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地域のネットワーク〜子育て支援で考える〜



                  築山 崇(京都府立大学・社会教育)



はじめに

 昨年夏発行の155号の特集「地域で育つ子どもたち」では、「"子どもの世界"を地域につくる」というタイトルで、「"子どもの世界"をその懐深く擁する地域社会をつくること」を提起しました。"おとながかかわりつつ、子どもたちが主人公となって活動を発展させていく取り組み"によってつくり出される一種の文化圏をイメージして、"子どもの世界"という提起をしたものです。「子どもの時は一日が長く感じた」「子どもだけで日常の生活圏を離れて"遠出"したときのドキドキ感」などのおとなの記憶は、おとなの世界と異なる時空間が子ども時代の生活の中に存在した証です。現代の子どもたちの日常の中で、そのような世界は、どんどん狭まりつつあります。「子育て支援のネットワーク」は、この"もうひとつの世界"をつくりだしていく活動を支えるおとな世代の相互のつながりという性格をもっていると思います。

 そのような「大人の意識的な営み」に焦点をあてることで、今回の「地域における子育て支援のネットワーク」という特集を、少子化対策などに狭めてしまうことなく、新たな地域づくりの視点から考えてみたいと思います。子育て支援と言えば、少子化対策がその大きな要素であることに違いありませんが、地域社会がどの世代にとっても、暮らしの中で様々な体験を重ね、関係を結んでいくことができる場としていくことが基本であることを、確かめておきたいと思います。


子どもと子育てをめぐる政策動向

−− 「子どもの貧困」をめぐって

 昨年から今年にかけての社会情勢で、一番に特筆されるのが、年越し派遣村の話題に象徴される派遣労働の問題であり、その背景としての昨秋のリーマンショックに端を発する世界不況がある。それまでにもワーキングプアやいわゆる格差の問題は顕在化しつつあった。さらに、この難しい経済状況のもとで、子どもの貧困の問題がクローズアップされた。昨年来「子どもの貧困」をタイトルとする本の出版が相次いでいる 。(注1)

 それらで指摘されているのは、日本の子どもの貧困率が、OECD諸国の中で、23か国中9番目に高く、1990年代から約2%上昇していること、政策による貧困削減効果がほとんど存在しないという状況である (注2)。また、子どもの年齢別に見たとき、0〜2歳、12〜14歳の層で貧困率の上昇が見られ、その要因として、若い親の雇用状況の悪化が指摘されている。子育てにかかわる各種公的手当ての増額が求められる所以もそこにある。

−− 子育て支援のいま

 政府が少子化対策に取り掛かるきっかけとなったのが、1990年のいわゆる1.57ショックである。その後1994年12月、文部、厚生、労働、建設の4大臣合意により「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」(エンゼルプラン)が策定された。それから15年、2000年の「新エンゼルプラン」、2003年の少子化社会対策基本法、次世代育成支援対策推進法を経て、2004年には「子ども・子育て応援プラン」(2005〜2009)が策定され、市町村、都道府県、従業員301人以上の企業に対して、次世代育成支援に関する行動計画の策定等が義務づけられている。通常保育事業や放課後児童クラブ事業、子育て支援の拠点設置などにつては、それぞれ数値目標が設定され、取り組みが進められているが、保育所の待機児童数は、大都市圏を中心に増えており、取り組みの強化が求められる(注3) 。

 放課後児童クラブ(学童保育)事業についても、1997年の児童福祉法改正によって、法的位置づけが明確なり、2008年までの10年間で、7,800箇所、入所児童数45万人増となっている。それでも、設置数が小学校数の7割、入所児童数が保育園卒園者数の6割に留まっているという指摘があり、大規模化の対応と併せて更なる充実が求められる状況にある(注4) 。

  小学生の放課後生活に関連しては、厚生労働省と文部科学省の連携事業である「放課後子どもプラン」の展開が今後重要な要素となってくる。これは、学童保育にあたる「放課後児童健全育成事業」(厚労省所管)と、すべての子どもを対象に、地域の住民の参画を得て、学習やスポーツ・文化活動等の取組を推進するとする「放課後子ども教室推進事業」(文科省所管)とからなる事業で、各市町村でそれぞれの実態や従来の取り組みを踏まえた展開が見られるが、学童保育そのものの充実、両者の機能の違いを踏まえた人員や予算の配置などを求める声がある。子どもが被害者となる深刻な事件が発生したことなどもあり、子どもの放課後の安全に対する関心を背景に、全ての子どもを対象とした事業へのニーズも高く、今後の事業展開のあり方については、多様な要望・意見を集約する努力が求められる。「放課後子ども教室推進事業」では、宿題など学習をプログラムに含めることがひとつのセールスポイントなっているが、同時に全国各地の事例を見ると、ゲーム・工作・ニュースポーツ、昔遊びなど体験プログラムが多く見られ、子どもたちに豊かな経験を作り出そうという保護者の思いや関係者の努力が伺える。利用施設としては、学校の余裕教室、図書室、体育館などと並んで、児童館、公民館なども文科省の資料では例示されており、社会教育との連携・協同も視野にいれられている。

−− 次世代育成対策

  「子ども・子育て応援プラン」では、「保育事業中心から、若者の自立・教育、働き方の見直し等を含めた幅広いプランへ」という柱が立てられており、中高生など青少年対策の面でも、この間新しい動きが見られる。政策的には、次世代育成の観点からの取り組みとなるが、例えば2007年1月の中央教育審議会答申「次代を担う自立した青少年の育成に向けて」では、重視すべき視点と方策として、「家庭で青少年の自立への意欲の基盤を培おう」「すべての青少年の生活に体験活動を根付かせ、体験を通じた試行錯誤切磋琢磨を見守り支えよう」「青少年が社会との関係の中で自己実現を図れるよう、地域の大人が導こう」「青少年一人ひとりに寄り添い、その成長を支援しよう」といったタイトルで、各種の機会や計画作りが提案されている。その中では、家庭の役割、学校や企業、地域社会による家庭の支援などもうたわれているが、この点については、2006年末の教育基本法改定が背景ともなっており、教育振興基本計画の策定も受けつつ、「地域における家庭基盤形成事業」や「学校支援地域本部事業」など、子育て中の親への支援、住民の学校支援事業への参加が、学校を中心とした体制で(前者については、原則小学校区単位で、後者は、全市町村対象)取り組みが始まっている。


家庭教育基盤形成事業のイメージ図(文部科学省事業評価書より)

 例えば、「家庭教育基盤形成事業」を見ると図のように、民生委員、保健師、臨床心理士などと並んで、地域のボランティアに人材を求めるものとなっており、「放課後子どもプラン」など先行する事業などの間で、人材確保や事業展開をめぐって、整理が必要な状況も生まれてくるのではないかと思われる。「家庭基盤形成事業」の事例を見ると、「家庭教育支援チーム」に、子育て支援関係団体やNPO関係者などが上げられており、各地でそれぞれのニーズと要求に基づいて多様に展開されている子育て支援のサークル・グループの活動との間に、接点や重なりが生まれてくることが予想される。

 子育て支援のネットワークは、自主的・自発的活動のグループ内のメンバー同士、そしてグループ間の協同と緩やかな組織づくりとして発展してきており、政策的に、いわば上からの組織づくりとは馴染みにくい。もとより、子育てに関わるニーズや、関係のあり方は多様であり、多様性を尊重することが、子育て世代全体のちからを引き出す上でも有効と思われるので、事業化にあたる市町村では、既存グループの活動状況をていねいにつかみ、そのエネルギーを引き出すことにちからを注ぐことが必要である。


これからの子育て支援ネットワークを考える

−−ネットワークと地域づくり

 このように、少子化や青少年の健全育成をめぐって、地域住民の組織化を図り、新たな事業を展開していこうとする動きが広がるなかで、これまで親たちや住民の有志によって生み出され、育てられてきた子どもや子育てに関わる、各種のボランティアグループ、サークルなどは、これからに向けてどのような発展の道筋を考えていけばよいのであろうか。

 学童保育が運動の長い歴史を経て、法にもとづく制度となり、更なる充実を求める段階へと進んでいるように、親たちの子育て支援の取り組みや、子どもの自立への居場所づくりに取りくんでいるフリースクールの活動なども、その必要性が広く社会的に認知され、公的な制度として確立されていくことが期待される。

 その際に重要なのが、既に触れたように、政策的に"上から"作られようとする施策・事業とボランティアグループやNPOなどによって生み出され発展してきている協同の取り組みとの関係である。さらに、子育て、介護、環境保全、まちづくりなどの分野ごとに展開・蓄積されてきている活動相互の関係づくりの課題がある。

 子育て支援のネットワークは、子育て中の親、保育士、教員、児童福祉職員、保健師、民生児童委員など、子育てに関わる多様な主体をつなぐことと同時に、他の分野の専門家、ボランタリーな活動の担い手との間にも、連携・協同の関係を築いていくことによって、身近な地域を、教育や福祉、さらには産業や文化をつくっていく力のある共同体に育てていくという展望を持つことで、自らのネットワークそのものを一層確かなものとすることができる。そこで、ネットワークづくりをより広く地域づくりの視点から見ておくことが必要となる。

−−新たな地域づくりとネットワーク

 新たな地域づくりというときの、新しさは、市場経済や競争的関係の一般化によって崩されてきた、暮らしの共同体としての地域の機能を、住民の命と暮らしに関わる権利の保障を原理として、あらためて連帯と協同の関係を結びなおしていく新しさであり、ネットワークは、 上意下達のピラミッド型組織ではなく、それぞれの独自性・創意工夫を大事にしながら、情報やノウハウの共有によって、それぞれの活動の発展を図るべく、組織・グループが、対等な関係で横に繋がるところに核心がある。また、横につながると同時に、交流が活発に進むためには、調整(コーディネート)の役割も大切で、事務局の運営やリーダーの育成には、専門的な知識・技術も必要で、社会教育や社会福祉の職員などが、活動を支援する仕組みも重要である。

 最近の自治体経営の流れの中で、住民の暮らしにかかわる事業で、予算・人員の面で縮小・削減が見られ、住民の自発的・自主的活動を支え、育てる条件が弱まる傾向が見られるが、住民が地域課題・生活課題を解決していくための力をつけていくことは、長期的に見たとき、経営的メリットもあり、自治体には短期的に安易な縮小・削減を進めない慎重さを求めたい。

−−地縁組織とNPO

 全国どの地域にも町内会(自治会)、子ども会、体育(スポーツ)振興会、青年団、婦人会(女性会)、PTA、消防団など、小学校区や町単位で組織された様々な地縁組織がある。それぞれの活動には、担い手や活動スタイルなどの面で、悩みや課題も多く、中には、地域によって活動が休止していたり、組織そのものが解散してしまっているケースも見受けられる。一方で、課題や要求によって組織されるグループ、それが事業体として発展したものとしてのNPO組織が、今日ではたくさん生まれてきている。それぞれのグループの活動の中では、住民相互、住民と専門家、専門家相互の間に、地域での具体的な活動の中での、発見・学びあいが生まれている。おとなと子どもの関係においてもそうである。

 しかし、子育て支援を含め、高齢者の生活支援や介護、環境保全などのNPO組織や様々な自主的活動グループが、共同の関係をつくっていくことによって、暮らしの共同体としての地域が再創造され、住民の権利が保障された民主的で質の高い生活が作り出されると考えてよいだろうか。

 NPO組織とそのネットワークが、かつての地縁組織に取って代わり、地域共同体を構成すると単純に考えるのではなく、地縁組織の中にNPO組織が根を持っていく、あるいは、地縁組織とNPO組織との間に、役割分担や連携・協同の関係をつくっていくことで、地縁組織を現代的に再生させていくことが、次に目指すべき方向ではないだろうか。そのためには、様々な活動を展開しているグループ、団体の交流の場が必要であるし、交流のコーディネーターも必要である。そこで活躍するのが、保育士や保健師、教員、ケースワーカーといった専門家であり、住民の暮らしに広く関わる自治体職員である。公務労働の今日的役割もそこに見ることが出来る。地域での活動の中に含まれる学習的契機(要素)をとらえ、その組織かを図ることは、社会教育職員の仕事である。


おわりに

 本稿では、子育て支援に限らず、地域での活動のネットワークづくりを、これからの地域づくり、地域における人々の共同の発展方向のなかに見ようとしてきた。抽象的な議論になってしまいましたが、本特集の4つの事例を通して、今日の社会情勢の下で、子育て支援のネットワーク作りの未来を読み取る一助となれば幸いです。



注1 浅井春夫他編『子どもの貧困 子ども時代の幸せ平等のために』2008.3 明石書店、阿部彩著『子どもの貧困』2008.11 岩波新書、子どもの貧困白書編集委員会編『子どもの貧困白書』2009.8 明石書店など

注2 ここでいう、子どもの貧困率は、中位の所得の半分以下の世帯で暮らす子どもの割合を示しおり、2004年値で13.7%である。

注3  2008年4月から2009年4月の1年間で、5,843人の増加(そのうち、首都圏、近畿圏の政令市を含む7都府県が20,454人80.6%)となっている。(厚生労働省報道発表資料 2009年9月より)

注4 数値は、全国学童保育連絡協議会の2008年5月1日現在の調査による。
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