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【学校再生の道を探る(1)】

              「ポレポレ」先生の場合
        生徒と教師、教師と教師の関係を見直すと……。


ひろば編集部

Tulgat Mainbayer

 京都府南部の中学校で教鞭をとるポレポレ先生こと武田好弘さん(写真)の、教研集会での報告が話題になりました。技術家庭科の教師である武田さんは、その特技を生かしてまさに「小さなことからこつこつと」学校づくりに取り組んでいます。ちなみに武田さんが好んで使う「ポレポレ」はスワヒリ語で「ゆっくりゆっくり」という意味です。

子どものことを職員室で話題にしよう

「最初にお断りしておきますが、僕が一人で学校づくりをしているわけではありません。そんなことは不可能です。職場の仲間と協力しあって一緒にやっているのです」
 こう釘を刺されてインタビューがはじまりました。上場企業勤務ののち教職に就いて約20年、武田さんには、学校や生徒の変化がどう見えているのでしょうか。
「子どもは何も変わっていません。ただ非常に忙しくなっているとは感じています。僕の勤務する学校ではクラブ活動がとても盛んで放課後に空き時間がない。ですから生徒会や各委員会の会議などは、弁当を食べながらしています。それから教師もとても忙しい。とくにいまは新教育課程への移行期で、いろいろな課題があります。あまりに多く、一つ一つ検討して話し合って職員全体の総意で取り組むことができず、ヘタをすれば流されていってしまいかねません。おかしいときには“おかしい”と声をあげられるのが職場の力だと思うのですが」
 教師の多忙さはすでに言われて久しく、そのことが今日の教育問題の一因になっていることはたしかです。
「集団で論議をしないので、個々の教師がそれぞれにしんどさを抱えて過ごしています。そして、そのゆとりのなさが生徒への管理主義、平たく言えば悪いところしか目に入らない、“こら、何やっとンねん”という態度になってしまいます。それでは生徒の本音も聞けません。そこで、多忙ではあるけれど、職員室ではせめて生徒のことについてみんなで話題にし、困ったことも嬉しかったことも話し合えるようにしたい、みんなで指導を考えられるようにしたいと思っています」
 武田さんはいまの学校に転任して1年目です。
「だから、みんなに聞かないと僕自身生徒のことが何もわからない。それにはやっぱり仲良くなって、職場から信頼を得なければ始まりません。話しやすい職場の雰囲気ができれば、本音も出てくるでしょう」
 そこで自分の得意な分野で職場を明るくすることにしました。技術家庭の技をいかして剣道部の防具入れの棚づくりも、ブラスバンド部の譜面台の修理もしました。12月には松ぼっくりのクリスマスツリーを学年のクラス分作って部屋に飾ってもらいました。コツは反応があったらすぐにすること。
「こんなものできたけど、どう?」
「いやあ、いいねえ。うちのクラスにもほしい」
 鉄は熱いうちに打てではありませんが、忙しいからといって後回しにしておくとタイミングを失います。
「忙しいのは事実です。でも、何かしなければ何も変わりません。最終的には教師として子どもと接することがたのしいと感じられるようしていきたいのです。僕がしていることは“趣味の世界”のささやかなことですが、それでも“昨日と違う今日”が話題になれば、学校も明るくなって、他の教師との関係もできるようになるでしょうし、そこから生徒の話も腹を割って聞かしてもらえるようになるのではないでしょうか」

ガラスが割られなくなった学校

 武田さんが、このように考えるようになったのは、以前勤めていた学校での経験が影響しているといいます。
「スクールカウンセラーの先生に、夏休みの研修会で、先生方の指導が邪魔になって、自分の仕事ができないと言われてしまったのです」
 スクールカウンセラーは、子どもたちの心を解きほぐしていろいろな悩みを聞き出し相談にのります。ところが学校では、教師が生徒たちに「早くしなさい、きちっとしなさい、こうしなさい」と生徒を管理的に指導しているので、子どもたちの心が解きほぐされるどころか、ますます堅くなってしまっている、だから、スクールカウンセラーが悩みを聞きだそうにもできない、先生たちは反対のことをしている、そういう訴えでした。
「びっくりしました。同じことを言うにも『遅刻してきたらあかんやないか! なんで遅れたんや?』では、本当のことを子どもが言わない。それより『大丈夫か。何かあったんか?』、それから『これから遅刻したらあかんぞ』と話を聞く姿勢をこちらが見せるのが先だろうと言われて、まったくそのとおりだと思いました」
 このスクールカウンセラーの訴えを聞いて、2学期からそういう姿勢をとるように努めていきました。なかには、話を聞こうとそのために時間を作って、1時間や2時間かかり切りで生徒の話を聞いた教師もいたそうです。すると、それまで土曜日、日曜日になると割られていた校舎のガラスがまったく割られなくなりました。
「それまでも生徒が割っていたという確かな証拠はありません。しかし、僕らが基本的スタイルを変えて、まず話を聞く姿勢をとるようになったことと、ガラスが割られなくなったことの間には、関連があったと思っています」

                    「情報共有のたまものです」

 武田さんが担任するTさんは成績はよいのですが、どうしても自分から手を挙げて発表することができません。授業中に挙手して発表することが小学生のころからの目標でした。ある日、英語教師が喜色満面で、Tさんが初めて手を挙げて発表できたことを、武田さんに教えてくれました。
「実は僕が英語の先生に頼んでおいたのです。Tさんは英語が得意です。そこで、まず自信のある英語で発表しようと励ましていたので、英語の先生には手を挙げたら絶対にあててやってくれって……」
 Tさんの「快挙」は家庭にも伝えられました。 「小さなことかもしれませんが、学校でも家でも、一生懸命やっている自分の姿を見ていてくれる人がいると感じられることは、生徒にとって大切だと思うのです」
 2年生を担任している武田さん、隣のクラスの担任から、男子生徒の一人が2学期の終業式の前日に掃除道具用のロッカーの扉に拳骨で穴をあけてしまったと聞かされました。担任は、できれば2学期のうちに本人に直させたい、それができるかできないかが、彼の冬休みの過ごし方にも関わると考えていました。そこで武田さんは、終業式後の20分の掃除時間の間に生徒自身で直せるように、あらかじめ扉の寸法をはかり、板を切って扉のパーツを用意し、ねじ穴をあけたり組み立てたりの仕上げをこの生徒にさせることにしました。
「穴のあいたところだけを板を張って応急処置しても、絶対別のところが破られます。扉全部を、しかも破った本人に直させるのは、10分で済むところを30分かかることになりますが、本人がやりきることで自信にもなるし、二度と同じことはしないと思うのです。実際に当の生徒は最後のねじをまわし終えると『先生、完璧やン!
 俺、技術は“5”もらっていいと思うで、あとはテストだけやけど…』と笑いながら満足そうに言っていました」
 彼は、担任からはきれいに直せたとほめられ、ほかの教師たちからも同様に声をかけられて、本当に嬉しそうだったといいます。
「どんなやんちゃな子でも、そういう場面を求めているのだとあらためて思いました。これを『何やっとンねん!』とさんざん怒られ、あとはボンドで穴だけを塞ぐようなことをさせられていたら、あんな表情がなかったでしょうし、一緒に作業している間の、僕や担任との会話もうまれなかったでしょう。ていねいな関わり方が大切で、それは生徒だけでなく、職場の仲間との関係もそうです。むしろ教師間のいい関係なしには、生徒とのいい関係もつくれないということだと思います」

 アイツは授業の邪魔ばかりする、といった見方ではなく、そんな生徒が今日は教科書を開いていた! というように、ちょっとした変化にも教師が集団として気づけるようになるには、生徒についての情報を常に共有していることが大切だというのが武田さんの思いです。
 情報の共有は、職員間だけではありません。家庭との間も同様です。以前勤めていた学校では、保護者の学級懇談会への参加を、学年だよりに参加証をつけて促したこともあったそうです。
「教師のなかには、懇談会で保護者にいろいろ言われるのを好まない人もいますが、家庭との連携がうまくいかないと生徒への指導も思うようにいきません。保護者との意見交流はとても大事だと思います」
 保護者とは、職員とちがって日常的に話せないので、保護者の意見が学校に届くような工夫もしました。 「毎月、参加証や家庭に配る学年だよりには、意見欄をつけ、寄せていただいた意見は、次の学年だよりに載せるようにしました。保護者の意見が載るようになると、学年だよりも家庭でよく読まれるようになりました」

                     原則をつらぬく力

 こうした学校に集まる人たち、生徒・教師・保護者の関係性の再構築も、最終的に生徒のためにならなければ意味がありません。
「いまのように怒濤のように押し寄せる『教育改革』について、“おかしい”と思えばそう言わなければなりません。もちろん、そう思わない人もいます。それは当然のことでしょう。でもそのときに、何が生徒にとって最善の道なのか、みんなで探り合うことができるかどうか、ここが大切なところだと思います。それは日常的な信頼関係のうえにできることではないでしょうか」
 武田さんは、転任以来会議で二度、教師による体罰について発言したそうです。
「体罰を誰かがしたとか、そういう問題ではなく、体罰はいけないことなんだということを全職員間で確認したいと思いました。もし仮に体罰があったとして、それを、まるで臭いものに蓋をするがごとく、他の職員に知られないように、管理職が処理するのは問題であると言いたかったのです。こういう発言をすると、みんなが引いていくのがわかります。しかし原則は曖昧にしないということも、僕の主張としてはっきりさせたかったのです」
 生徒を中心にすえて、教師の抱える悩みや問題を、同僚として一つ一つ共に解決していく、そういう地道な営みは大向こう受けするわけではありません。しかし、行政主導の「特色ある学校づくり」と比べて、どちらが子どもにとって有効か、再確認する取材でした。                                                        (取材・文/矢田智子)

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