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特集1 京都府南部の高校入試はいま

誰のための、何のための「入試改革」か

−−南山城「大学制」にみる「入試改革」の姿−−


                  佐古田 博(府立高校教職員組合)


はじめに

 今春の公立入試は大きな画期と なりました。言うまでもなく、京都府教育委員会が策定した「府立高校改革推進計画」と、それにもとづく 「第一次実施計画」 (二〇〇三年七月 発表) が実行に移されたからです。 その最大のポイントは、山城地域の 「入試改善」と、公立中高一貫教育の導入にともなう付属中学校入試です。  


今日の「入試改革」 の底流

 読者のみなさんは、近年の高校入試についてどんなイメージをお持ちですか。「とにかく複雑でわかりにくい」「多様化とか選択がやたら 目につく」これが率直な声ではないでしょうか。私も「今の入試のしくみを一口で説明してください」と聞 かれても、ややこしくて正直困ってしまいます。

 今日のいわゆる「入試改革」の源は、一九九七年六月 の中央教育審議会第二次答申(「二一世紀を展望した我が国の教育の在り方について」) です。この「第二次答申」 は、@一人ひとりの能力・適性に応じた教育の在り方、 A大学・高等学校の入学者選抜の改善、B中高三員数育、 などについて述べています。文科省が推進する「教育改革」の基本方向を述べた重要な答申です。文科省のホームページに掲載されていますので、ぜひご覧ください。

 「第二次答申」では、「過度の受験競争・受験勉強」に 子どもたちは「神経をすり減らされ、…豊かな人間性を はぐくむことが困難」になっているとし、「〔ゆとり〕の 中で〔生きる力〕をはぐくむというこれからの教育のあるべき姿を実現する」ためには、「過度の受験競争の緩和が必要」だとしています。誰がこうした困難をもたらしたのか、という根本問題を横に置いた議論ですが、とに もかくにも中教審ですら放置できない深刻な事態になっているという認識を持つに至ったのです。とくに、「高校進学率の向上と高等学校入学者選抜の課題」の項で述べている、次の箇所は痛切です。

 「…受験競争が熟を帯びる中、多くの高等学校は大学進学、とりわけ影響力のある特定の大学への進学の実績を競い合っており、大学人学者選抜が学力試験を偏重し、知識の量を問う傾向が強いこととあいまって、偏差 値という画一的な尺度による高等学校の序列化を招来していることは否めない。そして、少子化が進む中で、高 等学校全体の収容力という観点からすれば、すべての進学希望者を受け入れることはほぼ可能となっているものの、大学進学に有利とされる高等学校の普通科、とりわけ影響力のある特定の高等学校をめぐる受験競争は依然として厳しく、多感な時期の子どもたちに大きな心理的負担となっている」  


なぜ入試の「多様化・多元化」か

 さて問題は、こうした現状認識をもとに、中教審(文科省) がどういった処方箋を出しているかということです。「入学者選抜の改善」として具体的にあげているのは、次の諸点です。

(1)中高一貫数育の選択的導入を含めた(中学校と高等学校のハードルをより低くする取り組み)

(2)「入試の特色化」を中心とした(選抜方法の多様化や評価尺度の多元化)

(3)調査書の活用、学力検査の改善などを含む(中学校以下の教育の改善の方向を尊重した入学者選抜の改善)

(4)推薦入試の積極的活用、ボランティア活動など学校外活動の積極的評価などを含む(推薦入学の改善)

 結論を言うと、「特定の大学・高等学校をめぐる受験競争」が厳しいのなら、「猫も杓子も特定の有名校を目指さ ないよう、それぞれの能力・個性に合わせた学校を受験すれば解決する」という発想です。個性尊重とか多様な 入試ということばの裏で、「自分の身の丈にあった高校に行く」ように入試制度を変える、そのために多様な高 校のメニューを用意する、それが「高校改革」の名によ る「高校の特色化・多様化」なのです。

 全国で進行する「入試改革」の実態は、すべてこの線に沿ったものです。一つひとつあげませんが、@学区の 拡大(東京などで全県一学区に。「選択の拡大」をうたう)、A受験機会の複数化(前・中・後期入試など)、B 「特色入試」の積極的導入、C特色学科・総合学科の拡大、普通科の特色化などの高校再編(高校統廃合を含む)などが共通しています。都道府県によって若干の強弱はあ りますが、「どこを切っても金太郎飴」です。


「入試改革」の実験場−−山城通学圏

 京都府での「入試改革」は、類・類型制度と通学圏導入を柱とした一九八五年の高校制度改革に続く第二の山 にあたります。内容は破綻だらけですが、いずれにして も「改革」のヤマが押し寄せていることは確かです。

 この間の入試制度の変更は、常に宇治以南の南山城地域で先行的に実施されてきました。今回もそうです。そ の要点は次の通りです。

@ 山城北・南通学圏を統合し「山城通学圏」とする (現行制度になって通学圏を統合・拡大したのは初めて)。
A 前期(特色選抜)・中期(一般選抜)・後期(二次募 集)の複数選抜を導入する。
B 完全な単独選抜化(ただし「セーフティネット」を 設定)。
C T・U類の一括募集。

 この内容は、七月に各中学校で行われる三年生向け進路説明会の直前に示されるというドタバタで、説明会から校長らが帰ってくるまで三年担任全員が学校で待機 し、あわてて翌日の説明会にのぞんだ中学校もたくさん あったようです。


大混乱と大波乱の「入試改革」

 こうした現場の大混乱の中ではじまった二〇〇四年度入試は、見事に「入試改革」の実態をさらけ出しました。

(1) いっそう強まった「競争と選別」

 今回導入した前期「特色選抜」は、全体の倍率は四・一六倍でしたが、中学生の間では相当シビアな状況が生まれたようです。「六〇人受けたが合格は三人のみ」 (宇治)、「クラスの二二人が受けて合格は二人だけだった」 (綴喜)、「前期選抜に落ちた子がビビりまくった」(宇治) などの状況で、これによって一般選抜の志望動向が大きく動きました。その際には進学塾等の情報が乱れ飛び、 とくに「中位以下」の成績の子どもたちが激しく動揺したといいます。「上位校」といわれる高校の志望者が倍率 一倍前後であったのに対して、城南高校・田辺高校の高倍率の背景となりました。

(2)大きく損なわれた「入試の公平性」

 T・U類とも単独選抜になりましたが、「セーフティ ネット」と称して、志望校を第三順位まで書け、さらに 「どこでもよい」という希望もできることになりました。 つまり山城通学圏の二一校すべてが「希望校」という、 とんでもない「セーフティネット」です。よほど定員割 れを恐れたようです。前期「特色選抜」で合格した定員 (最大一〇%)を除いて、その八五%まで第一順位で選抜 し、残る一五%は希望順位順に取っていく方式です。そ の結果、成績が高い子でも第二・三順位で不合格になる ケースもあります。あたかも「バクチ」のような制度で、 ある高校の教務部長が「こんなことを公立高校でやっていいのか」と嘆くほど、入試の公平性を疑わせるものと なっています。

(3)いっそう損なわれた「入試の透明性」

 各高校からの報告によると、前期「特色選抜」で選考基準や過程を教職員に示したのはわずか二校でした。中には「作文等の採点もアチープ委員の一部でやり、一切明らかにしなかった」というひどい学校もあります。中 学校側でも「選考基準がわからない」「なぜあの子が落ちてあの子が受かったのか?」といった声が出されています。高校改革推進室ですら「なぜ公開しないのか、理解できない」という有様です。

(4)明らかになった「セーフティネット」の実態

 一般選抜では三二人(普通科のみ。以下同)の子ど もたちが不合格になりました。昨年の一五六人、一昨年 の二四人と比べると、今回の「入試改革」が「十五の春を泣かせる」ものとなったことは明らかです。さらに深刻なのは、前述の選抜方式によって「総合選抜なら落ちない子が多数落ちてきた」(宇治)などの状況が生じたことです。私たちは「総合選抜こそが最大のセーフティ ネットだ」と主張してきましたが、その通りの結果とな りました。受験機会が増えても、「不合格になる機会が 増えた」のと同じなのです。

(5)一目瞭然となった高校の序列化

 府立高校では、入学してすぐに「府立高校実力テスト」 が行われます。その資料を見ると、学校ごとの平均点で は、一番の高校(学科U類)と最下位では約三倍の開き があります。山城通学圏では、見事に学校ごとに序列化 が進みました。中学校側も否応なしに輪切り指導になら ざるを得ないことになります。通学範囲も大きく広が り、安全や通学費・時間の問題など、子どもたちや教育活動に与える影響が心配されます。府教委は、「希望する学校を選べる」とさかんに宣伝していますが、多くの 中学生にとってみると、その実態は「入れる高校」を 「選ばされる」ということであり、成績のよい一部の生徒 以外は、「入れる高校」を求めてさまようことになるので す。  


何が子どもたちを苦しめるのか

 五月に行われた山城通学圏入試を考える懇談会で、子 どもが公立高校を受験した城陽市のお母さんは、次のよ うに発言しました (要約)。

 「去年一年すごく悩みました。…高校をどこに希望するかということを決めなければならないんです。…特に何かに優れているわけでないし、普通の子なんですね。 …秋ぐらいから周りもみんな勉強をがんばるようになって、すごいストレスをかかえるようになってきて、もう 『どこまで勉強したら高校に入れるの?』って口癖になっ ていて、暴れることも多くなりました。ある程度地域で この学校にこんだけ入れるということがあれば、もう ちょっと落ち着いて中学三年生を送れるのではないかと 思います」

 この発言は、「入試改革」の嵐の中で、子どもたちが (親たちも)何に苦しんでいるかを端的に示しています。 一つは、「選択」を無理強いされる苦しみです。この 「選択」は自由で平等ではありません。成績や経済的事情 など、さまざまな「違い」を背負った子どもたちに、「さ あ、選べるんだよ」と言っても、受け止めは異なります。 まして、子どもたちは高校のすべてを知っているわけで はありません。勢い「風評」が子どもたちを襲います。こ うした「選択」の嵐が子どもたちを苦しめているのでは ないでしょうか。その意味では、総合選抜制度は 「心の セーフティネット」だったのではないかと考えます。

 二つ目は、やはり「競争」を煽られることです。しなくてもいい 「競争」をさせられて、子どもたちは奮い立 つとでも思っているのでしょうか。それに「落ちる」という経験に、どれほど子どもたちが「恐怖心」を持っているか、もう一度考えてみる必要があります。

 三つ目は、入学しランクづけされた高校生活に苦しむ ことがわかっているからです。

 このような、「新自由主義」的な競争社会をいっそう助長する「入試改革」から子どもたちを守り、豊かな成長を保障する私たちの運動がますます重要になっていま す。
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