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  ●京都教育センター通信 
復刊第107号
 (2016.4.10発行) 
   
政治家と教師をならべてみれば

高垣 忠一郎(京都教育センター代表)

 

私は政治学の専門家でもなく、政治家でもないから、政治家の本当の力量がどういう風に測られるのか?よくわからない。政治の世界では、優れた政治家を測るモノサシはどんなモノサシなのか?直観的に思うことを言えば、政治家が自分の国を「戦争できる国」にするということは、結局、政治の失敗を前もって準備しておくことでないのか。内政と外交努力によって国が戦争しないですむように、国民を戦火に巻き込まずにすむように最大限の努力をするのが政治の仕事だと思う。

それが、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳う現憲法の掲げる理想である。「戦争できる国」にするということはそういう憲法を逸脱し、政治の失敗をあらかじめ準備しておくことだと思う。

「戦争できる国」にしてしまったのは、政治家が為すべき努力をさぼって、逃げ道を作る恥ずべきことではないのか?その失敗の責任をとって、自らが血を流しに率先して戦地に赴くというのなら、まだ納得がゆく。だが、戦地に赴き血を流すのは多くが若い兵士なのだ。政治家が自分たちは失敗するから、あとはお前たち頼むということじゃあ、あまりにも無責任で、情けない。

教育の世界に置き換えれば、体罰という脅しをバックにしないと、生徒にいうことを聞かせられない教師がいれば、その教師を力量のある教師だなどとは間違っても思わない。生徒を指導する力量がないから体罰(暴力)に訴え、脅していうことをきかすしかない。そんな教師に親はわが子を託す気になるか?ならないだろう。それと同じだ。戦力という「脅し」を「抑止力」などと称して、それをバックにしないと外国とまともな交渉ができないような政治家、平和を保てないような政治家が、政治家としてほんとうに力量があるなどとはとても思えない。

そのような政治家に国民は自らの生命と安全を託せるのか?戦争という退路を断って、世界の平和を志し、それを実現しようとすることに政治生命を賭けるのが優れた政治家の姿ではないのか?それは体罰(暴力)という手段に訴えないで、生徒の心をつかむことに教師生命を賭ける教師こそが、真に優れた教師であることと同じではないのか?

ほんとうに国を愛する国民は、国に道徳を押し付けられる国民ではなく、国に道徳(国のとるべき道)を教え諭すことのできるほどの国民ではないのか。そういう国民を育てることこそ、教育の真の使命だと思う。政治家がほんとうに国を愛するというのなら、そういう国民を育てる教育をこそ望むべきだ。

 
 
道徳「教科」化・「道徳教科書問題」を考える

育鵬杜「はじめての道徳教科書」の危険な内容と問題点

憲法理念否定「武士道・軍人」「皇国史観」「愛国心」徳目

  倉本 頼一(京都教科書連・立命館大学非常勤講師・京都教育センター・滋賀民研)

 

文科省は2018から道徳教育の教科化実施を発表しています。現在文科省の「私たちの道徳」(小・中副読本)を参考に「道徳教科書」の編集・検定が進められています。そんな中で「危険な歴史教科書」を発行している「育鵬社」が「13歳からの道徳教科書」に続いて201312月に「はじめての道徳教科書」を発行しました。現在すすめられている「道徳教科書」の中味が一切発表されない状況の中で、この育鵬社の「はじめての道徳教科書」の内容分析は重要です。

以下その内容と問題点をあげます。

1、「子供たちの(はら)を鍛えよう!」編集方針渡辺昇一氏「日本人の祖先からの伝統」

冒頭「学校の先生、保護者のみなさんへ」としてこの本の編集方針を「道徳教育をすすめる有識者の会 代表世話人 上智大学名誉教授 渡辺昇一」氏が「子供たちの肚を鍛えよう」と題して書いています。その内容は「大久保利通の気概」(小見だし)では「肚が据わった政治家」を紹介し、「知と心と肚」では「戦前の教育は「肚」が大切だと教えてきた」と主張。「大石良雄の肚」では赤穂浪士討ち入りにいたる彼の行動は、「見事吉良上野介の首を取って本懐を遂げた」と書き、「偉人伝は子供たちの『生きる目標』になる」と「戦後の民主主義教育では伝記は余り好ましくないものにされ、日本の子どもは生きていく手本を失ってしまった」と断じ、「新しい道徳教育のスタンダードとして 子ども達に読んで欲しい、「肚」を養うには、子供の頃から伝記を読ませるのが一番です」と書いています。

2.「子供たちの心を育てる33話」全体5部構成、道徳のキーワード、マナー教室5つ

 全体は5部構成です。冒頭の言葉「什の掟」「1、しっかりとした自分」「2、人とのかかわり」「3、かけがえのない生命」「4、みんなの中の自分」「5、だれかのために」この構成は文科省の「私たちの道徳」(副読本)の構成と共通しています。各章は5つから7つの伝記や歴史上の人物・現代のスポーツ選手の話計33話で出来ています。章にキーワード「勇気」「自由と義務」「義と肚」「仁愛」「祖国」「学問の道」「建国の物語」として短い話と説明が加えられています。又「マナー教室」として「生活習慣・あいさつ・公共・学校・国旗・国家への敬意」の5つテーマで各2ページ、5~7項目を書いています。

3.教科書の冒頭「(じゅう)(おきて)」で「年長者の言うことに背いてはなりませぬ」「戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ」「ならぬことはならないのです」などを紹介20

33話の冒頭にこの「什の掟」を「会津藩の子ども達が大切にしてきた教えです」と紹介しています。「いちいち個人の事情や気持ちに気を配ったり、理屈を説明する必要がない」とこの教科書をつくった人たちの「子供に説明納得必要ない」と言う考えを象徴しています。付け加えてコラムで「什の掟から会津っ子宣言へ」として「会津を誇り年上を敬います」「見えないものこそ敬いなさい」と現代に引きつながれていると書いています。育鵬社の「始めての道徳教科書」は編集方針で現代の子供に「武士の教育『肚』を据える』を説き「忠臣蔵の大石良雄」等を「素晴らしい日本人」とする「伝記」を与えようと主張。会津藩の「什の掟」を冒頭で紹介する「道徳教育」を目指しているのです。

4.夏目漱石の「私の個人主義」の文は「自由と義務」の徳目に利用51

「夏目漱石」をその小説で紹介される前に小学生の道徳教科書で「自由と義務」の徳目解説で出会いを作るのは人物像をゆがめています。漱石の 大正3年11月の長い「講演」の一部だけを引用して、編集者は「近ごろ、個性ということを、なんでも好きなように、自分勝手なまねをしてもかまわないというように考える風潮があります」の部分を強調したいのでしょうが、漱石は同じ文の中で「自分の考えや行動を他人に押しつけられたりしないと言う個人の自由はとても重要なことであり、それが自分の個性を育てるのです」と書いている。文豪の言葉の部分を歪めて利用しています

5.ことさら「旧陸海軍の技術』の継承を強調―「新幹線開発物語」59

第6話は指導項目「真理愛・創意・進取」として「世界最速への挑戦―新幹線開発物語」を取り上げています。その中で「技師長の秀雄は、戦争中に旧陸海軍で飛行機、軍艦、兵器などの研究や開発に関わった技術者を集めた」として、小見出し「旧陸海軍の技術士たち」と項を起こし「松平は海軍で零式戦闘機(ゼロ戦)の改良にたずさわり、河邉は陸軍で通信技術のスペシャリストでした。三木は海軍で爆撃機などの設計にたずさわっていました。」と新幹線実現が旧陸海軍の兵器開発の延長であるかのように導いています。

6、「謙虚、感謝、自分を一歩さげて」―「心のもてなし」を説く千玄室の文76

 第9話は「礼儀・適切な言動」の指導項目、「時と場をわきまえて、礼儀正しく真心をもって接しましょう」と言う目標で千玄室氏の育鵬社の本の引用です。「人様のお茶は本当有難いなと思います。」「茶道では何事によらず謙虚に、自分を一歩下げて、有難く頂戴するという教えがあります」「謙虚、感謝といった茶の精神」と紹介。小学生の発達段階では「謙虚」「自分を一歩下げて』等理解困難で、「感謝」「礼儀」徳目押しつけではないか。

7、「族類攻撃」「乃木大将とステッセル将軍」賛美「水師営の会見一乃木希典」96 

育鵬社の道徳教科書を象徴する教材です。指導目標を「自他の尊重、寛容、謙虚」でごまかしています。無謀な侵略戦争の「大将」の命令で死んでいった多くの兵士、どこが「自他の尊重」になるのか。「攻防11ヶ月続き、6万人と言う多大な死傷者出した」後で「日本軍を勇者として尊敬」「日本軍は勇敢でありました」と言わせる「自他の尊重」とは全くの戦争賛美です。これは侵略戦争を「アジア解放の戦争」「勇敢・勇者」と戦争肯定の「愛国心」教材の典型です。驚く事にこの教材の出展・参考は「国民学校国語教科書」です。育膰社の道徳教材は戦前の天皇制修身時代の教科書を参考・教材に使っているのです。

8、「いじめ」解決になるのか―「いじめからの脱

出」世界チャンピオン内藤大輔162

 文科省や育鵬社は道徳教育を「特別な教科にするのはいじめ対策」と主張してきました。育鵬社の「教科書」で「いじめ問題」を取り上げられているのはこの教材一つです。「頭を叩いてきた」“あいつ”の身代わりに「ガラス割りの犯人にされ」「プロレス技をかけられ」「クラス全体に無視させたり」グループから叩かれたり いじめられていた内藤少年が「強くなりたい」と始めたボクシングで世界チャンピオンになる。「いじめっ子と再会」し「拳を振るうことなく」「ぼくはあいつに勝ったんだ」と言う話。これがいじめられてる子を勇気づけるのだろうか?中にはそう思う子もいるかもしれないが、「自分はそんな強くなれない」「やっぱり自分が弱いからいじめられるんだ」と思い落ち込むこが多いのではないだろうか。普通ではまね出来ないボクシングのチャンピオンの強さより、仲間・友だちの援助のなかでの「言葉」の大切さこそ教材にすべきではないのか。

9、大震災被災地問題を「天皇制賛美」にすりか

え「被災地に心を寄せる」13

 東日本大震災は5年たった現在も被災者の生活は悲惨な状態におかれています。津波被害は住宅の建設などその復興は少しずつ進みますが、原発被害はこれから先40年・50年以上たってもどうなるのかわかりません。その原因と責任が明確にされない現状は深刻です。そんな中での「原発再稼動」は国民的怒りをかっています。その現実の中で「東日本大震災に心寄せる一天皇皇后陛下」の教材を「誰に対しても差別を持つことなく公正、公平にし、正義の実現に努める」として教えることは、目標のすり替えです。お見舞いのビデオメッセージ文を長々と2ページも掲載し、半ページの大きな訪問の写真を載せる事が「誰に対しても差別を持つことなく公平な」扱いでしょうか。被災地に心を寄せ、支援のボランティアや被災者援助のことは写真もなく ひたすら「天皇陛下のお見舞い」を賞賛するのが「大震災に心よせる」ことになるのでしょうか。平成天皇が昭和天皇と違って戦争犠牲と憲法・平和問題に発言していることは納得できたとしても、国事行為でもない行為を「大震災問題」にすりかえるのは間違いです。この教材の狙いが別のものであることは、続きの「キーワード」が「民のかまど―仁徳天皇」で仁徳天皇賛美の話からもあきらかです。

10、陸軍中将賛美「たこちゃんへ、家族ヘー栗

林忠道中将の手紙」 2 0 8

 28話は「父母、祖父母を敬愛し、家族の幸せを求めて、進んで役に立つことをしましょう」の指導項目で「栗林忠道陸軍中将の手紙」を教材に上げています。小学校高学年の家族愛の道徳教材を陸軍中将にするというのは、この道徳教科書が何を狙っているのかよく表しています。「硫黄島の総指揮官であった栗林忠道陸軍中将が家族や次女のたか子にあてて書いた手紙の一部です」と手紙を6ページにわたって掲載しています。日本軍20993名米軍29000人の戦死者を出した「総指揮者」と天皇・日本軍の戦争責任を触れずに 中将のやさしさを紹介するのが「道徳教育」の教材としてふさわしいのでしょうか。

11、愛国心教材「伊勢神宮一式年遷宮と日本人の心」皇国史観の教材 2 3 8

最後に近い32話は指導目標「郷土やわが国の伝統と文化を大切にし、先人の努力を知り、郷土や国を愛する心を持ちましょう」の「伊勢神宮一式年遷宮と日本人の心」の教材です。「日本人の美しい心を伝える」では「20年に一度、社殿を新しく造営して神様に遷っていただく行事です」「伊勢神宮は、長い歴史を持ち、私たち日本人の心と魂の拠り所としてその悠久の時を刻んできました」「神嘗祭を初め神宮で行なわれる数々の伝統的なお祭りは、大いなるものを畏れ敬い、そのお陰で生かされている事を感じて感謝し、自然と共生して生きる『日本人の美しい心』を伝えている」と書いています.「かたじけなさに涙こぽるる」(小見出し)では「そこには人間をこえた大きな存在を感じ」「その中に崇高な存在を認め」などと書いています。出典・参考は「ニューモラロジー研究所のニューモラル」からだというのですからおどろかされます。これは「国家神道」を否定した現憲法に違反する「皇国史観」そのものです。この話の続きに「キーワード」として「建国の物語」として「天岩戸一日本神話」を付け加えているのも、同様の思想から来ているのでしょう。次ページの最後の「マナー教室」は「国旗や国歌は国のシンボルなので大切にします」として、「敬意の表し方」(小見出し)では、「起立して国旗に対して姿勢を正し(脱帽、目礼)敬意を表します。その際、同時に国歌が斉唱される場合は、声を出して斉唱します。」など5項目2ページにかいています。この道徳教科書の最終的な狙いは国家による偏狭な「愛国心」教育にあることを示しています。

以上、育鵜社の「始めての道徳教科書」は戦争放棄・国民主権・基本的人権の憲法理念に反する、侵略戦争を肯定・賛美する、皇国史観、基本的人権に反する身分・女性差別・武士道・軍人賛美の内容をもつ危険な「道徳教科書」と言えます。

 2018年「道徳」を「特別な教科」にするという文科省の方針は現在、各教科書会社の「道徳教科書」づくりと「検定」「公開展示」「採択・決定」に進んでいきますが、教育関孫者、父母国民の中で不安が溢れています。憲法理念否定の「道徳教科書」を与えてはなりません。

 

 
   
 

学習会や集会、研究会などのお知らせ


京都教育センター 地方教育行政研究会学習会

テーマ「18歳選挙権と高校生の政治的教養」について     

◆日時5月7日(土)午後2:30~

◆場所教育会館別館2階京都教育センター

◆内容

問題提起

    高校生に必要な政治的教養と全国の実践       杉浦真理(立命館宇治中高)

   政治的教養と政治的中立について            我妻秀範(綾部高校東分校)


京都教育センター 発達問題・生活指導

合同公開研究会

テーマ:「道徳」の教科化を考える     

◆日時 5月28日(土)1330分~16

◆会場 教文センター301号室

◆内容 基調報告 

道徳の教科化にどう立ち向かうか

育鵬社「初めての道徳教科書」の危険な内容と問題点  

現場からの報告(私たちの実践から)


〈京都教育センター学習会〉

6月11日(土)13:30~16:30 教文センター103号室

青年教職員と語る『子ども・学校の今と未来』(仮題)

講師 氏岡真弓さん(朝日新聞編集・論説委員)

 
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