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  ●京都教育センター通信 
復刊第122号
 (2018.1.10発行) 
 
「子どもを個人として尊重する愛」
―新年に臨んで 憲法13条に心をよせる―

     
高垣 忠一郎(京都教育センター代表)

 
 子どもを個人として扱い人間を育てる場であれば、子どもを部分的資質・能力に切り刻み、それを他と比較・評価し、選別するようなことはしないでしょう。部分だけを全体から切り離してそれを伸ばしたり縮めたりするようなまねはしません。

 人間は個性的な存在です。そして個性とはその個人の他と区別される「部分的特性」を指すのではなく分割不能な全体的特徴を指しています。だから個性を尊重するとは、その子のまるごとを尊重するということです。まるごと全体を尊重するということは、ある部分だけを全体から切り離して否定し性急に変えようとしないことです。

 ところが、人材養成の場と化した学校教育は基準からはずれる部分をマイナスに評価して、まるで不良品を取り除きよい部品に取り換えるかのように扱います。そうやって処理された部分を寄せ集めてできる全体像は、まるでフランケンシュタインの怪物のようなものです。そこには個性ある個人はいません。個性ある個人を尊重するなら、それをバラバラに切り離しつまみ食い的によいところだけを集めることはしないのです。

 人材としてはマイナスの部分も個人のまるごとの個性(持味)を成り立たせている部分なのです。どの部分も個性ある個人が成り立って生きるのに必要なものであって、彼を愛するということはその部分をも包摂して彼のまるごとを尊重するということです。

 個性ある全体を成り立たせるために、どの部分も切り捨てることのできないかけがえのない部分として包摂し全体と結び付けていくのです。その原理が愛です。この子はこういう弱点があるけれど、その弱点でさえかけがえのない個性をもつこの子のかけがえのない部分なのだと包摂するのです。愛はまるごとを受けいれ、その部分はよいけれどこの部分はいやだからいらないと選り好みしません。本物の「癒し」とはまるごとが受け容れられ認められることなのです。

 みなさんは1955年に起きた森永ヒ素ミルク中毒事件をご存じでしょうか。森永の粉ミルクのなかにヒ素が混じっていた。それを呑んだ赤ん坊のなかに様々な症状や障害が現れました。その被害者の方たちもいま60歳を超えています。

 その被害者の方たちの救済事業の一翼を担う「救済対策委員会」という集団があります。私もその集団の一員ですのでよく知っていますが、被害者のなかに長谷川集平さんという方がいらっしゃる。

 その方が自分の体験をもとに書いた「はせがわくんきらいや」という絵本があります。けっこう有名な絵本だから知っている方も多いでしょう。この絵本には「はせがわくんきらいや」という子どもたちのことばがたくさん出てきます。子どもたちは「はせがわくんきらいや」と言いながら、はせがわくんのめんどうをよくみます。障害をもったはせがわくんは自分たちと同じようにできない。そんなはせがわくんを「きらいや」と言いながら、そのはせがわくんも自分たちとおなじ命の重みをもった存在であることを、まるごと受けいれていくのです。その子どもたちの心には、はせがわくんを個人として尊重する愛が生きているのです。

 
 

第48回京都教育センター研究集会 全体会 
《集会テーマ》「憲法施行70年、今こそ憲法を生かす」


記念講演「いまこそ語ろう!憲法・核兵器・教育~“個人の尊厳”を手がかりに~」

       冨田宏治氏(関西学院大学法学部教授)


 
 第48回京都教育センター研究集会は、12月23日全体会を開催しました。現職、退職者、研究者、父母など72人が集いました。高垣忠一郎センター代表、河口京教組委員長の挨拶の後、本田久美子事務局長の基調報告につづき冨田宏治さん(関西学院大学教授・大阪革新懇代表世話人)の講演がありました。

 冨田さんは「いまこそ語ろう!憲法、核兵器、教育-“個人の尊厳”を手がかりにー」と題して、お話しされました。

①解散総選挙へと追い込まれた安倍政権安倍首相は「国難突破解散」と言いましたが、本当は「僕難突破解散」=僕ちゃんの困難を突破するための解散ということになります。安倍首相にとっては勝利と言っていい結果になったわけですが、勝つつもりでやった選挙ではないというのが情けないわけで、結果的に勝ってしまっただけということをおさえておく必要があります。基本的力関係は、決して安倍有利で展開したわけではありません。

 「僕難突破解散」の時は、着々と4野党の間で政策合意もすすみ、このままの流れで選挙に突入していれば自公250議席ぐらいのところまでもっていけたわけです。ところが、緑の狸「希望の党」が突然現れました。メディアは安倍を見限って、緑の狸を首相にしようとしました。最初、「寛容な改革保守」と名乗りました。しかし彼女は「排除いたします」と言い、不寛容なポピュリストであることを自ら告白しました。これで一気に流れが変わりました。これが没落の始まりであり、「希望」はどんどん沈んでいきました。そしてこの言葉に多くの国民が反応したことが重要です。このひと言で、まさに小池緑の狸の泥船が一瞬にして沈没し始めた。つまり国民が、この言葉が決定的だということについて理解し、直感的に反応した。そこが今度の選挙のとても大きなポイントだったと思うのですね。それは、戦後教育の70年の営みが決して無駄ではなかったんだということだと思います。

 反撃ののろしが上がっていきました。不寛容なポピュリストが政権を争っているという構図から、寛容の側が対峙するという構図へと瞬間に変わっていったわけです。直ぐに市民連合が動いて、社民、共産、立憲の3党が野党共闘を組んで67の選挙区で共産党が候補者を取り下げ、250の選挙区でまがりなりにも候補者の一本化を成功させました。この結果、共産党は9議席減らしたわけですけど、でもその分30議席増やしたのですね。こういう関係を打ち立てることができたというのはとても重要なことだったと思います。小池という不寛容なポピュリストを芽のうちに摘んだというのが第一の成果。そして二番目の成果は、まがりなりにも250の選挙区で共闘をするという経験を積んだ、そして三番目はこういう新しい政党を生み出すことができたということです。

 改憲をするための約一年という時間を与えてしまいましたので、来年一年が改憲できるどうかの天王山、この一年を踏みとどまれば多分改憲はもうなくなる。この一年で改憲発議をしてくれば国民投票で迎え撃つしかないということになります。国民投票は再来年、2019年の参議院選挙と同日に行われる可能性が高いと思っていただきたいですが、でも、再来年の7月に国民投票をやるためには来年の内に改憲発議ができなければ2019年7月の参議院選挙に国民投票をするのは不可能ですから、本当にこの一年が正念場、ここをどう本気で乗り切っていけるかどうか。そういう時間的な余裕を彼らに与えてしまったというのが残念な結果であったわけですけれども、決して力関係として護憲・リベラル・左派の側が大きく追い込まれたということではないということをご理解いただければと思います。

②核兵器禁止条約に関わって(紙面の都合上略)(詳しくは『ひろば193号』(2月中旬発売)

 
 
パネルトーク  「教育ってなんだろう」

コーディネーター 西條昭男さん(教育センター)
パネラー  ・西田 陽子さん(乙訓高校教員)
       ・葉狩 宅也さん(府内小学校教員)
       ・中谷 眞紀さん(朱雀高校教員) 


 

《西田陽子さんのトーク》 

 まず30年近く教員をされて思うことや新英語教育研究会の理念、高校の英語教育の現状を話されました。そして例会で小学校英語の現状を少し知ることが出来ました。評価が入ってくる、語彙数がものすごい量で増える。中学校の先生が支援に入っているが、その様子は地域によって内容もバラバラです。教室には大型テレビがあり、マニュアル通りボタンを押すだけで進んで行く。教えるノウハウがないので、マニュアルに従うしかないわけです。その時も指導案をまとめたスンダードと呼ばれるオレンジ色の分厚い冊子を持っておられて、その指導案通りに授業をするしかないと言う有様です。小学校の先生は英語の免許を持っておられない。私たちは免許更新しないとだめなのに、おかしな話です。英語教育推進リーダーとして全国で千人程度の小学校先生が研修を受けます。その先生が職場に戻って研修します。中学校の先生も英語の授業は英語でやりなさいと言われています。10年程前、高校の授業も英語で行うものとすると決まりましたけど、全然です。英語の授業を英語でやっている先生は高校でも少ない。だって、文法の説明とか大学の入試問題を解くのに英語で解説できるわけはないのですから。中学校の先生は、我々高校英語教員がかつて受けた研修を受けさせられ、どこかでトーイックを受けさせられていて、脅かされる感じです。私たちは目の前の生徒に合わせて、プリントを作ってやっていきたいのだけれど、今後どうなっていくのか不安です。


《葉狩宅也さんのトーク》 

 小学校4年を担任しています。道徳教育とどのように向き合っていこうとしているかを話します。来年から教科道徳としてやらなければならないということで、対案を集団的に高めなくてはならないと思います。
 「綴喜教育のつどい」で検討したのは①「ルールってなんだろう」 絵本『としょかんライオン』②盲学校の子どもが粘土で作った作品を教材に③6年生教科書教材「手品師」他に4年教材「お母さんの請求書」(家族愛がテーマ)。これをどういう授業にしようか。決められた通りの方法でやるのではなく、どんな展開がよいか論議することが大切だと思っています。それぞれ実践を職場でどう作っていくかです。そのあと11月の小・中連携(2小学校と1中学校)の公開授業の話をされました。(内容は省略)
 最後に二つ言いたいことがあります。一つは指導方法です。八幡では、来年の道徳教科化を迎えて、全体指導の別葉という計画を細かく準備しようとしています。それが現場に降りようとしています。現場に降りていけば指導内容や方法を縛っていくことにならないかと思っています。
 もう一つは、評価です。色々問題がありますが、これ以上先生の負担が無いようにしたいと思っています。評価例のサンプルを出してくるのか。1年に一回か、学期に一回かなど考えられますが、それが多忙化につながらないかと心配しています。


《中谷眞紀さんのトーク》

 高校演劇部の顧問として、演劇部で出会った生徒の希望によって、部員みんなで話し合いを重ねて劇を創る、生徒と顧問共同の「集団創作」を続けてきました。今年度、筋ジストロフィで車いすの生徒の思いを軸に劇を創作し、京都から初めての近畿ブロック代表となり、来年度8月の全国大会に出場します。クラブ顧問として高校生にどのように働きかけてきたかを話します。
 今年は、過去に自分自身の話を劇にした先輩がいたことから、部員で筋ジストロフィで車椅子の2年生M君が、自分のことを劇にしてみたら…と提案。演劇部への入部から出演までのドラマを障がいのある人への偏見などにも触れながら描くことになりました。ノート1冊分を超える量を書いてきてくれたものをみんなで読み、偏見や「いじり」について話し合いを重ねて、脚本を立ち上げていきました。そうして出来上がった劇は、多くの人の心に届き、全国大会出場にまでつながりました。「教育ってなんだろう!という時、子どもたちの思いから出発する視点が大切だと思います。子どもたちの思いを丁寧に引き出し、それを受けとめ合い、議論し、さらに子ども自身の意見表明の場を保障して、言葉や芸術などで発信できるように寄り添うこと。そんなことを、演劇部の高校生たちと一緒にずっとやってきたように思います。
(詳しくは『ひろば193号』2月中旬発売

 
   
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  (略) 
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