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特集2 地域と子育てネットワーク−−親、子ども・青年

総論 地域と子育て・教育ネットワーク

−−子ども世界への想像力でつながる−−

                            西條 昭男(京都綴り方の会)


一 新たな厳しい情勢のもと

 「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」とする教育基本法は改悪され、子どもを競争に追いたてて、勝ち組負け組みにふるいわけ、やがて戦争へとかり立てる道が用意されようとしています。 子どもと教育を守るため、これまで以上に深く粘り強い連帯と幅広い運動が求められます。

 では、それにはどういう力が必要かと考えたとき、私は、そこに子ども世界への想像力を据えたいと思います。言い換えれば、子どもと教育を守るネットワークは、その根底において、子ども世界への深い想像力でつながりたいと思うのです。


二 子ども世界への想像力とはなにか

(一)飼い主のいるネコに−−子どもの内に潜むもの

生まれかわったら
               小5年 伊豫田 智子
生まれかわったら、
飼い主のいるネコになりたい。
暑かったら、せん風機の前に立って涼んで
寒かったら、こたつの中でねる。
日なたぼっこをしながら昼ねして、
自分の好きな所でねる。
命令もされなくて
勉強もやらなくて
自分の好きなように生きる。
家の中を走りまわって
飼い主と遊んで
のほほんと生きていく。
そんなふうなネコになりたい。
            (ココロの絵本8 大月書店)

 何かに追われ、比べられ、競争と不安と気遣いの中を子どもは生きています。もう、うんざりだ!とつぶやく心。あーあ、なにかいいことないかなあという思いが見えてきます。この詩をだらしがないとか、後ろ向きだなどと言われては子どもは立つ瀬がありません。前を向いて(向かされて))がんばっている中から、ほろりと出てくる表現です。明るい笑顔が見える子ども世界の奥底に潜んでいる、悩みや鬱屈に目をむけ耳を傾けたいと思います。


(二) はるかが こまっています−子どもが内に育てるもの

 一年生の教室の話です。机上の私のメモ帳を開くと、だれかが勝手に落書きしています。つたない字で「はるかが こまっています」。そして続けて、「いがらしが かいた」と。休み時間の間にやんちゃなイガラシ君がこっそり書いたのです。イガラシ君は入学時から、一〇分と座っていられなくて、立ち歩き、大声で叫び、教室を飛び出していました。「オレはこんな学校!もうあきた!」といって、逃げ出そうとした子です。担任の女先生の粘り強い上手な指導の下で、九月には立派な一年生になりました。引き算が苦手で、その日の二時間目の算数の時間は、はるなさんとイガラシ君二人を個別指導していたのでした。イガラシ君は先に問題を解けたのですが、はるなさんはまだです。イガラシ君ははるなさんを心配そうに見ています。チャイムが鳴って休み時間。また後でやることにして私が職員室に戻った間に、イガラシ君が書いたのでしょう。

 はるなが こまっています−「先生、たのむよ、はるなに教えたってや」とのメーッセージ。イガラシ君も、こまった、こまった、分かった!を繰り返してがんばってきたのです。はるなさんをそのままにしておけないのです。わかることは新しい世界を拓きます。その新しい世界とわかる喜びが人間的な心を育てていくのでしょうか。小さいイガラシ君が内面に育てているものに、敬意にも似た新鮮な感動をおぼえたのでした。 子ども世界へ深い想像力を働かせることは、子ども世界から、喜びや悲しみ、切ないね がいなど、様々なたくさんのメッセージを大切に受け取ることでもあります。それらを共有しながら人々がつながり合い、そのメッセージに応える運動を展開しながら子育てネットワークが発展していく。これは希望ですが、しかし実現可能な希望であると思います。


三 展望と可能性をもたらす人々

 では、どういう人々の存在があって、私はそのようなことを考えているのでしょうか。

(一) 温かいまなざし、子どもを見守る地域の人々

  ここに、小学校五年生の女の子が書いた詩があります。

お父さんと・・・
     
わたしが心のカゼをひいた日
お父さんが言った
「さんぽに行こうか。」
さいしょはまよったけど
行くことにした
行くところは
山の中の『高山寺』
こう葉のきれいなとこだと教えてくれた

  詩は続きますが、紙数の関係で全文を載せられないので、内容を説明します。この女の子が、 友だち関係でしんどい思いをして学校を休んだ日、お父さんといっしょに高山寺にお参りに行 くと、寺の掃除をしていた女の方から「お休みですか?」と声をかけられます。「心のかぜを なおしに」とお父さんがこたえます。その帰り、その女の方は、「お寺で取れたカリンの実で す」と言って手渡してくれたのだそうです。この詩は次のように書いて終わります。

いいにおいがした
心のかぜのくすりみたいだった

 カリンの実や香りとともに、この初めて出会った女の方はずっとこの女の子の心に残るこ とでしょう。地域でくらす人たちの中に、子どもの寂しい心に思いを添える優しさと、子どもを見守る温かいまなざしが用意され、受け継がれていることを、この詩があらためて教えてくれたように思います。

(二)だからやめられない人々

 私も参加した学童保育の懇談会での女の指導員の方の話です。OBもいっしょに保津峡へ飯盒炊サンへ行ったとき、山道を行く5年生の男の子が二人、後ろから危なっかしい足取りで歩く低学年の子を「おい、すべるし、足元ちゃんと見ろよ」と声をかけている。その後、「オレらもあんなんやったねえ」と顔を見合わせていた。それを見て、(ああ、指導員やってきてよかった)と。低学年のとき、あんなに手を焼いた子どもたちがこんなことを言うようになった、何度も止めようと思ったけど止めないでよかった、これでもう少し待遇さえよければ、と豪快に笑って、参加者の笑いを誘っておられた。

 子どもに関わる仕事につきながら、これと同じ思いを共有しながら、どれほど大勢の人々が、がんばっておられることか。

(三)仲間に励まされ、仲間を励ます人々

 十七、八年前、私が組合の委員長をしていたころ、職場教研に招かれたことがありまし た。綾部までJRで一時間半。公民館の一室でそれは開かれました。子どもたちの指導で悩んでいる青年教師を職場の女先生たちが支えていました。その相談に加わってほしいということで、私が呼ばれたのでした。青年を囲んだ助言と話し合いは、窓から差し込んでいた夕陽が沈むころにようやく終わり、私は仲間を励ます先生たちの姿に感動しながら列車で帰途につきました。

 昨秋、その綾部の組合教研で話すことになりました。会場に着くと出迎えてくれたのが、あのときの青年教師でした。「覚えておられますか?」「もちろんです」あのとき、職場の仲間に励まされた青年教師は、今この困難な時代に、組合の委員長として大勢の仲間の先生たちを励ましていたのです。なんと感動的なことか。励まされ、励まして、運動は受け継がれ発展していくものだと胸を打たれたのでした。

(四)涙とともに子どもに拍手を送る人々

 地域の保育所の運動会。プログラムが進み、保育士がAちゃんを抱きかかえて、グラウンドに現れました。Aちゃんはダウン症の子です。ゴールの手前7,8mの位置にAちゃんを座らせます。Aちゃんは初めは座ることができなかった、それが座れるようになり、次に立つことができるようになった、そして、今は何歩か歩けるようになりました。「さあ、Aちゃん、がんばって!」保育士の声が会場に響いて、スタート。会場の目がAちゃんに注がれます。シーンとしてみんなが固唾をのんで見守る中、Aちゃんは、よいしょ、と体をゆすって立つ。拍手です。Aちゃんの目が光る。体を大きく左右に傾けながら、二、三歩前へ進んだところで、ドン。座り込む。ああ、とため息ともつかない声が観客からもれました。だが、その直後、再びAちゃんはぐっと立ちました。また、大きな拍手。その拍手にAちゃんの顔はパーと喜びに輝きました。大きく口を開け、天を向いてわらう。歩けたうれしさ、会場のみんなが自分に拍手を送っている喜びを体全体で表しているのです。そして、ついに両手を広げて待っている保育士の胸に倒れこむようにしてゴールイン。その瞬間会場は溢れんばかりの拍手に沸きました。保育士も「こんなに感動したことはありません」と声を震わせ、近くに座っていたおばあさんは涙を流しながら拍手し続けています。Aちゃんのがんばる姿はもちろんのこと、Aちゃんを支えてきた保育士たちと拍手を送り続ける観客に胸が熱くなりました。

 子どもは社会の宝物。子どものけなげさに出会ったとき、たとえ自分の子や孫でなくても、人々は心をふるわせ、涙とともに励ましの拍手を送るのでした。一人ひとり主義主張の違いはあっても、一つになっての拍手です。私はここに展望の灯火をみる思いがするのです。


四 教育基本法を鏡にして

 教育基本法は改悪されました。前途は厳しい。しかし、改悪阻止の運動の中で、教育基本法の素晴らしさが語られ、ひろがり、多くの人々の心を打ちました。これは運動に携わった広範な人々の力ではありますが、本質において、教育基本法そのものの力だと私は確信しています。

 これからは教育基本法の精神を受け継ぐことはもちろんのことですが、今後出してくるであろう悪政を、教育基本法を鏡にして、照らし出していかねばならないと思います。        
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