トップ ひろば ひろば125
125号
【エッセー・私と京都】

この街に恋するわたし
Fabiana
Fabiana Ferreyra(ファビアナ・フェレイラ)
(スペイン語講師)

思いはいっぱい

 京都について何か書くように頼まれたとき、この街での快適な暮しを思い、そんなに難しいことではないなと思いました。しかし、いざ書く段になると、次々と思い出されてくるさまざまのことを一枚のペーパーに収めてしまうのが難しくなってしまいました。ともかく、わたしの感じたことを表せれば、と思います。

アルゼンチンと日本

 わたしは4年前の10月7日に初めて日本にやって来ました。外国の大学での勉強や一国についての発見、家族と遠く離れての、これも初めての独り暮しなど、山ほどの期待をもって。そして最初から最も伝統的な日本に直面しなければなりませんでした。
 山科のすごく日本的な小さいアパートに入居し、48時間の旅を経るうちに、セラミックの床から畳へ、高さ80センチから30センチのテーブルへ、ベットからふとんへ、シャワーからお風呂へ……と移ったのです。
 食べ物について言えば、わたしはフリホール(豆、アルゼンチンでいうポロト)がまったく嫌いで、せいぜい塩味で食べていましたが、こちらでは、甘い物(小豆)として出されました。わたしの家では、米は日常の食べ物ではなく、食べるときはソースや肉と一緒です。それにごはん粒が互いにくっついて固まったりすると料理が下手ということになります。でも日本では食べ物のうちの「パン」であり、ねばりがなければなりませんし、塩味もつけません。
 これらは小さなエピソードであり、国々の文化の違いを示すための一例であって、一方が他方に優るということを言おうとしているのではありません。ただ、さまざまに異なった様式の生活があるという事実を示したものです。しかし、家屋の大部分は西洋風であることも正直に言っておかねばなりません。そして、少なくとも和室が一つは維持され、それは家のなかで最も大切な場所なのです。

数学の教師として

 わたしはアルゼンチン人です。中学の数学教諭で、わたしの願いは、他国ではこの科学をいかに教えているかについて調べ、わが国の教育水準と先進国のそれとを比較分析することでした。京都に来て、いろんな学校を訪ね、学ぶ機会がありました。大変興味深い経験でした!
 日本に来る前に、この国、とりわけわたしの住むことになる京都についての情報を得るために、アルゼンチンの日本大使館を訪ねました。相反する二つの見方があり、一つは、古くて、きわめて伝統的な街で、外国人に対してはあまり開放的ではないというもの。他方は、神秘的で美しく、ことに外国からの訪問者を惹きつけてきたというものです。どちらが正しいのでしょうか?これからわたし自身がそれを経験することになるのだと思いました。

わたしは腕利きのカメラマン?

 はじめの数か月は、ことばの訓練でした。大学のクラスは午前中いっぱいと午後の一部までで、街を見に出かける時間はいつもありました。最初は、最も伝統的な場所に行きました。たとえば金閣寺、銀閣寺、清水寺、御所(天皇の宮殿)、平安神宮、大文字山、嵐山……。
 京都の最大の面白さの一つは、常に訪ねる人にとって新しい寺、未知の店舗、前に見たのとはまた違った伝統的な祭りがあって、尽きることがないことです。それに季節ごとの特有の魅力が加わり、外に出かけ、巡り歩き、いろいろ見たくなるのです。
 初めての11月、この秋はすばらしいものでした。紅葉は、わたしにとってまったく新しく、わたしは秋の色の変化といえば、唯一黄色しか見たことがありませんでした。写真をとりまくって、家族に送りました。みんなは、わたしが腕のいいカメラマンだ、などと言いましたが、実は風景が信じられないほど美しく、悪く写りようがないのを知らなかったのです。
 わたしをまた魅了したものは、この街の最も伝統的で画趣に富む祇園の小路を、写真を「盗」もうと舞妓さんをさがして、あちこち歩き回ることでした。「都をどり」(秋と春に開催)を見る機会があり、この街のリズムと歴史を堪能しました。
 凍りつく冬と雪が来ると、叡山電車で終点まで行き、雪に覆われた家々や寺、山や川を見ました。一度散歩の終わりに、「銭湯」(日本人の発明)で熱い湯に浸り、たいへんリラックスして町中の家に帰ったことがありました。 春と花見は同義語です。毎年、桜の束の間の美を愛でることなく、家に残っている人などまずいないでしょう。賀茂川の堤を家族や友人たちと歩き、暖かく明るい日々と自然を満喫することのすばらしさ。もちろん「アサード」(バーベキュー)があれば最高!
 別の見ものは、八月の半ば、酷暑の京都でおこなわれる五山の送り火です。お盆に家に帰ってきた死者たちに別れを告げる儀式です。この大文字山に登って暑さをしのぎ、そこからほかの山の送り火やカメラのフラッシュがきらめく暗い街を眺めるよう、読者にお勧めします。まるで満天の星が街に降りてきたようです。

京都の人々

 ごらんのように、わたしはこの街に恋する一人なのです。単に自然や建築物、土地だけがすばらしいのではありません。この街でわたしを援助してくれた多くの人々に出会いました。彼らは、とりわけ初めのころ、生活が順調にいくようわたしを導いてくれました。
京都の人々の性格は、慎み深いものでしょう。しかし、わたしは少しずつその好み、スタイルがわかってきました。京都の人々は、街に誇りをもち、街の美点や美質を愛しています。それらを人に紹介することを望み、異文化について知ることにも大きな興味をもっています。
何か手助けがいるときには、どんな問題の解決にもあたってもらえます。どんなときにも誰か頼りにできるということは、本当に敬服と感謝です。
おそらく来年、わたしの京都滞在は終わります。ここで友人やスペイン語のすばらしい学習者(単に学生としてでなく人としても)を得ました。わたしのこころは、いつまでもこの街と人々、それにあまりにも難しく、挑戦的で、同時に魅力的なその言語にも強く結ばれているでしょう。

(ファビアナ・フェレイラ/スペイン語講師)
トップ ひろば ひろば125