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季刊「ひろば・京都の教育」第152号


特集2 養護教諭が担う役割
-−子ども理解と支援ネットワークの形成


総論 保健室から見た子どもたち

           久保田 あや子(滋賀大非常勤講師)



はじめに

 子どもの健康は、生活や環境の影響を受けて、身体的・心理的課題としてあらわれます。養護教諭は目の前にある問題の解決に力を尽くし、緊急の対応をしつつ、長期の見通しを模索し取り組みます。近年、健康相談活動の内容は多様化し、そのほとんどが個別性を有します。子どもに現れる問題の背景には、現代の貧困や情報の多様性、家族の生活基盤やそのあり方の不安定さが見え隠れし、子どもはそれらの影響を敏感に受けています。教育の場に現れる子どもの課題は、一人ひとりの子どもの教育的ニーズとして把握することが必要で、教職員間はもちろん、制度的には外部専門職のスクールカウンセラー、学校心理士、児童福祉機関、医療機関、教育専門機関など学校内にとどまらない連携が不可欠です。


様々な場面で自分を表現する子どもたち

 子どもたちの生活や健康は、担任の先生による健康観察でも、落ち着きのなさ、朝食抜き、寝不足、頻回の遅刻、欠席などの把握がされます。また、休憩時間には、運動場なども子どもの本音が出てきます。そして保健室では、他の場面とは異なる姿を見せることが少なくありません。どの姿も、時々の状況を反映し、問題に対しては実効ある解決が求められます。養護教諭は様々な場面で観察される子どもの姿を、担任や学年の先生と話し合い、校内の生徒指導、教育相談、いじめ・不登校対策委員会、特別支援教育委員会など各種の会議で連携を図り、心理的要因の大きい場合はスクールカウンセラーと連携をすすめます。養護教諭は健康をキーワードにし、学校全体の状況が見渡せる位置にいて、保健室で把握した課題も、必要に応じ共同して解決する努力をします。子どもの課題は個別性があっても、その支援は重層化してすすめることが望ましく養護教諭は、固有の取り組みに加えて課題解決への架け橋になることも少なくありません。最近、生活の困難や虐待やネグレクトは、発達途上の子どもたちに深刻な健康の問題となるため、児童相談所への通告や連携の例は少なくありません。


保健室で

 養護教諭は、子どもの言葉や表情などから教育的ニーズへの接近を試み、そのとまどい、悲しみや苦しみなど率直な訴えを聞き、その解決を子どもと共に模索します。子どもの年齢が小さい程、保護者や担任の先生の影響は大きく、環境調整の支援が重要です。中学生以降は、子ども自身が自分への理解を深め意識的に課題に取り組むことができるため、支援方法は変わります。当然、保護者と話し合う内容も年齢段階によって課題が異なります。けれども、どの場合も、子ども理解を基本にし、子どものニーズの所在を確認し課題を整理し見通しを立てます。主な教育的ニーズは、寝不足や朝食抜きのような生活上の、あるいはその背景の問題、学習それ自体の困難、通塾や部活動時間による自由な時間の圧縮、不登校・保健室登校・摂食障害・リストカットなど、病気や障害、虐待、ネグレクト、家族関係、友人関係やIT関連(携帯電話、ネット)のトラブルや混乱、性、薬物問題、貧困などです。また発達障害(LD、AD/HD、高機能自閉症等)はその固有性に加えて複数の問題が絡み合う場合が少なくありません。それらはすべて、子どもの個別性のあるニーズとして尊重され解決に向けて対応する必要があります。


腹痛の背景に

  ある子どもは、度々腹痛を訴え保健室を訪れ、授業が始まるチャイムが鳴ると、トイレに駆け込む日々が続き「最近、友達が自分を避けている。教科の先生が厳しくつらい」と負担感を話します。校内の会議では、この子どもが、ケータイメールのトラブルや、金銭授受の問題に関与していることが取り上げられました。友達欲しさから、級友の一人に二〇回近く同じ内容のメールを送りトラブルになり、「カード集め」に熱中し、他の子どもから要求された高額のお金を払う約束をしていました。本人はそれの何が問題なのか、理解していませんでした。養護教諭は「繰り返される行動」「カードへの強いこだわり」などから、発達障害の可能性を感じ専門医療機関受診を保護者にすすめ、その結果、「PDD(広汎性発達障害)」と診断され、腹痛はそれに伴うストレスということで、継続受診になりました。教職員の中に当初「前からそんな子どもはいた」という声がありましたが、このことをきっかけに、高機能自閉症やアスペルガー障害など「PDD」は、通常の生徒指導の対応では解決しない、発達障害を検討することが必要であると理解されるようになりました。このタイプの子どもたちは、観察的理解能力が高いけれども情緒的理解は苦手で、言葉を辞書的に把握しても会話の中で言外の意味を理解するのは困難な場合があり、人との関係作りが苦手で、視線が気になり、同じ行動を繰り返すことがあります。ストレスが強く、友達がほしいと願っていることは少なくありません。深刻な場合は集団への適応の弱さから、不登校やひきこもる場合もあります。担任の先生の配慮で、本人はクラスで自分の願いを話し、友達の理解は大きく前進しました。しかし、彼のタイプから生じる問題は繰り返されそれは、「完全に治る」ものではありません。必要に応じて養護教諭は、人との距離のとり方、障害についての自己意識の形成、生活の整え方、物事の捉え方や行動の仕方の健康教育をすすめ、時には「クールダウン」が必要で、保健室は落ち着く空間としても機能を発揮することができます。今日では、養護教諭は発達障害についての基本的理解に基づいて、子どもの認知特性を理解し、そのニーズに応じた支援をすることが求められます。


朝起きられない

  転校してきたある子どもは、遅刻が多く、保健室に寄った後で教室に行きます。DVから逃れて転校してきたのです。児童相談所からは、ネグレクトがないか観察することの要請もありました。遅刻の背景には、幼いきょうだいの世話で、始業時間に遅れることも分かってきました。お母さんは深夜まで続く仕事のため、夜は子どもたちだけで生活、生活のけじめがつきにくく遅くまでテレビとゲームで、寝不足になっていました。保健室では、お母さんが夜に居ない寂しさや不安、過去の生活についてひとしきり話した後、安心して眠る様子から、家族生活の困難が伺えました。彼女はうまく事が運ばない時、「私がわるいんやろ」と自分を責めます。教育相談のためお母さんが学校に来られ、その話から、新しい環境のもとで必死に生活維持をしていることが理解できました。困難の根本に、学習上の躓きがあることも分かりました。学校生活上の支援は学年で分担して取り組むことになり、放課後、彼女の希望で保健室を学習の場とし、担任やボランティアの学生が学習支援を行い、養護教諭は様々の条件作りや、健康な生活を送るための生活設計の指導を担当しました。親しい友達もでき、彼女は笑顔で「高校に行かないと大人になれない」と話し、学ぶ喜びや、将来の希望を話すようになっていきました。


間違えて薬を買った

  ある子どもが保健室に「薬を間違って買った。どうしよう」と相談にきました。彼は、商品のレッテルが読めないので買い物がうまくできないことがよくあります。彼は知的には高く雄弁ですが、読み書き困難の学習障害があります。中学の進路相談をきっかけに初めて専門機関を受診し指摘を受けました。読み書きの困難は小学生の時からで、教科書が読めない、黒板の字をノートに写せない、何を書いているのか読めない文字を書くなどがあったことが分かりました。しかし中学生になるまで指摘は受けていませんでした。お母さんは「学習障害」といわれて、「ようやくわが子のしんどさが理解できた、ずいぶん無理をさせてきた」と反省をされました。彼は、文字を覚えてもすぐ忘れるため「ああ!もうどうでもいいや」と混乱を繰り返します。保健室で話してくれることは、「約束をしても忘れて友だちとトラブルになる」「文化祭の劇の『せりふ』を覚える相手になって欲しい」「勉強しすぎて頭が痛い」「学習しても成果があがらない、勘違い、忘れ物も多い」等で、彼の苦労は計り知れません。学習障害は学習の困難にとどまらず、生活の中で引き起こされる本人が予期しないトラブル、文字を見るだけで緊張するなど多くのストレスを受けます。養護教諭は、混乱からの立ち直り方、自分なりに解決方法の見つけ方、人に自分のことを理解してもらうために自分の困難は隠さないなど、学習障害は健康問題そのものであると捉え幅広い、健康教育をすすめることが今日では不可欠となっています。

発達障害と養護教諭

  本年度から本格的実施になった特別支援教育には、障害児教育の対象に発達障害(LD、AD/HD,高機能自閉症(アスペルガー症候群含))を含めました。発達障害の多くは通常学級に在籍し、「軽度発達障害」といわれたりしますが事態は「軽く」ないといえます。

 発達障害の教育的対応は、まだ極めて不十分で、学校に診断書の提出が増えている一方で、気になる子どもの専門機関受診を学校がすすめても受け入れられない、専門機関は半年以上も待たされるなど問題があります。発達障害を理解するためには、子ども理解の新しい視点や概念を持つことが求められ、教員がじっくり子どもを観察し考えるゆとりが必要ですが、1学級の子どもの定数が多く、養護教諭の配置が現状の1校1名という貧困な条件では、厳しいものがあります。

  発達障害は医学的診断基準のICD‐10やDSM‐Wによるため、養護教諭の支援対象となります。また、従来の臨床心理学的、情緒的対応では対処できない認知的課題を有していることへの留意が必要です。特別支援教育では養護教諭は校内委員会の構成員であり、健康診断では校医の役割も明記されています。発達障害のうち行動面で目立つAD/HDやアスペルガー症候群は生徒指導上の教育的ニーズとして把握されることが多く、学級崩壊の渦に巻き込まれるAD/HDもあり、自分の要求の伝え方を具体的に教え、できたときしっかり褒めることも大切で、それを担任の先生や保護者と一緒に考えていきます。学習障害はその教育的ニーズが理解されにくいのが特徴です。学習障害(LD)は、今日の過度な受験競争、学歴社会志向と関連して見えにくさがあるのも事実です。不登校や引きこもりにいたる例はどの学校でも見られ、これまでは、臨床心理的アプローチを中心にした対応が主流でしたが、発達障害の視点での検討が必要になっています。高校生の場合は、学習の問題や集団適応の弱さから進級不可や退学になることも少なくありません。それらに対して養護教諭は十分な情報の収集と子どもの観察に基づいて、こうした新しい課題についても学習をすすめ、実践を積み上げることが課題です。


まとめにかえて

 以上、いくつかの子どものケースを取り上げ、今日の養護教諭の相談活動を紹介しました。学力の数値的競争をあおるような「学力」競争が激しくなっている今日の学校では、学習問題を含めて子どもの「健康」を捉える視点が養護教諭に求められています。それは第一に、今日の子どもの健康問題は「心の問題」にとどまらず、社会的病理的背景を強く持っていることです。養護教諭の中心課題としている健康とは何かを新しい視点で深めていくことが必要です。第二に、学習や対人関係の困難が子どもの心身の健康に「大きな影を落としていることです。第三に、なかでも発達障害へ理解、特に学習に関連する読み書きの困難と健康の関係を深めることです。第四に、学習の取り組みを学校全体で行われてこそ健康問題が大きく前進し、学習の主体的な力の発達とそこから生活全体の立て直し、健康への取り組みが前進する可能性があるということです。

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