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  ●京都教育センター通信 
復刊第63
 (2012.4.10発行) 
   
かけがえのないひとり

        高垣忠一郎(立命館大学・京都教育センター)


 人は誰もが二つの側面をもつ。「かけがえのないひとり」と「その他大勢の中のひとり」という二つの面である。その両面を抱えながら、誰もが生きている。

 親にとって、本来わが子は「かけがえのないひとり」であるはずである。親にとっては「かけがえのない」わが子も、学校の教師にとっては、「その他大勢の中のひとり」でしかない(ことが多い)。そのように、私たちは誰もが、「かけがえのないひとり」としての自分と「その他大勢のなかのひとり」としての自分を生きている。

この二つの自分のうち「その他大勢の中のひとり」でしかない自分ばかりを強く感じさせられている子どもたちや若者たちが多いのではないかと思う。たとえば、派遣労働の若者たちはつねに「お前の代りはいくらでもいる。いやだったらやめたらよい」と脅され、自分がとりかえのきく「その他大勢の中のひとり」に過ぎないことを、いやというほど思い知らされている。

その子どもや若者たちが、「かけがえのないひとり」である自分を強く手ごたえをもって感じることができるときがあるのだろうか?そういう自分を感じさせてくれる場や人間関係をもっているのだろうか?

そういう場や人間関係というのは、自分の存在そのもの、丸ごとの自分をかけがえのない存在として大事にされ、認められていると感じさせてくれる場や人間関係である。そういう場や人間関係は、一朝一夕にできるものではない。毎日毎日働く現場が変わる登録制の派遣労働の現場でそんな場や人間関係ができるはずもない。長い間、生活や行動を共にし、いろんなエピソードを編み上げた歴史や物語が出来上がっていったときに、その歴史や物語にかかわるそれぞれのメンバーがかけがえのない登場人物となる。

「あのときこんなことがあったよなあ、あの時お前はこういうことを言ったよなあ」と思い出のエピソードや物語を語り合えるそういう家族や仲間がいて、ひとりひとりが「かけがえのないひとり」になる。もし、子どもや若者たちが、「かけがえのないひとり」としての手ごたえを感じられなくなっているとすれば、そういう「みちづれ」的な関係、家族や仲間という基礎的な共同体を失ってきているからではないのだろうか?はたしてインターネットのやりとりでそういう関係を築くことができるのだろうか?

フロイトは大人になることについて、「働くこと」と「愛すること」ができるようになることだと言った。「その他大勢の中のひとり」として、いくらバリバリ働くことができても、「愛する」ことができなければ、その人は大人になれないのである。「愛する」とは、相手を「かけがえのない存在」として扱うことだ。

人を愛することができる人は、まず、自分を愛することができる人である。自分をかけがえのない存在として愛することができないで、どうして人をかけがえのない存在として愛することができるだろうか。自分を愛することができるようになるのは、自分をかけがえのない存在として尊重してくれる愛に出会うからだ。そのような愛を提供できない社会は、大人の社会ではない。ガキの社会である。子どもを本物の大人に育てようとする教育は「働くこと」と共に、「愛すること」を教えることができなければならないと思う。

   
子ども・保護者とつながる教育
〜保健室・養護教諭として大事にしていること〜

           京都府・小学校     養護教諭
   

1 はじめに

  今年度、11月に与謝地方で教育研究集会が行われた。健康教育の分科会では、レポートをもとに養護教諭として、保健室として何を大切にして実践しているかを話し合った。このレポートは、分科会で学んだことをまとめたものである。

2 健康教育は健康実態から

  健康教育の出発点は子どもの健康実態である。そこで、子どもたちの健康実態をみると、大きく三つの特徴が明らかになった。

一つ目は子どもたちがからだや生活の主体者になっていない、自分のからだを自分で守っていこうとする意識が低いことである。例えば、保健指導をしても、歯垢や歯肉炎の児童が減少しにくいことやむし歯の治療をしても、すぐむし歯になること、生活アンケートの課題が変わらず、同じ課題を引きずっている児童がいることなどから感じる。からだを大事にできないのは、からだのことを知らない認識の低さによるものとも考えられる。

  二つ目は相手との調整力や感情をコントロールする力、自己決定できる自我の育ちが弱いため、子ども同士のトラブルやけんかによるけがが多いことである。そのため、じっくり話を聴き取り、自分の感情に気付かせることで、自制心も育てるようにかかわっていくことが求められる。

  三つ目は心の安定が築きにくいことである。家庭の貧困により、じっくりかかわってもらえるゆとりと親子関係が奪われている。そのため、けがや発熱も、家庭で言えず、家庭でのけがを学校へ持ち込むことが増えていることやけがやからだのしんどさに対して、「大丈夫。」という励ましだけでは納得できず、共感的対応が必要なことなどから感じる。



3 子どもの健康実態に基づくとりくみの例

(1)   体重測定前のミニ保健指導

授業中の姿勢が保てない児童が多いこと、下校後、ゲームで遊んでいる姿をよく見ることが気になっていた。保健指導では、児童との応答性を大切にし、自分のからだを実感させ、からだの素晴らしさを感じてほしいと思って、実践をしてきた。

体重測定は毎月あるので、月ごとにテーマを変えて、保健指導を実施した。【9月】からだにあった机・椅子の高さ、スポーツ障害の予防(高学年)、【10月】まばたきと涙、【11月】脳の働き(ゲーム脳の話も含む。)、【12月】態癖からくるからだのゆがみ、【1月】インフルエンザと胃腸かぜの予防、【2月】手の洗い方を復習、【3月】「からだのきろく」の見方、音の伝わり方という内容である。

指導に使った教具は保健室前に掲示し、いつでも見て、触れられるようにした。また、保健だよりでも知らせ、保護者への啓発につなげた。このように体重測定時に保健指導を行うことにより、学級で保健指導の話が出たり、指導したことが教室に掲示してある学級があったり、担任が保健指導に関する資料や読み聞かせをしたりするなど、健康教育の広がりを感じた。

(2) 生活リズムの保健指導

@     子どもの生活課題

 6年生では11時以降の就寝が45%にもなり、低学年から就寝時刻が遅くなっている。また、目覚めてから登校までの時間が短く、朝の生活習慣(朝食、排便、洗顔、歯みがき)が未確立である。そのうえ、目覚めが悪く、倦怠感を感じている児童は1年生でも54%6年生では72%にもなる。保健室でも不定愁訴を出している。このようなことから、朝の目覚めをすっきりさせ、脳を活発に働かせるために、朝の生活を充実させることを目指して、生活がんばりカードに取り組んだ。

 このような生活課題については保健指導と合わせてとりくみ、認識を深めるようにしている。学習をすることで気付き、考えるプロセスを通して、からだを意識できると考えている。

A  生活がんばりカードのとりくみ

 生活がんばりカードでは、前回の結果から課題を明らかにして、めあてを設定しとりくませた。よい生活ができると、からだの調子が良いことに気付いた児童の振り返りや児童ががんばっている姿を保護者が認めているコメントを大切にし、保健だよりや学校だより、保健室前の掲示板でも全校に広げた。

 さらに、生活がんばりカードの結果、改善点と課題について、夏休み前の地区懇談会で保護者に提起した。

(3) 保護者とつながるとりくみ

 @ 入学説明会・親のための応援塾

親同士の、横のつながりの希薄さを感じたので、親同士をつなぐこと、初めて学校の話を聞く保護者に、教職員と話をしてみてもいいなと心を開いてもらいつながれること、また、体験を通して子どもの心に寄りそうとは、どういうことかを感じてもらうことを目的にワークショップをとりいれた。

 まず、保護者同士がペアになり、肩ほぐしをする。する方は、凝っている様子を伝え、相手に「お疲れですか?」など、相手の立場にたった声かけをする。ここで、触れ合う心地よさ(子どもであればスキンシップ)やいたわりあう心地よさを実感し、相手に伝える。これだけで、空気が変わり、和やかになり、笑い声がこぼれる。

 それから、「子育ての宝物」という内容で、子育てに関わって「よかったこと探し」をし、3分で書き記す。その内容をお互い順番に、目を見て、頷きながら聴き合い、いいなと思うところは共感の言葉で伝える。受容と共感の感覚を味わってもらい、そこでも、その心地よさを実感し、子どもにとってもそうであることに気付いてもらう。

 先輩保護者からの話を聞いたり、保護者同士が交流する中で、自分もしてみようかなという気持ちになったり、できることがみつかる参考になるとよい。

その中で、基本的生活習慣の大切さなど、健康認識を高めるためのアプローチをすると、より効果的なように思う。

4 まとめ

養護教諭として、保健室として大事にしていることの根底は「つながり」である。養護教諭が子どもと、保護者と、職場の先生たちと、地域の養護教諭とつながることで実践が広がる。さらに、子ども同士、保護者同士、教師同士をつないでいくことも大切である。誰もが安心して、自分の思いを出せること、学び合えること、それが人として大事にされなければならないことだと思う。

 健康教育は、子どもの健康実態を中心にとらえ、そこから、子どもと保護者と先生たちと話し合い、学び合い、協力しながら実践していくものである。つまり、健康教育の実践は子どもと子どもを取り巻くさまざまな人々をつないでいくことであり、そのことは、今、求められていることではないかと感じる。私たちは、これからも、子どもや保護者の実態から出発した健康教育の実践ができるように養護教諭として、保健室として実態をみる視点の目と心のアンテナを広くはって、実践していきたい。

 

 ただし、これら三つの特徴は独立したものではなく、重なり合って子どもの健康実態として現れている。子どもの健康課題の背景には、いつも家庭があり、それは時代を映していると感じる。

   
 

大変な「改変」に危惧の声 京都の高校問題学習会

 

京教組等が主催した「高校問題学習会」が3月20日教文センター302号で開催され、教育センター関係者十数人を含む約50人が参加しました。河口京教組新委員長のあいさつの後、長尾府高教文部長から「京都の高校をめぐる最新状況」の基調提起がありました。長尾氏は、1985年の「三原則つぶし」以降の25年を総括し、この間の府市教委による市内乙訓通学圏の「改変」を意図した「懇談会」の状況に触れ、類型制の見直しや学区拡大また総合選抜制度の見直しなどが画策され、これでは高校間格差が更に拡大するとの危惧の声があることを紹介。村尾市高教文部長からは市教委の「工業高校改革」などの将来構想について、市内の「実験場」といわれる山城通学圏の中学校現場から戸谷さんが毎年ひどくなる選別の「輪切り指導」の実態を報告しました。最後に佐古田日高教副委員長から「高校教育の創造的発展への提言」の特別報告があり、無償化時代にふさわしい高校教育政策のあり方を示しました。

 野中センター代表は閉会の辞で「蜷川さんが唱えたロマンある15の春を再現するために知恵と力を」と述べられました。学習会では、当面の行動として次のことを申しあわせました。

 (1) 今の動きを知る学習会を職場、地域で開こう。
 (2)  府市教委の「懇談会」の傍聴を。
 (3)  府市教委へ府市民の声を届ける要請、申し入れ行動を強めよう。

 
 
子どもたちに確かな判断力をつけるために

★原発・放射線をどう教えるか

B5版 102ページ

第一章 原発・放射線の授業テキスト&解説・資料
第二章 文部科学省作成の「放射線副読本」と教科書の問題点
第三章 授業実践の例


発行 京都教職員組合
編集 京都教育センター
2012年6月発行 500円(送料別)
申し込みは、京都教育センター事務局まで 
 

民主府政「落城」後、30余年の「京都の教育」を検証
★京都教育センター編『風雨強けれど 光り輝く 検証!京都の民主教育1978〜2010』

 「風雨強けれど 光り輝く」は、民主府政「落城」の1978年以来30余年間の京都の教育の変遷をまとめたもの。厳しい攻撃が相次いでいたが、「やられっぱなしではない!」この間のたたかいをまとめました。8人の編集委員〔野中一也・大平勲・小野英喜・中西潔・磯崎三郎・高橋明裕・松尾隆司・西條昭男〕が昨年の9月以来合宿を含め14回の編集会議を重ねて刊行しました。この間のたたかいの中にみなさん方の足跡が反映されています。是非、手にとってお読み下さい。


季刊『ひろば』の人気連載から37編を厳選・加筆
★早川幸生著『京都歴史たまてばこ』

 「京都歴史たまてばこ」は早川幸生さんがこの間『ひろば』に連載された中から37編を加筆編纂されたものを集めたものです。調べ歩いた京都の風物詩に引き込まれること請け合いです。

*2011年1月から、京教組各支部書記局で求めることができます。
*また、申し込み用紙(PDF版)にご記入いただいて、ファックスでお申し込みいただくこともできます。

京都教育センターホームページにアクセスを

  http://www.kyoto-kyoiku.com  検索「京都教育センター」

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