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教育行政の視点
いま問われるものはなにか

               室 井  修


 第二次世界大戦後、わが国は戦前の教育の国家統制についてのきびしい反省の上に、日本国憲法・教育基本法(以下、憲法・教基法という)の民主的理念に則った教育行政をうちだした。教育が真実と平和に忠実であり、個人の尊厳を重んじた個性豊かな人間を育成するには、教育の営みにとって不可欠な高度の自主性、創造性と科学性、専門性こそ最も尊重されなければならない。このことが歴史的にも教育への権力の「不当な支配」や強制の禁止を導きだしたのであるし、同時に「国民全体に対し直接責任」(教基法一〇条)を負った教育の保障という積極的な意味をもつことになったのである。かかる自覚に立って教育行政は教育に必要な諸条件の整備確立を基本的任務としているのである。
 
 しかし現実はどうか。一九五〇年代後半以降、国の教育政策が教育統制への傾斜を強める中で教育行政の中央集権的支配と官僚統制を本質とする学校管理体制の強化、教育内容の国家統制が促進されてきた。こういう状況の下で各府県の教育行政においてもその自主性・主体性を失い、国の反動的な政策に追随するところが多くみられ、そのことが学校教育の荒廃をもたらす原因になったり、民主的な教育実践に日夜とりくんでいる教師の教育の自由を阻害することになっているところが少なくない。この点については京都においても例外ではなかった。しかし京都では戦後まもなくして革新府政をはじめ、一定の民主的な自治体の確立と教育運動や民主的な労働運動の発展とあいまって、紆余曲折しながらも京都における民主的な教育行政の前進をかちとってきた。
 
 一九七八年、保守府政への転換後、いままた教育行政の反動化が周知のように顕著になっており、一部の政策(高校教育制度の改変など)では臨教審路線の先取りと思われる施策がとられており、学校現場に対しても、学校管理規則をはじめとするさまざまな権力的な施策が多くの教職員、府民の批判を浴びつつ強行されてきている。以上のような京都の教育情勢の中で子どもと府民に責任を負う教職員は、過去の先輩たちのたたかいや、かつてつみあげてきた民主的な教育行政のすぐれた教訓をいまこそしっかり学びとり、現在に活かす必要があるのではないか。このような観点にたって、ここでは本書からうかがえる教育行政面における特徴的な視点を中心にのべることにする。
 
 まず一つは、子ども・府民・教職員の教育現実に常に目を向け、それぞれの権利をどう保障するかに、教育行政がその基本的立場を求めようとしていることである。このことが随所にみられるのが特徴的である。「地域のくらしと子どもの教育」の結合、「子どもと教師の体の臭いがしみつくような行政」(「体臭行政」)、「地域ぐるみで、すべての子どもたちの教育を」、「私たちにとって子ども以上の教師はない、従って現場の教師以上の教師はない」、「府民にバックアップされず、教職員の協力なしに」教育行政はありえない、「自信をもって教室に臨めるような援助をするのが教育委員会の使命」などがそれである。
 
 これらは文部省の教育統制の強化のもとで、しかもそういう状況下ではとかく生じやすい教育ないし教育行政のあり方をめぐる多様な意見の相違や対立の中にあって、府民や教職員、教育行政当局が子どもの教育保障への責任をそれぞれどのように果たしていくべきかの合意をはかっていく上で問われる共通の土台となるものである。
 
 第二に憲法・教基法の民主的理念に立脚することの重要性である。第一の視点に立って教育行政をすすめる上でその法的なよりどころとなる根本法は憲法・教基法であるからである。憲法・教基法の基本理念を深く捉え、それに立脚した教育行政を推進していくことにかかわって、例えば当時の府教委が複雑な場面に出くわしながら教育行政の責任の基準を実践的に承認していった発言、つまり「意見が異なるとき、複雑な場面があるとき、そういうときこそ、我々のチューニングする基準は何かを考えて、それが教育基本法である」との発言には強く同感をおぼえるものである。
 
 以上のような視点から戦後教育行政の原則が、京都ではどのように具体化されようとしたか、その具体的なとりくみ、行政施策における展開には他府県にうかがえない特徴が認められるのではないか。例えば教育・教育行政の自主性および自治の確立への努力(文部省の教育課程・学習指導要領・指導要録の改訂や学校管理規則・勤評政策などへの対応、学校・教師の教育活動の自由の尊重など)、高校三原則(小学区制・男女共学制・総合制)の堅持、教育行政の一般行政(知事・市町村長)からの独立と正しい協力関係、教育委員会(公選・任命制)の民主化の追求(公選制のよさ、教育委員会の公開制、各種審議会の民主的構成と運営など)、教育委員会と組合との関係(組合は民主化のかなめなど)等々がかなり多面的に言及されているが、そこで話されている内容は、成果や課題・問題点を含めて今日、京都府下において議論ないし争点になっている教育・教育行政上の問題に正しく適切に対処・解決していく上で、関係者にとって学ぶべきことが多いのではないかと思う。それはまた京都のみならず全国の同じような問題を考える上でも教訓とすべき点を多く含んでいると思われる。
 
(和歌山大学教授・京都教育センター)
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