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127号
【特別寄稿】

子どもたちに渡すまい「つくる会」教科書



子どもと教科書京都ネット事務局長

我妻秀範




「新しい歴史教科書をつくる会」の中学校教科書に、いま中国や韓国などの外国から、また日本では社会科教員、歴史研究者のなかからも批判がわき起こっています。その内容をお伝えします。

1 「つくる会」教科書の危険な中身

 2002年から全面実施される新しい学習指導要領にあわせて教科書も新しくなります。来年4月から使用される中学校教科書の検定で、文部科学省は「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)編集の歴史・公民分野の教科書を合格としました。この教科書はこれから紹介するように、きわめて危険なねらいと内容を含むもので、私たちは文部科学省に対して検定合格させるべきではない、と強く要求してきました。検定の過程では、137か所もの修正意見がつけられて手直しをしたとはいえ、その基本は何も変わってはいません。以下、その内容を整理して紹介しましょう。

2 国家のために命をささげよ

 第一に、この教科書では、神話をあたかも史実であるかのように記述していることです。イザナギ命、イザナミ命から始まって神武天皇、日本武尊(やまとたけるのみこと)まで実に9ページにもわたって神話を掲載し、「(神武天皇は)畝傍山の東南にある橿原の地で、初代天皇の位についた」「2月11日の建国記念の日は、『日本書紀』に出てくる神武天皇が即位したといわれている日を太陽暦になおしたものである」などと記述しています。これは神話と歴史的事実を意図的に混同させるものです。
 第二に、アジアで2000万人以上の多くの国民・民族を殺害し、約310万人の日本国民が犠牲となったアジア太平洋戦争を戦前そのままに「大東亜戦争」とよび、「緒戦の勝利はアジア諸国の独立への夢と希望を育んだ」などとアジア解放のために役立った戦争と評価しています。これは事実に反する誤った記述です。
 また、「アリューシャン列島のアッツ島では、わずか2000名の日本軍守備隊が2万の米軍を相手に一歩も引かず……玉砕していった」「追いつめられた日本軍は、飛行機や潜行艇で敵艦に死を覚悟した特攻をくり返していった」「沖縄では、鉄血勤王隊の少年やひめゆり部隊の少女たちまでが勇敢に戦って……」というように戦争で死ぬことを美化しています。
 また、わざわざ神風特攻隊として戦死した青年の遺書まで掲載し、「戦争中の人々の気持ちを、上の特攻隊員の遺書」などを読んで考えてみようと述べています。教育勅語に対する高い評価とあわせて考えると、著者たちは、子どもたちに対して「困難なときは命を投げ出して国家のために奉仕せよ」と言いたいのでしょうか。
 一方、侵略戦争の実態と軍隊の残虐行為(南京事件、従軍慰安婦、七三一部隊、沖縄戦での日本軍の住民虐殺など)についてはほとんど記述していません。南京事件は、わざわざ、「東京裁判では……多数の中国人民衆を殺害したと認定した。……この事件の実態については資料の上で疑問点も出されている」などと記述しているに過ぎません。
 1910年の韓国併合については「日本の安全と満州の権益を防衛するために必要」であり、しかも、併合によって鉄道や灌漑などの開発が進んだと述べています。このように侵略戦争や植民地支配に対する反省はどこにもありません。謝罪も必要なければ、戦後補償もありえないというのがこの教科書の基本的な立場です。
 第三は、日本国憲法「改正」論を基調に教科書を記述していることです。教科書検定用に提出された本では、「(GHQが憲法改正を迫ったが)占領下の法を変えるというのはハーグ条約違反」、「(憲法草案は)憲法の専門家でないGHQの少数のメンバーが集まって、わずか一週間でつくった」ものと記述していました。検定によってこの部分は修正されましたが、日本国憲法が占領軍に押しつけられたものという認識は変わっていませんし、教科書の最後では「2000年からは国会に憲法調査会が設置され、日本国憲法の調査が始まった」として、憲法改正を当然視する記述となっています。
 第四は、その反対に大日本帝国憲法と教育勅語を高く評価していることです。明治憲法に関しては「国民は法律の範囲内で各種の権利を保障され」とし、この憲法のもとで人権が著しく抑圧されたことについての具体的な説明は何もありません。また、教育勅語を全文掲載し、本文では「非常時には国のために尽くす姿勢、近代国家の国民としての心得を説いた教えで、1945年の終戦にいたるまで、各学校で用いられ、近代日本人の人格の背骨をなすものとなった」と述べています。教育勅語が戦後、廃止・失効されたことや侵略戦争につながったことへの反省はまったくありません。
 第五は、国家に対する国民の義務、国難に対する意識の形成(日清戦争や日露戦争の記述など)、「非常には国のために尽くす」(教育勅語)など、国家中心の思想が強調されていることです。また、日本国憲法にはない「国防義務規定」を各国憲法から引用して、その規定がない日本国憲法の「特異性」を際だたせています。
 第六は、公民教科書の口絵ページでは、阪神大震災と自衛隊、主権国家と日本人、大国日本の役割などのページで自衛隊の意義と役割を強調しています。また、「国境と周辺有事」では尖閣列島に強行上陸した代議士の写真まで掲載しています。これらは、国際緊張を課題に描き、今日の世界の問題を解決するためには軍隊が必要だということを強調するためのものです。

3 事実の間違いがいっぱい

 以上、6点にわたって「つくる会」教科書の問題点を整理しました。
 この教科書に対して、4月末に歴史学者七氏が近現代史部分で51項目の「事実の誤り」を指摘して修正を求め、さらに韓国政府から25項目、中国政府から8項目もの「誤りと歪曲」に対する再修正要求が出され、さらに東京の大学院生グループからは初歩的なものも含めて数百か所の間違いを指摘されているなど、内容的にも教科書に値しないものです。
 しかも発行者の扶桑社は6月上旬から、中学校歴史・公民教科書を一般書として販売しています。おそらく「つくる会」や扶桑社は「こんなに売れている教科書をなぜ学校で使わないのか」という圧力をかけるための行為でしょう。さすがの文部科学省もこれには重大な「懸念」を表明しました。教科書会社が、採択前に教科書を売り出すことは今までになかったことで、きわめて異常な事態が起きていることを見ておく必要があるでしょう。

4 「つくる会」教科書のどこが問題なのか

 ここで「つくる会」教科書の問題点を整理しておきましょう。教科書という衣はまとっていますが、本質は執筆者の政治的意図を押しつけるための手段になっているという点を見逃すことはできません。
 (1) 「つくる会」教科書が憲法・教育基本法、そしていのちを大切にし、いのちを育てる教育という営みとは全く相容れない。
 (2) 神話と歴史を意図的に混同させたり、歴史的な事実をねじまげているだけでなく、明らかな事実の間違いが多数含まれているなど、およそ教科書としての前提条件にかける。
 (3) 侵略戦争を肯定する教科書は日本が各国に表明してきた国際的な約束に反している。
 (4) アジアに対する蔑視と自国の「誇り」を強調する教科書では子どもたちに正しい歴史認識や国際的な感覚を育てることにならない。
 (5) 教科書が憲法改正の動きと密接につながっている。

5 危険な教科書を子どもたちに渡さない

 では「つくる会」教科書の本当のねらいはなんでしょうか。
 2で指摘したように、歴史・公民教科書では国家に対する義務や国防の義務を強調し、明治憲法や教育勅語を高く評価しています。このことは、日本は憲法を改正して軍隊をもつべきだ、日本は自国の安全と財産を守るために戦争ができる国になる必要がある、国民にはそれに協力し、すすんで参加する義務と心構えが必要だという意図が透けて見えてきます。私たちは、ここに「つくる会」の目的があると見ています。このことは、1999年に成立した新ガイドライン関連法、国旗・国歌法、住民基本台帳法、盗聴法などとも深く関係しています。
 このような教科書が採択されたら、今後四年間、つまり現在の小学校3〜6年生が使用を強制されることになります。こんな教科書を子どもたちに渡すわけにはいきません。6月から7月にかけて各教育委員会ごとに教科書採択がおこなわれます。
 文部科学省や教育委員会は、「採択する権限は教育委員会にある」と強調しています。しかも、その教育委員会に対して「つくる会」側は自分たちの著書を送付したりさまざまな働きかけをおこなっています。私たちは、その動きをいささかも軽視できません。
 「つくる会」教科書を一冊たりとも採択させないために、教育委員会への要請など、さまざまなとりくみを早急に展開することが求められています。

(わがづまひでのり)
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