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季刊「ひろば・京都の教育」第159号


特集2 検証!教職員の研修−−官製研修、校内研修、自主研修を問う

総論 検証!教職員研修

−現職研修のあり方を問い直す視点−

                    土屋 基規(神戸大学名誉教授)




1 「教育実践の現場で教師は育つ」

 教師なら誰でも、多かれ少なかれ、子どもとの人間的なかかわりに手ごたえを感じ、教 育指導に熟練を重ね、自己の成長を感じることがあると思う。教師のしごとの本質は、子どもの学習により発達する権利を保障することにあるから、専門的な知識や技術・技能を不断に向上させることが要求される。教員研修は、教育の本質と教師の職務の本質から本来的に要請され、日常不断の教育実践を基礎とし、現職研修の蓄積によって教育内容の科学性を保ち、子どもの学習権保障に寄与することができる。

 戦後日本の教師たちが、自由で創造的な教育実践を追及し、そこに内包される普遍的な教育の思想、方法・技術の普及を図ってきた自己形成のあゆみにおいても、教師教育の研究において教員研修の重要な意義は明らかになっており、そこから「教育実践の現場で教師は育つ」という教訓を引き出すことができる。

 ここでは、これまでの教師教育の研究が明らかにした一般的傾向を示すにとどめるが、教師教育の研究は、教師の専門的な力量は、教師生活の生涯にわたるライフステージにおいて向上し、熟練が高まるという観点から行われてきた。例えば、ある大学の卒業年度の異なる8つの卒業コーホートを対象とした追跡調査の結果、「教職に就いて以降、教育実践の質を高める上で最も意義のあったもの」という設問に対する上位の回答は、(@)先輩・同僚教師の個別的アドバイス(35.1%)、(A)所属校での研修(34.2%)、(B)子どもたちとの交流(29.3%)、(C)学校全体での研究活動・研究体制、であった(「ライフコースアプローチに基づく教師の発達と力量形成に関する継続調査研究」(平成19年3月、研究代表:山崎準二元静岡大学教授)。

 これは、職場を基礎とする教師集団のなかで教育実践を蓄積し、その質を検討する研修の継続によって、教師の専門的力量が向上するという筋道を示すものである。戦後日本の教師たちは、全国的な自主的研究活動に参加することによって、教育実践を交流し相互に学びあい、教育の思想と方法技術を鍛え、創造的な教育実践の展開に努めてきた。こうした教師の専門性向上の筋道は、現職研修のあり方を問い直す視点として有効に生かされるべきである。


2 教師の専門性の向上と現職研修の意義 

(1)教職員法制における研修条項

 教員研修の重要性を具体化した教育法制が発足してから60年が経つ。戦後教育改革に おいて確認された教員研修の理念と原則は、現在でもその基本は維持されているが、現職 研修の制度の見直し、改革に最も必要とする視点は、教員研修の基底をなす自主性、職務 性、権利性を基本とし、その諸原則を徹底させることに集約できる。

 周知のように、教育公務員には一般公務員の研修とは異なる特例が定められている。教員の現職研修は、戦後教育改革の当初、「研究の自由」保障を基本理念として構想され、教師の職務遂行に不可欠の要素として位置づけられていた(久保富三夫『戦後教員研修制度成立過程の研究』風間書房、2005年)。教員の「研究の自由」という発想は、最終的には「研究と修養」を凝縮した「研修」になったが、その際も研修の職務性は承認されていた。

 教育公務員特例法(「教特法」)は、教育公務員としての公立学校教員が、「絶えず研究と 修養に努めなければならない」(21条)と定め、任命権者に対して「教育公務員の研修に ついて、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、 その実施に努めなければならない」としている。これは、教員研修の機会の保障にあたり、 教育行政機関による条件整備を義務づけたもので、任命権者による研修はあくまで自主的 な教員研修に並ぶもので、これに代わるものではないことを明示したものである。さらに 教特法は、「教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研 修を行うことができる」(22条)と、現職教員の長期研修についても定めている。

(2)研修条項の教育法学的解釈の意義の再確認

 教特法の研修条項に関し、これまで解釈論争が展開されてきた。教育法学説は、教特法の制定趣旨と立法過程における教員研修の職務性、権利性、自主性の尊重を重視し、自主研修権の保障を中心とする条件整備の必要を主張してきた。そして、「授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる」という条項について、勤務時間内の校外研修は自主研修権の典型として、「授業」との調整がつくかぎり教員の職務として承認され、校長の「承認」は授業への支障がないことについての学校としての形式的な確認手続きであるとしてきた(兼子仁『教育法(新版)』有斐閣、1978年)。

 これに対して、行政解釈は、もっぱら服務上の取扱いの観点から、教員研修を@職務命令に基づく職務研修、A職務専念義務(地公法35条)免除を受けて行う、いわゆる義務免研修、この場合は学校管理者の校長が事前に研修内容を吟味して許可、不許可を決める。 B勤務時間外の私的な研修、という3類型に分類する解釈を打ち出した(1964.12.18初等 中等教育局長回答)。この行政解釈は、教員研修の職務性、自主性を否定し、拘束力をもつ 見解として扱うことによって、職務命令による研修を正当とする学校運営がまかり通る契 機となった。1990年代以降、教員研修に関する判例は、校長の「承認」について無条件で の裁量を容認する傾向を強めている。教員の研修制度を問い直す際、教育法学説の理論的、 実践的な意義を再確認することを基本にして、改革の視点をすえることが必要である。


3 現職研修の制度改革の視点

(1)教職員の同僚性を発揮した校内研修の充実

 教員研修に関する行政解釈の転換以来、行政研修が肥大化しその「体系的整備」が促進 された結果、管理職による職務命令による研修の増加に加えて、最近では「職専免」によ る研修の機会すら奪われる事態も生じていて、自主研修の機会を保障する学校運営の改善 が切実な課題になっている。最初に述べように、教師のライフステージにおける力量形成 の筋道を確認するなら、新規採用教員を含め、教職員集団の協働、同僚性の発揮によって、 教育実践の交流とその質を検討し、学習指導、学級運営、生徒指導など教師の職務遂行に 求められる諸課題について、での職務性を発揮する校内研修をどう組織・運営するか、学 校運営上の現実的な工夫をしながら、改善を図ることが、日常的な現職研修の機会と充実 に最も必要なことである。

2)初任者研修制度―新採用教員の成長を励ますしくみへの転換を

 「実践的指導力と使命感」を養うことを目的として創設された初任者研修制度は、1992 年度からすべての校種で本格的に実施され、現在に至っているが、教員の研修制度に大き な変化をもたらした。この制度の創設にあたり、条件付採用期間を1年間に延長すること や、初任者への指導教員による実務研修という指導体制のあり方など、問題などが指摘さ れた。この制度の創設以来、1990年代の約10年ほどは研修の終了時に研修態度などの評 価により正規の教諭として採用されない事例は発生しなかったが、2001年地教行法改正に よる「指導力不足教員」の認定制度の導入に伴い、最近では終了時に教員としての適格性 を判定し、分限免職処分になる事例が各地で発生しているが、こうした処遇に対して、処 分の取消請求訴訟が提起され、任命権者による裁量権行使の適否が問われている。初任者 研修制度は、新採用教員の適格性判定の機能を発揮する制度としてではなく、新採用の若 い教師の成長を助ける研修のしくみに転換する組織及び運営の改革が必要である。

(3)大学院研修休業制度―大学院における長期研修の機会の拡大へ

 勤務場所を離れた長期研修の機会は、大学への内地留学、研究生、聴講生などで多様な 形態で行われてきたが、現在では、大学院修士課程での研修機会が拡充されている。長期 研修は、新構想教育大学大学院への任命権者の派遣による研修の機会の他に、既設の教員 養成系大学の大学院修士課程での現職研修の機会に加えて、教特法2000年改正によって 大学院修学休業制度が創設された(同法26条、27条)。

 この制度は、@小学校等の教諭、養護教諭、講師で、一種免許状を有する者が、任命権 者の許可を受けて、専修免許状取得を目的として、3年以内の大学院修学休業を行うこと ができる、A休業中は教諭等の身分を保有するが、職務に従事せず無給だが、国家・地方 公務員共済組合法の適用を受ける、B大学院修学休業中は、教職員定数外とする、などを 主な内容としている。長期研修の機会の拡充が、教員全体の資質向上をめざすしくみとし て機能するには、専修免許状の取得を目的とすることを条件づけて、任命権者の許可を受 けることの制約を緩和し、希望者に長期研修の機会を平等に保障する運営改善と条件整備 の確立が求められる。

(4)教職10年経験者研修の抜本的見直し

  教員免許更新制の導入を一度見送った代替措置として、教職10年経験者研修の実施が任命権者に義務づけられた。教員免許更新制の導入によって、有効期限10年を迎える教員は、更新講習の受講・修了認定によって新たな有効期限を更新する講習と、教職10年経験者研修との双方を受講することが求められる。従って、その関連が問題になり、現職研修の見直し、変容は必至のところ、文部科学省は、最近、教職10年経験者研修の日程を5日間短縮するよう都道府県教育委員会に要請する方針を固めた。5日間は、免許更新講習の受講・修了認定に必要な30時間分に相当する。免許更新講習は、教員資格の更新にかかる評価を伴う研修であり、修了認定が行われない場合は、免許状の失効・教員身分の喪失につながるので、単なる教員研修の機会ではない。免許更新講習の実施に伴い、教職10年経験者研修の制度的位置づけ、性格と内容を抜本的に検討する必要があるだろう。

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