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特集1 発達障害と学校・家庭における支援

総論
発達障害の診断と学校・家庭における支援


                                    荒木 穂積(立命館大学)


はじめに −発達障害者支援法の施行と学校・家庭の課題をめぐって−

 昨年(二〇〇五年) 四月一目に施行された 「発達障害者支援法」では、発達障害は次のよ うに定義されている。

 「『発達障害』とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう」 (第二条第一項)。

 そして 「その他これに類する」ものとして (低年齢において発現する) 「言語の障害及び 協調運動の障害」(発達障害者支援法施行令 平成十七年政令第一五〇号) および上記以外の 「心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害」(発達障害者支援法施行規則 平成十七 年厚生労働省令第八十二号) として支援法の対象者を定めている。その結果、厚生労働省も指摘しているように発達障害とされる人の人口に占める割合は相当高いものになると思 われる。

 また、二〇〇五年十二月八日に中央教育審議会は「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」(答申)を発表したが、特別支援教育の条件整備の根拠の数字として、従来の障害児学校、障害児学級の対象者にくわえて新たに「六・三%」 の発達障害児が「通常の学級」 に在籍するとして答申をまとめている。

 この数字の根拠としては、後述するように自閉症やア スペルガー症候群の定義の変更や障害概念の拡大等によって、従来の障害児・者数が大幅に増加してきているといってよいだろう。このような動向は世界的にも二〇〇一年五月の世界保健機構(WHO)での「人間の生活機能と障害の分類法 ICF (Intemational Classification of Functioning Disability and Health)」採択以降、急速に広 がっているようにみられる。発達障害者支援法でも定義 と関わっては「日常生活又は社会生活に制限を受ける者」 (第二条第二項)として、機能障害の側からだけでなく、 環境(日常生活又はまたは社会生活) の側からの障害へのアプローチをすることが障害診断の実践的な課題として重要になってこよう。

 本小塙ではこのような現状をふまえ、発達障害の診断および教育的村応をめぐつてどのような現状と課題があるのかについて述べていきたい。


自閉症、アスペルガー症候群その他の 広汎性発達障害は増えているか?

 自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害をめぐる話題の一つに自閉症・アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害は増えてきているのかという問題が ある。

 自閉症をめぐっては重金属や薬物の副作用等がその原因ではないかという指摘もされたことがあるが、反論もあり、今のところ特定の物質や原因に帰着できる状況にはない。また、特定の地域や特定のグループに自閉症・アスペルガー症候群が高い頻度で出現しているとい う研究報告もない。性別に大きな出現率の差がみられる ものの、出身、地域、階層などには偏りはなく均等に現れるというのが定説である。しかし、他方で最近の疫学調査によると自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害の出現率は、自閉症一万人 七・七〜四〇・五、 非定型広汎性発達障害およびアスペルガー症候群一万人 二二・二〜四四・五(Fred R. Volkmar et al.,2005 五七 ページ参照)とされており、その出現率は従来通り研究者間でかなり幅があると同時に、従来よりも数倍から十数倍の比率となってきているという特徴がある。

 このように自閉症・アスペルガー症候群の出現率が高 くなってきている理由として指摘されているのは、@診断基準の変化、A研究方法の違い、B自閉症スペクトル知名度のアップ(親、専門家、一般人)、C症状が合併する可能性があることが知られたこと、D専門家による サービスの普及、E早期発見の体制の整備、F数における真の増加の可能性などであるが、最大の原因としては 診断基準の変化を指摘する人が多い。

 なお、学習障害および注意欠陥多動性障害はともに出現率五%といわれている。自閉症、アスペルガー症候群 その他の広汎性発達障害と学習障害、注意欠陥多動性障害は重なり合うこともあり、そのまま合算した値が出現率にはならないが、中央教育審議会が根拠とした「六・ 三%」という数字は、決して少ない数値ではないといえ る。

発達障害と発達診断

 発達障害支援法の成立によって、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠 陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害」が従来 の障害や障害者概念に大きな変更をもたらす作用をおよぼしているのは、乳幼児期および学齢期における発達診断およびそれとリンクした教育的対応の計画・実施にあ たっている現場である。具体的には、乳幼児健診の場面では、「通常低年齢において発現するもの」とされる発達障害児を早期に発見し、必要な発達支援をおこなうこと がこれまで以上の緻密さと丁寧さで実施することが求め られている。

 自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害 については、従来その中核的障害が顕在化し診断に至る 時期として集団生活を経験する三、四歳ごろに親によって気づかれ、診断に至る事例が多かったが、近年では親や関係者がまだそれとは気づかない一歳半ごろから二歳 ごろに親への聞き取りや専門家による行動観察によって気づかれ、診断に至る事例が増えている。また、学習障害や注意欠陥多動性障害は、従来学齢期以降に正確な診断が可能であるとされてきたが、より低年齢の一歳半から二歳ごろに「言語の障害及び協調運動の障害」や手・指など末端投射系での不器用さがみられれば、将来学習障害や注意欠陥多動性障害に発展しうるとして、積極的に発達支援の対象とする事例も増えてきている。

 まだ、地域的にはアンバランスがあるが、発達障害の診断を受けた場合、間隔をおかずに早期療育や子育て支援のプログラムにつなげる努力が各地でおこなわれている。発達障害児の場合、医療的ケアと同時に保育・教育的ケアがその後の発達経過に重要な役割をもつことが分かっており、障害の早期発見と早期療育・早期支援を セットで実施することが重要である。

 発達障害児の予後を経過観察する意味でも、よりニーズにあった発達支援を実施する意味でも、幼児期、および就学前の時期の「三歳児健診」や「就学時健診」は重要となってくる。従来以上に、家庭、保育園・幼稚園、 地域の協力・連携を強めた支援体制の整備が重要になってくるであろう。特に、就学前教育から学校数育への接続に関しては、より緻密な支援が求められるであろう。


学校・家庭における発達支援をすすめるために

 発達障害の程度と範囲は多様であり、その障害の現れ方は様々である。従って、発達障害児の支援プログラムを考える場合には、基本的な視点と個別・具体的な事例 に応じて内容を工夫する柔軟な発想が求められることが少なくない。

 自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害の場合には、「三つ組の障害」 に象徴されるように、コ ミュニケーション、社会性、想像力 (こだわり、常同行動等) などと関係した場面で「日常生活又は社会生活に制限を受ける」場合が多い。学校教育と関わっては、@ 集団や仲間関係に関わる問題(例えば、友だちが少なく なり孤立する。特異な行動を理由にしたいじめがおこな われる)、A相手の言葉や文章の理解に関する問題(文章の意味の理解が正確にできない。ユーモアや文章のおも しろさが理解しにくい。思いこみが強いことがある。と んでもない勘違いをしてしまう)、Bこだわりの強い世界をもっている (知識欲が旺盛で特定の分野で能力を発揮する。ルールがわかりにくい又は小さなルール違反も 絶対に許さない。いつもと勝手や手順が違うとあせってしまう。自分だけの空想の世界に入ってしまう) などの 傾向性がみられる場合には、「障害」の視点から、援助を求めている姿としてとらえる必要がある場合が少なくない。

 学習障害、注意欠陥多動性障害では、@学習・生活面での基本に関わる問題(うっかりミスや忘れ物が多い。 整理整頓が苦手である。おしゃべりが止められない)、 A態度や行為に関わる問題(気が散りやすい。貧乏ゆすりなど身体のどこかが絶えず動いている。チックなどが 出やすい)などの傾向性がみられる場合には、同じよう に「障害」の視点からとらえる必要があろう。

 自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害を自閉症スペクトラム(連続体)としてとらえる立場が あるが、発達障害児の一部には発達支援の結果として症状が軽減ないし消滅して「日常生活又は社会生活に制限」 が解消されてしまう場合には、「治った」といってよいかどうかという問題がある。発達の一時期、症状や問題行動が消えるが別の時期に再度現れる場合もあるし、長期にわたって現れない場合もある。このような場合、「障害者」と「健常者」の間を行き来しているともいえるし、障害は「治って」いるが気質が持続しているとみることもできる。発達障害を考える場合、障害を機能障害の側面からだけでみるのでなく環境の側からみることが重要 であることをあらためて教えてくれている。


参考文献

(1) Fred R. Volkmar et al. 2005 Handbook of Autism and Pervasive Developmental Disorders; Development, Neurobiology, and Behavior(3rd.Edition), Wirley.

(2) 吉田友子(著)、ローナ・ウィング(監修) 二〇〇五  『あなたがあなたであるために−自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド』中央法規

(3) 尾崎洋一郎・草野和子 二〇〇五 『高機能自閉症・アスペルガー症候群及びその周辺の子どもたちー特性に対する対応を考える−』同成社

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