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小中一貫教育と学校統廃合−地域・父母の願いと教育行政

総論 小中一貫校(教育)と学校統廃合


          市川 哲(京都教育センター)


(1)小中一貫は学校統廃合を進めるための「付加価値」?

 「中一ギャップ」の解消のために小中一貫校をつくることが学校統廃合を進める理由にされている。

 中央教育審議会の「作業部会」で、自分の市は「中一ギャップ」の解消など、小中一貫教育のメリットに着目して取り組んでいるが、「他の市町村の例では、統廃合を契機に検討されているところも少なくない」、通学距離が遠くなるなどのデメリットのかわりに「小中連携や小中一貫教育などで付加価値を高め、さらに教育の充実につなげるなどの工夫があるとよい」との報告があった(三条市長・國定勇人「小・中学校の配置・運営等についての一考察」2008年12月19日)。小中一貫校(教育)は統廃合を進めるための「付加価値」だと聞こえるのは筆者だけであろうか。


(2)教育的とも言えない曖昧な「制度」

 中学校(教育)と高校(教育)を一体化する「中高一貫教育」は学校教育法に定めがあり、1999年度から始まった。一方、小中一貫教育は法律による公式な制度ではない。文部科学省の「研究開発学校」や政府の「構造改革特区」といった特例を使ってか、または、実際の運用として実施されているものである。その限りで、規制緩和に乗った、曖昧な、「流行」なのかもしれない。

 したがって、子どもの成長や教育内容、指導方法などについて教育学的に検討し、構想されたものとは言えない。先行する中高一貫や地域全体の教育との関係も不明である。

 とどのつまり、統廃合を進めるための「付加価値」が的を射ているのではなかろうか。そもそも高校進学率が97%になろうという今日、小学校6年間と中学校3年間だけを視野に入れた制度(構想)は、恐ろしく貧困であるとしか言いようがない。

 また、いささか想像力を欠くものでもある。というのは、完全な小中一貫校であれば、同一敷地内に幼児期のしっぽをつけた小学校1年生から、思春期に突入し、第二次性徴も顕著な中学3年生までが一緒に生活することになる。男子では、平均身長116.6p、平均体重21.2sの小1から165.7p、54.8sの中3までが(京都府「平成20年度学校保健統計調査」)走り回るのだ。

  「日本スポーツ振興センター」が災害共済給付を行った学校事故の分析によれば、中学校では「人との衝突」が原因の5位、8.9%ある(1位は、通常の動作・運動中のケガ、2位がケンカ等による負傷)。文部科学省も運動場や建物内で子どもが走ることを前提に対策をたてている(「学校施設における事故防止の留意点について」2009年3月)。体格が違う小学生と中学生を狭い校地や校舎に「収容」することに、そもそも無理がある。それとも絶対走り回らせないという自信が学校や行政にはあるのだろうか?


(3)「中一ギャップ」で不登校改善?

 ところで、「中一ギャップ」とは"小学校から中学校に進学したときに、学習内容や生活リズムの変化になじむことができず、いじめが増加したり不登校になったりする現象"だとされる(Yahoo!辞書)。小学校6年生から中学校1年生への移行段階において、新入生はカリキュラムや授業形態の違い、学習内容の程度の違い、生活面では新しい学級・学年や部活の人間関係など、多くのストレスや不安を持つことになる。また、学級担任制から教科担任制に切り替わり、中学校教師の子ども観や指導観も小学校教師とは大きく異なる。

 これらを小中学校間にある「段差」であり、「障壁」であると見たとき、「中一ギャップ」は適応上の問題要因とされ、たとえば不登校の原因になるので取り除かれるべきであるとされる(小中一貫教育が望ましい理由として、よく主張される)。

 (表1)は小学校と中学校における不登校児童・生徒数の比率である。これからは確かに小学校と中学校の間に「ギャップ」がありそうである。



 2009年3月に発表された国の「高校生活及び中学校生活に関するアンケート調査(高等学校中途退学者及び中学校不登校生徒の緊急調査)」では、中学生が「最初に学校を休み始めたきっかけ」は「友人関係(45.9%)」「勉強の関係(34.9%)」「先生との関係(24.8%)」「入学や転校の時周りになじめなかった(21.1%)」「クラブ・部活動(17.4%)」「親子の関係(13.8%)」「学校のきまり(11.0%)」である。

 特に目新しいものではない。これらが「ギャップ」としてことさらに注目されるのは、今日の子どもにそれを乗り越えていく力が育っていないからであろう。

 もちろん、競争主義的な教育と管理主義的な学校のあり方や教科内容の違い、さらには教師の子ども観や指導観が「ギャップ」の要因であるとする見方もある。そうであるならば、こうした要因を解決せずして小中を一体化することは、混沌とした問題状況に9年間、子どもたちを落とし込むことになるのではないか?中学校に問題があるならば、中学校はどうあるべきか、どう変わるべきか?その答えも探さずに小中を合体すれば問題が解決するとするのは論点ずらしであり、また幻想でしかない。


(4)学校統廃合を進める「論点」の検討

 京都を含めて学校統廃合が急ピッチで進む背景には少子化や児童・生徒数の減少という社会状況の変化がある。しかし、それだけではなく、この間の「三位一体改革」をはじめとする「構造改革」による地方財政の悪化や自治体合併も促進要因である。また、教職員定数の削減を提案する「行政改革推進法」や小規模校は財政的に非効率とする財務省の学校規模の適正化論、公教育のコスト見直し論が学校統廃合を強力におし進めている。

 たとえば、学校が「統合したらば・・・児童・生徒一人当たりの単価で見て、35万円の効率化が図られている」(「財政制度等審議会財政制度分科会・財政構造改革部会」における中川主計官の発言。2007年5月21日)や、2005年4月1日に統合で開校した小中221校を以前と比べると、人件費を中心として合計で約170億円効率化できた(財務省『ファイナンス』2007年8月)など、財務省関係者は学校統廃合を経費削減、財政的効率化の観点から露骨に語っている。

 多くの場合、こうした財政効率論を表向き隠したまま、自治体・教育委員会当局は、@学校の「適正規模」、A「切磋琢磨」論、B「複式学級回避」などを根拠に、統廃合を進めようとしている。


@ 学校の「適正規模」論

  小学校の学級数を「12学級以上18学級以下を標準とする」(「学校教育法施行規則」第41条)や「適正な学校規模の条件」として「学級数がおおむね12学級から18学級までであること」(「義務教育諸学校等の施設費の国庫負担等に関する法律施行令」第4条)という文言を理由にするのが「適正規模」論である。しかし、これらは学校を建築する際に施設としての学校が基準とすべきことであり、その数字に教育的な根拠はない。

 全国的にも11学級以下の学校は50%程度ある。だからこそ、「ただし、地域の実態その他により特別の事情のあるときは、この限りでない」(同上「施行規則」第41条)とただし書きがされている。そもそも「12学級から18学級」は50年前のベビーブーム期に決まった数字であり、それをそのまま今日に当てはめること自体が非常識である。化石のような規則でさえ、地域によっては小さな学校もあり得ることを認めているのである。

A「切磋琢磨」論

  「切磋琢磨」論は"友達と競争しないと自分を向上させることができない"とする教育観である。統廃合で誕生する、せいぜい一クラス40名、あるいは一学年数クラスで競争することに、そもそも意味はあるのだろうか。競争は "勝つ"ことが自信になることがある。「切磋琢磨」論は"負けた"ことが悔しい、なにくそ、頑張るぞ、につながることを期待するが、"負ける"ことでやる気を失い、あきらめにつながることもある。

 一人ひとりが自分の力を伸ばすためには、やる気を持って学習に取り組む必要がある。そして、やる気を高めるためには、努力そのものと努力の結果を認め、励ますことが大切である。そのためには学習を他の子との競争であると考えない学習観を教師が持ち、その子の努力とその結果を受け止めることが必要だ。努力してやれたこと、その努力が正当に評価されたことを通して、子ども自身が肯定的な自己像を強める方向で丁寧に指導する必要がある。適切な教育指導によって達成できる目標を一人ひとりが持ち、それに向かって努力することは大いに奨励される。これができるのは少人数のクラスであり、余裕のある授業である。教師が到達度を分析し、一人ひとりの発達の必要に応じた課題を創造し、与え、評価するためには、クラスサイズが小さく、しかも教師の教育実践上の専門性と自由度が大きいことが必要条件とならざるを得ない。

B「複式学級」

  「複式学級の回避」については現行の法令の枠内で努力すべきことがある。「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」は、(@)学級編制は、法律に基づいて都道府県が定める、(A)ただし、都道府県教育委員会は、特に必要な場合は、法律の標準を下回る数を一学級の児童又は生徒の数の基準として定めることができる、(B)市町村教育委員会は、学級編制について、都道府県教育委員会と協議し、その同意を得なければならない、としている。

 また「小学校設置基準」では「小学校の学級は、同学年の児童で編制する」が「特別の事情があるときは、数学年の児童を一学級に編制することができる」(第5条)と複式学級を認め、「へき地教育振興法」では「都道府県は、へき地学校に勤務する教員及び職員の定員の決定について特別の考慮を払わなければならない」としている。

 したがって、こうした法律や規則を地方自治の観点から活かすならば、(@)京都府は、「複式学級編制基準」を改善し、小学校で12名以下、中学校で8名以下でも単式学級が維持できるよう教員配置の改善を行うこと、学級編制の特例措置を認めることや複式となる学校に加配教員を配置すること、(A)各市町村は、府教委に「複式学級編制基準」を改善するよう求めること、学級編制にあたって基準を下回る編制について協議すること、(B)市町村独自に複式講師や補助教員の採用等を行うこと、が求められる。


(5)子どもたちの教育を受ける権利を大切に

 小規模校は財政的に非効率だから統廃合やむなしでは、特色のある教育を展開し、地域に根ざして存在してきた歴史ある学校をあまりにも軽視しすぎである。学んでいる子どもをはじめ、保護者、教職員の不安をあおるようなやり方ではなく、小規模校に学ぶ子どもたちや勤務する教職員、地域の保護者・住民の声を十分ふまえた議論が必要である。学校での丁寧な教育指導や地域ぐるみの子育てが可能で、家庭との連携が容易、通学に負担がかからないなど、小規模校ならではよさを共有することが大切である。もちろん、将来の地域を考えるならば、若者が戻ってくる、子育てができる地域づくりのためにも学校の存続は地域の命運を握っている。

 また統廃合対象校がある地域の多くは、農林業や漁業、水の涵養などを通じて都市住民の生活を支え、国土を保全する役割を果たしている。したがって、地域の生活が成り立つよう一般行政による産業の振興や暮らしに対する具体的な援助が必要である。

 学校統廃合を考える上で大切なのは、すべての子どもたちに教育を受ける権利を保障することである(憲法第26条)。地域における学校の役割を再確認し、地域の再生やまちづくり、まちの将来展望と結んだ議論を大いにすすめながら、(@)小規模校・へき地校の教育条件や教育活動に対する支援、(A)「へき地学校に勤務する教員の研修について、十分な研修の機会保障と研修旅費等の必要な経費の確保」(へき地教育振興法第4条3項)、(B)複式学級の解消や学級編制基準の改善、を行うべきである。

(さらには『京都府政研究2010 変化を確かなものに−子どものための学校教育と教育行政−』をお読みください)

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