トップ ひろば ひろば134号
『心の教育』再考−
教育基本法「改正」の動向と背景
     −戦争、有事法制、愛国心教育−
          京都教育センター 市川 哲
二十一世紀も戦争で幕が開けた


 二度の世界大戦や朝鮮戦争、ベトナム戦争、イスラエル とアラブ諸国間の中東戦争、アフガン戦争、他にも戦争や地域紛争が多かった二十世紀は「戦争の世紀」でした。新世紀は平和の世紀であって欲しいと望む人びとの願いは 「ブッシュの戦争」で踏みにじられました。

 殺戮(りく)だけを目的とするクラスター爆弾やガン・ 白血病をもたらし、長い年月にわたって人々を苦しめる劣化ウラン弾が使われ、爆撃で多くの子どもや市民が死に、 傷つきました。


世界の大勢が反対する中で始まった「ブッシュの戦争」


 大量破壊兵器開発の「証拠」も出ないまま始められたイラク 戦争には大義も正義もありません。その背後には、「テロリス ト」や「敵性国家」とアメリカが断定したものには先制攻撃を 行ってよい、そのためには核兵器の使用もありうるという軍事戦略(「ブッシュ・ドクトリン」)があります。「悪の枢軸」と名指し した国々にこの戦略を用いた手始めがイラク戦争です。

 ブッシュ政権の中心にはラムズフェルド国防長官らの 「ネオ・コン (新保守主義)」といわれる考えをもつ人々がいます。彼らはシリア、イランなど中東地域をドミノ (将棋倒し)式に親イスラエルを基軸にして「民主化」する構想をもっていると言われています。


そもそも「ブッシュの戦争」とは


 イラクはサウジアラビアに次ぐ世界第二位の原油埋蔵国です。イラク戦争の目的が石油資源の支配であることを見抜いた欧米の反戦運動のメイン・スローガンは「石油のための戦争に反対!」 「石油のために血を流すな!」です。実際、ブッシュ大統領や女性のライス国防担当補佐官自身も石油企業経営者出身です。

 もちろん戦争は軍需産業を儲けさせます。ラムズフェル ドは世界最大の軍需企業であるロッキード・マーチン社の系列下の軍事シンクタンク・ランドコーポレーション理事長、チェイニー副大統領の妻は同社の重役です。「父ブッ シュ」の湾岸戦争では十万人のイラク人の生命と引き替えに、冷戦が終了し、需要が減り、瀕死の状態にあった軍需 産業が息を吹き返し、石油価格の急騰で米石油企業大手一八社は前年比二・五倍の収益増という途方もないポロ儲けをしました。湾岸戦争後の復興ではチェイニーの経営する石油企業ハリバートン社が莫大な利潤を手にしています (『アメリカの巨大軍需産業』広瀬隆、集英社新書)。

 今回も復興事業は「安全保障上の審査を通過したアメリカ企業」 (=軍需産業)と契約することが報道されています。他国を戦争で破壊し、復興を通じてアメリカ産業を儲 けさせる、このことに日本は一兆円を超える費用を負担する予定です。「ネオ・コン」の中心人物でイラク戦争の 「計画立案者」と言われるリチヤード・パール米国防政策委員会委員長が三月二十七日にアラブの武器商人との関係 を指摘され、辞任したことは(「毎日新聞」三月二十八日)、 この戦争の金で汚れた汚い裏面を象徴しています。


アジアで、もし「先制攻撃論」が使われたら


 アメリカが「先制攻撃論」をアジアで用いない保障はありません(松浦文夫「米国の新保守主義」‥『朝日新聞』〇三・ 四・十三)。日本の「周辺」でそんなことがあったら大変です。 だからこそ、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「平和憲法」をもつ日本は、ブッシュの戦争を支持するのではなく、人類の英知に基づく平和的な手段で問題 を解決するリーダーシップをとることが求められています。

 しかし今日、戦争の準備である「有事法案」を通そうとする動きが出ています。継続審議になった法案を昨年、推進した石破現防衛庁長官は「先制攻撃も憲法上は、法理論上はあり得る」 (〇二年五月十六日、衆院有事法制特別委) とし、徴兵制導入にも言及しています。今回の修正案は字句を少しいじった程度だと言われています。そうであれば昨年の審議で明らかになつたように、法案の本質や目的は アメリカが行う戦争に、自衛隊・官・民をあげて弾薬や物資の補給、傷病兵の治療や武器のメンテナンスを行う兵站基地となり、米軍に追随して参戦していくことにあり、そのためにも地域社会をまるごと戦争態勢に組み込む国民動員体制を整備することにあります。学校も国の指針による 自治体の「業務計画」に組み込まれ、戦争の「正当性」を 子どもに説明することを強いられます。


「戦争をしない国」から「戦争ができる国」


 「戦争反対」を目的とする集会やパレードも制限対象になると政府は昨年、国会で答弁しています。人権を制限し、広範な罰則を設けて命令に従わせる有事法制は「戦争をしない国」から「戦争ができる国」にこの国を変えるための仕組みです。

 そのための人づくりもあって学習指導要領は平時の段階 から「公」を強調し、「道徳」の重視を強めており、また 「愛国心」や「国を守ること」、「国民の協力の義務」も強 調しています。そして平和憲法と一体であり、「一人ひと りの子どもを大切にしていくこと」を教育の基本とする教育基本法を変える動きも本格化しています。

 日本は「神の国」だと発言した森前首相のもとで「教育改革国民会議」がまともな議論もせずに「最終報告」で教育基本法改悪を打ち出し、それを受けた文部科学省(文科省)が中教審に諮問し、「国を愛する心」をいれた「抜本的な見直しが不可欠」との答申を出しています。

 改悪にあたっては財界の要望を強く反映して、競争至上主義を持ち込む新自由主義的方向が取り入れられ、教育の機会均等をはじめとする戦後教育の理念が根こそぎ否定さ れようとしています。


愛国心とは


 アメリカのメーン州に住むシャヤルロット・アルデブロン さん(十三歳)は、イラク戦争で「みんなが破壊しようと しているのは、私みたいな子どものことなのです」と地元 の教会で語りました。子どもが傷つき、生きる希望を失っている様子を想像してください、と訴える反戦スピーチは インターネットを通じて全世界に共感を呼んでいます (『朝日新聞』三月二十七日)。

 彼女は昨年二月、通っている中学校の「米国旗」をテーマとする作文コンテストで、“布きれの旗は大事にされるのにホームレスは大切にされない。(建国の父)トマス・ ジエファーソンはがっかりするでしょう”と書きました。 そのため「愛国心のないことを書いた子がいる」と国語教師になじられ、作文を突き返されました(前述)。

 国旗を掲げ、国への忠誠の言葉を唱える毎朝の宣誓をアメリカのほとんどの学校が行っています。また現大統領の誕生日や州関連の記念日の他、キリスト教の祭日や軍関係の記念日など、一日中、国旗を掲揚する日が年間二十日弱 あります。こんな中でアメリカ人の多くは自国を「最高だと信じて疑わない」ようになるそうです(『アメリカって どんな国?』、円通まさみ、新日本出版社)。こうした愛国 心教育のもとではアルデプロンさんの作文は教師(社会) にとって認め難いものでだったのでしょう。

 では一体、愛国心とは何なのでしょうか?『広辞苑』は 「愛国」を「国を愛すること」としており、したがって愛国心とは国を愛する心ということになります。もう少し詳細に言えば、自分が所属する国に対する愛着の心情や態度 のことでしょう。こうした心情や態度には、家族との生活 や文化や環境への愛着と結びついて自然に形成される側面 と、国家への求心力を保つために自然なものを取り込みながら、特に学校教育やマスコミなどを通じて教化、宣伝、 操作され、政府によって意図的に形成される側面とがあり ます。

 自分の国は一番だとする偏狭なナショナリズムや他国民 やその国の文化などを低くみる排外主義的な愛国心に国民がとらわれると冷静・客観的に国際関係が見られなくな り、他国民に対して尊大に振る舞い、また国内の「異質」 と見なされる人々への寛容の度合いが低下していきます。  


「心のノート」


 文科省は昨年三月、七億三〇〇〇万円かけた『心のノート』 を全国の小中学校すべてに配布しました。小学校低・中・高学年用・中学生用の四種類の『心のノート』は、文科省が編集し、 著作した事実上の「道徳」の国定教科書です。『心のノート』の本当の仕掛け人は改憲右翼団体の「日本会議」であり、「本会の努 力で心のノートの作成が決定した」と自慢しています。「日本会 議」は「歴史修正主義」の教科書を作成した団体の推進母体で もあります(俵 義文「『心のノート』と『最新日本史』」)。

 文科省は教科書ではないとしながら道徳の時間に扱うように指導し、点検までしています。『心のノート』は「自分さがし」 から始まり、進むにつれて「集団のため」から「社会の役に立と うとする心」につながっていきます。中学生用は「社会生活の秩序と規律」という言葉を繰り返し、最終的には現在の国家への忠誠と服従を求めていきます。子どもたちが自分の気持ち (自己点検や改善方法)を「自由に」書き込む形式をとっていますが、子どもは書かれていることから「望ましいモデル」を読み取り、自分の意見を合わせ、正しいものとして受け取っていき ます。これは巧妙な誘導であり、一種のマインド・コントロール です。さすがにカウンセリングを研究する心理学者の河合隼雄氏(現文化庁長官)が編集責任者であるだけのことはある、 と言うべきでしょうか。

 では『心のノート』を用いた教育はどんなものでしょう? 広 島市立仁保中学校のHPに載せられている道徳教育の年間計画 (第三学年)では、年三四時間の道徳教育は四月第一週の「愛校心・校風の樹立(主題)」から始まり『心のノート』に対応させら れています。もちろん『心のノート』を資料とする事もあります。 そして中学生活の締めくくりである三月第一週の「卒業してい く君たちと共に(主題)」では、「愛校心・愛国心」という資料を用 い教師が「卒業の意味を理解し、母校を愛すると共に、郷土・ 国を愛する心を培う」ことをねらいとする講話を行うことにな つています。結局『心のノート』は「我が国を愛し、その発展を願 う」(『心のノート』中学生版)国民になることに帰着していきます。

 なお、福岡市の約半数の六九小学校では「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるようにすること」 (小学校六年社会科『学習指導要領』)に基づいて、「国を愛する心情」や「日本人としての自覚」をABCの三段階で評価する通知表が昨年度から使われています。社会科の評価を通 じて愛国心をもつ「よい子」競争、「よき日本人」競争が行われることになります。国際化が進み、外国籍の子どもや外国 育ちの日本と外国の両方の感覚や心情をもつ子どもが増える今日、この「愛国心教育」は偏狭すぎます。


いまこそ活かそう、教育基本法の精神


 昨年十二月十二日、教育関係一五学会が共同で「基本法見直し」を考えるシンポジウムを開きました。「教育改革国民会議」の委員も務めた藤田英典・日本教育社会学会会長は「研究者や教育現場の専門性を無視した、思いこみに もとづく論議がなされ、″強者の論理″と復古的な教化・ 国家主義による教育再編がすすめられようとしている」と 述べています。また掘尾輝久・日本教育法学会会長は、望 ましい人間像として中教審が「たくましい日本人」を打ち 出しているが、そのようなことは「法律で定めることなのか」と批判しました。

 教育基本法がめざす個人の尊厳、人格の完成、真理と正義と平和を愛する国民の育成という理念は、子ども一人ひ とりを大切にする教育を実現するためにも、また世界の人々とともに英知を集め、二十一世紀を平和の世紀にする ためにも大切にされるべきものです。

 国への愛も含めて、愛は強制され、義務づけられた中からは育ちません。子どもを大切にする教育基本法に基づく教育こそが子どもや父母、教職員がめざすべきものです。

 広範な人々と共同して教育基本法改悪に反対し、日本国 憲法を擁護し、この国の平和と自立、そして世界の平和をつくる取り組みを強めることが求められています。

 (引用文献以外にもインターネットで入手した多数の情報に依拠しています)                 (いちかわ さとし)


トップ ひろば ひろば134号