事務局   2014年度年報目次

第2部 教育センターと各研究会の年間活動
学力・教育課程研究会・2014年度の活動のまとめ

                市川章人(学力・教育課程研究会事務局)

 

T 2014年度の活動の方針

(1)これまでに引き続き、改訂学習指導要領と評価の問題点と改善の展望を明らかにする。

(2)子どもの学力や生活の実態と変化を各種の調査結果を収集して明らかにする。

(3)教科書の検定、高校・大学の入試制度など、新たな教育政策や制度変更が進められることを踏まえながら、教育課程編成の課題を引き続き検討する。

(4)学期に一回の例会を計画する。各種民間研究会と合同して研究会を例会として開催する。

(5)部会のニュースの発行を続ける。「資料配布」も会員から情報提供を受けて積極的に進める。


U 総括

1.部会の研究会活動について

 例会はと事務局会議合わせて5回行ったが、参加者は事務局メンバーが中心であった。会員への部会ニュースは今年度も一部資料の配布以外は発行できなかった。

 公開研究会は計画通り2回行い、センター研究集会の分科会もとりくみ、それぞれ充実した報告がなされたが、報告数を欲張って多くしたため、議論の時間が不十分であった会もあった。11月公開研究会ではESの学生からの報告など、新たなとりくみもできた。

(1)第1回公開研究会について(6月15日、18名参加)

テーマ「子どもたちの実態を明らかにして課題を克服する学力保障の取り組み」

小、中、高校を見渡して子ども達の実態や課題を把握し、課題を解決・克服する実践を探る。

@ 基調報告・提起:「教師が子どもの実態をもとに力量を高めていける職場とは」鋒山泰弘

 今の学校現場は、「教師が育ち、力量を高めていける場になっているか」という観点でみたとき、どのような課題をかかえているか、教員評価や子どもの評価の問題を中心に提起。人事査定と結びついた「評価」が、子どもの内面をつかむ余裕と教員間で語り合う余裕を奪っている現状を示す。

@)教師の教育評価の力量が育つ現場に今の学校はなっているか

ア.子どもと向き合う時間のなさ。とくに、若い教師、初任者研修や会議で追われる。

イ.「生徒指導力」について自己責任的圧力。若い教師から「力量を高める時間」を奪う。

A)子どもの「困った言動」と「教育評価」

「かたちを整える指導」が若い教師から子どもの言動を深く理解する余裕を奪っている。

B)校内の授業研究の進め方と教育評価

 教師たちも実践を公開・批評・創造し合うという意味での「学びの共同体」の構築が必要。

【参加者の感想・意見】

・ボランティアで小学校に行くが、一番強く感じるのは学校がチームとして機能していないこと。「形を整える指導」も多い。/若い教師は様々に悩み、遅くまで仕事で追い詰められている。

A 実践報告1:「豊かに育つことと学力保障のつながりを改めて考える」得丸浩一(小学校)

 PISAのために、テスト対策に時間が割かれ、PISAに特化した「業者」製の授業内容が増え、教師の自主性を奪い、教育を貧しくさせている。これらを踏まえながら、子どもたちの姿を学級通信(一枚文集「まだ見ぬ山」)の取り組みを通して紹介。

@)保護者への文・・・子どもたちに教えたいこと、教師の仕事の中心は「世の中にはおもしろいことがいっぱいある」ことを具体的にわかり、感じてもらうこと。その過程は一方通行ではなく、子どもと私、保護者、地域の方も交えた輪の中で実現すると思う。

A)作文が上手になりたいという子どもに・・・書きたくない、思ってもいないことを「上手」に書く子どもになってほしくない。心が動いた事実をそのまま書くことを大切に。「文章の質」は「書きたいこと」と自分との関係の強さにある。「書きたい!」と思うような暮らしを。

B)子どもの複雑な思いが吐露され、それを知った他の子どもたちが人を思いやる様子を紹介。

C)「5年生の学習の中での時間不足に苦労しながらも、一枚文章は作り続け、読み合う時間を確保し、読み聞かせも続けています。ここが最後の砦だという気がするから」(得丸先生)

【参加者の感想・意見】

・子どもとらえる感性とやり取りが素晴らしい。/「命に寄り添う」ことを見事に実践。/ADHDや自分を必要のない人間と考えている子の居場所確保のために、書く・読み合うことが有効。

B 実践報告2:「公立選抜制度改変に伴って起きている問題」宮本政和(中学校)

@)中学生の進路にかかわって〜公立選抜制度改変に伴って起きている問題

ア.前期選抜受検者の増加、高倍率、普通科で顕著。

イ.中期選抜の倍率上昇、普通科単独選抜により高校間格差顕著、不合格者大幅増。

ウ.普通科の入学先は、通学圏全体に(出願先が多岐に)。・・・「地元の高校」に通えない。

エ.私立受験者数(専願・併願)の増加 私立併願合格校が入学先となる生徒が増加。

A)中学校現場で起きていること

ア.前期選抜で「不合格」を経験する生徒増加⇒中期までモチベーションが保てない

イ.生徒・保護者への情報提供〜確認プログラムの結果(全市の順位)や希望倍率の公表

ウ.情報提供のための教職員の事務の多忙化

【参加者の感想・意見】

・子どもの心のケアをないがしろにし、先生方の苦悩が目に浮かぶ。/多くの子どもが早くからあきらめるとは。/子どもも教師も保護者も大変、子どもの生き方や学力保障とは程遠い。

C実践報告3:「新入生の実態と高校の課題について」島貫学(高等学校)

@)2000年代中頃に現れたS高校での変化

ア.1学期途中における成績不振者の増加(評定「1」及び欠課時数過多の数)

イ.授業への集中度の低下、家庭学習時間の減少、ケータイ・メールへの依存、睡眠不足

ウ.不振者数の激増をどう見るか?:6年の2年、1年生は新学力観の小学校教育を受け、「3割削減」中学教育を受けて来た中で、生徒の学習観が変わってきているのではないか。

エ.生徒の学習観の変化⇒「知識・理解」の軽視傾向、単位修得制度の理解不足

オ.S高校だけでなく、各校でも「基礎学力の定着度」調査で同様の傾向が見られた。

A)学習の躓きを回復するための「学び直し」と学ぶ意義を語り、「わかる授業」の創造が必要。

B)「現代社会」の授業での生徒の感想から・・・「現代社会は幅広い知識を身につけて、いろいろな考え方をもって今ある問題をよく考えた上で解決に結びつけるのに役立つ」などその効果が感じられた。現代社会を生きるための市民的国民的教養を修得させるために、生徒の持っている知識の量と質の特徴をしっかりと踏まえ、学習目標を明確にした授業プランを練りあげて実践するならば、生徒に深い認識をもたらすことができるのではなかろうか。

(2)第2回公開研究会について(11月16日、15名参加)

 小・中・高の教育を経て子どもたちはどうなったのか?大学のあり方を含めて、学生の学力実態にも目を向け、小・中・高の教育課題を鮮明にしようと公開研究会を実施した。

@ 基調報告・提起:「大学教育の多様な実態から考える学校教育の課題」鋒山泰弘

定員確保のために基礎学力に課題をもつ学生を多数受け入れている大学から、高い学力を持つ学生をグローバル人材に育成することをめざす大学まで、多様な大学教育の実態から、小、中、高校の教育の課題として何が見えてくるのか。

 その中でとくに「マージナル大学」論(居神:2010)を取り上げ、ノンエリートを社会に供給する機関としての大学を論じる新概念と教育に関する考え方が紹介された。ノンエリート大学生の実態が、「公共的な職業訓練を受けるのに最低限必要な学力水準に到達していない」という認識(学力)の遅れや関係(社会性)のおくれも深刻なこと。大学を「学習者としての主体性の回復を望めるラストチャンス」と位置づけ、学習経験と読書などにより、学び習慣をつけて「職場での学習能力」を育てることを重視。「ブラック」でない企業に「雇用されうる能力」を目指すために「労働者としての権利に関する知識が不可欠」であること。また、教員は、学生たちの初等教育内容の「わからなさ」に目を向け、それに「つきあう」必要性も示された。

 一方、「高偏差値大学」については、「大学における学生の学習成果を規定するものは、一定の学力水準さえあれば選抜成績や受験学力の差ではなく、入学初期に大学の教育により習得された学習能力」とする初年時教育の意義を述べた論(九州大学前副学長・柴田洋三郎)も紹介。

A 実践報告1:「大学教育を進めるにあたっての基礎学力」 小野英喜

@)問題意識:専門科目を教えるにあたり、最初に「基礎学力診断テスト」を行う。これは、講義が理解できる基礎学力があるかを調べ、教材作りに生かし、さらに、卒論や大学院で研究する発展的な理解と考察ができるような問題提起や学習内容を準備するために行われた。

 学生の学力水準は極めて低く、この6、7年毎年講義内容を詳しく丁寧にしないと学生の理解が極めて厳しい。大きな原因は、学校週5日制と1998年学習指導要領の改訂での小中高の全領域で学習内容の30%削減。極端にいえば、中学卒で大学に入学したともいえる状態。

A)「基礎学力診断テスト」(診断的評価)の例

 大気汚染などを扱う際、大気の組成等の理解が前提だが、酸素の割合を約半数が誤答。二酸化炭素の割合が1%以上という答が35%も。水分子の化学式又は構造式を書けたのは55%。

 パーセントの計算ができたのは27%しかなく、環境汚染問題を量的にとらえることが困難。

B)どうすればよいのか

ア.すべての高校生に基礎物理、基礎生物、基礎化学、基礎地学のそれぞれ2単位を習得させる。自主編成などで、原子量、密度、mol/L、ppm、ppb、mg、μgが学べるようにする。

イ.その上に、3単位の物理、生物、化学、地学のどれかを学習できる教育課程を準備する。

ウ.騙されないための自然科学の知識と概念(科学的なものの見方)を育てる教科内容。

エ.大学教育で、リメディアル教育をカリキュラムに位置づけ、習得単位として認定する必要。

オ.文章を読む、漢字が書ける・話せる(表現する)などができる国語力をつけることも必要。

B 実践報告2:「授業を通して見える学生の今=教師・学生の眼から=」 中西潔

@)大学生に対する「ゆとり世代」・学力問題意識調査結果から抜粋(2014年11月)

ア.「ゆとり世代」はそれ以前に比べ学力がついていないと思うか?(「思う・少し思う」52%)

イ.「ゆとり教育」とよばれた教育は、問題があったと思うか?(「思う・少し思う」37%)

ウ.多様な大学入試制度は学生の学力に影響を与えていると思うか?(「思う・少し思う」74%)

エ.大学は自分で学ぶ場、知識の宝庫と考える場合満足。分かりやすい授業をと言う不満も。

A)授業を通して見える学生(教職課程)の今=教師の眼から=

・二極化する状況。スポーツ推薦入学の場合学力がついていない傾向。ESの学生は非常に高い学力。/“モンスターベアレンツ”ヘの警戒と恐怖心/「指導」と「介入」の混同

B)ES活動、大学生活を通して見える学生の今=学生の眼から=

学生の学びに対する意識の差を感じる。学びより、遊び、バイト。テストが易しいか、出席だけでOKの授業を選ぶ学生も。授業に出ないで「ノート」を買うケースもある。

C)大学の課題として授業のあり方を考える必要がある。

C 実践報告3:「40年ぶりに『学生(聴講生)』としてみた大学教育」 島貫学(元高校教諭)

40年ぶりに戻った大学が、立看もアジ演説もなく「静か」で「きれい」、カリキュラムでは、教養部が解体され、1年次から4年間の学部教育になり、授業は多様な「講義」形態が見られた。学習における理解度の深浅(特に再現性)を考えた場合、パワーポイント使用の授業、レジュメ授業には功罪があり、「自分のノート(レジュメ)」をつくることが重要ではないか。

 比較的よく授業に出席する、体制側イデオロギーにシンパシーをもつ学生が増えているようだが、学問を通じて自己の評価基準(価値観)をつくり上げる場にすることが大切。学生が「事実は何か」と「事実にどう向き合うか」(どう評価する)という姿勢をもつことも大切。

D 実践報告4:「中学校現場から〜生徒の学力と進路」 宮本政和

 指導要領の改訂に伴って、学習内容が大幅に増加するとともに発展的内容が追加され、すべての生徒の学力がそれに追いついているのか?一方で公立入試制度が大きく変わり、高校間の学力格差の拡大が現実の問題となる中で、中学校現場で感じていることを報告。」

@)中学校学習指導要領・理科の内容の特徴

 教科書は従来、1分野上下・2分野上下の4分冊だったが、学年ごとの3分冊になり、くらしの中の理科、トピックなどの“囲み記述”が大幅増加。発展的な内容も盛り込まれ、すべてを消化できる時間数ではない。“すべての生徒に基礎的・基本的な科学概念を習得させるための教科書”から、“現象面の表面的理解にとどまる生徒から、発展的内容を理解させ探究心を深めていく生徒まで、格差を広げる可能性をはらんだ教科書”へと変質した。

 経済発展と自然環境保全について、科学的にどういう立場で考えていくのか、という視点を持たせにくい内容。“生活排水”は取り上げるが“工場排水”に触れないように、社会的問題が、個人的な態度の問題に矮小化。 “原子力の利用”“放射線の利用”の記述はあるが、放射線障害などはあいまい。原爆投下や第5福竜丸等の水爆実験被害については全く触れない。
A)生徒の学力のようす

・学力格差が一層拡大、とくに低位の生徒は深刻(九九できない、小数点が付いた数値の引き算できない、筆算のやり方わからない、漢字にふりがな)

・数量を具体的にとらえる、表わすことが苦手(「1mをmmで表す」正答率で5〜6割・中3)

・割合や比で表わすことが苦手。計算力不足。グラフの読み取り、活用が苦手。

・さまざまな学習障害や心理的要因との関連もある。不器用さ(図形や文字の把握に困難、コミュニケーションがとれない、質問に固まる、潔癖症、プリントが切れない・貼れない)

(3)その他の研究課題のとりくみ

2011年度から当研究部会で取り組んだ原発・放射線教育は、少しずつではあるが越えて影響を広げている。2013年3月に「(旧)放射線副読本」についての批判と、私たちとしての「教材案」と「教科書を使った原発問題を教材に」の冊子を作成し、府下の全公立中学校の「理科教員宛」に郵送したが、その反響は期待していたものではなかった。しかし、2014年3月に文科省から新しい放射線副読本が出され、「原発安全教育」が一層学校教育をゆがめ、国民の安全を損なう危険を強めることに対し、あらたな批判文書を出して、様々な機会に配布し、取り組みの必要性を訴えてきた。この間、子どもの立場に立った原発・放射汚染教育が、学校としてあるいは個々の教師の授業として取り組まれるところが徐々に増えている。1月の京都教研では、大釜先生が国語の「情報リテラシー」の授業における「原発・放射線教育」のすぐれた実践を報告し、理科・社会だけでなく様々な方法があることを示された。


V 今後の課題と2015年度の方針と研究計画

 早期からの英語教育の導入など改訂指導要領に基づく教育課程と授業が実施され、また、PISAに影響された教育のゆがみも指摘されるなか、さらに実態を明らかにし、研究を必要としている。指導要領に基づく弊害とともに、経済的格差も加えて子どもたちの学力格差が広がる中、大学の学力実態も含めて、各学校で授業と子どもの実態を明らかにして、改めて国民的教養を形成する教育の在り方を追求することが重要である。全教科・全領域において道徳教育の押し付けなどに対し、民主的人格を形成する教育の探究も重要である。

 さらに、すべての子どもに学力を保障する教育を推進するためには、青年教職員の専門性、教育力量を高める課題が大きく、民主的な職場づくり、教職員の共同の構築の追求と合わせて、職場の現状を踏まえつつ、実践の交流と研究が必要である。


W 2015年度の方針と研究計画

1.部会の研究活動

(1)引き続き、改訂学習指導要領の問題点を明らかにして、教科書採択制度との関連も含めて改各学校の取り組みの交流を進める。

(2)子ども(・青年)の学力格差の実態を明らかにし、政府の政治的狙いと地域や家庭などの学習環境の要因との関係を、実態を踏まえて研究する。また、学力テスト体制が、より厳しくなり、各段階の入学試験の在り方と、基礎学力の関係を検証する。

(3) 厳しい管理統制が行われる中で、教育課程の自主編成をどのように取り組むかは、教科内容の自主編成と共に極めて大きな課題として実践を含めて交流・研究を進める。

(4)学期に一回の例会を計画する。学力・教育課程研究会を例会として開催する。

(5)部会のニュースの発行を再開する。

2.研究会の体制

【部会員】

天野正輝、市川章人、市川哲、井ノ口淳三、植田健男、大八木賢治、大平勲、大西真樹男、小野英喜、川村善之、柏木正、川地亜弥子、上中良子、久保齋、澤田武男、島貫学、田中耕治、中須賀ツギ子、中西潔、中村雅利、西原弘明、仁張美之、野中一也、平野健三、淵田悌二、鋒山泰弘、八木英二、我妻秀範、和田昌美

【事務局】

研究部会代表: 鋒山泰弘

事務局員:市川章人、大平勲、小野英喜、川地亜弥子、久保齋、島貫学、下田正義、中西潔、中村雅利、西原弘明、平野健三、淵田悌二、深沢司

 
 「京都教育センター年報(27号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(27号)」冊子をごらんください。

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              2015年3月発行
京都教育センター