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季刊「ひろば・京都の教育」第159号


特集1 子どもをどう捉え、豊かな成長・発達を支援するのか

総論 子どもたちの「困った行動」の理解と援助

−行動に表れたメッセージを読み解く−

                    櫻谷 眞理子(立命館大学)




1 気になる子ども、気になる親の増加

地域社会の変貌に伴い、子どもが育つための発達環境が貧しくなっているといわれて四半生期以上が過ぎようとしています。例えば、子ども同士で群れて遊ぶことが少なくなり、テレビの長時間視聴やゲーム機器などバーチャルな世界で遊ぶことの弊害が指摘されてきました。こうした環境の変化に加えて、親子関係が大きく変わろうとしています。とくに、子どもを持つ親のストレス、不安、苛立ちが高まっており、我が子をあるがままに受け止め、慈しむことが難しくなっているようです。

 ある保育所で子どもの初語が「ちね(死ね)」だったという話を聞きました。他の保育所では、3歳児が急に散歩の途中で「死んだらいいのやろ」と叫び、川に飛び込もうとしたということです。このように、親から存在することを否定されて育つ子どもたちは、不安が高く、衝動的な行動が多くなるので、保育所生活においてさまざまなトラブルが生じます。適切な対応がなされないと、「困った行動」が持続する恐れがあり、そのことが原因で親との関係も悪化する恐れがあります。


(1)保育園調査にみる子どもの姿

  2001年に三重県保育団体連絡会が実施した「子育て不安・虐待のアンケート」(2002)によると、「園児の様子でどんなことが気になりますか?」に対して、「落ち着きがない、多動、異常な甘え方をする」という回答が、1226人の保育士のうち634件ありました。さらに、「情緒不安定」が607件、「他の子とうまく遊べない」が424件ありました(複数回答)。「園からの帰宅をいやがる」も95件あり、家庭が子どもにとって安心の場では無い状況がうかがえます。保育士の研修会などでも子どもの気になる特徴として・独占欲が強くて、いつも抱っこをせがむ、・気に入らないことがあると大声で泣き叫ぶ、・攻撃的で、よく友達を叩く・落ち着きがなく、集中して遊べないといったことが問題になりますが、子どもたちは自分に注目して欲しい、関心を向けて欲しいという願いを「困った行動」という形で精一杯表出しているのかもしれません。

 なお、親の養育態度に関する質問に対しては、「過干渉・過保護」が557件、「ヒステリック、よく叱る」が352件、「孤立している」が315件という回答が上述した三重の調査で得られています。「子どもが泣いても無視」151件、「子どもをよくたたく」121件といった虐待が心配されるような回答もありました。このように、過干渉・過保護な養育を行う親が多い一方では、子どもを放任する親も多いことがうかがえます。こうした養育状況が広がる背景として、親の生活困難・不安の増大など様々な原因が考えられますが、教育競争の激化も大きな要因の一つだと思います。


(2)親の期待と過支配

 柏木(2008)は今日の子育ての特徴を「少子良育戦略」であり、親は子どもにできるだけのことをしてやりたいと願い、そのための「先回り育児」や「競争」が加速していると説明しています。つまり、「家族にとって最大の関心事は、子どもの教育の成否−『良く』育つか否かです。家族はこの目標達成を目指す『教育家族』となりました」と述べています。さらに「家事の省力化によって以前より増えた時間、親の注意・労力が、子どもに降り注がれるかたちになり、過保護・過干渉が生じました。しかも、それが長期化しているのです。こうした過剰な親の関与、その一方で子どもの意思や希望を無視する傾向は、子どもにとっては『愛という名の支配』『やさしい暴力』となる危険をはらんでいます」と指摘しています。

 このように、子どもへの過剰な支配やコントロールという虐待も生じていますが、身体的暴力に比べて発見が困難なので、「見えない虐待」だともいわれています。ある保育所の事例でも、親は子どもの養育に熱心で、保育所にも協力的でした。しかし、子どもは保育所で暴れることが多く、友だちとのトラブルも絶えませんでした。そこで、園長が母親に家庭での様子を聞いたところ、親の決めたルールを頑なに守らせる生活を強いていることがわかりました。園長は母親のがんばりをそのまま受けとめながらも、無理をしない、がんばりすぎないというメッセージを伝え、親を支え続けたところ、母親はこれまで抱えてきた葛藤やつらい気持ちを語るようになったということです。


2 A子の事例から―私の人生を返して―

 母親による虐待が原因で、小学校5年生の時に児童養護施設に入所したケースです。しかし、B施設における子ども同士の争いや対立が激しくなり、中学校3年生の時にC施設に移ることになりました。 B施設では、これまでの怒りやうらみをはらすかのように暴れ、担当の職員にも激しい感情を向けるので、職員一人で受け止めるには限界があります。そこで、施設の職員が何度も話し合いを続け、一致して絶対に見捨てないという気持ちでかかわり続けています。

●本児の性格、行動の特徴

 他者から支配され、自分の安全がおびやかされることを恐れており、先に自分の力を誇示して相手を支配しようとする。年少者や力の弱い子を脅したり、指示、命令する。職員には甘えるかと思うと、突然暴力をふるう。自分がいつも注目されていないと、不満を持つ。情緒が不安定で怒りが爆発するとコントロールできなくなる。担当の職員にはこんな自分が嫌になると話すこともある。しかし、行動のパターンを自分では変えられず、どうしようもないと思っている。

●ケアの方針

 彼女の挑戦的、挑発的な言動の背後にある不安感や焦燥感、孤独感を受容する。個人的な要求にもできるだけ応じる。学校との連携を密にする。安心できる環境の中で、育ち直しを保障する。


 中学校の級友にわざとたばこを見せて注目を集めようとしたり、問題を次々と起こすので、担任だけでなく、多くの教員を疲弊させるほどでした。しかし、高校への進学を契機に、荒れは一旦治まり、懸命に「よい子」になろうという努力を見せるが、しばらくするとその反動が生じたのか校則違反や万引き、級友への攻撃がエスカレートしていきました。このように、A子に対して、学校と施設が連携を図りながら、サポートを行いましたが、クラスの中での孤立感を深め、高校への登校は困難になっています。

 しかし、施設では職員に愛され、大事にされているという安心感も生まれており、表情も穏やかになってきました。人間不信が強かったのですが、ようやく職員を信頼する気もちが育ってきたようです。でも、心の奥底には空虚感や絶望感を抱いており、自分で目標を見つけて動けるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。彼女が高校に居場所を見つけることは難しい状況ですが、担任だけでなくチームで対応する努力もなされています。


3 「見守られているという安心感」を育むために

 A子のような生きにくさを抱えた子どもたちとかかわるときには、大人としての覚悟、責任の取り方が問われると思います。子どもの育つ力を信頼して、どんなことがあっても見捨てないで子どもに寄り添ってくれる大人を子どもは求めています。そこで、保育士、教師が子どもや親を援助する際の留意点を以下にまとめてみました。

@子どもの安心・安全を守る

 親と一緒にいても「保護されていない」「「見守られていない」子どもたちが増えており、こうした子どもたちが無条件に愛され、安心できる居場所が不可欠です。といっても、子どもが安心を得るまでの試し行動がエスカレートしたり、甘えられる人への攻撃が激しいものになるので、それを受け止めるだけの寛容さや忍耐が必要になります。

A子どもの行動の意味を理解する

  「問題を起こす子」はそうせざるを得ない事情、理由が必ずあります。大人から見て、「困った行動」の裏に隠された子どもの気持を察してやり、言葉を添えてあげることが大切だと思います。(エピソード:小学生の女の子が蛙をつかまえて天国と地獄行きに分けていました。その後、地獄行きに決めた蛙を地面に叩きつけて殺し始めました。「蛙さんもつらいね」と声をかけると、はっとした表情を浮かべていました。この子は他の兄弟と差別され、この子だけが母親から虐待されました。この体験から、この子は殺される蛙と自分を重ねていたのかもしれません。)

B否定的な感情を受け止める

 子どもの激しい怒りや悲しみの感情に大人の方が耐えられなくなることがあります。大人自身が、傷ついた体験を抱えている場合は、こうした子どもの否定的な感情にふたをしたくなります。しかし、子どもは、自分の否定的な感情や気持ちを安心して表出することを通して、感情のコントロールができるようになっていくのです。つまり、子どもの否定的な感情に大人が言葉を添えることで、自分の感情を言葉で表現できるようになり、その結果として感情の爆発が抑えられるようになるのです。

C親との協働を目指す

 親自身が学校時代につらいことや不快な体験をした人もいます。また、親に話しかけただけでも、自分の子育てが批判されたと受け取ってしまう人もいます。こうした葛藤を抱えた親からの苦情に対しては、よく話してくれました、一緒に考えさせてくださいと受け止めることが大切でしょう。親もまた心の奥底では相談できる人、自分の話を批判せずに聞いてくれる人を求めていると思われます。子育てでうまくやれていることを見いだし、賞賛してあげることも大切です。こうした体験を通じて、我が子の良いところにも気づけるように親も変化していくことが期待できます。


おわりに

 子どもの同士のいじめ、不登校、非行、虐待などの問題が多発しており、保育士や教師たちの負担が大きくなっています。なお、本稿ではふれることができませんでしたが、「困った行動」をする子どもの中にはアスペルガーや高機能自閉症、ADHD、LDなどの発達障害がある子どもたちもいます。親がそれに気づかず、子どもを追い詰めるような子育てをしていることが「困った行動」を増大させる原因にもなっています。

 競争的な環境の中で、親たちもまた子育てに迷い、悩んでいます。さらに、家族を取り巻く社会状況も悪化しており、失業や貧困の増大、経済的格差の拡大が進む中で、生活不安を抱える親も多くなっています。長時間労働、過密労働で疲れ切った父親が子どもの相手をする気力も体力も無くなっている実態も改善されていません。  

 こうした中、子どもたちを見守り、子どもの自尊心が育つような関わりをしてくれる大人の存在が大切になっています。子どもたちは周りの世界を信頼し、自分を信頼できるようになると、好奇心をいっぱいにして、自ら育っていくのではないでしょうか。

  【文献】 柏木恵子『子どもが育つ条件』岩波新書 2008年 pp.87−88. 三重県保育団体連絡会『愛されたい子どもたち』2002年 pp.12−13.

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