事務局  2013年度年報もくじ


第7分科会
特色化の名のもとに導入される普通科のコース制度は
このままでいいのか


               原田 久(高校問題研究会)

 

はじめに

 今年度から京都市内・乙訓地域でも総合選抜に変えて、普通科の単独選抜が実施される。これを前にして各高校で中学生にアピールできる特色を出そうと、普通科の中に様々なコースを置く措置が進められた。生徒たちの全面的な発達を保障する観点からこのコース制度を検証することを今年度の研究テーマとした。

1 基調報告 「普通科のコース制度について考える」      小寺康之(府立朱雀高校)

 コース制度は我が国において使用される固有の教育用語である。自由選択制度が生徒の意志と希望に基づいて選択する制度であるのに対して、コース制度は学校が予め選択パターンを決めて生徒に選択させる、いわば定められた「定食」からの選択を迫る制度である。

 歴史的は1956年の高等学校学習指導要領の改訂に伴い、総合制の解体、自由選択制の衰退が進められ、大学受験準備クラス導入と相まって高校間格差・コース間格差が持ち込まれた。その後「大学受験体制」が強化される中で、コース制度は能力主義政策による、差別と分断の高校教育を推し進めることになる。この背景には、経済発展をリードするハイタレント・マンパワーの養成や産業や職業の分化に対応する高校教育をもとめる、財界や政府・文部省の思惑があった。その後、1960年代に入り職業教育の多様化が進められ、1970年代には普通科の多様化が進められることになる。1975年の自民党文教部会「高等学校制度および教育内容に関する改革案−中間まとめ−」は競争原理や遺伝子決定などをも持ち出し、高校に多様なコースを設置すること記している。

 ところで、コース制度は生徒の個性を伸ばすことになるのだろうか。それは疑問である。特定の専門科目で構成されるコースの「枠」に生徒を囲い込むことになったり、コース間で差別的な意識を生むこともある。これは類型制度の中で多くの実例が示している。この他にも、多様な生徒のニーズを数少ないメニューのコースに合わさせることの困難さ、途中でコースを変更することの困難さ、男女数の均衡あるクラスを作ることの困難さなどもこれまでから多く指摘されている。

 高校教育とは、大衆的・民主主義的理念に支えられた「人間形成の場」であり、そう考えた時、固定されたコース制度よりも、柔軟で豊かな学習内容を提供できる、共通科目+自由選択制のほうが有益である。

2 実践報告@ 「山城通学圏とコース制の現状」           南部府立高校教諭

 京都府南部の山城通学圏では、2004年から中学生が高校を選ぶ、単独選抜制度に近い入試制度となった。その結果、学校間格差が拡大し、「下位校」「不人気校」が生まれた。入学直後の模擬試験で偏差値60以上が受験生の3分の2、三桁もいる学校もあれば、一人もいない学校まである。入学選抜の結果を見ても、他校を不合格となって入学して来た生徒が一人もいない学校から、他校を不合格になり第二希望で回ってきた生徒がかなりの人数いる学校まである。

 中学生向けの「京都府公立高等学校スクールガイド2013」を見ると、前述した学校間格差を反映して、「上位校」では国公立4年制大学への進学者数が多くなっている。また、「上位校」ではコース制を止めている学校もある。

 コース制度の現状についてA高校の例を紹介する。A高校では普通科4クラスを発展2、標準2のコースに分けている。発展コースの定員は80名だが、希望者は50〜60名。不足分は診断テストの上位者に声をかけて補充する。1年生の成績(評定)に基づき、発展コースのうち1位〜40位を1組、41〜80位を2組と振り分ける。教科の評価は発展、標準それぞれで行う結果、2組に成績不良(赤点)が集中する。標準クラスよりも評定平均値が低く、推薦やAO入試を利用した進学が困難になる。こうした矛盾があるが、コース制度を止めて単線化すると生徒が集まらないのではないかという不安感が広がっている。

 今後の方向性だが、A高校の場合、様々な生徒が入学してきており、コース制度を置かず自由選択制にすれば、安易な選択で卒業したいと考える生徒が集まらないか。また、コースを示さないと、中学生や保護者に選んでもらえないのではないか。特定の生徒が集まってくるリスクは避けたい。生徒の抱える課題に適した対応をするためにコースを置くことは、よりましと言う意味で必要ではないかと考える。

3 実践報告A 「『乙訓地域 教育を語る集い』で議論したこと」    和気徹(向陽高校)

 今年度の府高乙訓ブロックの「乙訓地域 教育を語る集い」は、@高校入試制度改変を前に、乙訓地域の3府立高校の現状と「特色ある高校づくり」を批判的に検討し、交流する A乙訓地域の中学3年生や担任・地元の保護者の声を聞き、高校入試制度改変が中学校教育や高校教育にどのような影響を与えつつあるのかを分析するB「競争と格差」の「高校づくり」に対抗して、どのような地域の高校づくりを進めるか語り合う ことを目的に行った。

 乙訓地域では3府立高校で「すみ分け」による「特色づくり」が進められた。B高校のキーワードは、スポーツ健康科学と「地域の理系を担う理系コース」で、1年生後半から理系コース、文Aコース(発展)、文Bコース(標準)に分け、2年生で理系は工学系(物理系)と生命科学系(生物系に特化)に分ける。C高校のキーワードは、「英語系」・「西乙の国際力」・「西乙の国際理解教育」、1年生から学力診断テストで習熟度別クラス編成を行い、2年生でαコース(学力伸長・旧T類)、β(学力伸長・旧U類)、γ(実践英語力伸長)に分かれる。D高校のキーワードは、「文系」「地域の文化遺産を活用」「地域を愛し、地域社会の発展に寄与」「土曜授業」(月2回実施)で、1年生で学力伸長クラスと標準クラスに分け、2年生で文理コース(旧U類)、文Uコース(旧T類発展)、文Tコース(旧T類標準)に分ける。

 こうした特色づくりの背景に、府教委による「府立高校特色化推進プラン」がある。それは学校そのもののコース化で、スーパーサイエンスネットワーク京都(8校を指定)、アカデミックネットワーク京都(8校を指定)、京都フロンティア校(24校指定)、スペシャリストネットワーク京都(6校指定)となっている。上からの特色づくりと予算化が行われている。
 先日、府教委は現中学3年生の前期選抜希望調査の結果を公表したが、それは「五ツ木書房」の模擬試験データーの公表と同じで、教育行政としては異常なことだ。

 こうした中で、「京都市内には行っても、京都市内から乙訓地域には来ない。いかに生徒を乙訓地域に引き留めるか」「新制度は多忙化への道。本来の制度に戻すべき。前期・中期の2段階選抜を止めさせる」ことが必要である。

 *和気報告に関わって、同じ乙訓地域の中学校の先生から補足発言があった。以下はその要旨。
 総合選抜制度の持つ教育的思想は優れたものであり、再認識すべきである。類型制度はなくなったが、この制度について検証する必要がある。今、中学校の現場でも「習熟度別」など生徒を分けるのが当たり前という考えが広がっているが、それでいいのか。果して子どもたちは本当に伸びているのか。子どもたちはどのようにして力をつけていくのかという発達の論議をしっかりする必要がある。中学生はコース制をもとに高校を選んでいるとは思えない。

4 討議内容

 (1)基調報告に関わる討議

  ・コース制度を採り入れ、それぞれのコースに適した複雑なカリキュラムを作る学校も多いが、大学受験などを意識はしているものの、どのような力をつけた生徒を育てようとしているのか、教育思想が見えない場合もある。
  ・保護者として学校説明会に参加したが、学校ごとに保護者の層も違うように感じた。自分は北稜、鴨沂、朱雀説明会に参加したが、特に大学受験特化は求めていない。ただ、それを求めている保護者も多い。コース制度を入れないカリキュラムがどこまで支持されるか難しい点もある。

 (2)実践報告1に関わる討議

  ・高校のランキングは中学生の保護者や生徒もよく知っていて、それをもとに動いている。
  ・中学で進路担当をしているが、親から「どこやったら受かりますか」と聞かれるので、ある程度データーを持っていないと答えられない。教育的ではないと分かっているが、中学校現場としてもランキング表のようなものを求めざるを得ない現実がある。
  ・コースのことだが、単線型のカリキュラムは決して多様性を否定するものではない。むしろ、特化したコース制度のカリキュラムでは生徒を袋小路に追い込むことにもなる。コースを置かないことの方が生徒の進路を考えさせることになる。HRもコースで分けるのではなくて、ミックスHRの方が男女比のバランスも良く、人間を育てる場として適していると思う。
  ・コース制が生徒を袋小路に追い込むことになる指摘はそう思う。ただ、コースを置かないと、(進学はムリで)「基礎をする学校」と中学生や保護者に見られてしまう。多くの学校は選んでもらうアピールとしてコースを設置しているのではないか。
  ・あらかじめ決められたカリキュラムのコース制ではなく、生徒の選択の幅を認める自由選択制について、生徒が「進路を考える」「自分のやる気を出す」と言う指摘と、「安易な選択になる心配がある」と言う指摘があった。私は大学で教えているが、ある大学が4年間自由選択制にしたところ、それでは何も学ばないことだという声が学生から出た。
  ・入学時点で底割れした学年は、テストの少ない実技科目選択に流れる傾向があった。
  ・コースを作ろうとすると40人の集団を作らねばならないが、この数の確保が難しい。理系クラスは中々40人集まらず、クラスが成立しにくい。
  ・コースは生徒の希望よりも成績で分けている点が問題だ。
  ・しかし、いろんな生徒を一緒にしていることが良いことだと思われていない。それが発展と標準に分ける理由となっている。進学の力を伸ばすには、決まった道を歩ませる方が良いという考え方がある。
  ・コースは生徒集めの材料になっているが、コースを増やすほどわかりにくいという声も出ている。フツ―の子がいける、フツーの高校をと言う声も多い。

 (3)実践報告2に関わる討議

  ・職員会議の論議の度に柔道の自然体を思い浮かべる。高校時代は自然体が大切。乙訓地域の府立高校に見られる棲み分けには反対。進路希望は高校で学ぶうちに変わるもの。かつて勤務したE高校では工業化と普通科の乗り入れが出来た。また、いろんな学力の子がいて、互いに教え合う中で力をつけた。「自己責任」が貫かれるコース制では競い合いだけだ。発達観の貧困さがそこにある。
  ・特色を出そうとコース制を準備したが、止めて選択制のモデルパターンでやった経験がある。文系・理系とやってしまうと、「文系人間、理系人間がある」と多くの子が思ってしまう。「文系人間だから理数が分からなくていい」ということにもなる。
  ・保護者だが、私たちは宣伝パンフに大きな影響を受ける。しかし、それではわからない高校の実態が今日はよく分かった。最近は、高校選択がサービス業で商品を選択するような状況になっている。改めて、高校生として必要な学力とは何なのか考えさせられた。
  ・元保護者だが、コースに分けて特色を競うが、大切なのはどこでもしっかりとした基礎学力をつけることだと思う。子どもが中学3年生の担任をしているが、どこの高校を希望するかは塾の指導の方が優先されると言っている。単独選抜の新しい高校入試でどこにも入れなかった子はどこに行くのか。
   ・細分化したコース制をとらないことに迷いもあるが、行き過ぎたコース制は必ず破綻する。40人毎にコースにはまれば一番お金がかからない仕組みだが。
  ・乙訓の学校ごとのすみ分け(コース制)も単純な学校間格差を許さない発想ではないか。
 ・中学校で生徒と接していて思うのは、昔の3年生のクラスは生活の中で高まって行ったが、最近は年々しんどくいく。単独選抜入試は子どもたちの世界をバラバラにしていく、益々勉強しなくなる、高校に夢を持てない生徒を増やすのではないかと心配。高校教育と何か今一度問う時。
  ・中学で高校卒業後の進路選択までするは無理。この点からもコース制は問題がある。
  ・自分はF高校を卒業したが、当時は高校3原則が健在で、地元の子が地元に通う小学区制度だった。そこでは全面発達、全人教育が目指されていた。その良さは何十年もたった今、よく分かる。
  ・大学で教えているが、今日はコース制度と自由選択制度について、原理原則と現実の両方の話が聞けて、何とか生徒たちにとって良い教育環境を創ろうとされている現場の努力がよく分かった。

5 まとめ

 今教育の劣化が進んでいる。人格の全面発達をどう保障するのかという教育思想の貧困化がそこにある。報告の中にあったように特定のコースの生徒には数学Uはいらないと言う数学教師が居たり、生徒を分けて差をつけるのが当然という学校の雰囲気、かつては同和教育や人権教育の中で慎重だった。基調報告にあった1975年の自民党文教部会の考え方「競争原理や遺伝子決定などをも持ち出し、高校に多様なコースを設置すること」がストレートに現場に持ち込まれている。

 今後どのような高校教育を目指すべきか。全体会の小学校統廃合問題で発言されたお母さんが指摘された「競争よりも共生が大切」の考え方を学校現場に再生すること、難関大学合格で良しとするのではなく、卒業生たちを追跡調査し、彼らが高校卒業後どうなったのかを調査分析して、そこから高校教育で培うべき力は何かを議論し、各校の教育課程に反映させることが重要である。

 今、教職員は馬車馬のごとくただ前を見てせかされるように働かされて、ゆっくりと同僚と教育議論する余裕さえない。この労働条件の改善はよりよい教育を作り上げる上で避けられない課題であることも押さえておく必要がある。

 今後も高校特色化の名のもとに、コース制度が維持拡大の恐れがある現実の中で、今回の報告・討議にもあったように、生徒たちの全面発達を保障するためにはどのような工夫があるのか、教育の原理原則は抑えた上での研究が求められる。
 
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              2014年3月発行
京都教育センター