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特集1 学力問題と到達度評価−−学力テストと学力論の再考

総論 学力問題と到達度評価の課題

−−−「PISA型学力」の形成とは−−−

                            鉾山泰弘(追手門学院大学)


はじめに

 「学力低下」批判を受けて、学力テストによる学力向上をめざした学校間競争がすでに全国の各地域で組織されてきた。さらに、文部科学省は4月に全国で学力調査を実施することを予定しているが、そこでは、「知識」を調べる問題と、その知識の「活用」を問う問題が出される。「活用」の問題は、「知識や技能を実生活の様々な場面に活用する力」をみることを目的とし、記述式の回答を求める問題の割合も増えるといわれている。

 文部科学省が、そのような「国際競争力のある学力」として、モデルにしているのが、OECD(経済協力開発機構)が加盟国の15歳の生徒(日本では高校一年生)を対象に実施してきた「国際的な生徒の学力評価」(Programme for International Student Assessment.略して「PISA調査」と呼ばれる)のテスト問題である。この調査で測られている能力は、「リテラシー」とよばれ、知識や技能等を実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるのかについて、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」「問題解決能力」の4分野にわたって調査がなされた。小論では、PISAの数学的リテラシーを説明するテスト問題例と、イギリスでの形成的評価の実践を検討することによって、生徒が、これからの社会に生きていくのに必要な学力をいかに明確にし、到達度評価にもとづく授業実践によって学力保障をすすめていくかという点を論じたい。

1 PISAの数学的リテラシーの内容

 PISAの数学的リテラシーは、「数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠に基づき判断をおこない、数学に携わる能力」(国立教育政策研究所編『生きるための知識と技能』ぎょうせい、2002年、15頁)と定義されている。

 数学的リテラシーは、「数学が使われる状況」(私的、教育的・職業的、公共的、科学的の4種類の状況)、「数学的な内容」(「量」「空間と形」「変化と関係」「不確実性」の4つの包括的な内容)、「数学化する能力」(「再現」「関連付け」「熟考」の三つの能力)の3つの構成要素を勘案した問題によって測られている。

 例えば、次のような問題例がある(国立教育政策研究所監訳『PISA2003年調査評価の枠組み』ぎょうせい、2004年、24頁)。

問題例:預金口座 ある銀行の預金口座に1,000ゼットを預け入れるとします。預け入れの条件として選択肢が2つあり、1つは年率4%の利率を受け取るというもの、もう1つは預け入れたら直ちに銀行から10ゼットのボーナスを受け取り、利子を年率3%とするというものです。1年間預け入れるとすると、どちらの選択肢が有利になりますか。また、2年間の預け入れでは、どちらが有利ですか。(ゼットは架空の貨幣単位)

 この問題例は、「数学が使われる状況」としては、「財務と銀行取引」という「公共的」状況を想定し、「数学的な内容」としては、「量」を扱っている。そして、「数学化する能力」としては、「関連付け」を要求している。

 PISA調査ではこの種の問題は、「現実の世界に参加する者が実際に体験したり経験したりすることの一部であることに注意する必要がある。この文脈における数学の適用は問題の解決に直結しているので、数学の使用に真正な(authentic)文脈を提供している」(24頁)と説明されている。

 もう1問、次のような問題例を紹介したい(前掲書、38頁)。

問題例:予算  ある国では1980年の国防予算が3,000万ドルで、その年の国家予算は5億ドルでした。翌年の国防予算は3,500万ドルで、国家予算の合計は6.05億ドルでした。この2か年間のインフレ率は10%でした。 A.あなたは、平和主義者協会で講演するよう依頼されたとします。あなたは、この時期の国防予算が減少したと説明するつもりです。どうしてそのように言えるのか、説明してください。 B.あなたは、陸軍士官学校で講演するように依頼されたとします。あなたは、この時期の国防予算が増加したと説明するつもりです。どうしたらそのように言えるのか、説明してください。

 この問題は、PISA調査で実際に出題された問題ではなく、「熟考」という能力が求めるレベルを説明するために、あげられている例である。生徒は、インフレ率を考慮した上で、国防費が絶対的な総額としては、増加していると説明することができなければならないし、かつ、国家予算の中での相対的な割合としてみたとき、国防費は減少しているとみることができるとも説明できることが要求されている。

 この問題は、「数学が使われる状況」としては、国家予算を吟味するという「公共的」状況の問題として位置づけることができる。問題文の内容と形式は、立場によって、国家予算の説明という情報を操作できるという意味で、あまりよい印象を与えないかもしれない。しかし、生徒が将来市民として、国家予算の内訳についての情報得るときに、数学的に批判的に吟味できなければ、自分の判断ができないという状況・文脈をうまく問題として表現している。

PISAの問題は、このように数学、科学、言語能力など、それを使って、将来、市民として、生活、職業、公共の問題などに遭遇したときに、問題解決しなければならない状況・文脈を反映した問題がかなり工夫されている。文部科学省の学力テストは、そのようなPISAの問題の総合的・応用的側面から学びながらも、どのような問題解決・判断の状況・文脈をテスト問題化するのであろうか。おそらく主権者としての判断を求められる状況・文脈は、欠落させた活用・応用問題が作成されてくるだろう。そのことを批判的に吟味しつつ、主権者としての求められる学力の基礎を保障するという立場から、生徒に学校で学ぶことの意義を実感させるような問題解決・判断の状況・文脈を具体化した学力評価のテスト問題、評価課題を我々が作っていき、その到達基準を明らかにしていくことが課題となる。


2 形成的評価を生かして発展的な学力形成をはかる

 PISAのような国際学力テストで測られる発展的な学力は、生徒にひとまとまりの論述の構成を求めている。この点で、日本は、論述で解答していない生徒の割合が他国と比べて高いことが明らかにされている。

 イギリスの事例であるが、形成的評価の考え方を学んだ中等学校の科学の教師が以下のような授業を創っている(Black,P., et al., Assessment for Learning, Open University Press,2003年より)。

 生徒を4人ずつのグループに編成して、各グループで「植物の栄養」というトピックに関して、ポスターサイズの概念マップづくりに取り組ませる。次に、4人のグループを、2人のペアに分け、1つのペアはポスターの前に残り、もう1つのペアは、他のグループのポスターを見て回り、ポスターの前に残っているペアに質問をする。なぜ、これらの用語を含めたのか、なぜこの用語を結びつけたのかなど。おなじ事を、ペアの役割を変えて行う。次に教師の司会によって、生徒が選択した専門用語について報告し、良いと思った概念の結びつき、混乱していると考えた概念の結びつけ方について指摘をする。教師は、概念の結びつけ方について、生徒が良いと判断した理由、混乱していると判断した理由を、聞く。次に、生徒は次のような討論問題を与えられる。

 「ある悪人が、葉緑素を破壊できる化学物質を持っていたとする。もしそれが放出されたとしたら、植物にどのような影響が出るだろうか」

 4人グループで、この問題に答える良い論述に必要であると思う3つから5つの規準を書き出す作業をさせる。これらの規準は、クラス全体で討論された。最終的にまとめられた規準は以下のものであった。・葉緑素はどのようなことをするか述べなさい。・光合成の過程について説明しなさい。・光合成に関係する要因を入れなさい。・葉緑素を持たない植物に対する影響を記述しなさい。・光合成がストップしたことから起こる二次的影響について加えなさい。

 生徒は宿題として、それらの答えを書き上げた。教師は生徒の作品にコメントを書くことによって評価した。生徒は、ペアで、お互いの作品と教師のコメントを読み、教師が改善するために何を求めているのかを理解できているかチェックした。生徒は、授業時間内に、自分の解答を書き直し、改善する時間を与えられた。

 以上の科学の授業は、植物の光合成の働きの体系的理解を目的とし、「概念マップづくり」と、「葉緑素が破壊されるという仮想状況を科学的根拠にもとづいて描く」という評価課題が設定され、それに向けての評価規準を明らかにし、論述していくという作業を、生徒集団と教師の協同作業によって追求していった授業である。

 イギリスでは、すべての教科でひとまとまりの文章を書かせることが学力評価として重視される。このことは発展的な学力を求める評価法としての長所をもつが、「書く」学力が十分に形成されていない生徒や、「書く」ことによって何が求められているのか、その評価規準を理解していない生徒にとっては、常に低い評価しか得られず、イギリスで学力格差を広げる結果をもたらしてきた評価法でもある。

 しかし、形成的評価の考え方が、イギリスの中等学校の教師の授業づくりに具体化されることによって、次のような変化をもたらしている。「書く」ことが生徒の個人作業にまかされ、学力格差を広げるものになるのではなく、「書く」ことが協同のとりくみとして、全体の学力向上の方法となっている。

 日本でもPISA型の学力を多くの生徒に保障するためには、同様の方向性が求められるだろう。
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