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世界へつなぐ 私たちの平和展
       −−(高校)地歴特講の授業実践−−
                     京都成安高校 川西 宏和



地歴特講の授業


 京都成安高校の地理歴史科では一九九五年度から二年英語コミュニケーションコースの必修科目として「地歴特講」 という授業を開いている。この授業の目標は「世界のある地域、ある事項を地理的あるいは歴史的な視点から、自主的に調査・研究し、国際社会に対する認識や異文化理解を深めることを通して、『平和の文化』を創造する」ことに おかれている。グループ研究と個人研究を組み合わせ、レ ポートやプレゼンテーションなどの成果をもとに評価し、定期考査は実施していない。また、一九九八年度からは年度末に学習の成果をまとめ・表現し、社会に向けて情報発 信することを目的として、校内で企画展示を続けている。 この授業は、開設当初から本校の中尾健二先生と私の二人 が担当し、手探りで相談しながら、生徒たちと一緒になって創り上げてきた授業である。本稿では、二〇〇二年度の取り組みについて、私が代表して報告させていただくこと にしたい。  


二〇〇二年度の実践報告


●「世界で起こっている諸問題を考える」(一学期)


  一学期は主として「世界で起こつている諸問題を考える」ことをテーマにしたグループ研究を実施した。各グループ でどのような問題をテーマとするのかを決め、書籍・資料・統計などを読み込み、その問題が起きている原因を究明する努力を生徒たちに求めた。なぜそんなことが起きて いるのかを考える取り組みである。

 各グループがテーマを選ぶにあたって、いくつかの題材を提示した。例えば「命の値段に落差/誤爆死のアフガン人一三万円/米の犠牲者の平均額二億四〇〇〇万円」とい う新聞記事(二〇〇二年三月十日付、朝日新聞)である。 概要は、「同時多発テロから半年を迎える米国で、政府は犠牲者遺族へ平均二億四〇〇〇万円の補償金を支給すると発表した。一方で、米軍に誤って攻撃されるなどして死亡 したアフガニスタン人の遺族に、米側が一三万円を支給し たことが発覚。命の値段の差が際立っている」というもの である。知らない事実を知って驚き、そしてなぜこんなこ とになっているのかという問いを心の中に立てて欲しいと いう思いから選んだ材料である。

 グループで相談した結果、生徒たちが取り上げたテーマ は次のようなものであった。「パレスチナ問題」「アジアの児童売春について」「男女差別」「BSEについて考える」「増 え続けるAIDS」「Korea/Japan」であった。 でき上がった各グループのレポートはコンパクトにまとめ られた力作であり、プレゼンテーションも上手であったが、 短時間でインターネットを活用して要領よくまとめてしま うことの弊害を感じた。読書不足も否めない。レポートに統計資料などがほどんどなく、あったとしても事実の後追 いに終始し、調査の中で出てくるはずの疑問や資料の読解 による新しい視点や課題の発見がないものが多かった。


●「教室で語り合う戦争と平和」(二学期)


 二学期は、クラスで一つの大きなテーマを決め、それに関するグループ研究を行うことにした。まず、クラステーマを決めるためにアンケートや討論をした。社会情勢が影響したこともあり、「戦争と平和の問題」を取り上げたい という声が最も多く、これをテーマと決めた。調査活動を始めるにあたり、みんながこの問題についてどんなことを 考えているのかを出し合う討論を行ったが、これは予想以上に盛り上がったように思う。また、身近なところにある 「モノ」を掘り下げて調べたり、考えたりすることを理解 して欲しいとの思いから、学校周辺や軍都伏見の戦跡を巡るフィールドワークを行った。VTR鑑賞も実施した。アメリカ人牧師が撮影した南京大虐殺の秘蔵フィルムを中心 にした報道番組である。これは非常に印象に残ったようである。ある生徒の感想を紹介する。「私はこのビデオを見て、今までにないような衛撃を受けた。南京大虐殺の話は 大まかには知っていたけど、まさかこんなにおそろしいも のだとは思わなかった。(中略)私は、人間は生まれたからには人間らしい死をとげるのが普通だし、それがほとんどだと思っていたのに、歴史のかげには様々な悲しく痛い死があることを知って、心を痛めずにはいられなかった。 目を背けたくなるような映像ばかりだったけど、けっして 目を背けてはならない問題だと思った。それが私たちにで きるたった一つのことなのではないだろうか」。事実を知 り、自分に引き寄せ、何ができるのかを考えようとする感 想が目立った。

 こうした準備を経て@「なぜ戦争が起こるのか?」につ いて事例を通して検証すること、A世界にはいったいどれだけの軍事力があるのかなど「世界の実状」を総合的に調べること、そしてB「平和とは何か?」を高校生の視点か ら考えてみることの三点に調査内容の柱を整理し、グループ研究を行った。結果として「同時多発テロとその後の世界秩序」「日中・日朝問題」「戦中の国民生活〜抑圧と抵抗 〜」「世界の軍事力とその影響」「戦争と平和」というグル ープレポートが作成された。これらのレポートは、統計数値を地図上に表現し作成した世界の軍事マップに分析を加 えたり、戦争について祖母から話を開いたりするなど、イ ンターネットや文献調査ではわからないオリジナルな視点 をもったものもあり、一学期の弱点を乗り越えた部分も多 く見受けられ、評価できるものとなった。


●企画展『世界へつなぐ 私たちの平和展』(≡学期)


 これまでの学習成果を表現することを三学期の柱とし た。まず「戦争と平和に関する高校生の考えをいかにして社会へ情報発信するか?」をテーマに討論した。留学から 帰国した生徒たちも加わり、さらに活発な動きがでてきた。 模型を作ること、写真展をすること、クラスの意見表明文 をつくること、そしてこれまでの学習の成果をわかりやす くまとめて展示することとなり、企画展のテーマは『世界へつなぐ 私たちの平和展』と決まった。「国際社会に目を向けた時、すぐにとびこんでくるのが、イラクや北朝鮮関係のニュース。戦争がはじまるのだろうか? 私たちの生活は変わるのだろうか? そもそも、なぜ戦争が起こるのだろうか?・・。日本も過去には戦争をしていたと聞きま した。次から次へといろいろな疑問が浮かんできます。そ こで私たちはクラスで議論し、「地歴特講」の授業テーマ を「戦争と平和」に決め、この半年ほどかけて調べてきました。現在の私たちの身のまわりや世界で起こつている状況を平和な状態と呼ぶことができるのだろうか? また、 どのような状態を平和と呼ぶのだろうか? そのような平和な状態は、どのようにしたら実現するのだろうか? そ ういった疑問に対して、私たちなりに考えてきたことを企画展で報告します」。これが生徒たちの取り組みに対する 思いであった。本年二月中旬に校内ギャラリーにて実施した企画展の概要は、二学期のグループレポートの内容を練 り直して、わかりやすい文章にまとめ、資料を付した作品 を展示することに加えて、「留学先で見聞きした戦争と平和」 (オーストラリアやニュージーランド留学から帰国した生徒が、現地で見聞きした戦争と平和について報告)、 「私たちの意見表明」 (一連の取り組みを通して考えた戦争 と平和についての思いをまとめたクラスの意見表明文の展示)、写真展「私たちの撮った身近にある『平和なもの』 と『平和でないもの』」 (生徒一人ひとりが撮影した「平和 なもの」と「平和でないもの」をテーマとした写真を展示)、 「立体模型・学校が戦場に!」 (有事法制が議論される情勢の中、もし戦争になったら学校はどうなるのか?をテーマ にした模型を展示)などであった。

  一連の取り組みで、生徒たちが何を考えてきたのかを、ク ラスの意見表明文の一部を抜粋することでその報告としたい。

 「なぜ戦争が起こるのでしょうか。人々は常に平和を求めているのに。(中略) 石油などの資源や植民地獲得など経済的な利益を求めて?宗教上の対立や民族間の対立がきっかけで?過去と現在の戦争や紛争を調べていくと、なるほどその原因はさまざまですし、国際社会がこうした戦争や紛争を未然に防ぐ努力を重ね、現に起きている争いを収束させることに力を割いていることも知りました。一方で、 戦争というのは、一人ひとりの心の持ち方から生じる問題であることもわかりました。戦争が終わって勝てば、きっ とこの国に平和が来る。『今は苦しいが、いつか必ず平和 になる。平和のために多少の犠牲をはらうのは避けられないことだ。さあ戦おう!』そんな考えが通って良いものでしょうか。かつて日本はその考えを学校で未来を担う子ど もたちに教え、強制し、一人ひとりに『戦争をする心』を つくっていった事実を、私たちは様々な事例から知りました。今、世界には平和を願う人が数えきれないくらい存在 しています。しかしその平和とは、一体どのようなことを指すものなのでしょう。戦争が無いことでしょうか?お金があって豊かな暮らしができることでしょうか?きっと人によってそれぞれ平和の感じ方は違うでしょう。しかしその中で一人ひとりが漠然とでも『平和な世の中だな』『幸せだなあ』と感じることができれば、それが平和なのではないでしょうか。(中略)今、地球は多くの問題を抱えています。おそらく世界から戦争が消えても『平和』ということにはならないでしょう。しかし、戦争が無くなれば、 少なくとも『平和』の第一歩となることでしょう。私たちは戦争を無くし、平和を創る立場の人になりたいと考えます。平和を創る人になるためには、あらゆる人と手を繋ごうとする意志と行動が必要です」

 企画展開催を京都新開の記事で知り、見に来て下さった市民の方が、後日「読者欄」に「未来への勇気 成安高平和展」というタイトルで感想を投稿して下さった。その中で、「戦争の原因と平和への道筋を見いだすことの大切さを訴え、誰にでもわかりやすく丁寧に展示されていた。私はその精細な資料収集能力と、グローバル性に目を見張っ た。(中略) 『知る、考える、表現して発信する』というす ばらしい体験をマスターした若人の輝くひとみに送られて会場を後にした。ありがとう、未来を担う若者たちよ」と 記していただいた。生徒たちの励みになる、本当に嬉しい言葉であった。


何を大事にしてこの実践をしてきたのか


 以上が、この一年間の大まかな授業実践報告であるが、 最後に、取り組みを振り返って、何を大事にしてこの実践 をしてきたのかについて、私なりの思いを何点かに絞って述べてみたい。

@何よりもまずは学校で、教室の中で、生徒同士が、教師と生徒が、戦争と平和についてお互い語り合うことからはじまるのではないか。当たり前のことだが、 重要なことだと思う。

A高校生は、すぐに答えがでないよ うな問いをストレートに投げかけてくる。そこには時として大人には失われてしまった素晴らしさがあると思う。 「なぜ戦争が起こるのか?」。こう問われたとき、知ったかぶりをしたり、持てる知識の切り売りをしても心に響かないように思う。むしろ「なんでやろうな?」と言いながら も、一緒になって調べ・語り合い・考える時間と空間をも つことを大切にしてきた。

B生徒の心に問いを立てる援助 をすることは必要だと思う。授業の中での取り組みである以上、自然発生的に待つだけではなく、意識的に考える選 材の提示をすべきであろう。また、その問いを考え・追求 する方法を教えることは不可欠だと感じる。

C学んだこと、 考えたことをどのような形であれ、意見表明をし、それを 社会に向けて情報発信することが大事だと思う。子どもの権利条約の意見表明権を実現することにも繋がる貴重な経験である。

Dこうしたスタイルの学習では、結果としていろいろな人たちとの繋がりが生まれてくる。社会と繋がりながら学ぶことは、本当に重要である。語り合い、学び、 発信し、手を繋ぎ、また語り合う。こうした繰り返しが、平和を創ることにきっと繋がると思う。

 国連は、二〇〇一年から二〇一〇年を『世界の子どもた ちに平和と非暴力の文化をつくる一〇年』と宣言している。 にもかかわらず、残念ながらアメリカによるイラク攻撃が引き起こされ、多くの子どたちが犠牲となった。ある生徒 は「アメリカやイラクの中に戦争を起こしたくない人は大 勢いると思うし、私たち高校生も戦争は起こって欲しくないとすごく思う」と述べ、「私たち高校生は実際に『戦争』 というものを体験していないので、この戦争は、私たちにとって一生記憶に残り続ける初めての戦争になると思う」 と語っていた。『戦争は人の心の中で生まれるものである から、平和の砦を築かなければならないのは、人間の心の中である』とはユネスコ憲章前文にある言葉である。一人 ひとりの子どもたちが、自分の心に「平和の砦」を築くよ うな学びをこれからもコーディネイトできればと思ってい る。

     (かわにし ひろかず)
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