中にいる国民の多くは真実を理解できないためか、この事態になっても「原子力の安全神話」と「原発がなければ電気が使えない」などの「脅し」を払拭しきれないでいます。

 日本人は世界で唯一原子爆弾(原爆)を投下された国民として、学校教育で原爆や原発の原理とその基礎知識を学ぶ権利があります。さらに、アメリカ、ソ連(当時の)、中国などの核爆弾の保有国による核実験は、地球上に放射性物質がばら撒く環境汚染とそれに伴う被害を世界の人びとに与えています。1954年アメリカのビキニ島の「水素爆弾」実験の被害者である第五福竜丸の乗組員大石又七氏は、「今の日本人は核の恐ろしさをどれだけ知っているのだろうか」「核が平和を守るなんて主張は間違い」?1?と語っています。

 福島原発の事故に関連して、複数の大学の学生に原子力等の知識・理解を事故後1ヶ月以上経過した時点で調査したところ、次の語彙を「説明できる」と答えた学生の割合は、「原子」で53%、放射性同位体(11%)、放射線(31%)、アルファ線(8%)等でした。日本の原子力発電でつくられている電力量の割合を正しく答えられたのは40%で、「核兵器と原発の原理は同じ」と答えられた学生は49%に過ぎませんでした。


(2)学校では真理が教えられているか

@ ビキニの水爆実験で第五福竜丸が被爆した直後、アメリカの意向を受けた保守3党は、突如2億3500万円の原子炉建設修正予算を強行し、翌年には原子力推進の国会決議がうけて日本の原発建設が始まりました。歴代の政府と電力会社は、原子力の「優位性」と「安全神話」を日本国民に植え付けるために、図のように「原子力支援事業」として「出前授業、施設見学、ポスターコンクール」などを行い、さらに教科等の指導資料を無料配布や教員や児童・生徒に原発見学会を企画するなど、学校教育を利用して原発の「安全神話」を定着させてきました。こうして押し付けられた「安全神話」は、今回の事故で完全に破綻しましたが、私たちは原発の原理や危険性などについて教科の教育においても十分に教材化できないでいます。

図 平成22年度 原子力教育支援事業  文部科学省
学習機会の提供 課題の提供 副教材等の提供 財政的な支援
小学生
中学生
高校生
高等専門学校生
出前授業の開催
施設等の見学等
原子力ポスターコンクールの開催
課題研究コンクールの開催
学習機器の貸し出し、教育情報の提供、副教材等の作成・普及 原子力・エネルギーに関する教育支援事業交付金
教育職員等 教育職員セミナー基礎コース、応用コース / 同上 同上

A 教科書教材では、平成10年改訂の中学校学習指導要領「理科1下」の「科学技術と人間」で原子力エネルギーや原発の「長所と短所を考察させる」ことになっています。ところが、教科書ではその「短所」を脚注で説明しているものもありますが(K社)、全く触れていないもの(D社)もあります。教科書指導書には、長所として「少量の核燃料から大量の発電ができる」とか「危険な放射線や放射性物質が外に漏れないように何重もの防護をしている」ことをあげ、原発の「優位性」を示しています。短所としては「ウランの埋蔵量に限りがある。放射線への安全対策が必要」(K社)としています。しかし、「放射性廃棄物の安全な処理方法はまだ確立されていず、今後の課題である」(K社)と記述している教科書は少なく、私たち自身が原発の問題を自主編成して学習計画をつくらない限り、「長所」だけが子どもの印象として残ることになります。

B 高校では、1970年改訂学習指導要領の「物理T」に「原子力の利用と安全性や放射能」という項目があり、82%の高校生が学んでいました。しかし、1978年改訂で「物理」が選択科目となり履修者は34%に減り、1989年改訂では「物理TA」の学習内容として「原子力の利用と安全性や放射能」があるものの18%しか履修しませんでした。このことからも、原子力について学習した高校生は少なくなり、現行の学習指導要領では「物理U」で核分裂、原子炉、核融合などを学習できますが、選択している高校生は15%程度です。しかもこの章は、大学入試からも除外されている「選択項目」です。このように、この20年間の高校理科教育で原発や核兵器を学んでいる生徒は極めて少数になり、国民が原発の科学的な知識を持てず、原発の「必要性」と「安全」の神話を払拭しきれないでいます。

C 一方、日本原子力学会は、「学者」を動員して小学校から高校までの学習指導要領と教科書の記述を詳細に調査・検討し、08年学習指導要領改訂への「提言」を出し、教育内容の変更等を要求しています。例えば、「現行の小学校の教科書における原子力の記述はほとんど見当たらない」とか、「記述内容がやや偏っている」と不満を述べ、中学校教科書については「原子力発電のメリットについて述べている教科書はほとんどない」、「地球温暖化・・・における原子力の有用性についての説明ができていない」などの苦言を呈しています。その上で「提言」は社会科と理科で「原子力施設の安全性は高く、実際にはガン、自動車事故などよりもリスクが小さい」など6点にわたって原発の必要性を教えること求めています。


(3)原発は全人類の共同の敵である

 原子力を人類が手にしたとき、最初にしたことは核競争に勝つことでした。アメリカは広島(ウラン爆弾)と長崎(プルトニウム爆弾)に原爆を落とし、プルトニウムを得るために原発をつくりました。原爆と原発の違いは、反応の速さだけで全く同じ原理です。しかし、それをコントロールすることは、人間の技術では不可能であることを今回の福島原発の事故だけでなく、これまでも頻発している原発事故が明らかにしています。 アメリカの哲学者ジョン・サマヴィルは、著書?3?の序文で原子力の利用について、「全歴史上はじめて、全人類にとって 一つの共同の敵があらわれた。・・・核(原子核反応)というわれわれの敵は、プルトニウムをつくる原発だけでない。それは、原発から利潤をつくる経済である・・・それは、この共同の敵について真理を教えぬ教育である。・・・それは、無知であり克服できる。そして、われわれは 、それを克服できるのだ。人々よ、団結し、この共同の敵を打ち破ろう!」と述べています。 サマヴィルが提起した共同の敵である「核・原子力」について、私たちは学校教育で真理を教えてきたでしょうか。子どもの「無知」を克服する教育活動をすすめてきたでしょうか。私たちはがすすめる教育が「人類の敵」になってはならないのです。福島原発の大事故を契機に、もう一度私たちの教育実践を省みることが求められています。  


(4)知識や真理を教え、正しい「怖がり」を身につけさせてきたか

 一方で、政府と電力会社がマスコミを通して垂れ流しているコマーシャルによって、少なくない国民は、「原子力発電の必要性と安全神話」を信じ込んでいます。これは、福島原発事故後でも大学生の半数近くは「原発は経済活動や生活のために必要である。福島のような事故は超大地震に伴うまれなことで原発は安全」と今でも信じています。それは、日本の国民が正しい知識を教えられず、長い間呪文のように耳にした「安全神話」を批判的に考えられないからです。

 今こそ学校教育の課題として、主権者である国民がものごとを科学的・批判的に思考することに成熟できるように、私たちは教育内容を集団的に再構成する必要があります。それは、理科や社会科や家庭科などの特定の教科の問題だけでなく、道徳や特別活動や「総合的な学習の時間」などすべての教育活動の課題です。現在の日本が直面している課題に対して、私たちは、未来を担う子どもたちが正しい知識と科学的な認識を獲得できる教育活動をすすめていくことが必要です。学習指導要領が改訂され、教科の学習内容に原発に関連する項目があり、これらを活用して教材の自主編成をすすめ、教員集団としての力量を発揮することが求められています。

@ 小学校理科でこれまでは「地震」と「火山」を選択で学んでいましたが、改訂学習指導要領では6年生で「土地は、火山の噴火や地震によって変化すること」を全員が学ぶようになっています。世界でも有数の地震や火山が多い日本の国民として、これらについて正しい知識をすべての子どものものにすることが必要です。ところが、日本原子力学会の「提言」?1?は、「原子力発電所においては環境に配慮していることや安全性の確保につとめている」こと、「発電所などの施設を見学する」ことを学校教育に求めています。しかし、3年・4年の社会科のように「飲料水、電気、ガス」を「節水や節電などの資源の有効性」に限定することは、道徳的な内容になる恐れがあり、この「提言」に引き込まれることになります。

A 中学校の改訂学習指導要領では、理科の第一分野の「科学技術と人間」で「人間は、水力、火力、原子力などからエネルギーを得ている」ことをあげ、「放射線の性質と利用」にも触れることを指示しています。私たちは、社会科の地理的分野では「資源・エネルギーと産業」や「環境問題や環境保全」の章を生かして原子力発電を教材化できます。 中学校の理科では、「火山と地震」「地層」などを学びますが、「断層」については「関連付けて触れる」程度の扱いです。高校で「地学」を学ぶことが極めて少ない現状では、プレートテクトニクスや断層を中学校で学ぶ機会をつくることが必要です。教科書の内容を学習する限りでは、断層の上にある浜岡原発や福井県にある原発の危険性を知らされても、現在の国民の多くは理解できないという実態があるのは当然です。

B 高等学校学習指導要領で理科の科目が全面的に改訂され、生物基礎、地学基礎、化学基礎、物理基礎の2単位科目が選択必修になりました。私は、この「基礎」の4科目すべてを高校生が学ぶことを願っています。本稿で取り上げているテーマに限定しても、地学基礎では「プレート運動、火山活動と地震、地質構造」を、化学基礎では「原子の構造、物質の変化」などを、物理基礎では「エネルギーとその利用」で「化石燃料の利用と共に原子力や太陽光」を学ぶことができ、現在の教育課題に対処することができます。

C 原発の問題を「使わない電気は消しましょう」とか「原発は温室ガスを出さない発電方式として最良」程度の道徳教育に矮小化することは間違いです。原発推進のために湯水のように使われている税金を再生可能なエネルギーである太陽光や地熱やバイオなどの発電の拡大に活用すれば、イタリアやドイツのように原発を全廃することは困難ではありません。また、独立系発電事業者の電気や、稼働率を意図的に50%程度にしている天然ガス発電を拡大すれば、原発がなくも発電量は十分あるともいわれています。

D 全国の高校では生徒会活動が低調であり、ホームルーム活動が受験対策に使われているという調査結果があります。???生徒会やホームルーム活動を本来の自主活動として環境問題などの社会や政治の課題を議論する場にすることが、原発を高校生自らの問題として真剣に考えることにもなり、事実に即して学ぶという科学的な思考力も鍛えられます。


(5) 原発の事故は本当のことを理解してから「怖がる」こと

 原発を決して容認できないのは、原発が計画された最初から決定的な課題・弱点を持っているからです。それは、第一に原発が「トイレのないマンション」といわれ、核燃料製造時に出る放射性残渣や使用済み核燃料などの廃棄方法も確立せず廃棄場所もないことです。青森県六ヶ所村の再処理施設は、本格的な処理施設でも埋蔵場所でもありません。経済通産省は、アメリカのエネルギー省と共同してモンゴルに使用済み核燃料等の処分施設を建設する極秘計画を進めています。使用済み燃料は、単なる「ゴミ」ではなく、核崩壊熱のため数十年間は冷却し続けなければなりません。さらに、核燃料や廃棄物の中には多種類の放射性元素があり、半減期も1000年を越すものも多く、その扱い方によっては人類だけでなく地球上のすべての生命を消滅させることにもつながります。原水爆と核実験の廃止は、人類共通の緊急の課題です。

 第二に、今回事故を起こした福島原発は沸騰水型軽水炉で、設計したデール・ブライデンボー氏が1953年から欠陥があると警告していたものです。???また、現在使われている原発の大半は30年以上使われて老朽化し、危険極まりない原子炉です。そして、第三には、原発の事故は地球上に高濃度の放射性物質を撒き散らし、環境汚染を引き起こしています。魚介・海草、農産物、家畜、乳製品、さらに飲み水や呼吸のための空気も放射性物質で汚染されていることは、生きることもその場所も奪うという取り返せない事象です。 国の原発安全指針は、原子力安全委員会が「明らかに間違っていた」???というほど今回の事故で国民の命を守るものではないことが明らかになりました。私たちは、原発がこのような事態になることはすでに1986年のチェルノブイリの事故で知っています。イタリアは、この事故の翌年、国民投票で原発を止め、福島原発の事故を受けて原発の全面撤退を決めました。 歴史を学ぶ意味は、人間が子どもたちのために過去の経験を未来の安全と平和に生かすことなのです。


【注】
(1)「朝日新聞・夕刊」2006年11月17日、および「しんぶん赤旗」2011年5月23日
(2)日本原子力学会「新学習指導要領に基づく小中学校教科書のエネルギー関連記述に関する提言」平成21年1月
(3)John Somerville著・柴田・立花訳「核時代の哲学と倫理」青木書店 1980年
(4)広瀬隆著「福島原発メルトダウン」朝日新書 2011年 220ページ
(5)小野英喜「学習指導要領の改訂と教科外活動」 教科外活動と到達度評価  第12号 2009年11月
(6)「日米が核処分場極秘計画」毎日新聞 2011年5月9日
(7)「設計者が明かす」週刊現代 2011年4月16日号 グラビア
(8)「安全指針全崩壊」朝日新聞 2011年6月12日

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