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特集1 いまなぜ特別支援教育なのか

特別支援教育をどう考えるか


                           池添 素(らく相談室)


「特別支援教育のモデル」 といわれる京都で何が…?

*お母さんたちの不安と戸惑い

 九月二十二日午前、らく相談室で、「障害をもつ子どもの保育・療育をよくする会」のランチミーティングが開かれまし た。

 今回は「就学について」がテーマです。 五人の先輩お母さんの経験談、筆者の「特別支援教育について」の話、そして参加者 同士の交流と盛りだくさんの内容でした。 参加者は三〇人、現在、保育園や療育施設 に子どもを通わせているお母さんたちです。

 「就学は二年先ですが、いまから心積も りをしておきたいと思って参加しました」 「来年入学します。学校とどのように話し合いをしたらよいのでしょうか」「育成学級(障害児学級)にしようか、養護学校かで迷っています」「アスペルガ一障害と診断されているので普通学級に行くと思うのですが、クラスが荒れていると聞いてい るので心配です」「特別支援教育ってどのように変わるのですか」などなど、不安の声が次々と出されました。

 「特殊教育」がなくなって、「特別支援教育」に名称も 変わることになっています。しかし、具体的にどのようになるのか、保護者には知らされていません。そこで、 本稿では、「特別支援教育のモデル」といわれている京都市の障害児教育の現状から、「特別支援教育」を考えてみることにします。

 果たして「特別支援教育」は、障害をもつ子どもたちの発達を保障し、豊かな学校生括を送れることにつながるでしょうか。また、普通学級で学ぶ軽度発達障害をもつ子どもたちに、適切な教育が保障されることにつながるでしょうか。


*「地域制・総合制」 への再編

 二〇〇四年の春から、京都市内の養護学校は「地域制・ 総合制」の養護学校として再編されました。この三月まで、京都市内には、知的障害に対応した養護学校が二校、 肢体不自由などの障害に対応した養護学校が一校、そして高等部だけの養護学校、病弱養護学校がそれぞれ一校ありました。四月から北区に北総合養護学校を新設し、前記した知的と肢体不自由の三枚あわせて四校が「地域制・総合制」の養護学校となりました。

 これまでは肢体不自由の養護学校は伏見区のみで、北区や左京区からの通学時間が二時間以上かかる場合もあり、通学時間短縮は保護者の切実なねがいでした。

 ですから、京都市内を四分割した結果、これまでよりは通学バスに乗っている時間が短かくなり、その限りで は、歓迎すべきことでした。

 しかしながら保護者は、通学時間の短縮だけではな く、知的障害や肢体障害をもっている子どもに対して、それぞれの障害に対応した、より専門的な教育が受けられることを願っていました。


ふたつの役割を果たすというが…

 京都市教育委員会が出している組織図にはずらりとカタカナの役職が並んでいます。日く、「プロジェクト・マネージャー」「フロア・マネージャー」「カリキュラム・コーディネーター」「ティーチング・コーディネーター」…。それぞれがどんな仕事なのか、簡単には想像がつきません。それぞれに、「副教頭」「部長」「主任」「担任」とカッコの中には書いてありますが、なぜカタカナなのか、校長はなぜカタカナではないのか、妙な疑問が残ります。

 それはともあれ、ここでは、充実したとされるセンター機能の内容と、もっとも気がかりな、養護学校に在 籍している子どもの指導に当たる先生方のことに触れた いと思います。

*「センター機能」を果たせるか?

 はじめに、「地域制の総合養護学校の誕生」と題した加藤勉氏(京都市北総合養護学校副教頭)の文章を見てみ たいと思います(京都市保育園連盟発行の小冊子「資料 bP06/二〇〇四年八月発行」)。その中の「充実する総合養護学校のセンター的機能について」の項で、業務内容が以下のように紹介されています。

 「京都市立総合養護学校では、これまでに蓄積してきた専門的な知識や技能、ノウハウ等に加え、施設・設備を活用し、これまでの養護育成教育相談センターの機能を充実させ、他の関係機関とのネットワークを構築していき、家庭や地域の就学前施設、小学校、中学校、高等学校などへの支援を行います。

(主な事業内容)

A 相談・支援事業
  @早期教育相談
  A発達や障害に関する相談
  B就学・入学相談
  C進路・社会参加支援相談
   D福祉制度・福祉機器などについての相談
   E指導についての相談および指導方法支援

B 研究・研修支援
  @研修会などへの講師派遣
   A公開研修会の実施
   B見学研修の案内
   C養護育成教育に関する研究協力
   Dボランティア養成講座の実施

C 施設設備・資料利用
   @施設や設備の利用
   A諸資料の閲覧

D 情報発信・吸収
   @学校見学会の実施
   Aパンフレットやホームページによるセンターの情報発信
   B各関係機関とのネットワークの充実
   C障害や障害のある子どもの教育に関係する資料、情報の提供」

 読んでみての最初の感想は、なんとも多くの仕事があ るものだというものです。それでは、これほど多くの仕事を、いったいどのような陣容でこなすというのでしょ うか。

 市教委は、教員数一〇〇に村して、センター機能の仕事をする教員は一五名を当てるとしています。ちなみに新設の北総合養護学校に当てはめて考えると、教員総数が一〇人名ですから、一六名の教員になります。セン ター機能の充実を掲げていても、この教員数で充分であるかどうか、私は大いに疑問です。

*先生一人に対して生徒は四人!

 その結果、在校生一七六名に対して、担任する教員は、市教委が教員数一〇〇に村して四二名としていますか ら、四五名となります。単純に、一七六名の子ども数を 担任する先生の数で割ると、一人の先生が担任する子どもの数は三・九人となります。

 在校生の中には最重度の身体障害児や強度行動障害で ひと時も目が離せない、必ず一人の先生が付く必要のある子どもたちもたくさんいます。また養護学校という進路選択には、一人ひとりに丁寧な指導がされ、充分な教育を受けたいという保護者の強い願いが込められています。しかし一クラスは三から四名の障害が違う子どもに 担任が一人、これで一人ひとりの子どもたちの障害や発達に視点を当てた教育が可能でしょうか。

*しわ寄せは養護学校内外の子どもに

 センター的機能の面でも、在校生の教育条件から見ても、教員の数が不足していて、あまりにも不十分です。

 養護学校の機能を拡大するためには、大幅な教員増が必要であり、現状の教員配置を前提とする「人的資源の再配分」では、障害児教育がかかえる問題の解決になり ません。結局は、地域の学校に在籍する特別支援≠ 必要とする子どもや、養護学校に在籍する子どもたちに 困難がしわ寄せされることになるでしょう。「特別支援教育のモデル」は、特別支援≠フ名を借りた手抜き・安上がりの障害児教育だとは、言い過ぎでしょうか。

給食から匂いが消えた日

 「安上がり」といえば、もうひとつ忘れてはいけない大変なことが起こつています。それは、「地域制・総合制」 による再編に伴ってこの春から養護学校に導入された 「クックチル方式の学校給食」です。

 ある新聞が、(調理から提供まで最大五日間の保存ができるクックチルは、効率化や経費削減を目的に開発さ れた新しい調理方法のひとつ。作り置きができて調理時間に融通が利くため、一時的に大量の食事提供が必要な 場合に対応できることもあって、一部の病院やホテルで 既に導入されている。学校給食での完全実施は全国初となる)と書いた代物です。

 この方式は校外の民間業者に委託し、前日までに調理 (クック)して、〇度から三度以下に冷蔵(チルド)したものを配食前に調節する給食方式です。二回加熱するので風味や栄養価が落ちるのではないか、揚げ物や麺類には適さないのではないかなどといった問題が指摘されている調理方法です。高齢者施設でも導入しているところ はありますが、酢の物やサラダなどは施設で別に作るな ど使い分けをしています。京都の養護学校では、ご飯は学校で炊いていますが、それ以外はすべてクックチル方 式です。

 昨年来、多くの保護者が導入に反村し、署名や要請活 動を行ってきました。文部科学省が定めた「学校給食衛生管理の基準」には「前日調理は行わないこと」と「当日調理の原則」があります。しかし京都市教育委員会は 保護者の理解が得られているとして導入を強行しました。

 給食室からの、食欲をそそるおいしいにおいが、京都の養護学校からは消えてしまいました。栄養や食品の安全性など心配なことは山積みです。今年小学部に入学した子どもが一二年間も食べ続けなければならないことを 考えると、胸がはりさけそうです。

 腹立たしいのは、市教委が喧伝する導入理由は建前で、実はクックチル方式が経費削減を最大唯一の目的と していることです。障害をもつ子どもにとって、食べることは、生きることそのものの営みです。障害児教育にとっては、命の教育といっても過言ではない大切な教育です。それを、もっともらしい理屈を並べたてて、安上 がりを選択し、命をも削る仕打ちを私は黙認できません。

 全国で学校給食の民間委託の流れが強まっています。 その中でも他府県では、民間業者が学校で給食を作っています。ところが、京都では、それをも飛びこえて、養 護学校からクックチル方式を導入したのです。

 ここにも、京都市教育委員会の「特別支援教育のモデ ル」の行き着く先を見ることができます。

もうひとつの道≠見つけ出そう

 障害児学級の行方も定まりません。固定式学級の見直 しや、一般学級に在籍し通級方式での特別支援教育が模索されています。最近の大きな変化は、各学校に「特別支援コーディネーター」の先生が配置されていることです。これも特別に配置されているわけではなく、既存の教員数の中から捻出されています。私は特別支援を必要とする子どもの状況を深く把握して、手立てを考えてくださる先生と解釈していましたが、そうでもなさそうです。

 実際は「担任に障害を理解してもらえない」「保健室登校をして何とか学校に通っているのに、無理に学級に戻 そうとして子どもが荒れる」など、一般学級に在籍して いる軽度発達障害をもつ子どもたちの保護者から様々な悩みが届きます。

 六%いるといわれている、特別な支援を必要とする子どもたち≠フ実態に即した教育を実現する道は、市教委のとっている道とは違ったところにあるようです。


「私を見て!」のサインに気付こう

 最初に紹介した学習会で、ひとりのお母さんが、「特別支援教育というのは、軽度発達障害の子どもたちのため に考えられたものではないのですね、ちょっと勘違いを していました」と話されました。また、育成学級に通う 子どもの保護者は「発達がゆっくりの子どもにとっては、障害児学級で力を蓄えてこそ、一般クラスでがんばれるのです。このバランスが崩れたらきっと子どもはしんどくなるでしょう」といわれました。

 障害のある子どもには、各自に手厚い支援が必要です。しかしいま、多くの子どもたちが「私を見て⊥と 大人たちにさまざまなサインを送っています。すべての 子どもたちの豊かな発達のために、大人たちが考えなく てはいけないことがたくさんあります。その中でも、弱 い存在である障害をもつ子どもたちのことが大切にでき なくて、すべての子どもの幸せが実現できるとは思えま せん。

 本稿では京都市の障害児教育を通じて「特別支援教育が目指すもの」を考えました。昨年の三月に出された「今後の特別支援教育の在り方について最終報告」では「特殊教育のナショナルミニマムは達成された」「六・三%いるといわれている学習障害(LD)注意欠陥多動性障害 (ADHD)などの軽度発達障害の子どもたちに村しての 早急な手立ての必要性に対応する」といわれていますが、 その本質を見極める参考にしていただきたいと思いま す。
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