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京都教育センター第36回夏季研究集会
               第二分散会 記録(要旨)

 **教育の機会均等の今日的意味を語る**

 
 ここに掲載した記録は、2005年8月27・28日に開催された「京都教育センター第36回夏季研究集会」の中で行われた分科会・分散会の内容を当日の記録にもとづいて京都教育センター事務局の責任でその要旨を編集したものです。文責は、京都教育センター事務局にあります。


はじめに

 第二分散会は、「教育の機会均等の今日的意味を語る」というテーマで、11名の参加者を得てテーマに沿って語りあった。はじめに、この分散会の担当者から「教育の機会均等の今日的意味」という題で、教育の機会均等が政府の政策としてないがしろにされている現状を報告した。続いて、事務職員から主として京都市における財政に伴う教育の差別性の問題点が報告された。参加者がこれらを踏まえて、「教育の機会均等」の課題とその解決への展望を述べた。


1. 教育の機会均等の今日的意味

 教育基本法第三条は、「すべての国民はひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、心情、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と、教育の機会均等を規定している。教育の機会均等は、「全ての子どもに確かな学力を保障する」取り組みを通して実現できるものであるが、臨時教育審議会が発足以来進められている財界・政府主導の「教育改革」は、憲法と教育基本法に沿った戦後の民主教育の変質・改変によって、今日の学校教育の機会均等が有名無実化している。 それらを列挙すると次のような項目としてあげることができる。

@ 学力の二極化といわれる学力格差・・・「できる子ども」と「できない子ども」に二極化
A 経済的な格差による教育の格差・・・親の経済力による格差、学校の選択と家庭教育の両面で
B 人間の能力生前説による差別・・・子どもの能力を遺伝だと決め付け、格差を当然視する
C 障害児者の差別による格差・・・障害応じた教育を保障しない
D 大学における教育格差・・・親の経済力で大学にいけない、受ける教育に格差
E 男女による格差・・・女性に対する差別
F 教育特区による格差・・・学校教育に法を超えた格差作りと株式会社の参入
G 習熟度別学習による格差・・・早期に学力格差を固定し、学級集団の解体をする
H 学習から疎外された格差と差別・・・高校中退、ニート、フリーターなどの問題、
I 中高一貫校がもたらす差別・・・公立学校内に学習内容と財政の格差
J 学校統廃合による課題・・・教育の機会を奪う

 教育の機会均等は、1985年、第4回国連教育科学文化機関(ユネスコ)が採択した「ユネスコ学習権宣言」で明らかにした「学習を万人に共通する基本的権利」として実現することである。宣言によると学習権とは、「読み書きの権利、問い続け・深く考える権利、想像し・創造する権利、自分自身の世界を読み取り・歴史をつづる権利、あらゆる教育の手立てを得る権利、個人的・集団的力量を発達させる権利」とし、「人間の生存にとって不可欠な手段である」として、貧困、戦争の克服、健康な生活、産業の発達等にとって不可欠であると記している。 ところが、日本の教育政策を見ると、このユネスコの学習権宣言とはまったく相反することがおこなわれている。例えば、文部科学省の個性重視の政策は、子どもたちの競争をあおり、教科書の「発展」を学習できるかどうかによる格差と、習熟度別授業によって学習する内容に格差ができることとして表れている。また、「教育特区」による逆差別的な教育の自由化が進んでいる。一方では、新保守主義と新自由主義の潮流は、憲法と教育基本法の改悪を企てており、教科書問題や「靖国神社参拝」に見られる国際問題を引き起こしながらも教育の均等を否定する「復古」を強行している。


2.教育財政から機会均等を破壊(報告)

 政府は、義務教育の国庫負担金8500億円の削減方針を変えていない。地下鉄建設による財政赤字から、京都市は2004年度の学校運営費を20〜25%削減した。その一方で、99億円かけて西京中・高校を建設している。ここにも、教育の機会均等が大きく破られた実相がある。今年度の学校運営費も昨年並みしか配分しないため、各学校の現場では教材購入ができないなど教育水準の維持が困難になっている。しかも、教育予算の合算執行枠を拡大したり、校長の裁量大きくしたりした。

  特色ある学校つくりという政策は、「研究指定校」に名乗りを上げないと教育予算が配分されない仕組みをつくり、学校間競争をさせている。教育の機会均等を根底から覆す教育水準の格差付けがおこなわれている。例えば、堀川高校が、京都大学にたくさんに合格者を出したことから、特別に高額の金が支給されている。学校運営費の削減は、生徒・父母からの預かり金の増額という形で保護者に転嫁しており、保護者と共に「義務教育費の国庫負担制度の維持」や「学校運営費の増額」などを勝ち取り、学校間格差をなくし全ての子どもたちに行き届いた教育をしていくことが求められる。


3.教育の機会均等は、憲法と子どもの権利条約を踏まえる(討論から)

 教育の機会均等は、憲法第26条の「教育を受ける権利」の規定を踏まえたものであり、国際的には、「子どもの権利条約」など法的拘束力を持つ概念である。それを踏まえて考えることが必要である。また、学校に行ければいいのではなく、教育の量の保障と共に、質の保障が必要である。大阪で開催された全国教研で最も議論になったのは、学校統廃合のことで、子どもだけでなく大人の教育を受ける権利が定時制高校の統廃合によって奪われていることも問題になった。 少人数学級や習熟度別学習について、教育的効果は認められるが、教育配置の点で問題がある。それは、習熟度別授業のために配置されている教員が、多くは臨時教員で、身分保障もされていない。このような状態では、子どもの学習権が本当に保障されているかどうか疑問である。


4.教育の無償(討論から)

 憲法にも規定されているし、国際人権規約にもあるように、本来公教育を無償にしないと教育を受ける権利は補償されない。大学教育まで無償にするのが、国際的な到達点であるが、日本では国立大学をなくして授業料を値上げするなど、世界の方向とは逆に行っている。教育特区によって、学校教育に株式会社が乗り込んできたが、学校設置者の自由化によって教育の機会均等は完全に崩れてしまった。海洋学園は、イギリスのイートン校を真似し、階級社会を維持するための全寮制の中高一貫校として作られている。今後、全国的に公教育の公設民営化が進み、儲かるための学校づくりが始まり、企業のスポンサーが付き、教職員が全員非常勤になり、安上がりの教育、管理統制の教育になる可能性が大きい。

  小泉の規制緩和政策が、通学区制の撤廃や中高一貫校など教育の自由化によってますます教育の機会も均等もなくなっている。学区制の解体によって、「勝ち組」、「負け組み」という構図がより鮮明になり、「負け組み」に入った子どもは、展望が持てない状態に置かれている。家庭崩壊でも学習権が奪われている子どもも少なくない。

 文部科学省が発表した父母の教育費負担を見ると学校徴収金だけでなく家庭における教育費に教育の機会の不均等がある。それは、塾にいけるかどうか、家庭で本が買えるかどうか、映画や音楽など文化的な環境を享受できるかどうかなど、家庭の教育費を教育の機会均等の問題として見ておくことが必要である。1990年代までは、子どもは親の階層を乗りこうることができたが、それ以降の子どもは、親の階層を乗り越えることができないことが、日本教育学会の調査で明らかになっている。


5.格差は選択可能から生まれる(討論から)

 高校の通学が拡大するだけでなく、東京都に見られるように小学校から通学区制を撤廃するなど、選べることが格差を生み、機会の均等を破壊する。どこで学んでも同じ教育を保障する制度と条件が必要である。格差は選択可能から生まれるのであって、選べるほうがよいという人がいるが、選ぶことができるのは一握りの人たちである。

 しかし、これまでの機会均等は、どの子どもも同じレベルの学力を保障するという結果の平等を求めて、一定のレベルにしてきたが、もっと伸びようという子どもを伸ばすことも必要ではないかという考えもある。

  そのためには、中等教育の内容について、共通認識ができるかどうかがかかわっている。地域の学校として共通の到達目標が明確にされるかどうかに関係している。どの中学校も高校でも同じ学力が保障されるのならば、学校選択が必要でなくなる。しかし、現在の中高一貫校とそうでない中学校・高校の教育内容を見るとあまりにも違いすぎている。これでは、親に学校選択をするなといっても無意味である。教育の機会均等をつぶすのが文部科学省の目的であり、それが進んでいることに危機感を感じている。

 東京都では、1970年代からのベビーブームのときに高校増設の運動が高揚し多くの高校を新設してきたが、現在ではそれらの学校が統廃合の対象になり、しかも高校が多様化をして教育の機会も均等も奪われている。


6. 人間の能力生前説による差別(討論から)

 社会的ダーウィンニズムに基づく「個性の固定化」論は、文部科学省の教育改革を進めるブレーンによってよりいっそう露骨に喧伝されている。例えば、江崎玲於奈は、「入学前に血を採ってゲノム分析をして、遺伝的にできる子どもとできない子どもを分ける優生学で」学校教育を進めると主張している。また同様な発言は、宇宙飛行士の毛利衛などもおこなっている。さらに、三浦朱門は、学習指導要領の30%削減について「平均の学力は低いほうがよい。平均がよくなっていたのはできない子どものしりを叩いてあげていたからだ。ゆとり教育は手段で目的はエリート教育である。本当のことを言うと国民が怒るから、逆に言っただけ。」と、ジャーナリストの斉藤貴男に話している。

  学校制度においても、公立の中高一貫校が各都道府県に作られるなど、戦後の日本が進めてきた「教育の機会均等」を保障してきた単線型教育体系がすでに複線型に変えられている。ここにも子どもを選別する機能を学校教育が担わされている。私たちは、義務教育の段階からこのような選別をしない学校づくりの取り組み進めていくことが必要である。

 学習指導要領の一部改定と「個性による多様化論」に連動した教科書改訂や「選択制」、さらに習熟度別学習の強制は、社会的ダーウィンニズムに基づく小学校からの「個性の固定化」にほかならない。この義務教育からの多様化は、1980年代に産業の構造的変化に対応した高校の多様化の低年齢化という範囲にとどまらない深刻なゆがみを子どもたちにもたらしている。


7.学習から疎外された格差と差別(討論から)

 1990年ころから、新自由主義の経済政策によって、急激な就職率低下と無業率の上昇が見られている。文部科学省の統計によると、大学を卒業しても就職も進学もしない「無業者」が卒業者数に占める割合は、1990年度の8.6%から22.1%(2004年度)へと驚くほどの高い割合になっている。

 この背景としては、大企業が正社員をリストラで減らして派遣社員に置き換えたり、期限付き雇用やパート・アルバイトなどの非正規雇用に振り替えたりしているためである。正社員の数は、1995年から2001年までで108万人も削減するなど、国民の生活破壊に直結する変化が起きている。さらに深刻な事態は、フリーターやニートと呼ばれる若ものが増加していることである。通学者を除いた15歳から34歳までの若年無業者は、同年代の7%を占める300万人を超え、就業を希望しながら仕事を探していない者が50万人余と就業を希望していない者60万人余の合計100万人以上がニートといわれ、深刻な社会問題に発展している。UJF総合研究所は、6年後には35歳以上の中高年132万人が、定職につけないフリーターとなり不安定な収入しかえられなくなることを予測している。

  「フリーター・ニート」といわれる人たちを作らないためには、働く人たちを大切にする企業活動に経済の仕組みを組み替え、すべての子どもたちに豊かで確かな学力を保障することである。確かな学力を保障して,9万人といわれる高校中退者を少なくすることは、大きな学校教育の課題である。


8.すべての国民に憲法を守る力をつける(まとめ)

 これらは、憲法改悪と連動したものであり、私たちは全ての国民に憲法を守る力をつけることが必要であり、そのための学力を保障することを目標にしなければならない。教育基本法は、国民主権を実現するためのものであった。ここを忘れると、自民党の意図を見誤ることになる。憲法の主権在民と民主主義の実現は、学校教育でしか実現できない。政府の進めている教育改革は、子どもを分断し、子どもが手をつないで連帯する経験すら奪うものである。また、学力保障についても、知らせない、理解できない、ものをいえない国民づくりに連動しているという視点を持つ必要がある。

 新保守主義の政策は、教科書問題だけでなく、東京都にみられる「日の丸・君が代の強権的な押し付け」として具体化しており、憲法と教育基本法の改悪を含めた企てとして急速に進んでいる。私たち教職員は、戦前に教え子を戦場に送り出した反省から、憲法の平和主義と人権の擁護、そして民主主義の大切さを学校教育の中で教材にし、子どもたちが再び戦争の惨禍に遭遇することがないように、教育実践を進めてきた。しかし、「改憲」の動きは、アメリカの意を受けた政党が競い合って議会の憲法調査会の権限を逸脱して憲法を改悪する方向で意見集約をするなど、情勢は急を告げている。「改憲」のねらいは、自衛隊を明文化してアメリカの指示の下に海外派兵と武力行使が可能なように憲法九条を改悪するものである。憲法「改正」のための「国民投票法案」の制定では、公選法と同じように公務員の行動を制限し、とりわけ教員の政治活動を制限する動きが強まっている。

 一方では、各地の「9条の会」の運動が野火のように広がっていることに見られるように、憲法を守る国民は、多数を占めている。「改憲」の前段として5月には文部科学省が前文を文章化するなど、次の国会で「教育基本法」の改悪法案の提出が予想されており、新保守主義の勢いを止めることができるかどうかは私たちの運動にかかっている。地域、父母との強い絆をつくり、民主主義と教育の機会均等を守り実現することが求められている。


 
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