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●京都教育センター通信 
復刊第42号
 (2010.3.10発行)

強靭な意志の向こうに 人影が見える

       京都教育センター・「ひろば」編集長 西條 昭男



 二人の若者がいる。

 ともにスポーツ界で際立った活躍をした。一人はプロ野球日本ハムのダルビッシュ投手。昨年WBCで活躍し、日本ハムをパリーグの優勝に導いた。もう一人はフィギアスケートの高橋大輔。大ケガから復帰し、昨年末の全日本選手権で優勝しオリンピック代表に選ばれて、銅メダルを獲得した。

 ともに大きな試練、挫折を乗り越えての栄冠である。

 二人の軌跡を新聞報道をもとにたどってみると次のようになる。

  ダルビッシュは入団一年目の二月、未成年だった彼は沖縄県内のパチンコ店で喫煙。球団から無期限謹慎処分をうけ、キャンプ地から千葉の寮へ移された。周囲の冷たい目にさらされ、人気者の彼は周囲やマスコミから猛烈なバッシングをうける。

 だが当時のヒルマン監督はダルビッシュに声をかけたという。「それは、終わったことだし、仕方ない。これもひとつの勉強だから、戦力になるよう、頑張れ。おれは待っているからな」。「みんな冷ややかな目で見ていたのに、監督だけが声をかけてくれた」とダルビッシュは当時を振り返る。二軍の寮では寮長の故菅野が待っていた。親身になって世話をし、社会人としての生き方を一から教えた。「ヒルマン監督と亡くなった寮長に出会わなかったら、自分は今ここにいない」。日本を代表するピッチャーにまで成長するダルビッシュの出発点である。

 高橋選手は一昨年十月の練習中、右ひざの靭帯を断裂。選手生命にかかわる大ケガで、フィギュア選手で同様のケガから復帰した例はなかったという。手術、リハビリ。もう滑れないのか…、不安との闘い。壮絶なリハビリに疲れきった二月、彼とは一切の連絡がとれない。自宅に引きこもっていた。「もう、やめよう」。どん底から救い出してくれたのは、十三歳から師事する長光コーチだったという。十日後、ふらりとコーチ宅に立ち寄った高橋に長光は語りかけた。「たとえやめても、私にとって大輔は大輔だから。あとはあんたが滑りたいかどうかだよ」。その言葉に、高橋は暗闇から立ち上がる決意をする。

 素人が何もわからないまま言うのだが、高橋のフィギアは変わったように思う。ジャンプやステップは以前と同じように切れ味鋭いが、そこに華麗さとやわらかさが加わったように見える。それが膝のリハビリによるものなのか、どん底から這い上がって来た人間の精神的余裕のなせる業なのかは分からない。ただ演技がひとまわり大きくなったことは間違いない。

 ダルビッシュもそうだ。ドラフトで選ばれた高校出の選手が昨年末に飲酒事件を起こした。ダルビッシュは記者会見で訴える。「たたいてつぶすのは簡単だけれど、みんなで温かく迎えてあげてほしい」。かつての自分と重ね合わせてその選手をかばうダルビッシュがいた。

 高橋にとっての長光コーチ、ダルビッシュにとってのヒルマン監督、故菅野寮長。

 逆境から這い上がった二人の強靭な意志に感嘆させられるのはもちろんだが、私としては、同時に、いやそれ以上に、その強靭な意志の向こうに人影(他者の存在)が見えることに深い静かな感動を覚えるのである。

 これは、子どもと教師の関係についても言えることだ。

 現代社会を覆う「生きづらさ」。その中を共にけんめいに生きる子どもたちと教師。お互いにどんな関係をつむいでいるのだろうか。



子どもの実態から出発した学校づくり
  --困難から希望を求めて--

           深澤 司(京田辺市田辺東小学校)




 小学校での子どもの経済的貧困問題の実態とその克服にむけた課題について報告します。

二〇坪の教室から見えること

 学校の教室の広さというのは、およそ二〇坪です。二〇坪の教室という表現は、閉鎖的な「学級王国」を揶揄して使われてきたという歴史がありますが、昔と変わらない二〇坪の教室という角度から子どもたちをながめても、今進行している「経済的貧困」の問題はなかなか見えてきません。

 あるクラスのA君は、冬でも裸足でサンダルばきです。健康のために裸足で走り回っているわけではなく、絶対的貧困が裸足の生活をA君に強いているのです。「子どもたちに貧困が深刻な影を落としている」という視点を私たちが持たない限り、A君の裸足を見逃しかねません。

 私が勤めている小学校は、府営団地・住宅地・マンションの三つの地域からほぼ三等分される人数で、四〇〇人弱の子どもが通う中規模校です。就学援助の受給率のこの五年間の急増は、特にマンションや一戸建ての家庭の就学援助の受給が大幅に増えたことによるものです。因みに、私が勤める小学校がある市で、二番目に受給率が高い小学校は、閑静な住宅地にある小学校で、一〇年ほど前までは就学援助には縁がなかった小学校です。同じ家庭であっても昨年度の収入の落ち込みが大きかったこと、特に、若い保護者の「低収入」が増加しています。


ふとんにくるまって暖をとるB君

 あるクラスの、茶髪のB君の話をします。去年の一月、こんなことがありました。「うちはストーブもないから寒い。ずっとふとんにくるまって冬休みを過ごした」―冬休みの宿題を提出していなかったB君といろいろなおしゃべりをしている中で語った彼の言葉でした。

 親が弁当を作らない、作れないことから、B君は当初は春と秋の遠足、そして運動会にも参加しませんでした。昨年からは弁当とお茶、そして体操服を学校が用意することで遠足や運動会に参加するようになりました。このB君とあと二人の子どもが家庭で朝食が用意できないことから、学校で用意したパンやおにぎりを二時間目の授業が終わった後に食べています。こうしたことは、数年前にはなかったことです。

 今の小学校では、「子どもに充分な食事を与えない」「掃除や身の回りの世話をしない」などの育児放棄、子どもへの暴力による虐待、親による子どもへの喫煙の強要、いわゆる「モンスターペアレント」への対応、また、授業では低学力問題などなど、これまで経験したことがない質の困難に、教職員が日々追われています。そして、これらの困難と向きあっていった時、背景に今日の貧困が絡んでいることにつきあたります。

 また、保護者とのかかわりが深まる中で、保護者自身が子どもの頃に育児放棄や虐待の体験をし、深く心が傷ついてきたこと。子育てのイメージや料理や洗濯、掃除など家庭生活を営む技術を持たずに親になっているというケースも珍しくありません。ネグレクトの「世代間連鎖」という問題も深刻で、そうした親への社会的な支援の必要を痛感します。

 今日の「子どもの貧困」を打開していくためには、就学援助制度の拡充や学費の無償化などの経済的な支援や福祉の側面が重要であることは言うまでもありません。絶対的な貧困生活の中で、今日・明日の暖房や医療、食事の不安にあえぐA君やB君の生存権を守る社会的制度の確立・拡充は急務です。生存権をはじめとした子どもの権利を社会的に守るという点で、政治のあり方が根本から問われる状況に立ち至っています。


「ダメな子なんていない」

 貧困問題が直撃しているA君やB君に限らず、生活や学習への意欲の問題は今の日本の子どもたち全体がかかえているということを各種の国際的学力調査でも指摘しています。自主的に勉強をしない日本の子ども、自己肯定感が低 い日本の子どもなどとして。そうした中にあって、経済的な貧困の中で生きている子どもたちの場合、生活や学習に意味を見出せないという状況はいっそう顕著であるように思います。

 たとえばB君は、家族や家庭での生活を自分から一切語りません。「ごみ屋敷」となっている家とその生活は、隠したいもの、無視したいもの、あるいは自己責任によって甘受すべき惨めな現実としてとらえられているのです。B君が、現に生きている生活を見つめ、自分の尊厳の意識を回復することなく、B君の生活や学習の本当の意欲は育たないのではないでしょうか。ましてや、競争や管理によって「意欲」を喚起させようとする企ては失敗するにちがいありません。

 「ダメな子なんていない」―学級の仲間とともに、生活を見つめ、書き、語り合うという教育が、今本当に大切になっています。そのためにも、学級を解体する少人数授業や習熟度別指導ではなく、制度として、無条件・一律の「三〇人以下学級」が必要です。


子どもも父母も教職員も「呪縛」の日々

 この一年、小学校の現場は新学習指導要領への「移行」期間に突入して右往左往しています。

 私が勤める小学校がある市では、たとえば四年生の場合、水曜日以外の月・火・木・金が六時間授業になりました。三年生の時は木曜日だけが六時間授業だったわけですから、子どもたちにとって、たいへんな学習負担の増加です。それ以上に負担になっているのは、算数と理科を中心に、学習内容がドッと増えたために、特に算数は無理無茶なひどい状況になっています。

 全国いっせい学力テスト、京都府学力診断テスト、国語と算数についての「基礎学力診断テスト」、そして、市販のテストなどの「学力テスト体制」、教職員評価制度、学校評価システム、「週案」の提出強要など、新自由主義による「評価」と管理・競争システムと「自己責任」のイデオロギー攻撃の中で、多くの教職員は過労死ラインの長時間過密労働を強いられています。

 こうした呪縛ともいえる状況を転換させるためにも、あらためて子どもの権利保障という観点や教育の目的を「人格の完成」と明確に規定した旧教育基本法の観点が重要になっているのではないでしょうか。言葉を代えれば、子どもの実態から出発した教育づくり、学校づくりが大切になっているし、その可能性も広がっていると私は思います。

 現在私の学校では、算数を重点研究の教科にして二年がたちますが、その中での実践が昨年の全国教研の算数・数学分科会で京都代表レポートとして報告されました。低学力問題に苦闘する日々ですが、子どもたちを一旦下校させ、夕方再登校の「放課後塾」を開講するなどの学力保障の実践も試みています。子どもたちの実態から出発する中で、ささやかながらも教育実践と研究の自由を獲得してきたといえます。


子どもの声に耳を傾け、願いを読取る教師へ

 最後に、私は「子どもの中に情勢を読む」という子ども観を先輩たちから学んできました。「子どもの貧困」問題に象徴されるように、今、教職員が今日の情勢から子どもをとらえる力量が求められています。こうした子ども観や力量が多忙さに負けて摩滅していった時、改悪教育基本法の流れ、「ダメな子」「ダメな親」を切り捨てていく流れが加速していくのではないでしょうか。

 二〇坪の教室から仲間といっしょに地域に家庭訪問に足を踏み出すとともに、二〇坪の教室でこそ子どもが安心して本音を語り、学び合える仲間づくりを、そして子どもの声に耳を傾け、願いを読みとる教師へ、あと私の場合五年しか残っていませんが、がんばっていきます。


【本文は二月七日に京大会館で行われた教育府民会議 『教育のつどい』での報告を要約したものです。また、通信42号にに掲載されたものから事務局の責任で一部編集をしています。】







京都教育センターの活動・2009年度総括




1.第40回京都教育センター研究集会

 昨年同様の時期、1月23〜24日の二日間にわたって開催されました。 「学校と教育に自由と民主主義を!」のテーマに、プレ集会では関谷健氏が「私が歩んだ戦後60余年の子どもの変化と教育」と題して講演。記念講演では「石原都政の異常な教育介入とのたたかい」と題して、元都立七生養護学校長の金崎満氏が裁判闘争の到達点もふまえて講演。パネルトークでは3人の青年教職員がその苦労と喜びを縦横に語りました。1日目にはのべ140人、2日目の8つの分科会には130人の参加がありました。


2.公開研究会の開催

 事務局が各研究会とリンクして企画準備した公開研究会についてその概略は以下の通り。

(1)「新学習指導要領批判連続学習会W:高校での学力保障をどう見通すのか」5/21 26人参加

(2)「戦後、1950年代における教育運動・教職員組合運動を検証する」9/13  50人参加

(3)「子ども達の発達と科学的認識――人の進化と発達――」  9/26      17人参加

(4)「地域で育つ子どもたち1――本物体験――」  10/12          17人参加         

(5)「子どもの貧困と“荒れ”に立ち向かう」  11/27            17人参加 


3.教育研究集会などへの参加

 第59次京都教育研究集会には共同研究者としてのべ58名が参加し各分科会での任務を果たしました。民主教育推進委員会には26人(5/9)、20人(9/12)、25人(11/1)が参加。


4.季刊誌「ひろば・京都の教育」の発刊

・ 158号(5/20) @学級集団づくりと教師の役割  A保護者と教職員の協同関係

・ 159号(8/5)   @子どもをどう捉え、豊かな成長・発達を支援するのか A教職員の研修

・ 160号(11/11)@発達障害のとらえ方と特別支援教育の今後 A地域における子育て支援

・ 161号(2/15) @教職員の葛藤と自己形成 A学校統廃合と小中一貫


5.出版活動

(1)「京都教育センター年報22号」を例年通り3月に発行。

(2)2006年5月に復刊した「センター通信」は4年目に入り、今年度も月刊ペースで発行。

(3)来年度、設立50周年を記念して「自民党府政下30年間の京都の教育」(仮題)と「早川幸生の歴史たまてばこ」の出版に向けての編集会議を11月より開始。


6.研究活動

 8つの研究会がそれぞれ独自に研究活動を展開しています。年間3回の拡大事務局会議でそれぞれの報告と交流を行っています。


7.資料室の整備・活用

 この間、関係者の尽力により資料室の整備がすすみ、卒論・ゼミなどの資料検索、閲覧に全国から学生が訪れています。故室井修氏、故有吉孝雄氏の遺族から貴重な文献・資料などが寄贈されました。


8.事務局体制

 事務局会議は(16名構成)は3週間に一回のペースで下記の日程で17回開催され、企画検討会(月一回)や拡大事務局会議(学期一回)も計画的に開催された。

代表:野中一也  

研究委員長:築山 崇 

「ひろば」編集長:春日井敏之  

事務局長:大平 勲 

――事務局メンバー――

  高垣忠一郎 市川 哲 倉本頼一 高橋明裕 中須賀ツギ子 倉原悠一 浅井定雄 西條昭男 中西潔 東 辰也 寒川正晴 佐野幸良


七生養護学校訴訟が勝利

  −−金崎満さん(センター研記念講演者)の処分取り消し−−

 最高裁は2月23日付けで都側の上告を棄却し、1,2審判決(停職1月と校長降格の分限処分取り消 し)が確定。処分は根拠がなく、裁量権の乱用と石原都政に厳しい審判下る。

新刊紹介
教育センター室でも扱っています

『思春期のゆらぎと不登校支援 U子ども・親・教師のつながり方』

 春日井敏之 著    ミネルヴァ書房  二八〇〇円+税

 U認め合う居場所とつながりの実感を  思春期・青年期の自己形成と支援のあり方、臨床教育の視点から双方にとっての支援の意味を問う。

『水源の里 綾部で文化を紡ぐ U中学生からの 地・生・輝 づくり』

吉田武彦 著     ウィンかもがわ 一五〇〇円+税

 地域の人々が支える学校、地域のにない手が育つ学校づくり。過疎の農山村地域で取り組んだ、未来に生きる豊かな学び。

『京都山科 音羽・大塚・音羽川 二千年の歩み』

       鏡山次郎 著     つむぎ出版 二五〇〇円(税込)

 ふるさと山科の二千年/中世の山科七郷と自治の伝統/音羽地域の二千年/幕末の山科史/四ノ宮地域の二千年/山科における戦争の爪痕を訪ねて/四ノ宮におけるまちづくり住民運動 他


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