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私と京都


大原三千院
                  劉欣寧(台湾出身)


 人の縁とはなんと不思議なものでしょうか。

 今年(二〇〇八年)四月末に来日してから、間もなく八ヵ月になります。この間、私が会った日本の人々は、みな親切な人ばかりです。私は運がよかったのでしょうか、あるいは日本人は誰でもこのような人々なのでしょうか。今このような疑問を抱いています。

 知り合いもいないし、ことばも通じないまま、一人で海外に留学することは、ほんとうに強い意志と勇気がいると思います。こうして異郷にやってきた私は、しばしば利害を超えた人と人との関係に感動させられています。その上、もし私が大胆に一歩踏み出せば、思わぬ収穫がもたらされると信じるようになりました。初来日の記念として、このような出会いの一つを以下に記そうと思います。

                  *

 私が京都に来たとき、桜はもう散ってしまっていて、大変残念でした。すると、

「六月に大原三千院へ紫陽花を見に行くといいよ」

  台湾のある先輩が、去年紫陽花を見てきれいだったと、繰り返し私に薦めてくれました。それで、六月を楽しみにしていました。

 六月中旬が、紫陽花を見るのに一番いい時期だと言われました。私は、同じ留学生の友達と一緒に行く約束をしましたが、彼女は急に行けなくなってしまいました。一人では寂しいし、またその間忙しくしていたこともあって、行こうか行くまいか迷いました。しかし、先輩の好意は何でも無にしたくないので、思い切って一人でバスに乗って大原へ行くことにしました。

 京都に来てから、市内のいろいろな観光名所を訪れましたが、郊外には出たことはありませんでした。六月とはいえ、真夏みたいな暑さとなって、だんだん落ち着かなくなりました。でも、大原ゆきのバスが山に入るにつれて、空気が涼しくなり、気持ちも楽になりました。緑の景色、清新な香り、やさしい風は、日常をしばらく忘れさせました。やはり来てよかった!

 「これは鴨川ですか?」

  隣に座っている老婦人が、バスに沿って続く川を指して、私に聞きました。

  「すみません、私もわからないんですが・・・」

  突然日本の人に聞かれて、初めはほんとに驚きあわてました。でも気持ちを静めて、

  「地図を見ると高野川のようですね。」

 私は、持って行った地図を示しながら言いました。この婦人は地元の人ではないでしょう。私と同じ一人旅の観光客でしょうか。彼女に話しかけたいのですが、あまり邪魔になりたくもないので、言葉をかける勇気がありませんでした。

 バスを降りて、やはり彼女も三千院への道を探しています。

  「一緒に行きましょうか?」

  と彼女に誘われて、嬉しく承知しました。

 三千院の紫陽花は、ちょうど満開で、鮮やかでした。しかしそれよりも私にとって一番魅力的だったのは、三千院全体の雰囲気でした。一本一本まっすぐそびえる杉に沿って、視界が高く広い空へ上ってゆき、気持ちも朗らかになります。したたる新緑が古刹によく似合って、共に心を癒す空間を作っています。木の葉が日の光にちらちらして、さらに風にゆらゆらしたとき、その美しさに感動しました。

 苔のうえに、いくつかのわらべ地蔵がかわいい姿で、人の目を引き付けています。婦人は喜んで、お孫さんに見せるのでしょうか、たくさん写真を撮っています。私たちはお互いに写真を取り合い、一緒に祈りを捧げ、そしてかわいらしいお守りを買いました(これもお孫さんにあげるのでしょう)。途中で、婦人は何度も私に聞きました。

 「大丈夫? 私のようなおばあちゃんと一緒で?」

  実は、私はとてもありがたいと思っていました。連れがあって心丈夫の上、しかもそれが日本人です。日本の文化を知る得がたい機会です。私の日本語がもっと上手だったらいいのに・・・。

 帰りのバスで、婦人といろいろ話しをしました。彼女がもう七十八歳だと聞いたとき、私はほんとうに驚きました。山を気軽に登るその姿は全然若者に負けません。さらに驚いたのは、その日が彼女の七十八歳の誕生日だったことです。その晩は大阪にいる家族とお祝いをするので、東京から関西にやって来たのです。誕生日のその日に私に会ったのはうれしかったと、婦人が言って、私も何という偶然だろうかと思いました。こうしてお互いに連絡先を交換しました。

 大原から帰った後、婦人からたびたびメールをもらいました。日本では、高齢者でもうまく先進的な科学技術を使って、長いメールを早く打てて、すばらしいと思います。いっそう心から感服するのは、彼女の文章の力と知識の豊富なことです。日本にいる間、このような教養が深く、思いやりがある人と知り合って、またお世話になって、ほんとうに幸いです。長い年月が経ったあとも、忘れられない貴重な留学の思い出として残ることでしょう。(原文は日本語)

(リュウ キン ネイ 台湾出身、京都大学大学院文学研究科)

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