トップ ひろば ひろば138号
内と外に開かれたネットワークを
 
−−不登校の多様化・複合化と支援
 
春日井 敏之(立命館大学)



子どもの社会的自立と次世代育成の危機
 
 教育や子育ての大きな目標は子どもの社会的な自立を援助することにあります。具体的には、「自己実現」「社会貢献」「経済的自立」です。少しかみ砕いて言えば、
@自己実現=夢や希望へのチャレンジと居場所の獲得、
A社会貢献=地域・社会・人類の幸福につながるささやかな役立ち感の獲得、
B経済的自立=収入の確保と労働時間の短縮、
を目指すプロセスではないかと考えています。
 
 この三点が統合されているような仕事には、なかなか出会えません。教職などは、まだ統合がしやすい職種と言えるでしょう。しかし、官民一体となった人員削減とサービス残業の中で、新入職員・社員の労働密度はより高まり、「自己実現」や「社会貢献」など考えられない過労の中で毎日が過ぎているような状況も共通してあります。こうした、労働から・の疎外状況は、リストラの対象にされる熟年労働者と、就職難の中で大学卒業者の「約三割が無業者やフリーター」に象徴される青年層の中で、より深刻になつています。(注1)
 
 このような社会状況は、当然小中学校や高等学校の子どもたちの中にも、さまざまな影響を及ぼしています。具体的には、「早くから自分に見切りをつけ投げやりになっている子ども・親」と「危機感をあおり立てられて競争に乗りながら不安をつのらせている子ども・親」と「その中間で揺れる子ども・親」の三極化傾向です。不登校の増加と態様の多様化・複合化の背景にもこうした社会状況が反映されています。
 
 学校基本調査と「不登校問題に関する調査研究協力者会議」
 
(1)二〇〇三年度学校基本調査より
 
 文部科学省の「学校基本調査」にもとづく報告「生徒指導上の諸問題の現状(概要)」(二〇〇三)によると、二〇〇二年度の全国の小中学校において三〇日以上欠席をした不登校の児童生徒数は、一三万一二一一人(前年度比五・四%減)にのぼりました。中学校で三七人に一人、小学校では二八〇人に一人にあたり、約八割は中学生です。
 
 これは、前年度よりも約八〇〇〇名の減少であり、一九九一年度に欠席日数を三〇日以上として調査を開始して以降、初めての減少となりました。しかし、二〇〇二年度小中学校の児童生徒数が、前年度よりも一二万七〇〇〇人減少していることを考慮すると、事態は決して楽観できません。
 
 不登校は一九六〇年代の旧文部省による調査開始以来増加し続けてきました。この一〇年間でも児童生徒数が約三分の二に減少する中で、不登校の数は二倍以上に増加してきました。こうした流れが変わったとはとても思えないからです。
 
 もちろん、一九九五年から中学校を中心に始まったスクールカウンセラーの配置により、教師へのコンサルテーション活動や子ども・保護者への支援効果が少しずつ表れている面もあると考えられます。ちなみに、二〇〇三年度は約四五億円の予算が組まれ、スクールカウンセラーの派遣学校数は約五五〇〇校に及びました。二〇〇五年度には、全国の公立中学校(全校三学級以上の規模) 約一万校への全面配置が目標とされています。
 
 しかし、小中学校の教師からは、学校で不登校の児童生徒が減少したという話はあまり聞かれません。むしろ、欠席三〇日の周辺で、たとえば「頑張り過ぎの息切れ」を伴う不登校だけではなく、「問題行動」、「学力不振」、「ネグレクトを含む虐待」、「軽度発達障害」を伴う不登校など、態様が多様化・複合化してきていることの方が、重要な今日的課題ではないかと考えています。
 
 つまり、欠席日数が三〇日以上の児童生徒の数をどう減らすかという発想ではなく、神経症的な不登校だけでは捉え切れない態様に対応した、学校の取り組みが求められているのです。その際に大切なことは、「子どもが誰にどのようなSOSを求めているのか」という発達課題を教師と親や専門機関などが共通認識していくことです。そこから具体的な取り組みの方針も立てることができるからです。
 
 
(2)「不登校問題に関する調査研究協力者会議」報告より
 
 こうした事態を受けて、二〇〇二年八月には一〇年ぶりに「不登校問題に関する調査研究協力者会議」(委員一六名) が再設置され、半年余りという短期間に一四回という審議を経て二〇〇三年四月には「今後の不登校への対応の在り方について(報告)」(以下「報告」と略)が出されました。ここでは、学校における取り組みの工夫が強調され、「一、魅力あるよりよい学校づくりのための一般的な取組」と「二、細かく柔軟な個別・具体的な取組」が提言されました。前者では、「すべての児童生徒にとって、学校を安心感・充実感の得られるいきいきとした活動の場とし、不登校の傾向が見え始めた児童生徒に対しても、不登校状態になることを抑止できる学校であることを目指すこと」が強調され、後者では、「取組は、基本的には、不登校となった児童生徒に対し、きめ細かく柔軟な対応を事後的に行うための学校における取組について述べたものであるが、これらの事項への取組を日常的に充実することは、同時に、すべての児童生徒や、不登校の傾向はあっても完全な不登校状態にはない児童生徒に対する取組としても重要である」ことが強調されました。
 
 他方では、審議の冒頭に委員から出された 「教員や親にも不登校を容認する風潮がある。『誰にでも起こりうる』を、だから起きても仕方がないと誤解し解釈をしてしまう」といった主旨の発言に対して、全国のフリースクールや「親の会」などからは、「自立支援というよりも、学校への性急な再登校にこだわった適応指導が強化されるのではないか」といった反発や、論議の推移を危惧する声もあがりました。
 
 もちろん、学校現場で「報告」を受け止めながら取り組みを進める際に、個々の不登校の状況を踏まえないで、一律に「欠席日数を減らす」取り組みだけが強調されるようなことがあってはなりません。
 
 しかし、「報告」を丁寧に読んでいくと、一九九二年に旧文部省の「学枚不適応対策調査研究協力者会議」が出した報告「登校拒否(不登校)問題について」 の視点に立ちながら、多様化・複合化する不登校問題に対し、学校を含めた多様な取り組みが提起されていることも理解できます。こうした点は、今日の不登校をめぐる態様を踏まえた内容を含んでいると言えます。
 
不登校の多様化・複合化と検討課題
 
 私は不登校の態様について、積極的・意図的不登校と精神障害の前駆症状による不登校を除いた大まかな態様として、取り組みをふまえながら次の八点を考えています。ただし、このような分類に子どもをあてはめるのではなく、様々な要因を含んで多様化・複合化している不登校の子どもへの理解を深め、取り組みを検討する際の視点にしていただければと願っています。
 
@よい子の息切れなど「過剰適応タイプ」(がんばりすぎの不登校)、
A友人関係が結びにくいなど「社会的未熟タイプ」 (育ちそびれの不登校)、
B問題行動を伴なうなど「問題行動タイブ」 (やんちゃな不登校)、
C低学力など「学力不振タイプ」 (授業が苦痛な不登校)、
D学級集団自体に入りにくいなど「集団不適合タイプ」(外では元気な不登校)、
E何に対してもやる気が乏しいなど「意欲喪失タイプ」 (なんとなく不登校)、
F家庭での登校への期待が乏しいなど「期待喪失タイプ」(支えの乏しい不登校)
GLD、ADHDの症状を伴なうなど「軽度発達障害タイプ」 (特別なニーズの不登校)
 です。(注2)
 
 したがって取り組みの視点も一様ではなく、ゆっくり休ませた方がよいこともあれば、むしろ親や教師の指導性を発揮して、半歩前進の課題を設定して励ましながらクリアさせたり、生活や行動の改善を要求しながら登校を促す方がよいこともあります。
 
 自宅にひきこもっているのではなく、積極的な関わりや援助を親、教師、友人などに求めている子どもたちも増えています。たとえば児童虐待を伴なう場合など、学校や児童相談所に危機介入が求められてくる不登校や、家庭が安心できる居場所ではなく地域に溜まり場を求めながら「非行・問題行動」を繰り返す不登校などは増加傾向にあるのです。
 
 私は、三〇日以上の長期化する不登校が微減した背景には、このような「ひきこもらない不登校」 の増加傾向の反映もあると考えています。
 
 次に、現在不登校問題に対して必要と考えている取り組み課題について、今後のためにポイントをいくつかあげておきます。
 
@不登校の子どもの課題分析と、学校から子どもへの具体的な支援、
A子ども理解と取り組みに関する学校から保護者への具体的な支援、
B専任教員配置を含めた担任を支える校内でのチーム支援のシステム化、
Cスクールカウンセラーを含めた校外の専門機関との連携・協働化、
D予防的・開発的アプローチとしての学校行事、授業、生徒指導、校則などの見直しと教師と子どもとの信頼関係の形成、
E予防的・開発的アプローチとしての保護者全体に対する子育て支援の具体化、
F公営・民営を含めた学校以外の地域での多様な居場所の開発と公的援助、
G有効な援助である青年・学生と不登校の子どもが関わるボランティアやインターンシップの開発と公的援助、
H中学卒業後に課題となる学力・進路問題(進学・就職等)で受ける著しい不利益に対する教育行政や高校からの具体的な援助、
I社会的ひきこもり状況にある青年の実態把握と、同世代との出会いや就職・進学支援など
です。これは、内と外に開かれたネットワークの具体化に関する提起でもあります。
 
内と外に開かれたネットワークを
 
 担任・学校と親・家庭だけではなく、学校内外の「ひと・こと・もの」を生かし、つないでいくような支援ネットワークの形成が重要な課題になっています。
 
 不登校支援ネットワークを語るときに、検討すべき二つの視点があります。第一は、内に開かれたネットワーク、第二は外に開かれたネットワークです。
 
 
(1)内に開かれたネットワーク
 
 たとえば、京都府下や全国各地域における「親の会」、「子どもの居場所づくり」、「学校」などでの協働の取り組みは、出会いと交流の場を共にする人々の手で、内に開かれたネットワークの中で行われてきました。
 
 私は、内に開かれたネットワークのあり方について、次の五つの視点が大切であると考えています。
@子どもの存在が否定されず、認めてもらえる安心の居場所がある。
A子どもの発する様々なSOS、弱さや悩みが出せて受け止めてもらえる場と関係がある。
A子どもに関わる親や教師やスタッフの弱さや悩みも出せて受け止めてもらえる場と関係がある。
Bそうした中で、親や教師やスタッフが孤立しないで、お互いに支えられている、「守られている」と実感できる場と関係がある。
C同時に内に自己完結しないで、外にも開かれリンクしていくネットワークを志向している。
 
 今日の教育や子育ての中で、夢や希望を語り合うと同時に、不安や悩みが出せて共有できる実践や人間関係づくりが、特に重要になっています。私は、親や教師やスタッフも負の体験やネガティブな感情が出せて受け止めてもらえる人間関係の中でこそ、そこに含まれている意味や可能性に気づき、「自分を責める自分」や「子どもを責める自分」を脱皮しながら、子どもと向き合っていけるのではないかと考えています。
 
 学校における具体的なネットワークとしては、「子ども理解と取り組み方針の検討」を目的としたさまざまな「チーム会議」が考えられます。スクールカウンセラーなどを加えて、新しく不登校支濱を中心とした「チーム会議」がつくられることもあります。しかし、それができなくても、既存の教育相談部会、生徒指導部会、学年会、インフォーマルな関係者会議などで、これまでの実践の蓄積を生かしながら、ケースカンフアレンス(事例協議)の場としての機能を深めていくことで、十分対応はできると考えています。
 
 このように、学校で多様な「チーム会議」を実践する際のポイントについて、改めてまとめておきます。
@教育の専門家である教師や心理治療の専門家であるスクールカウンセラーなど、参加者は専門性を尊重した対等関係にある。
Aチーム会議の目的は、子どもの発達・成長を支援していくことにある。
B同時にチーム会議は、子どもと前線で向き合う担任を支える場である。
Cチーム会議は、必要に応じて関係する教師などが自由に参加できる「開かれた会議」にしていく。
 
Dそこで、一緒に考え悩みを共有していく中で、子ども理解と取り組み方針を深めていく。
Eこうした積み重ねが、教師の集団的な実践力量を高めていくことにつながる。
Fそれは、不登校の子ども理解を深める際のまなざしを、すべての子どもや親に注ぐまなざしに発展させていくことである。
Gこの取り組みは、生徒指導と教育相談のあり方に反映され、やがて「生徒支援部」といった形で両者の機能の統合につながっていく。
Hさらに、若い教師やスクールカウンセラーが増加してくる中で、チーム会議は後継者を育てていく場としても重要になっている。(注3)
 
(2)外に開かれたネットワーク
 
 多様化・複合化する不登校に対して、心理臨床分野だけではなく、ケースに応じて医療・福祉・司法などの専門機関との協働を図っていくことが求められています。
 
 実際、小中学校や高校の不登校には、軽度発達障害や境界例の子どもなど、専門的な診断や治療を必要とするケースも少なくありません。また、失業、虐待、離婚など、学校だけでは抱えきれない家庭事情を背負ったケースも増えています。教師は自らの限界を知ったうえで、専門の心理・医療・福祉・司法機関などと協働した取り組みを迫られるケースが増えています。
 
 特に最近、児童虐待や軽度発達障害など、多様な背景を含む不登校への取り組みが求められている中で、児童相談所や医療機関、ケースワーカーなどの専門機関と連携した不登校支援が重要となっています。それぞれの果たす役割や独自性を生かしながら、双方向性を持って外に開かれた不登校支援ネットワークを、学校はどうつくつていけばよいのでしょうか。
 
 私は外に開かれたネットワークのあり方について、次の六つの視点が大切であると考えています。
@教師と校外の専門機関は、お互いの専門性を尊重し合う対等関係にある。
A機関と機関のつながりではなく、お互いに顔の見えるつながりをつくつていくことが重要である。
Bそのためにも、日常的な相互訪問や年度当初の顔合わせの会合などを設定していくことは、積極的な意味がある。
C学校は不十分さを責め合うのではなく、不十分な職員体制の中で必死に取り組みを進めている児童相談所の担当職員や福祉事務所の担当ケースワーカーとの連携を密にしながら、お互いに支えあっていく。
D専門機関だけではなく、心の相談員や学生ボランティアなど、子どもたちと年齢的にも精神的にも接近している青年の持っているエネルギーを、学校教育の中に積極的に生かしていく。
Eこうした試みは、次のネットワークを支える後継者養成にもつながっていく。
 
 学校が外に開かれたネットワークを志向することは、専門機関任せにすることではなく、協働する中で学校としての役割と主体性をより明確にしていくことでもあるのです。
 
 
参考文献
 
(注1)文部科学省二〇〇三「平成十五年度学校基本調査(概要)」。この中で、二〇〇三年三月の大学卒業者五四万五〇〇〇人を進路別にみると、@「就職者」は三〇万人(仝卒業者数の五五・〇%)に留まっている。なお、A「大学院等への進学者」は六万二〇〇〇人(同一一・四%)、B「臨床研修医」は八〇〇〇人(同一・五%)である。一方、C「一時的な仕事に就いた者」は二万五〇〇〇人(同四・六%)であり、Dいわゆる無業者と呼ばれる「左記以外の者」は一二万三〇〇〇人(同二二・五%)、E「死亡・不詳者」二万七〇〇〇人(同四・九%)となっている。@〜Bの合計は、三二・〇%に達し、就職率はこの一〇年余り低下し続けてきた。
 
(注2)春日井敏之二〇〇二『希望としての教育−親・子ども・教師の出会い直し』三学出版
 
(注3)高垣忠一郎・春日井敏之編二〇〇四『不登校支援ネットワーク』かもがわ出版
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