トップ ひろば ひろば137号
抜本的な改善が必要な児童虐待対策
                −−児相研の見解に寄せて−−
川崎二三彦/全国児童相談研究会
 本誌編集部から児童虐待に関する原稿執筆の依頼を受けたとき、私は全国児童相談研究会(略称‥児相研)の事務局長として、別掲の「児童虐待防止法見直しに関する私たちの見解」作成の渦中にあり、見解案をめぐつてメンバーと夜な夜なメールのやりとりを続けていました。そのため依頼に対しても明確な返答を怠ったまま、気がつくとはや締め切り日を迎えてしまっていたのでした。そして今さらながら思うのは、児童虐待の問題について私が最も訴えたいことは、つまるところ、この見解に凝集されているということです。
 読者の皆さんには直接関係ないかも知れませんが、私たち児童相談所職員にとって、児童虐待防止法の施行は非常に大きなエポックであり、矛盾を一身に受けて奮闘を強いられてきた私たちは、法律の見直しの時期に、是非とも訴えたいことが山ほどもあったと言っても過言ではありません。
 そこで児相研は、働く職員の声を発信すべく会員へのアンケート活動を行い、運営委員会で議論し、何十通にも及ぶメールのやりとり、何十カ所もの修正を施して、何とかこの見解をまとめたのでした。
 今回、無理をお願いして児相研の見解(抄)を掲載していただいたのですが、これが児童相談所全ての意見を代表しているとまでは言えなくとも、現場の声を少なからず反映したものであると確信しています。
 この見解に対して、「ひろば」読者の皆さんが積極的にご意見を寄せてくだされば、大変うれしく思います。


注:全国児童相談研究会(児相研)は、一九七五年に創設され、児童相談およぴ児童福祉分野の相談機関等のあり方、及び現代の子どもの問題などについて自主的な研究活動を行い、「子どもの権利条約」などに示される子どもの福利の実現に努力することを目的として、全国セミナーの開催などさまざまな活動をしている自主的な研究会です。会員は児童相談所職員を中心に、児童福祉施設や福祉事務所など関係機関の職員、研究者、弁護士などで構成され、現在会員数は約二四〇名です。


 
 児童虐待対策の抜本的な充実を−−児童虐待防止法見直しに関する私たちの見解−−
               二〇〇三年十一月二十二日   全国児童相談研究会
 
【1】施行三年を迎えた児童虐待防止法
 
 「児童虐待の防止等に関する法律」(児童虐待防止法)が施行されて三年が経過しました。
 私たち全国児童相談研究会は、二〇〇〇年五月、法案が可決・成立した時点で見解を発表し、「法律の制定自体は、児童虐待を防止し虐待への対応をはかるものとして賛同」しつつ、「立法化をはかるだけでなく、早急に解決すべき多くの課題を抱えていることも、忘れてはならない」として、
(1)児童相談所の相談援助活動の実施体制の充実
(2)「児童福祉施設最低基準」の改善を含む児童福祉施設の充実・改善
(3)子どもの人権を積極的に擁護し、権利の主体者として子どもたちを育てていく努力等が不可欠である
と指摘しました。
 また、法施行一年後の二〇〇一年十一月には、例えば「保護者から脅迫された」「施設もいっぱい、一時保護所も定員超過・長期化し、虐待された子どもの人権が守れない」「深刻なケースを抱えて黙々と業務をこなしていた児童福祉司が、仕事中に倒れて入院した」「強制的な介入と受容的・治療的なかかわりの両立はやはり無理だ」といった児童相談所が直面する厳しい現状を職員の声として紹介し、「虐待された子どもや保護者がきちんと援助されるとともに、虐待にかかわる児童相談所や児童福祉施設の職員、関係する人たち誰もが本当に拠りどころとなるような法改正を行うべきだ」と訴えました。
 
【2】矛盾が深刻化する児童相談所や児童福祉施設の実態
 
 その後の経過は、私たちの主張をより一層切実なものとしています。児童虐待防止法の成立・施行で、確かに虐待防止の世論は高まり、早期発見及び通告の義務も明確化されましたが、通告を一手に引き受ける児童相談所の業務は、条件整備の不十分さも相侯(あいま)って、矛盾が頂点に達するほどに激化しています。いくつか列挙してみましょう。
(1)児童相談所は、法を忠実に守って虐待を受けた子どもの保護を積極的にすすめてきましたが、その結果、一時保護所は定員をはるかに超えて行き場のない子どもたちがあふれ、しかも長期化にわたるという危機的な現実に突き当たっています。
(2)また、虐待された子どもが生活する児童福祉施設の状況も過酷です。職員配置の手薄さ、手狭な居住空間など、養育条件(最低基準)が旧来のまま放置されているため、入所児童の増加で過密化する子どもたちの生活は、虐待によるさまざまな症状も加わってますます困難さを増しており、職員のストレスも非常に高くなっています。
 里親に期待が寄せられていますが、昨年秋に制度改正がなされたとはいえ、里親の一時的な休息のための援助(レスパイト・ケア)は一年にわずか七日間、里親対応専門配置等の予算も乏しく、里親への支援はまだまだ不十分と言わざるを得ません。
(3)立入調査や職権による一時保護の際の問題も克服されていません。「援助という限界のため警察官はドアの外で待機するしかない状況で、子どもを保護しょうとした児童相談所職員が暴行を受けた」「暴力的な保護者から子どもを保護するため、やむなく児童相談所職員の過半数が動員され、通常業務が停止状態になった」といった事例も出ています。
 暴力行為から身を守るために防刃(ぼうじん)チョッキを支給した府県すらありますが、そもそも抵抗する相手を取り押さえる術(すべ)を持たない児童相談所職員がこうした業務に従事することは、多くの人数と時間を要し非効率な上、職員自身にとって危険を伴うことはもちろん、もっとも重要な「子どもの安全な保護」自体を危うくしかねません。
(4)また家族の再統合をめざす取り組みも、大きな壁に阻まれています。確かに児童相談所の介入で保護者が指導に従い、子どもの家庭復帰が実現する例もありますが、指導に従わないため家庭復帰の見通しがたたない事例が多いのが現実です。
 社会保障審議会児童部会「児童虐待の防止等に関する専門委員会」報告書(二〇〇三年六月)は「保護者指導に対しての司法関与」「児童福祉法第二十八条の保全処分」を提起するなど意義ある内容を含み、実現が待たれますが、他方「家庭復帰に向けた指導を効果的に行い易い」等の観点から、二十八条については「期限付きの承認とし、必要に応じ再審査をする」としています。しかし、治療や指導を受けることなど引き取り条件等を示しての再審査を原則としなければ、保護者は単に期間が過ぎるのを待つだけになってしまいかねません。現に「期限つきの二十八条承認が認められたが、保護者はなんら指導に乗らないまま期日が近づいている」といった例も出ているのです。
(5)対立する保護者との面接が一〇時間を超えたとか、さらに極端な場合には翌朝まで続いたという例まで出現し、個々の職員は限界以上の努力をしているにもかかわらず、他方では「虐待対応の大変さはわかるが種々の相談への対応が遅い」などの批判を甘んじて受けなければならないような事態も生まれています。
 
【3】児童虐待防止法の基本的な問題点
 
 これらは施設や児童相談所職員の不足、職員の専門性の問題というにとどまらず、現行法システムの欠陥にこそ、大きな要因があると言わざるを得ません。
 児童虐待の解決は、子どもを保護し救出さえすればよいというものではありません。子どもは、保護されたとしても慣れ親しんだ家庭や地域から離れて不慣れな生活を強いられ、行く末を案じ、不安を感じています。保護されたからといって虐待関係が終わるわけではなく、むしろ保護されていること自体が未だに虐待関係の中におかれていることの証(あかし)なのであって、そのまま放置することは、子どもの期待を裏切ることになってしまいます。
 ところが児童虐待防止法は、国及び地方公共団体の責務の明記など積極的に評価すべき部分もありますが、実務的な部分については基本的に「児童福祉法」の枠内にとどまっており、児童保護のみに重点が置かれています。
 すなわち関係機関に課せられたのは通告の努力義務のみ、警察は児童相談所が援助を求める関係とされ、家庭裁判所も単に親子分離の承認をするだけで、実務は児童相談所へ一極集中しています。
 しかも児童相談所には保護者を指導に従わせる権限が何もありません。子どもを保護する(保護者から分離する)ことで、家庭引き取りを願う保護者が指導を受け入れる場合も確かにありますが、だからといって保護者を指導する「手段」として子どもを親から引き離すのは本末転倒でしょう。
 要は、子どもの人権を侵害する大人の犯罪的行為としての虐待を防止するシステムが欠落しているのです。子どもが在宅であるなしにかかわらず、保護者の虐待行為を抑制し、保護者を指導に動機づける法的強制力のある諸措置など、保護者に対する実効性のある指導・援助に視点を置いた、児童福祉という枠をこえた議論が必要です。
 
【4】虐待防止の枠組みを見直そう
 
 以上を踏まえ、私たちは児童虐待防止の枠組み自体を見直すことを求めます。以下に述べる要望はそうした観点から取り上げたものであり、是非とも多くの皆さんの積極的な討議、、検討を経て実現が図られるよう期待するものです。
(1)児童虐待への適切な対応策を確立し児童虐待を防止するには、国民的な取り組みが必要であり、児童福祉法や児童虐待防止法の改正にとどまらず、法律的にもあらゆる分野での検討を排除せず、最善の体系を策定すること。
(2)虐待対応における連携強化を図るため、「児童福祉に職務上関係のある者」などの、通告以降の連携協力義務を明記し、それを具体化する諸規定を整備すること。
(3)子どもの生命・健康に対する重大な危惧があったり、保護者の暴力的対応が強く予想される事態での立入調査・身柄の保護などは、司法判断を前提に警察が前面に立って行うことを可能にする制度を樹立すること。
(4)職権による緊急的な一時保護は短期間に限定し、それを超える場合は司法が判断するしくみをつくること。面会、引き取りの制限等については、保護者にも弁護士その他の信頼できるサポート役を保障した上で、司法が決定する制度を確立すること。
(5)児童福祉施設への入所等に関する家庭裁判所の関与については、単なる承認にとどめず、家庭引き取りに向けた児童相談所の意見や援助計画に対する判断を行い、必要な場合には通信や面会の制限、カウンセリング受講等の命令、再審査の時期などを包括的に決定すること。また「児童の親権を行う者又は未成年後見人の意に反するとき」に限らず、児童相談所長が必要と判断した場合にも申立てができるようにすること。
(6)子どもを家庭から離すだけでなく、在宅であっても司法が関与できるようにし、必要に応じた虐待者の退去命令、接近禁止、保護者が指導に従う義務などを制度化すること。
(7)親権から懲戒権を廃止し、親権の一部一時停止制度を設け、一定年齢に達した子どもからは親権喪失の申立てができるようにするなど、民法の整備を行うこと。
(8)以上と重ね合わせた上で、虐待をする保護者に対して次のような総合的支援を行うこと。
 ソーシャルワーク・サポート、カウンセリング、保育所入所・一時保育の利用、ホームヘルプ・ショートステイ・レスパイトサービスなどを含む子育てと生活の援助、親子統合プログラムの提供、治療・指導を受けるための財政的支援や休暇の保障、里親制度の活用など。
(9)過酷な時間外労働を強いられ、理不尽な個人攻撃や悲惨な事件に直面してトラウマを抱えるなど、過度のストレス状態に置かれやすい虐待対応職員を精神的にも物理的にもサポートするため、常に組織的対応が可能な体制を作ること。同時に、職員自身のカウンセリング受講や休暇が保障される制度を設けること。
 
【5】児童相談所のあり方について(紙幅の関係で割愛します。)
 
【6】思い切った社会的コストを!
 
 ところで私たちは、従来から「児童相談所で応じているさまざまな相談の背景には、共通して養護の問題が潜んでいる」と考えてきました。ここで言う養護問題とは、広い意味での貧困問題ととらえることができますが、児童虐待の背景には、しばしば非常に深刻かつ複雑な養護問題が隠されています。では私たちの社会は、こうした貧困の克服に真剣に取り組んできたでしょうか。例えば、生活保護世帯が急増し貧困層の広がりが懸念されていますが、財務省の諮問機関である財政制度審議会では、老齢加算や母子家庭向け加算の廃止に向けた検討を提言するなど、弱者をさらに追いつめるような議論さえなされています。また労働の分野でも、安いコストで労働力を確保するため正規の雇用が減り、パートや派遣で働かざるをえない人が増えていますが、こうした生活の不安が離婚やDV、児童虐待の背景要因の一つになっています。
 それゆえ私たちの社会が児童虐待防止、児童虐待への適切な対応を本当に実現するつもりなら、通告を受ける児童相談所や子どもを保護する児童福祉施設、里親、及び医療、司法など関係諸機関の抜本的な充実・強化はもちろんのこと、貧困対策や雇用対策をはじめとした国民生活支援に、思い切って「社会的なコスト」をかけねばなりません。でなければどのような立派な「虐待防止法の見直し」も決して実を結ぶことはなく、「虐待防止の呼びかけ」は単なるかけ声倒れになってしまう、私たちは、そう強く表明するものです。
 
【7】子どもの権利が尊重される社会
 
 全国児童相談研究会は、子どもの生活と権利を守り働きがいのある職場にするため、約三〇年間にわたって実践・研究活動を続けてきました。しかしながら社会には、まだまだ暴力容認の風潮が根強く残っています。児童虐待をなくすためには、こうした風潮を一掃し、子どもの権利条約の各条項を具体的に実現させる粘り強い努力が必要です。
 そもそも人が自由で安心して生きていくためには、人権が尊重され、暴力のない民主的人間関係が確立していなければなりません。私たちは多くの皆さんと手を携え、今後とも児童虐待をはじめとした諸課題と真撃(しんし)に取り組み、子どもの権利が尊重される社会をめざして努力していく決意です。
 
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