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教育基本法学習会・・・・7.         2004・4.

                                  土野 友人

    第3条:教育の機会均等

・次回、第4回4月10日は「教育の機会均等」です。

「すべて国民は、ひとしく・・・・教育を受ける機会を与えられ・・・」で始まる条文ですが、ここに「すべて国民は・・・」とは、小・中学生だけでなく、乳幼児も老人もということです。となれば、「教育基本法には、生涯教育の記述がないので、改訂だ!」と主張する人達には、この最初の一行を解読願いたいとおもうのだが・・、いかがなものか?

「・・・ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会・・・」と続く。「能力に応じる教育」だけ一人歩きさせると、「能力別授業・学級・学校」の存在が求められているかのようであるが、はたして、そのような解釈が成立するのか否か・・・?! これは、あたかも、自民党・公明党たちが、憲法九条を解釈して、「自衛隊が人道支援のためイラクへ・・」と言っていることと同類の欺瞞的解釈ではないか!?

 ここでは、「たとえ障害がある・発達の遅れが見られる子どもたちへの、発達保障の観点から適切な教育を受ける機会を与えなければならない」という趣旨であって、「教育を受ける権利」としての解釈が重要ではないかと思われる。

・次に、この文章は「・・・・教育上差別されない。」と、しめくくられていることからでも、「競争主義」による差別の存在も否定されるだけでなく、発達を保障するという観点からの「権利としての教育」の理念こそが大切にされることを示していると思う。

「・・・人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、・・・」差別されない。当然のことであるにもかかわらず、わざわざ文章化してあるところには、今日までの歴史的事実と、今日的現実があることにも考えを及ぼしておく必要があるのではないか。

「・・・・修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。」と、第二項に記述され、その主語が明記されている。それは、本人や両親にたいしてではなく、

国及び地方公共団体は、・・・」である。修学困難な理由を「経済的理由によって」とかかれてはいるが、それは「経済的な支援によって、修学保障をすべきこと」と解釈したいのだが、いかがなものか。即ち、最初に「すべて国民は、ひとしく、・・・」の文言がこれを意味していると思われる。

・第3条は、徹底して教育を受ける権利として、国及び地方公共団体の義務をベースにしていると考えられる。これこそ、憲法の理念(第26条)が生かされているところである。ここでも、憲法と教育基本法との深い関係が示されている。
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