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特集2 高校生活と進路選択をめぐって

進路選択の課題と可能性


                  小野 英喜(京都教育センター)


青年の進路選択とは何か

 高校進学率が九〇%を大きく超 え、大学への進学率も五〇%に達している現在、青年期の進路選択の課題は、高校教育と大学教育においてどのような教育内容を準備するかということに収斂できます。子ど もの進路選択は、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(憲法第二五条) という憲法が保障する生存権の具体化である第二六条の「教育を受ける権利」を実現することです。生存権は、学校数育によって培われる側面が大きいことをこの条文からも読み取ることができます。とりわけ高校生の進路選択は、青年の自立 を促すとともに豊かな学力を身につける教育活動によって可能にな ります。

 進路を切り開く教育とは、「大学に合格させる」ことに短絡するのではなく、「自立の基礎」を培うことです。高校生における自立とは、(ア)精神的自立と経済的自立のために、発達段階にふさわしい学力(科学的な認識)をつけ、合理的な思想 (科学的なものの考え)をつくることであり、(イ)社会的自立のために、自分のことは自分たちで決め、実行し、責任を持つ(自治の能力)を育てることです。そのために学校は、生徒が自然と社会と人間についての「無知」をなくし、 論理的な思考と正しく判断できる能力を身につけ自分の世界を広げることができる教育内容を準備する必要があります。子どもの自立が進路保障の要である学力形成に強く相関しており、二万人の中学生を対象にした調査(注1)成績上位者の方が、「朝ひとりで起きることも、テレビをだらだら見ないことも」自分で制御していることが明ら かです。

 同時に、社会的自立と精神的自立の基礎をつくることが必要になります。それには、生徒会活動をはじめ、 ホームルーム活動、クラブ活動を生徒の手にゆだね、入学式や卒業式を始めとして学校行事なども企画から運営 まで生徒の主体性を大切にした学校運営をすることです。生徒が自律的・自主的に学校生括を運営することは、自治の能力を培うということにとどまらず、自分の進路を日本や世界の変化と重ね合わせて考えることにつながります。しかし、現実には、社会的自立を実体験するホームルームや生徒会活動、さらに生徒自らが計画し運営する部・クラブ活動などの自主活動が蔑(’ないがしろにされています。

 ホームルームでの討論や要求活動を否定する担任、行事を教師が仕切り下請け的な参加しかできない生徒会執行部などは、現在の高校が克服しなければならない課題です。クラブ・部活動においても、生徒の自主性を無視して顧問の考えだけで進めるなど高校の自主活動の課題 は少なくありません。中でも最大の問題点は、教師の中 には本来の自主活動の経験がなく、適切な指導ができにくいことです。これらの教師にとっては、学校が学習の場でなくなり、自立を育てる自主活動の考えも実践も貧弱になっていることが大きな課題です。いま、多くの高 校では、学校ぐるみで「自主活動とは何か」を研修する必要があります。  


現在の高校教育の課題

 政府が進める教育改革が進む中で、生徒を早期に分離する中高一貫校、単位制高校、総合学科、さらに普通科の類系化など高校教育の多様化が進んでいます。子ども たちの進路の方向も決められない時期に、しかも十分な理解のないままに多様化した高校と類系を選択させるこ とは、子どもの発達の可能性を奪うことになります。

 その上、学習指導要領の改訂によって操業時間が少なくなり、現在の高校生は、進路保障の観点から受験科目に特化したカリキュラムが押しつけられています。例え ば、日本史や政治・経済や地理を学ばないとか、理科総合と生物だけで理科の科目履修が終わり、化学も物理も地学も学ばないなど現在の高校カリキュラムは、以前に比べて非常に歪(いびつ)なものになっています。これでは、高校入学時の学科や類・系で進路を縛られ、多様な進路の可能性を切り捨てられることにとどまらず、自立のための基礎的な教養も身につきません。

 早期に細分化された教育課程を生徒に履修させることは、進路選択を狭めるだけでなく将来展望を奪うことに なります。高校入試の時点で「文系」か「理系」を選択 させる京都の公立高校入試制度は、いままで私たちの指 摘してきた通り、生徒の進路の展望を開くことにはなっていません。例えば、この四月、ある母親から次のよう な手紙を受け取りました。

 「U類人文系にいましたが、一年生の頃は、体育系に進学をするつもりでした。しかし、二年生のとき化学に出 会い、スポーツをするための栄養学を学ぼうというよう になりました。……(中略) その後、何を学びたいかを 突き詰めると学ぶべきは化学であることを知りました。 しかし、受験科目が五教科七科目で理科を二科目と数学 Bもあり浪人をして一から学び、この三月に理学部物質 科学科に入学し化学を学ぶスタートを切ることができま した。……(中略)ともあれ、学ぶことの意味を知り、 自分の力を信じて粘り強く努力を重ねることができる力 を朱雀高校で育てられたのだと感謝しています」

 このように、高校生はそのときどきに学んだ科目ヤク ラブ活動などの影響を受けて自分の進路を選択します。 「文系」に入学してきた生徒であっても、薬学部や理学部 や農学部などの「理系」に進学を希望する生徒もまれではありません。

 また、高校教育の多様化と教育課程の差は、学校間格差を生み出し、それが「学校偏差値」をつくる基になってい ます。高校をランク付けすることは、生徒の学習意欲をそ ぐだけではなく、その偏差値で企業が「不採用高校リスト」 をつくりその高校の生徒であるということだけで不採用に して進路を閉ざしていることが報道倒されています。

 生徒一人ひとりの資質や能力を問題にするのではな く、「出身校」で採用・不採用を決定している今回の事例 は、高校生に大きな衝撃を与えるもので国民的な批判を 集中しなければなりません。  


指導の展望《現実問題と課題》

 現実には、学校五日制とかかわって授業時間数が少なくなり、多岐にわたる科目選択ができない教育課程に なってしまいます。教育課程の自由度が少なくなること は、進路選択の固定化につながり、抜本的な教育改革な しにはこれを克服することができません。しかも七時間 日や土曜日授業を設定している私立学校との授業時間数 の差も広がり、公立学校の教育課程は、生徒の進路が狭 くならざるを得なくなっています。

 私たちは、このような現状を一部でも改善するために は、当面の対策として学習指導要領で押しつけられた 「総合的な学習の時間」や「情報の時間」を工夫したり、夏休みなどの長期休暇の活用があります。さらに、根本的な改善として学校五日制の見直しが必要です。

 いま、生徒の進路希望を実現するためには、教育課程を次のような視点から点検することが求められます。

 第一に、すべての高校生が数学、社会、理科について は三科目まで必修にすること、二年生までは共通で幅広 い学習を保障し、三年生で進路に合わせた科目選択がで きるカリキュラムにすることです。学習の過程でさまざ まな進路に目覚めるのが青年期の特徴であり、その変化に村応できるカリキュラムが必要です。

 第二に、確かな学力を保障するためには、わかる授業を進め、態度主義の評価やテストの平均点を基準にする 平均点主義の評価を改善して、学習の目標に到達したか どうかで評価することが必要です。

 第三に、「自主活動を豊かに進めていく」ことです。な ぜ生きるのか、なぜ学ぶのかなど青年期特有の悩みを押 さえつけることは、精神的な発達を阻害するだけでなく 進路選択にも影響します。そのためには、批准されてから一〇年を経過した「子どもの権利条約」が学校教育の中に生き生きと実践されなければなりません。教育を受 ける権利(二八条)や発達する権利(六条)、意見表明権 (二一条)などの諸権利が守られているかどうかを生徒の手によって点検することが必要です。それは、生徒の要求の組織化であり、施設設備などの教育条件と学習活動 そのものにも生徒の要求を反映させることによって実現 します。

 自立のための自治能力は、授業や学校行事に計画段階 から積極的に参加し、教育活動の主人公としての役割を果たすことで身につきます。学習・クラブ活動・自主活動に対して生徒自らが要求し実現する体験が必要です。 そのためには卒業式を含め、学校行事を生徒が計画し運営できるホームルーム活動と生徒会活動を育てることが 求められます。

 また、このような取り組みとは別に「自立」を進路展 望と結びつけるために、次のようなことが考えられます。

 その一つは、「なぜ学ぶのか」を解き明かすことです。 京都府立朱雀高校は、一年生の最初の授業で「なぜ、何を学ぶか」を八〇ページに及ぶ冊子「朱雀高校生・三年間の学習プラン」を用いて説明しています。これは、朱雀高校の教育目標を実現するための一つの取り組みとして、入学当初に高校で学ぶ意義とその方法を理解させ学習の意欲を醸成するものです。新入生は、高校に入学しても「高校で何を、なぜ学ぶのかがわからない」と言います。生徒に高校で学ぶ意義を明らかにすることが何よりも大切であると考え、一時間かけて語りかけるようにしました。その結果、一年生は、「受験勉強でない、学ぶ意義がわった」「学ぶということは人間になることだということがわかった」「学ぶ意義がこんなに深いものだとは思わなかった」「今日の話を聞いて、朱雀高校で学びたいと思った」などの感想を書き、学習の意味を理解しています。

 また、生徒に「生きることの意味を問い掛ける」ことが、自立を促します。いま、世界各地でさまざまな変化が起こっていますが、これらに背を向けるのではなく立ち向かい考えることが、社会の中で自分の位置を見つける一歩になります。社会で起きている現象に立ち向かうためには、高校で何を学び、何を獲得したいかなど、生徒自らが学ぶ内容を生徒による教育目標としてつくるこ とが必要です。これは、徳目的で生徒の願いとは別のも のになっている学校の教育目標を生徒自身による目標にすることです。この目標は、教師を変え、生徒自身が自覚的に毎日の生活を送る基盤をつくることになります。


【参考文献】

(1)「できる子どもの家族力」サンデー毎日二〇〇四年七月十一日号一三六ページ。
(2)写真週刊誌『フライデー』が大手ディスカウント店 「ドン・キホーテ」の学校偏差値と不採用高校リストを掲載し、東京都が発行元の講談社に抗議した。二〇〇四年 六月二十一日時事通信社発行「e教ゼミ」(インターネッ ト情報)第一二六八号「本日の関連ニュース」から。
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