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■特集テーマ 2
 京都の高校入試・高校教育の実態と課題

総論  京都の高校教育のあり方を考える
         −その現状と課題−


                   磯崎 三郎(立命館大学)



 1985年に、類型制を中心とした京都の高校教育の「新制度」が始まって25年になります。戦後の高校教育の基本である高校三原則(地域制=小学区制、総合制、男女共学制)は、その後の京都府・京都市教育委員会の政策により地域制を始めとして大きく変えられ、学力等による高校ごとの「特色」=格差が明らかになり、さらにそれが拡大する傾向になっています。

 しかし、京都府教委・市教委による類型制を中心とした教育制度は、さまざまな問題点・矛盾を生む中で多くの手直しを余儀なくされ、ついには類型制の破綻を府教委も認めざるを得なくなっています。山城通学圏(宇治市以南)の府立高校では、2011年度入試(現中3生が受験)から、類型制を廃止した入試が行われます。

 こうした類型制の破綻はどうして起こったのか、どういう面に破綻が現れたのか、これからの京都の高校教育・高校制度はどうなっていくのか、どうすればいいのか、などを考えてみたいと思います。


1 類・類型制の破綻はどのような面に表れたか

 そもそも京都の類・類型制は、スタートする以前から制度の内容面で問題が多く指摘されていました。戦後40年近く実施され定着していた地域制をいっぺんに取り払って大学区制や中学区制にすることができなかった府教委・市教委は、各通学圏ごとにT類・U類それぞれの総定員の合格者を決め、地域の高校に割り振るという地域制(総合選抜制)を残す制度を作りました。これは、学校間格差と校内格差(T類とU類)の両方を持つ問題の多い制度と言われました。また、U類であれば中学3年で「人文系」か「理数系」かという将来の進路を決めさせられる、中学3年時の成績でT類かU類かという学力別クラスに分けられ将来の道が左右されるなどの問題も言われていました。

 では、類型制が開始されてから現在までに、どのような面に破綻が現れたのかを見てみましょう。


@「U類離れ」の進行  

 類型制が開始されると、各高校はとくにU類の大学進学実績を上げることに力を入れました。教育課程をU類だけ週2回7限を実施するようにしたり、学習合宿や模擬試験をU類は強制参加にしたりするなどです。これに対し、「ガンガンに勉強ばかりするU類はイヤ」「7限でクラブが制限される」などの理由で、1990年代から「U類離れ」の傾向が出てきます。学校によっては、U類生徒よりも成績が上位のT類生徒が毎年出るようになりました。


A高校間格差とU類定員割れ  

 U類の学校選択=希望入学枠は次第に拡大しました(山城通学圏は1988年〜50%、1991年〜100%。京都市通学圏は1988年〜30%、1993年〜100%)。その結果、高校間の大学進学実績の差は拡大し、進路・学習・生活指導など全体にわたる「上位校」「下位校」などそれぞれの高校の「特色」が次第につくられていきました。  

 当初U類は各校に「人文系」「理数系」の2クラス設置が普通でしたが、1990年代半ばから京都府教委はU類理数系2クラス(U類が計3クラス)の学校とU類1クラスの学校を作りました(「U類再配置」の政策。U類1クラスの場合「文理系」となる場合が多い)。2010年度にU類を設置している40校のうち、文理系1クラスは31校です。また、同じU類でも高校によって差が開き、「A校のU類よりはB校のT類」という現象が増えていきました。

  「人気の低い」高校のU類定員割れが、1990年代半ばから増えました。2009年度入試では京都府全体で11校92人分の定員割れです。U類希望者が定員に満たず欠員補充もできないため、普通科全体の入学者数低下(定員を下回る)につながり、大きな問題になりました。

  このU類定員割れの問題を取り繕うために京都府教委が考え出したのが「T・U類一括募集」です。これは、U類定員割れを防ぐために各校がT・U類合計の定員分の合格者を決め、類の希望と学力診断テスト(国・数・英の場合が多い)成績をもとにT・U類のクラス分けをするもので、2004年度から山城地域で始まりました(2010年度からは口丹以北の通学圏でも実施)。


B「専門学科」など類型制を崩す新学科の増加  

 類型制破綻の大きな原因は、京都府教委自身が1990年代以降「特色ある学校づくり」の名の下に類型制を無視した新学科や制度を作ったことです。

  嵯峨野高校京都こすもす科(1996〜)に始まる大学進学に特化した「特色ある専門学科」は1990年代後半から増加しました。京都府全域から受験可能ということもあり、堀川高校人間探究科・自然探究科に典型的に表れているように、学力の高い生徒を集めることにつながっています。

  西宇治高校などの単位制高校(1997〜)、洛北高校・西京高校などの中高一貫校(200  4〜)などの新しい制度の学校も学力の高い生徒を集め、高校間格差の拡大を進めることにつ ながりました。

  このように、「学校選択」の拡大や新しい学科・制度により学校の「特色づくり」を進めるのは、高校教育に自由競争と市場原理を持ち込む新自由主義の考えに基づくものです。

  しかし、「よい子」集めの学校が増えた結果、お互いに競合することになり、2000年代後半には上記のような学科は新設されなくなりました。

  「A校のU類よりはB校のT類」という傾向や「特色ある専門学科」の高校など進学実績の高い高校が増えたことにより、高校選びが「類よりも学校で選ぶ」と言われるようになり、類型制の破綻がますます進みました。


2 役割を終えた類・類型制

@府教委も類・類型制に有効性を認めなくなった

  類・類型制の破綻が進む中で、京都府教委も次第に類・類型制に有効性を認めなくなりました。毎年全教職員に配布される、京都府の各分野の教育方針をまとめた『指導の重点』にも、2008年度からは「類・類型制」の用語自体が見られなくなりました。

  しかし、府教委が類型制をなくす方向を考えたからと言っても、高校内で生徒に同一の対等な教育を進めようとしたわけではありません。これが、2008年度からいくつかの高校で実施された「教育課程特例校」です。


A類・類型制に代わる制度〜〜「教育課程特例校」

 2007年に京都府教委は「教育課程編成基準の弾力的運用について −府立高等学校『教育課程特例校』−」を発表しました。これは「学校の特色に応じたいっそうの学力向上策を支援するとともに、府の教育改革を踏まえた教育課程のあり方についての研究を行う」ことを趣旨とし、「教育課程編成基準弾力化の事例」として以下のことをあげています。


(a)週当たりの最大授業時数の弾力化(最大授業時数34時間 → 35時間以上)

(b)専門科目(必履修科目を含む)の標準単位数の一部減、理数系の標準単位数の一部減(理数物理の標準単位数4単位 → 3単位)

(c)分割履修の条件の弾力化(1、3年での分割履修も可能に)

(d)「その他」として、「学校の特色を踏まえた教育課程に係る工夫」


  2007年度以降、この教育課程特例校の申請をしたのは約10校で、上記のa)の事例が2校、d)の事例が他の高校です。「学校の特色を踏まえた教育課程に係る工夫」とは、多くの高校の場合、高校1年では全員共通の教育課程にし、2年次以降に1年次の成績や進路目標によりコース分けをするものです。府教委による類型制の基本ではT類とU類の教育課程を別内容にするのが原則だったのに、全員共通の教育課程を府教委自身が「特例」として認めたのです。この時点で府教委は類型制にすでに「見切り」をつけていたと考えられます。  

 教育課程特例校の多くは南部の山城地域に集中しています。その内容は、従来のT類を「スタンダードコース」やBコース、U類を「アドバンスコース」やAコースなどと名づけ、1年次の成績などをもとに2年次のコース分けをし直し、2年次以降はコース内を文系・理系に分けるなどとなっています。  

 U類が必ずしも成績上位者とは言えない状況の中で、従来のT類・U類に代わる新たなコース分けで無理やり成績に合わせたクラスを作り、大学進学実績を効率よく上げようというのがこの教育課程特例校の役割のようです。

 教育課程特例校は、T・U類に代わるコース設置で新たな格差を持ち込むという問題がありますが、学校運営上でも問題があります。それは、新たなコース設置や2年進級時に成績でコースを変えられることについて生徒・保護者や教職員が意見を聞かれることなく、ほとんど校長の専断で進められているからです。


B類・類型制の廃止へ(山城地域から)  

 山城地域から類型制が廃止されることについては、2010年2月初旬、山城地域の数校で校長が教職員に「山城通学圏における府立高校普通科のあり方について〜類・類型制度の見直しと今後の教育システムのあり方〜」という文書を配布しました。山城地域は、U類の学校選択自由化でも、通学圏合体や前期特色選抜入試でも.新しい制度導入ではいつも真っ先に実施されてきました。「山城地域は実験場か?」という声が今回も上がっています。  

 それによれば、2011年度から山城地域の公立高校入試ではT類・U類での募集はなく、各校で独自に作成する「特色ある教育システム」に基づいた入試を行うことになります。また、「T・U類を画一的に設置する類・類型制度を発展的に解消し、教育課程編成に係る学校の裁量の幅を拡大」し、生徒が「コースや教科・科目を柔軟に選択できるようにする」とされました。


3 京都の新たな高校教育創造に向けて
   〜生徒みんなが伸びる高校教育・高校制度を〜

@類・類型制に代わり、どのような高校教育を目指すか  

 山城通学圏の高校では、来年度入試が類型制を解消した初の入試になるのに向けて、各校の教育システム・教育課程を急いで検討しています。  

  現在、類・類型制終了後の今後の高校制度・高校教育を考える時、2つの方向が考えられるでしょう。 

(ア)T・U類と同じく学力別クラスを徹底する方向
   第1の方向は、教育課程特例校と同じ方向で、類はなくなるが新たなコースで学力別クラスを徹底させるものです。類型制の破綻を補うもので、効率よく進学実績を上げて学校間の競争と格差を今まで以上に拡大することにつながります。

(イ)すべての生徒が伸びる教育を目指す方向
   第2の方向は、学力別のクラス・講座で学力差をさらにつけるのではなく、進路希望に合わせた選択科目の保障などを通じて、すべての生徒に学力が伸びる機会を保障するものです。学校としての考え方も、無理に高校ごとの「特色」を決めて競争するのでなく、どの高校でも生徒が伸びる制度にすることです。高校の「特色」・序列ができている中で、考え方の大きな転換が求められます。  

 京都府教委は、「学力が高いも低いも個性」であり、学力の低い生徒を預かるのもその高校の「特色」「個性」ととらえているようですが、学力が低いのを固定化して「個性」と言うほど乱暴な考え方はないと思います。学校行事ばかり削って学習ばかり力を入れ進学実績を上げるのではなく、学習にも行事・自主活動にも力を入れる「フツーの高校」「フツーの普通科」こそが望まれているのではないでしょうか。


A京都の今の高校制度・高校教育に不満を持つ生徒・保護者は多い  

 京都教育センター高校問題研究会では、毎年2〜3回教育懇談会を開催していますが、京都の高校制度・高校教育への不満の声が生徒から多く出されています。  

 例えば、「学校行事や科目選択をもっと自由にしてほしい」、「府教委などが言う『多様化、個性化』は生徒の個性に対応して力を伸ばすのでなく、大学進学実績やクラブに偏った多様化で、高校間に格差をつくった」「『特色ある専門学科』を増やすのは反対です。15歳で将来の職業を決めるのはムリ」、など高校生は予想以上に高校制度への意見を述べています。  

 保護者からも「前期特色選抜試験は、受験前から合否が決まっているのではないか」「子どもがT類に入学したがU類ばかり大事にされる。どの大学に〜人合格という話ばかり」という声が出ています。

 以上、主に高校制度の問題に焦点を当てて問題点を挙げてきましたが、京都の高校教育は他にも多くの問題があります。

 公立高校の統廃合を許さず地域の高校を増やすこと、校長中心・独断の学校運営でなく生徒・保護者・教職員の声も聞いて方針を決めること、高校教育の「最後の砦」とも言われる定時制・通信制教育を重視し定員増など手厚い措置をとること、などです。


 高校と中学校の連携、高校と保護者・地域の結びつきをより一層強化することが、京都の高校教育のさまざまな課題の解決に近づく上で最大の力になると思います。すべての高校生の成長を保障できる京都の高校制度・高校教育をつくるために、多くの方々が力を合わせることを期待します。

<参考文献> 

・日高教・高校教育研究委員会 大田政男・浦野東洋一        
・『高校教育改革に挑む 地域と歩む学校づくりと教育実践』(2004年、ふきのとう書房)

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