事務局 2009年度年報もくじ
第2分科会
「生きづらさの時代の生活指導」

                  築山 崇(生活指導研究会)


分科会のねらい

 昨年度は、市内小学校と府中部中学校における「荒れ」の状況に向き合う実践報告、及び高校生の自主活動の現状などについて議論した。今回の分科会では、それを踏まえ、生きづらさを抱えた子どもたちへの支援のあり方について、キャリア教育の現状なども視野に入れつつ、実践・研究の課題を探ることをねらいとした。


T.報告要旨

基調提案 報告者 [築山 崇・京都府立大学] 「生きづらさの構造と生活指導―真に求められている連携のかたち ―」

1. 子どもの生きづらさのいま―その様相・背景と根源―

(1)生活基盤・・・「子どもの貧困」が提起した問題・・・経済的困窮と不安定

(2)関係・・・人が見えない・自分が見えない  

(3)時間・・・見通しがもてない

2. 生きづらさの打開の見通し

(1)子ども・青年の居場所という“問題”
・子ども自身が、“ありのままの自分”でいられる場所(空間・時間)
・同世代、他世代との対話・交流がある場所(人の要素)

(2)地域で子どもの育ちを支える仕組み

 尼崎市子どもの育ち支援条例の試み

@支援を要する子どもの育ちの環境を改善する

A地域社会全体の子育て力向上を支援する  

(3)「キャリア教育の充実」をどう見る?

 文科省の研究協力者会議の報告(2004年1月)などで、進路指導の取り組みが「キャリア教育」の中核をなすとされ、その進路指導は「生徒が自らの生き方を考え、将来に対する目的意識をもち、自らの意志と責任で進路を選択決定する能力・態度を身につけることができるよう、指導・援助することである」と定義されている。

 具体的には、職業体験やインターンシップ、ボランティア活動、社会人・職業人講話などの様々な体験活動が奨励・実施されることとなっている。

 このような流れは、「生徒が自己の在り方生き方を考え、主体的に進路を選択する」という、生徒指導・進路指導の「ねらい」に、どのようにむすにつくであろうか。そして、自治の力の形成を目指す集団づくりや、いじめ・不登校などいわゆる問題行動の克服に向けた生活指導実践とどのような接点で切り結び、適応や個の自立に焦点化される指導の限界を越えることができるであろうか。

(4) 学校における子どもたちの「荒れ」の様相をどうみるか。

 「とげとげしい空気(けんか、授業妨害、きつい言動の横行、教師反抗)」、そのような目に見える”荒れ”の背景には、上記1で述べたような今日の社会状況がある。同時に、学校体制に起因する問題も大きい。


報告1 石田 暁(京都府立高校) 高校における進路指導や「キャリア教育」の現状と課題

【報告要旨】

 京都では、高校入試制度「改革」や「高校再編」がすすめられ、大学進学に特化した中高一貫校や「専門学科」が設けられ、難関大学への進学実績を競いあうという状況が生まれている。報告者の学校では、生徒が自由に活動できる条件づくりや居場所づくりに努めているが、そういう学校が“選ばれない”状況がある。そうした状況のもとで、学校として、どのようなスタンスをとるか、学校づくりの重点をどこに置くかで迷うところもあり、学校としての“生きづらさ”を感じる状況がある。

 また、昨年来の経済危機を契機に、雇用情勢が悪化し、高校生の深刻な就職難が大きな問題となっている。京都の高校新卒者の求人内定状況は、2008年から2009年にかけて、求人数で4割の減少、内定率でおよそ1割減の41.7%という状況にある。2009年11月末の就職未内定者は314名にのぼっている。

 報告者の学校でも、求人数の減少、指定求人がすくなく、公開求人が多いため、求人の開拓、不調生徒への粘り強い指導が必要になっている。

 キャリア教育の現状については、上からのキャリア教育の強調がある。京都でも2007年12月に「府立学校キャリア教育推進プラン」が公表され、企業・NPO・大学等との連携、キャリアサポーターの派遣、京都版デュアルシステム(企業研修と学校での授業)の研究、インターネットの活用などが重点施策となっている。

 京都府キャリア教育研究推進協議会は、小・中学校の進路指導主事、高等学校の進路部長が構成員となっている。2008年7月に実施された講演・シンポジウムでは、小中高の実践発表があり、「社会に貢献する人材を作る」を学校目標にした取り組み、「地域人授業」の導入などの事例が紹介されていた。

 また。府立高校進路指導研究協議会の研修会では、「キャリア教育におけるキャリアカウンセリング」「大人の役目:より良い社会をつくる若者をどう育てるか」と題する講演が行われている。

 キャリア教育では、「4つの能力」(人間関係形成能力、情報活用能力、将来設計計画能力、意志決定能力)の育成が謳われ、「意欲」「態度」が強調されているが、獲得すべき「学習内容」が見えてこない。「態度主義」「適応主義」に陥る、あるいは道徳主義的になるといった問題を感じる。従来の「自己実現」のための進路実現が、「社会貢献」のための進路実現になってきているところが気になる。

【討論から】

 キャリア教育は、生徒指導分野における政策的な重点となっており、各種研修会などでも活発に取り上げられているが、多くの学校では、インターンシップ・職場体験の取り組みが中心となっている。モデル校でのより体系的な実践が目立つとともに、リクルートやベネッセなどの民間教育産業も熱心に調査や教材普及に努めている。

 しかし学校体制はまだ十分でなく、現場の教員に浸透しているとはいえない状況である。最初にキャリア教育が提唱された時期からすると、内容が変化してきており、とくに、「社会貢献できる人材づくり」という視点が強調されている点は要注意である。

 報告者の学校での取り組みについて、2年生での「労働の現状、働く権利」を中心とした学年単位の学習の企画に触れられていたが、時間の関係で詳細を聞くことが出来なかったので、次回の生活指導研究会の例会であらためて具体的な実践報告の機会をもつことになった。キャリア教育の展開は、現状では高等学校が中心であるが、国立教育政策研究所(生徒指導研究センター)などによって、小・中・高にまたがるプログラムが提起されてきており、今後、教育課程全体に占める比重も大きくなっていくと思われ、生活指導研究会中心に、調査・検討を進めていく必要がある。

報告2 細田 俊史(京都市内小学校)  子どもの世界に見る生きづらさ―小学校の状況と生活指導の課題

【報告要旨】

 はじめに、「市内サークルで報告されてきた子どもたちの実態」として、「人が傷つくということが想像できない」「気に入らないと暴力、立ち歩き」「茶化し、奇声、言葉の前にたたく」といった行動や、「DVから逃げ出した母のもとで、兄からの暴行を受けている」、「父母からの厳しすぎる暴力を伴うしつけを受けている」など、家族関係の中で傷ついているようすが、個別のケースの詳細とあわせて紹介された。それらは、子どもの成長・発達の節目で不可欠とされるような人間関係や活動・つながりの欠如によって、発達が阻害されている状況であり、欠如の状態を強いられている状況、発達の機会が剥奪されている状況であるという分析が示されている。

 さらに、そうした状況は、経済的に困窮している世帯の子どもだけでなく、進学塾やスポーツクラブに通い続ける子、その中で培われる能力主義的価値観、孤立排除を恐れるがゆえにその場の「空気」を読むことに神経をすり減らす子など、多様なかたちで広がっていることにも注意が必要であるとされた。

【討論から】

 京都の生活指導研究サークルでの報告をもとに、指導困難な子どもの事例が多数紹介され、子どもの荒れの背後に、養育者による体罰やDVなどの暴力が見られるケースが多いことが、論点となった。そのようなケースは、「虐待」ととらえて、ソーシャルワークの面から関わっていく(児童相談所などが、親・世帯への援助、子どもの保護にあたっていく)必要があるのではないかという意見が、参加のケースワーカーから出された。

 一方で、「」話型 など、スキル重視の指導は、子どもを発達的にとらえることを妨げるとともに、子どもがかかえている葛藤や願いを受けとめるコミュニケーションを困難にすることによって、子どもと教師との関係づくりが困難になっているのではないかといった指摘もあった。

報告3 恩庄 澄(京都府南部 中学校) 貧困と向き合う学校の「格闘」と「再生」

【報告要旨】

 報告者の勤務する学校(生徒数約350名)は京都府南部にあり、工場、商店、マンションが林立し、中規模の住宅が密集している地域で、家庭的、経済的に課題がある家庭も見られる。子どもの指導に関して、「学校に任せる」という家庭が多く、学校への依存が高いようにも思われるという。

 今回のレポートは、課題をもつ子や親との関わりや学級集団とのかかわりを通して、生徒たちの思いや願いを受けとめ、学校との信頼関係の回復に努めようとした記録である。メール交換を通して見えてくる、子どもや親の実像にも迫る内容であった。特に課題が多く指導も困難な3人の生徒のケースをとりあげ、親の暴力や離婚・再婚などによって、安定した養育条件に恵まれていない点で共通しているが、当該生徒と学級集団、親と学校(担任教師)などとの関係づくりを通して、今日の社会のゆがみの中で苦悩する親の心の深部に宿る願いを読み取っていく実践の報告であった。当該の生徒たちの入学から3年卒業まで、生徒たちの状況と学校の対応・取り組みの詳しい資料が紹介された。その中には、生徒たちの声(「みんなが安心して生活できる学年、学校にしよう! そのために、君はどう思う? その時君は何が出来る?」という呼びかけへの返答の文章)も含まれている。また、また、当該生徒の親と担任のやりとりの記録からは、担任の細やかな気遣い、弱さを伴いながらも、子どもの思いに寄り添って力になろうとする親の正直な気持ちがあらわれている。時間的な制約で、これら詳しい資料にもとづく突っ込んだ議論ができなかった部分は、今後の生活指導研究会の例会に位置づけ、3年間の記録・実践に含まれている実態分析の手がかり、教育方法の契機を探っていくことが必要である。

【討論から】(略)


U.全体討論

1.貧困と生活指導という論点をめぐって

 今回の分科会では、基調提案にもあるように(子どもの)「貧困」が一つの論点となっていた。これに関連して、「絶対的貧困(経済的困窮)とは区別される、“中流における崩れ” とも言える問題もあるのではないかという指摘があった。経済的に困窮していなくても、親の一方的な価値観の押し付けや進学競争への関心の集中、日常生活での意思疎通が十分図られず、子どもが抱えている悩みなどを家族が受けとめることができないといった、家庭内における関係不全とでもいえるような状況へも注意を向けることが必要であろう。同時に、景気の低迷を背景に失業など不就労状態が続くことで、親自身の社会関係が狭められてしまい情報も限られることで、親の教育力・生活力が低下するという問題もあるのではないかという意見も出されていた。単に「お金がない」だけでなく、家庭における「育ちの文化」の衰退という問題がないかという視点は重要である。

2.教育と福祉の連携をめぐって

 地域・家庭における広義の貧困によって、現象としてつくりだされる学校での子どもの荒れ(行動・内面)、それによる指導の困難という問題状況に関わっていくとき、集団づくりや子ども-教師の関係づくり、学習活動などによる学校という場(社会)での“生活”における指導と、地域社会の教育資源(環境)を豊かにしていく取り組み、家庭・親のエンパワーメントを目指すソーシャルワークの取り組みなど、ある程度領域別に区別しながら、ワーカー、実践方法・内容について考えていくという整理が必要であることが、今回の議論全体から見えてきている。

 このことに関連して、学校教育(教師)の生活指導実践で、家庭(地域)にどこまで入り込むのか、ソーシャルワーカーなど、関連職種との連携をどうすすめるかは、大事な研究課題である。貧困によって社会から疎外・排除された家庭がかかえる困難への援助は、第一義的には、ソーシャルワークの仕事であるが、教師は、生徒の指導を通じて、家庭がかかえる問題に通常の勤務の枠を越えて、個人技的実践によって介入していくことになりがちである。そうした教育実践における無定量性について、ソーシャルワークの立場からは、教員の業務として一定のところで線を引きつつ、他職種との連携をはかるという視点がもっと必要ではないかという提起があった。この提起は、経済的困窮や格差の広がりという今日の情勢を考えたとき、今後の生活指導実践全体の枠組を考えていく上で重要な提起である。連携の実態としては、深刻化する中学生の問題行動への対応などで、学校・警察の連携が強化されている状況も視野に入れて、「社会そうがかり」の教育・子育てが子どもを押さえつける包囲網をつくることになるのではなく、子どもの権利の視点に立ち、子どもを支える社会的基盤をしっかりつくっていく方向性をしっかりもたねばならない。

3.参加者の感想から

(1)多方面からの報告の中で、「生きづらさ」の問題について、いろいろと考えさせられ、実りある分科会でした。「生きづらさ」は、単に経済的貧困から来るのではなく、発達課題や生活意識と絡みあいながら、学校教育にあらわれている点、浮き彫りになりました。その中で、「キャリア教育」の動向が気にかかりました。今後、中学校現場に入ってくると思います。(中学教員)

(2)現代の子どもの荒れ、生きづらさがどう現れているのか、その背景が何かが討論された。基調提案の@生活基盤A関係B見通しの3つの視点は今日の子どもの状況を分析する上で大切だ。現代の子どもの荒れ、生きづらさは、大きくは「現代の貧困問題」であるが、それのみでなく、「競争社会のゆがみ」「虐待」「発達」など、複合的な要因があり、個々の子どもの事例をていねいに分析することが大切である。「マロンの理念」〈一つ一つ皮をむくように分析していく〉は面白かった。(大学講師)   

(3)子どもの貧困に非常に興味があり、今日参加させていただきました。困った子=困っている子という考え方にとても共感します。どこに行ってもたいてい排除の方向にある社会の中で、どれだけ子どもに寄り添い、何に困っているのかを教師が根気強くつきあっていけばいと思いました。しかし、それは同時に、教師への負担となります。(大学生)

(4)内容が盛りだくさんで、とても勉強になりました。ただ、分科会のテーマに沿って、問題点を明確化することから始め、問題の背景を分析して、類型化し、統合していく作業をする必要があると思った。今後、発展に繋がる課題が多くあったように思った。(大学生)

(5)小中高を通したレポート報告・討論があってよかった。研究会としては充実していたと思う。今の子どもたちがおかれている現実と、小中の先生の本当に大変な取り組みがわかった。今後も参加していきたい。貧困と子どもの“荒れ”の関係について、整理した考えを聞けてよかった。ケースワーカーの方のお話がよかった。(中学教員)


V.教育センターにおける当面の生活指導研究の内容について

  今回、小・中・高(公私立)・大、福祉ワーカー、学生、計21名という多様な参加者を得て分科会をもつことができたことで、今日の社会情勢のもとで求められる生活指導実践について、多角的で新鮮な議論をすることができた。その成果で、小・中学校での子どもの荒れの状況の分析と教育・福祉など関連ワーカーの連携の問題、キャリア教育の動向も踏まえた、生活指導の全体構想など、今後取り組んでいく方向性が一層明らかになった。

 「京都教育センター年報(22号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(22号)」冊子をごらんください。
事務局 2009年度年報もくじ

              2010年3月
京都教育センター