事務局  2015年度年報目次 


学力・教育課程研究会

2015年度の活動のまとめ


   市川章人(学力・教育課程研究部会事務局)

 

Ⅰ. 2015年度取り組みの総括

 今年度、研究会は12月のセンター研分科会以外に3回行い、うち2回は公開で行った。

 改定指導要領の研究は、例会で取り上げ、さらに12月センター研のテーマにし、英語と歴史教育を中心に小学校、中学校、高校の実践を踏まえた教育実践を通して深めることができた。

 学力形成との関りでは、発達障害の子どもたちを含む小学校の実践報告を受け、狭い意味での学力形成にとどまらず、社会的な能力、集団の中で子どもたちの学ぶ能力をどのように育てるかという原点的な取り組みと考え方を確認できた。子ども一人ひとりの実態、内に秘めた思いを引き出しながらの自主的に工夫された日々の取り組みの重要性が具体的に示された。

 学力テストや入学試験に関わる具体的研究はできなかった。学力実態についても、実践報告の中で紹介される程度にとどまり、今日的状況を詳しく研究するまでに至らなかった。しかし、この間、大学や専門学校にまで広げてきた学力の実態をはじめ教育問題の視野を、さらに地域との関りにまで広げ、実践報告を含めた研究を行った。新たな視点での公開研は参加者の関心を呼び、改めて教育の役割やあり方、どのような学力が必要かを考えるきっかけになった。

 部会ニュースは1回発行したが、その後続かなかった。形式を含め、工夫する必要があった。

Ⅱ. 研究内容のまとめ

1.春の研究会(公開研究会6月21日)(15名参加)

■テーマ『「困った子ども」に寄り添う教育と学力形成を考える』

(1)基調報告【研究会代表の鋒山泰弘先生】

 特別支援に見られるきめ細やかな教育・授業は、小学校から大学まで必要になっているという認識が広がっていること、他方で、低学力の原因を教師個人の「指導力」の問題としてのみ捉え、「形を整える指導」が求める圧力に問題があることも指摘。その上で、次の研究が参考として紹介された。①崩れる学級に共通することと立て直しの手立て:佐藤暁(2004)『発達障害のある子の困り感に寄り添う支援』(学研)②「気になる子が溶け込む授業づくり」:曽山和彦(編2014)『気になる子が溶け込む授業のしかけ:クラスみんなのための特別支援教育』(教育開発研究所)③「発達障害の子どもへの理解と対応と授業力向上」(TOSS):長谷川博之(2013)『中学校を「荒れ」から立て直す!』(学芸未来社)

 ある教育委員会の『通常学級の特別支援教育チェックリスト②「学級環境」』も示しつつ、一律押し付けではなく、学校や子どもの様々な状況に沿った現場の実践の重要性が指摘された。

(2)小学校における2つの実践報告【京都市内公立小学校】

 一つは1年生、もう一つは5,6年生の通常学級の取り組みで、発達障害を抱える子どもがおり、ルールが守れない・他の子どもとのトラブルなどいわゆる「困った子」を抱えた実践である。2つの報告には、①「困った子」を「困っている子」と捉える.②子どもの困りの本質を捉える.③どの子にも共通の課題と捉える.④学校に子どもを合わせるのでなく、子どもに合わせる.⑤子どもは子どもの中で育つ、クラス集団の中で理解することが大切.といった共通の子ども観と深い思想性があり、悩みながらも子どもとともに学びつつ進める素晴らしい報告であった。

① 生活指導について

 ゼロトレランスという指導や、外面をきちんとさせることから指導に入る、あるいはその面だけ見て指導の可否の評価を下す傾向が広がっている中、それと対極にある実践であった。子どもたちの内面まで深く知り、共感しながら、自分の思いを率直に出せ、クラスの子どもたちに受け入れられ,子どもが安心して学校生活が送れるように努力・工夫されている。

 1年生の実践では、一人の子どもの行動に振り回され、どんな思いなのかを見極めるのに苦労しつつ、子どもが「疲れた」ときに入れるようなシェルター(段ボールハウス)を教室に作ることまで受け入れ、他の子どもたちの理解も得ていくという勇気のいる対応もされていた。

 トラブルを起こす子どもはもちろん、他の子どもたちも自分の気持ちや考えを表現できなくて困っていることを敏感にとらえ、丁寧に対話をして子どもの思いを探りつつ、子ども自身が自分を客観的に見つめ、考えることができるようにする。とりわけ、5,6年生の実践では、子どもとともに時系列にそってマンガを描いて場面を再現しながら話し合い、子どもの気持ちを明らかにし、相手の気持ちも知り合い、思いの正しさを評価しつつ、考えさせるという取り組みが報告され、「子どもたちはびっくりするほど冷静になっていく」ことが示された。

② 学力形成について

 5,6年の漢字学習では、授業上の「困り」についても、なぜ書けないのか、困りの本質を把握しながら進める実践であった。漢字ノートに赤ペンを入れる方法が効果を生まないことから、パーツに分けることで、へんとつくりの意味が分かったり、漢字の意味を考えたりしている通級指導教室での実践に学び、子どもにわかる具体的な指示を工夫しながらの取り組み。さらに、子どもたちが、「苦手やねん」と言えたり,「こうやったら苦手なこともちょっと楽になる」を見つけていったりする過程に丁寧に寄り添っていくことの大切さも指摘された。

 他方で、学力重視、授業重視といわれる中、子どもにとって必要な学力とは何かという問題が両報告で出された。1年生の報告では、点数をあげることに必死の校長の下、学校生活・ルールになじめない子どもにとって学校とは何なのか。どんな力をつけることが必要なのか、教師自身が揺れながら追求する悩みも語られた。5,6年生の報告でも、「困っている」子どもたちにとって、「生きる力」とか「学力」は、現代社会に適応していく力ではなく、子どもたち一人ひとりが自分の人生を「生きる力」であり,社会をつくる人の資質としての「学力」だという考えが示された。

 生活指導における子ども自身の行動や思いを客観化させる実践自体が学力形成の土台、あるいは広い意味での学力形成として非常に重要なことではないだろうか。

2.夏の研究会/10月18日、(8名参加)

■テーマ『公共・道徳は滅私奉公へ、では英語科は?巧みにしくまれた戦(いくさ)への道』

【杉浦和彦先生・滋賀】

 小学校での道徳と英語に関して、種々のデータを示しながら、学力形成をかえって妨げることを含めて、教育課程にかかわる問題提起がされた。特に、小学校における早期英語教育については英語教育の専門家だけでなく、政治学者からもその深刻な問題が指摘されている(『英語化は愚民化』施光恒著、集英社新書、2015年)ことも話題になった。この研究会で深まった問題意識と理解は、12月の教育センター第46回研究集会第3分科会で、教育実践に基づいて詳しく交流・研究することにつながった。(参考:第46回研究集会第3分科会のまとめ)

3.秋の研究会(公開研究会11月15日)(11名参加)

■テーマ『 地域に生きる人々の力がどのように発揮されているか、教育の役割を考える 』

 大企業奉仕の経済政策下で進んだ地域破壊に“地域創生”と称した拍車が掛けられている中、それに抗した地域づくりにおいて、地域に生きる人々にどんな力が必要か、そのための教育の役割を考える研究だが、各報告が理論的にも実践的にも共鳴し合うすぐれた内容であった。

(1)基調報告『地域おこしの人材育成と学校教育の課題』【鋒山泰弘先生】

「地域おこし協力隊」など全国各地で若者が地方に移り住み地方の自然・景観、文化、地域産業を守り、復元するとともに、地域の資源に新たな価値を見出し、産業に結びつけていこうとする試みと、地域づくりを目指す若者に向けて実務を中心とした総合的な学びの場を社会教育としてつくる試み(山浦春男『地域再生入門―寄合ワークショップの力』ちくま新書、2015年)を紹介しながら、学校教育にどのような課題を提起しているのかの提起がなされた。

 地域資源や食文化や伝統文化を再発見し、それらを「見える化」して、価値の再発見とそこに暮らす誇りを生み出すことが、コミュニティの再創造につながること、そのためには調査能力、表現広報能力、企画力、実務能力、人との交渉能力など、学校教育のあり方の反省とともに、これまで蓄積されてきた民主教育の視点とリンクする内容が指摘された。

(2)『地域から求められる学校と学力~町づくりの歴史から考える~』【島貫学氏】

地域の衰退を推し進めた側が、この「惨事」を奇貨として「地域創生」を声高に叫んでおり、これに抗い、外部資本の導入(企業誘致)などの破綻した手法に頼らず、潜在的な地域資源を自ら発見し、人々のネットワークを取り結び、魅力ある地域づくりを進めて行くためには、「主体性」ある人々の存在が不可欠であり、この「主体性」はどのように形成されるのか、学校にはどんな役割が期待されているのか、について、報告者の故郷である東北の「ある地域」の町づくりの歩みを通して分析し、教育課程編成への新たな提起を含む研究の報告がなされた。

① 故郷の地域の研究

 山形県「置場」地方の川西町と高畠町の1970年と2010年の人口と世帯数の変化を比べ、川西町がどちらも減少しているのに対し、高畠町の世帯数が1.21倍に増えたことを示し、その分岐点が1970年代の減反政策の下、近代農業(農薬・化学肥料の多投入)の推進か?有機農業への転換か?という農業政策の違いにあることが示された。高畠町で1973年30代を中心に有機農業研究会を立ち上げ、その後、2000年代には「たかはた食と農のまちづくり条例」を作って地域社会の目標づくりに発展し、都市住民の移住も進んだ経緯が報告された。

 転換を可能にしたのは、広い視野をもった旧村リーダーの存在、仲間の存在、自治意識であり、自主的な学習会の確保、地域の実践ネットワークの形成~外の世界(知)への接続、担い手たちが小学校と新制中学校卒業という公教育制度と学校教育の保障の重要性が指摘された。

② 教育の課題

 戦後民主主義教育の黎明期の農村での実践「やまびこ学校」をも振り返りながら、今の地域の現状に合わせた教育のあり方、教育課程のあり方が提起された。

 ア)地域おこしの観点から:町おこし成功の鍵をにぎるのは「ばか者」「わか者」「よそ者」という“異分子”、根拠のない「常識」に囚われず、自然と社会についての深い教養を身に着け、仲間とともによりよき暮らし(社会)のために挑戦する人間をつくること。その前提としての基礎学力(自然・社会の科学的認識の基礎)や共同の体験(自治活動・自主活動)の必要性。

 イ)生き方の観点から:抽象的一般的(=世界的、日本的)な知識を、現実的な空間(=地域)に落とし(総合して)、人々の暮らしの中に課題と打開方策を探求(地域学習)することによって「生きる場」(生活と生活圏=地域)への関心を高め、生き方、仕事、職業を考える。

 このような学習は、地域の課題に取組む若者の育成と、地域を出て異なる世界で暮らす場合も構造的な共通性などを通して生活する地域への眼を養い、「故郷」の地域課題に関心を寄せ、応援団になる可能性があり、また、学校が人材を都市圏へ供給するスプリングボード(学力は農村脱出のための手段)から「都市・農村の提携」の仲介機関へと転換できる可能性がある。
ウ)教育課程に反映すべき地域学習の内容:
*生活空間(地域)の産業・経済構造、歴史的文化的環境の特色
*地域課題と地域資源(宝)の発見
*課題解決の方策
*ライフサイクルと地域 など。
地域学習を「どう生きるか?」から「どこでどう生きるか?」への転換と位置づけ、個別の「職業」教育にとどまらず、「生きる場」の中に位置づけた教育の創造である地域学習こそ、本来の意味での社会の中での生き方を探求する「キャリア教育」。教育の各領域で、「地域」を内容編成の柱の一つに位置付けるべき。(例)食育、防災教育、健康教育、土壌教育(環境教育)、・・・

(3)『地域の歴史と暮らしを守り生き抜く取り組みを通して考えた「教育」の課題』【原田久氏】

 人口減と高齢化、地域へのあきらめが進む田舎で設立した「天引区の活性化と未来を考える会」の事務局長として、3年間の取り組みを通して、生活の主体、地域の民主主義の主体として生き抜くために求められる力とは?それを育む教育上の課題は?など豊富な実践で報告。

① 地域活性化への取り組み

 ア)かつて農・林関係で生計を立て、山林が富をもたらした地域が、27年間で人口40%減、高齢化、空き家66軒中10軒、休耕地や荒れた山林の増加などが進んだ。進取の精神は衰退、「先送り」的村落運営で、有力政治家のおひざ元で「長い物には巻かれろ」という生き方が普通。このままでは地域は衰退・崩壊する、何とかしなければという思いが日常会話に上るように。

 イ)2012年9月に「天引区の活性化と未来を考える会」設立、活性化に向けて企画立案する運動開始(参加者は区4役を含め19名)。
目指すは、美しい自然環境の創造/住みよい心通う地域/若者が住みたくなる地域/他地域の人が魅力を感じる地域/みんなで力を合わせる産業・文化の創造/個人・地域の経済力の向上。
会議運営の原則は、自由に発言する/人の発言をけなさない/「今まではこうだった」という前提に囚われない/すぐに実現できなくても夢を語る。

ウ)3年間で取り組んできたこと

a.「むら」を歩き調査し、「むら」の価値を再発見する(再発見マップの作製、写真集制作など)
b.絆を深め、自己肯定感・達成感を味わう取り組み(ほたるコンサート、区民運動会の持続等)
c.「むら」の歴史や文化を発掘継承し大切にする取り組み(天引音頭の復活、天引の昔を語る会)
d.取り組みと方向をみんなが知る(月間「あまびき元気ニュース」、天引活性化マップ制作)
e.「むら」の生活基盤を強化し、次世代につなぐ取り組み(各種交付金・補助金事業の活用)
f.外の人たちと繋がる取り組み(天引出身者による応援団会議、地域外青年のイヴェント応援)
g.情報を発信する活動(HPの開設、マスコミへの発信)
h.行政政策の積極的活用(南丹市市民提案型まちづくり活動支援交付金、「ふるさと」納税制度)
i.進む中で新たに生まれた取り組み(「むら」の居酒屋「一品会」誕生、歌う会の始まり)
j.先進地域視察及び研修

エ)これまでの取り組みの到達点(報告の抜粋)

 人々の意識に変化/議論の場が増えたことで、互いの思いを知り、共感が広がり、力を合わせて取り組もうという気持ちや連帯感を生み、主体的に参加する人が増えてきた/「ふるさと応援団」が、大きな力を発揮/外から青年たちが天引を訪れ、イヴェント応援やIターンも。

② 取り組みから見えてきた教育の課題

*地域の現状を見た時、「自分だけよくなったらいい」的生き方は不可能。ともに生きていく生き方をどう身に付けるか。
*「自分の家の課題」(個人的課題)をみんなで考える「共通の課題」(社会的課題)として気付く学力、発想力をどう培うか。
*政治的権力的対応に直面しても住民の生活と権利を守るためにどう取り組むか、民主主義を具現化した発想や生き方を身に付けること、具体的術と生きる知恵を持つこと。
*地域は多様な人々の集合体であり、自らの主張は持ちつつも、他の人の主張や感性、考え方を理解・許容し、粘り強く交われる力が必要。
*地域の課題は総合的かつ複合的であり、多面的な能力が必要(文化教養のセンスとスキル/歴史的に物事を見る力/地域の習わしや、生態系・治山治水・文化財保護などの知識/農・林業の知識や実務能力/経理の知識や経営的観点/文書作成能力/税務・登記など法律的知識/地方行政の知識/民主的な会議運営の力、・・・)。
*田舎を目指す青年達の思いに、教育を振り返り、これからの日本のあり方を考えるヒントがある。

Ⅲ. 2016年度の方針と研究計画

1.学力と教育課程に関わる問題点と課題

 改訂指導要領のもと、小学低学年での英語授業、歪んだ歴史教育、加えて道徳の教科化が京都市の先行実施など本格化しようとしている。加えて、「大学入学希望者学力評価テスト」の導入、18歳選挙権の導入など、教育内容を大きく左右する情勢にある。教育現場では、アクティブ・ラーニング、ITC教育など教職員の間での十分な教育的議論なしに新たな教育手法や教育機器の導入が押し付けられ、自主的な教育実践を困難にしている状況も生まれている。

 戦争できる国をめざす政権によってあらゆる社会的問題で国民の多数意思が完全無視され、民主主義と立憲主義が危うくなり、教育においても貧困と格差の激しくなる社会状況の中で、改めてどのような教育が希望ある未来を築く子どもたちにとって必要かの追求が重要である。とりわけ現場で苦労する教職員を励まし、その教育実践に基づき、課題と展望を明らかにし、教職員の力になり教育現場の発展に寄与できる研究活動のあり方が求められている。

2.2016年度の方針

(1)子どもや青年の学力の実態と課題を、現場の実践の研究を通して明らかにする。また、学力テスト体制が厳しくなる中、各段階の入学試験の在り方、基礎学力との関係等を検証する。

(2)複雑な教育情勢の関わりながら、地域づくりと教育の関係なども視野において、民主的社会の発展を担う主体を育てる教育課程のあり方を研究する。

(3)厳しい管理統制が行われ、さまざまな教育手法が上から押し付けられる傾向の中で、実態や実践に基づき問題点や課題を明らかにしながら、子どもの発達を中心に据えた自主的な実践を励ます交流・研究を進める。

(4)少なくとも学期に一回の学力・教育課程研究会を計画し、2回は公開研究とする。

(5)部会のニュースの発行を再開する。

3.研究部会の体制(今後の変更もあり得る)

【部会員】天野正輝、市川章人、市川哲、井口淳三、植田健男、大八木賢治、大平勲、大西真樹男、小野英喜、川村善之、柏木正、川地亜弥子、上中良子、久保齋、澤田武男、島貫学、田中耕治、中須賀ツギ子、中西潔、中村雅利、西原弘明、仁張美之、野中一也、平野健三、淵田悌二、鋒山泰弘、八木英二、我妻秀範、和田昌美

【事務局】鋒山泰弘(部会代表)、市川章人、大平勲、小野英喜、川地亜弥子、久保齋、島貫学、下田正義、中西潔、中村雅利、西原弘明、平野健三、淵田悌二、深澤司

 
 「京都教育センター年報(28号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(28号)」冊子をごらんください。

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              2016年3月発行
京都教育センター