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エッセー・私と京都
白 潔(ハク ケツ)
     京都国際外国語センター在学
    
        


日本へ行きたい
 
 
 この夏は、私が京都に来てから二回目の夏だ。振り返ると、時間が経つのは、本当に速いものだと感じる。おととしのいま頃、高校を出たばかりで、何の悩みもなく、のんびりしていた私が、いま、外国で独り暮らしをしているなんてとても考えられない。日本へ来るのは、高校一年生の頃からずっと望んでいたことだ。八年間も京都に留学していたおじさんから、京都はとても雰囲気がよく、勉強しやすい町だと聞いていた。それに、いろいろなうわさなど、もうたくさん聞いたが、京都はいったいどんな所なのか、なかなか想像できなかった。そして一昨年の四月、期待と不安と好奇心を持って、私はやっと京都に来た。
 
 
京都との初対面
 
 
 一つの理想を求めているときには、人間は時間が果てしなく続くように感じられるものだが。いったん理想が実現すると、それが現実になったことを信じかねて、疑いやすくなるだろう。
 
 京都の地に初めて足を踏み入れたそのときから、本当に私は日本に来たのだろうかと何度も自分に尋ねた。
 
 最初の二、三日、私はまちで夢と現実の間を漂っているような気持ちだった。到着した日の翌朝、私は好奇心を抑えきれず、西も東も分からないまま出かけた。ところが、家から二、三分も歩いたのに、誰も目にしなかった。中国なら、こんな時間の街はすべて学生の流れに埋め尽くされているはずだ。「おかしいなあ、もう七時過ぎのはずなのに・・・」。
 
 私は自分の時計を疑い始めた。「たぶん、時計の時差を調整するのを忘れちゃったかな…」そしてまた、歩き続けた。道の両側には一戸建てが並び、それぞれ鮮やかな花が飾られている。しかも、街の隅までよく掃除されているようだ。空気もきれいだし、本当に気持ちよかった。「あら、あのおじいさん何をやっでるの、何でこんな所でお辞儀を・・・」急ぎ足で行って見たら、彼が向かっているのはなんと人形の形をした石だった。やはり京都は古い町で、神秘に包まれていると感じた。いつの間にか、私はこんな雰囲気に引き付けられて、やがて京都が好きになってしまった。
 
 
私と京都の人
 
 
 初めて知り合った京都の人と言えば、やはり学校の先生だ。最初、私は日本語の仮名すら全部知らなくて、ほかの学生からも遅れていると思い、すごく頭が痛かった。しかし、先生のおかげで、私の日本語は順調に上達している。先生たちの親切さには、いつでもありがたいと思っている。
 
 ところで、、私にはいままで誰にも言ったことがない笑い話(笑い話と言っているが、恥ずかしい話だと言ったほうが適当かもしれない)がある。それは、初級クラスのときのことだった。授業中、先生が「このクラスで、誰が一番若いの?」と聞くと、「ハクさん…」と誰かが答えた。「あれ、まさか、私?」と顔を赤らめて、照れながら頭を下げた。その場の照れ臭さと緊張感は、いまでさえ感じられるほどだ。私が照れていると、「ハクさん、幾つ?」と先生に声をかけられた。「十八歳」「あっ、若っ!」みんなも羨ましそうな目つきで私を見ていた。なんという恥ずかしさだろうか。だが、その後、私は何かが間違っているような気がした。そこで、辞書を調べて見ると・・・「あっ、しまった!」。実は、私は「若い」と「可愛い」の意味を間違って覚えていたのだ。そのため、私はみんなが「このクラスで一番可愛いのはハクさん!」と言っているのだと勘違いしていたのだ。
 
 
天敵ゴキブリと大作戦
 
 
 京都に来てから、初めてのことをどつさり経験したが、中でもゴキブリとの「作戦」のことは、決して忘れられない。なぜ、ゴキブリに対してこんなに気になるかというと、京都のゴキブリは飛べるからだ。「一目吐きそう、二目倒れそう、三たび見たら絶対に寿命が縮む」と私はいつもこんな風に言っている。でも、京都が好きだからこそ、京都の「瑕(きず)」も我慢するしかない。しかし、どうにも耐えられない事件が起こつた。
 
 ある日、私はタンスの上に羽付きのゴキブリを発見した。いつものように逃げられないように、早速、スプレーを出して「シユーツ!」としたら、ゴキブリは逃れようともがいて、ちょうど横に置いてあるCDプレーヤーの下部にある飾りのための穴に入ってしまった。「あっ、やばい!」と私は浮き足立った。
 
 しかし、殺虫スプレーをあれだけ噴きつけたのだから、ゴキブリが復活して出てくるわけがないだろうと自分に言い聞かせた。そして、私は大事なCDプレーヤーのためにも、お金を節約するためにも、自分が電気屋さんになったつもりで直し始めた。直すと言っても、そんなに簡単なことではない。私は無い知恵を絞り、夜遅くまで何時間も直し続けた。結局、ゴキブリをやっと取り出したが、CDプレーヤーの液晶表示はダメになってしまった。私はここでついに言葉さえ失ってしまった。
 
 ゴキブリ−−私の憎しみ!
 
 
情熱を燃え立たせてくれる町
 
 
 留学生活は、むろん苦しいものだ。次から次にやってくる困難やストレスは、想像していた以上に難しいことがある。ほかの留学生たちと同じように、私もほとんど毎日、学校、家、アルバイト先、スーパー、この四ケ所の間を行ったり来たりしている。授業とお金のため、京都に住んでいながら、京都の旅行や観光にさえ行ったことがない。しかし、まさにこのわずかな「盆地の世界」こそが、私の情熱を燃え立たせるのだ。

 京都に来てからできた、たくさんの初めての思い出こそが、私を成長させてくれた。両親の目には、相変わらず、私はいつまでも成長しない子どものように映っているだろうか。
 
 しかし、今こそ、私は本当に独り立ったと思う。
 
              (京都国際外国語センター在学)
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