トップ 事務局 京都教育センター通信
●京都教育センター通信 
復刊第38号
 (2009.11.10発行)

政権交代と新自由主義教育の行方

              京都教育センター 高橋 明裕



 政権交代が実現し、教育・子育ての分野においても新自由主義・小泉構造改革によってもたらされた「子どもの貧困」、教育格差を是正する方向での政策転換が日々報道されている。民主党がマニフェストに盛り込んだ「子ども手当て」支給、公立高校の実質無償化と私立校生徒世帯への助成のための財源確保が目指され、麻生内閣の補正予算の削減と新年度予算の概算要求が算段されている。生活保護の母子世帯への加算が復活することも予算に盛り込まれることとなった。また、導入された教員免許更新制が廃止される方向となり、全国学力テストも悉皆調査から抽出方式に切り替えられようとしている。これらは底の抜けた国民生活への手当てと、この間の教育改革の悪弊をただすものとして歓迎すべきことと思われる。

 民主党政権の評価については、民主党内では構造改革推進勢力と小沢幹事長に代表される利益誘導政治の民主党版、反構造改革・反貧困の諸運動の影響を受けている議員勢力の三者が財界と国民諸階層の間で綱引きをしており、国民の運動の力量が試されているという見方もある(『ねっとわーく京都』十一月号所収の渡辺治講演)。政権交代の好機を活かして貧困と格差を是正することが私たちの課題であることはいうまでもない。一方で小泉・安倍内閣以来行われてきた教育改革は、校長権限を強め学校評議員を管理運営機関とした学校の一種の経営体化と学校評価制度の導入であり、「特色のある学校づくり」を掲げた学校の多様化と学校選択制、それらを前提とした全国学力テストの実施と結果公表、保護者のニーズに応えた形での公立中高一貫校への予算の傾斜配分とその引き換えの学校統廃合という、格差と競争の新自由主義教育改革であった。その上、新教育基本法と教職員の多層化、免許更新制導入などによって統制と分断が強化されてきたのである。

 来年度にも実現されようとしている民主党政権の子育て・教育政策は困窮する国民生活への手当てとなったその上に、「子どもの貧困」をなくし格差と競争の教育を是正することになるだろうか。該当世帯へ一律の「子ども手当て」支給、高校教育にかかわる授業料相当額の世帯支給(高校授業料の無償化そのものではなく)では、高所得世帯出身者の難関公立校や有名私学進学へむけての学校外教育費への支出を一層有利にし、かつ低所得世帯出身の高学力生徒の進学競争を促進することになるだろう。本当に困っている家庭や子どもへ手当てをする意味では、「子ども手当て」の支給にあたっては所得格差をつけることが本来的であろう。学テの抽出方式化も報道によれば四割で、任意参加も許されるという。前述の学校評価と学校多様化・選択制の体制の下でそのような学テを継続することは、格差と競争の教育を転換することにはつながらない。民主党の教育政策では学校の多様化や、高校進路の多様化・複線化、あるいは教育委員会を見直して自治体の長に教育行政の責任を負わせることも目指されている。政権交代の好機を活かしつつ、それに幻惑されることなく民主党の新自由主義的な教育政策を総体として批判していく教育研究と運動が今こそ必要である。



青年と高校生の働く未来を求めて
〜進路指導室の就職相談担当者から〜

     水谷 徳夫(京都府立綾部高校)



作られた「不況」と貧困・格差社会の中で

 「百年に一度の」とか「サブプライムローンが」とか、他人事のように宣伝される人(政治)が招いた今回の構造不況、貧困と格差が平気でまかり通る社会で、高校生の就学と進路の奪われた実態が明らかになっています。進路指導を担う高校教員の悩みを紹介して、今後の課題を探りたいと思います。私の直面する課題は二つ。現代の青年の働き方、働かせ方の実態と、夢が描けない高校生の進路の現実です。


教え子の過労死

 一五年前、前任の工業高校で教えた生徒が、就職先の製造工場で「過労死」しました。府営綾部工業団地に「優良企業」として誘致されたばかりの「T綾部工場」に就職して四年後、週末の夜勤 明け就寝中に、誰に看取られることなく「急性心停止」により死亡しました。A君、享年二二歳。

 当時、この工業高校で分会役員をしていた私に、京都職対連(京都労災職業病対策連絡会議)から要請があり、いっしょに調査を始めました。聞き取り調査を進めていく内に、予想をはるかに越えた労働と職場環境の実態が次々と浮かび上がってきました。

 受注生産の即応体制で長時間過重労働もさることながら、真っ白になるほどの切り粉の埃が舞い、冷暖房は定時には切れる。立ちっぱなしで、力とスピードと精密さが求められる神経をすり減らす作業、その上に新入の派遣社員を指導しながら自分の仕事をこなしていくという毎日。心身ともに超過酷な労働実態が、同僚社員から明らかにされていきました。そして、彼の過労が頂点に達したと思われる頃には、土日の休みに友達との約束もやめて、ひたすら家で寝ていたという家族の話でした。「こんな働き方していたら、過労死するで」と言っていた矢先の出来事だったのです。

  同じようなことは、今年卒業して地元製造工場に勤務したB君にも起きています。社長の横暴と管理強化に耐えかねて、青年が次々と退社しています。彼は「とにかく辞めることはしない。労働組合を作らなければ」と言ってきました。「車に乗りたい」「リッチな生活がしたい」など、金が欲しいという気持ちと、安く働かせるという経営側の要求が、奇しくも一致しています。このことは、不況の中で「子育て真っ最中」や高校や大学へ行かせている保護者世代にも同じことでしょう。

 一〇月になって、「T綾部、三月で工場閉鎖!」の二ユースが駆け巡りました。地元百人以上の正規従業員の雇用が危うくなり、二百人の非正規従業員が契約打ち切られるそうです。税金でインフラ整備した工業団地に誘致され、「利益が上がらない」ので「もっと儲かる中国へ」、「労働者をとことんこき使い、過労死させ、儲けるだけ儲けて、はいさようなら」では、企業の私利私欲しか見えてきません。


夢が描けない高校生

 私はこの五年間、進路指導部で就職相談指導の仕事をしてきました。三年生の四月から、就職希望の生徒たちが毎日、 私との相談と面談にやってきます。公務員希望を入れると三〇人を超えます。「なぜ就職することにしたの?」と、まず社会への意識や抱負を確かめていました。でも、今はやめました。社会や家庭のひずみの中で、将来がほんろうされている高校生たちの生活実態が、いやが上にも浮き彫りになります。答えは一様に「進学するお金がありません。弟や妹を、高校に行かせるために、進学できません」ばかりです。だから今は、「そうか、就職するのか。偉いなあ。みんなより早く自立するのだね」という励ましから始めることにしています。ここ一、二年で、本校で起きたいくつかの事例を紹介しましょう。

 その一。卒業式の前日に「合格体験記」を書いてもらおうと頼んだ女生徒が、いきなり泣き出して「私には、夢も希望もないのです。家に帰ればストレスばかりやし、学校へ来れば、みんなは楽しそうにしていて、卒業を前にして私だけが取り残されたみたいで・・・」と。訳あって家庭離散、母子三人が実家に身を寄せて暮らしている彼女の「夢も希望もない就職」を発見してしまいました。

 その二。スポーツマンの彼は、昼休みのたびに来ていてしばらく来なくなったのでたずねたら、「もういいの。フリーターする」。夢を家で話したら、「そんな金はない」とケンもほろろに言われたのでした。

 他にも、大学に合格していながら、親が学費やアパート代にびっくりして、やめさせた例もありました。親の忙しい生活は、子と話す時間やゆとりを奪い取り、ましてや「お金」のことになると、すぐに話は途切れてしまいます。「夢」を語るところにまで、とてもたどり着けません。

 教職員仲間の不調和も問題です。ある懇談会の中で、母親が学校の制服のセーターやべストが高価なので困ると、経済的事情を訴えているのに担任は「制服は綾高の生徒として誇りを持たせるもの」と説明したというのです。学校がいかに社会の実態からかけ離れた存在にあるのか。議論のできない忙しさ、強化された管理体制に支配されているかが、解かります。このような母親に対しては、「とにかく校長に直接出会って、多くの保護者の声で訴えてほしい」というのが精一杯でした。


高校生とともに夢を描く

 「教え子を再び過労死させない。過労死する職場に送らない」。「生徒が夢を育てる進路指導」。これが私の信条です。A君の過労死認定裁判も、いよいよ山場である原告側証人尋問に入ります。私のかつての教え子も証言台に立ちます。青年の働く未来を左右する大きな闘争です。全国に支援を要請しているところです。

 高校生とともに夢を語るという、私の仕事は社会の実態を反映して、やりがいのある仕事です。政権交代で、高校授業料無償化の動きも急速に進んでいます。「三〇人以下学級と教職員定数増、教育諸条件整備」の運動とともに、雇用を増やすこと、「働き方・働かせ方」の社会構造の改革が、高校生の夢を実現することとになります。

 入社内定後に勤務地変更を余儀なくされ、泣く泣く関東の工場へ行ったCさんが、上司にさんざん訴えて地元に戻させました。ワンマン社長の経営管理のもとに苦しんでいるD君。「辞めないで、とにかくがんばる」と、私の紹介した大阪府下の全労連傘下の労働相談センターと連絡を取りながら取り組んでいます。ものを言う労働者として育ってくれている青年たちは、高校で学び得たことがその素地になっているものと確信しています。


注:この記事は「京都教育センター通信」から紹介しています。個人情報保護のため、一部氏名等は省略しています。(事務局)






地域での、子どもの居場所づくりで「希望」を育む!

10/12 公開研「子どもの発達と地域研究会」報告



  3連休最後の午後に開催された研究会には約20名の参加があり、西尾直子さん(京都子ども勉強会サポートクラス担当)から「子ども達の居場所づくり――“本物体験”を通して」をテーマにした講演がありました。西尾さんは自ら子育てに関わりながら「子ども勉強会」の青年達とともに課題を持った子ども達の夢を育てる体験(水晶採掘や○○など)を通して、学ぶ意欲を喚起しやさしく成長していくプロセスを語られました。参加者の多くは「会」の青年リーダーをはじめ地域で子育てに関わる方々で、報告と討論で教訓と確信を得ましたが、学校教育に携わる教職員などがこうした実践から子ども観を豊かにすることが求められることを痛感しました。

[参加者の感想]

・ 勉強会で講師をしていますが、今日は「十人十色」を生かしながら子ども達にどういう接し方をして心に接近し、子どもの生活や心にどんな変化をもたらすのかを考える時間になりました。(岩田) ・ この研究会で男の子の生活と発達をテーマに取り組んで頂けませんか。ほんまに男の子が大変だと感じています。あと「家庭塾」の報告も聞きたいです。(S)

・ お話をさせて頂いて有意義な時間が持てました。いろんな方の意見や活動ぶりを聞き、励まされ、自分の思い、大事にしたいことが再確認できました。今後も頑張っていこうと思います。(N)
新刊紹介
教育センター室でも扱っています

『思春期のゆらぎと不登校支援 U子ども・親・教師のつながり方』

 春日井敏之 著    ミネルヴァ書房  二八〇〇円+税

 U認め合う居場所とつながりの実感を  思春期・青年期の自己形成と支援のあり方、臨床教育の視点から双方にとっての支援の意味を問う。

『水源の里 綾部で文化を紡ぐ U中学生からの 地・生・輝 づくり』

吉田武彦 著     ウィンかもがわ 一五〇〇円+税

 地域の人々が支える学校、地域のにない手が育つ学校づくり。過疎の農山村地域で取り組んだ、未来に生きる豊かな学び。

『京都山科 音羽・大塚・音羽川 二千年の歩み』

       鏡山次郎 著     つむぎ出版 二五〇〇円(税込)

 ふるさと山科の二千年/中世の山科七郷と自治の伝統/音羽地域の二千年/幕末の山科史/四ノ宮地域の二千年/山科における戦争の爪痕を訪ねて/四ノ宮におけるまちづくり住民運動 他


京都教育センターホームページにアクセスを


  http://www.kyoto-kyoiku.com  検索「京都教育センター」

 京都教育センター事務局や公開研究会の活動をはじめ、センター通信、季刊「ひろば・京都の教育」、教育センター年報、研究集会、教育基本法に関する様々な資料など、多彩な情報を提供しています。


「京都教育センター通信」「ひろば京都の教育」をご希望の方は、電話またはファックスにてご連絡ください。
トップ 事務局 京都教育センター通信