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京都教育センター 年報25号(2012年度)

 -- あいさつ --

人間的感性に裏づけられた科学的認識で「地域に根ざす教育」を!

                京都教育センター代表 野中 一也
 

 第2次安倍内閣が登場しました。第2自民党と言われてもいた野田内閣でしたが、その潮流をさらに右旋回するウルトラ・ナショナリズムを本質とする内閣が登場したのです。インフレ物価上昇2%、アベノミクスとかの新語までつくってマスコミにも乗り、虚構を吹聴しています。そして、石原・橋本「日本維新の会」と裏と表でドッキングしようとし、憲法改悪を狙っています。

 教育では、基本的には財界の要求にそって新自由主義と新国家主義の教育「改革」を推し進めようとしています。具体的には、新教育基本法の「愛国心」の注入を意図しながら、「特色づくり」競争を煽っています。エリートを頂点にすえるピラミッド型配置構造に「人材」を流し込み、差別的序列化を推し進めようとしています。さらに自己責任論を振りかざして現場を強制的管理で締めつけ、結果を「監視」して統制するという手法を用いています。現場は人間的感性を殺して生きなければならない苦しみを味わいさせられています。

 京都教育センターはこうした流れに抗して研究や運動を続けてきました。私たちは京都という地域で暮らしています。「教育のつどい」で世取山洋介さんは、「7〜8割の人は地域で暮らします」と指摘しました。その通りだと思います。私たちは、地域で生まれ、育ち、地域で暮らしています。そして、地域・日本・世界を串刺しにして展望を見出しています。暮らしにくくさせられていますが、それでも地域で必死に生きています。その原点を確認したいと思います。

 そして憲法を改悪しようとするあらゆる動きに反対していきます。支配層は「押しつけられた憲法」だから改正しようといいます。押しつけられたからどこに行くのでしょうか。「天皇が元首である」憲法にすると言います。戦前・戦中への回帰です。

 私たちは、戦争放棄を内実とした永遠平和の「美しい日本」を理想とした憲法をもっています。安倍首相のいう「美しい日本」とは真逆です。私たちが世界に誇れる憲法の理想に共感し、感動して、人間的感性に裏づけられた思考でスタートをします。

 競争と管理で息苦しい教育と社会になっています。だから内面的に屈折して非人間的残虐行為に走りやすくなったりします。いじめ、暴力などはその典型だと思います。その背景の人間疎外と絡み合って残虐性は、病的なサディズム的攻撃性となって現れたりするのではないでしょうか。京都教育センターは、「つながりあって生きる」(集団主義)、「ものごとの本質がわかる」(科学的認識)、「どの子ものびる」(全面発達)の3つの原則的柱を提起してきました。フクシマ〈3・11〉を想起しながら、厳しい現実の矛盾を分析・総合し、憲法がもつ理想的世界を内心にしっかり抱いて、「峠のむこうに春がある」(元京都府知事蜷川虎三)という夢とロマンをもって、「地域に根ざした教育」実践に取り組み、未来に希望をもって未来を切り拓いて進んでいきたいものです。


 


青年教職員とベテランの学び合いが教育の未来をひらく

            京都教職員組合執行委員長 河口 隆洋
 

 滋賀県大津市でのいじめ起因するとされる中学生の自殺は、今日の学校や教育、教育行政のあり方について問いかけると同時に、子どものいじめの深刻な状況が続いていることを示しています。

 昨年末に大阪市立高校で部活動中の体罰によって男子生徒が自殺に追い込まれました。京都府内でも部活動中の体罰が相次いで明らかになっています。教育と体罰・暴力が相容れないことは明白です。部活動のあり方、勝利至上主義、学校の「特色づくり」競争などについても問われています。

 子どものいのちや「人間の尊厳」が大切にされていない状況がつくり出されています。人間らしく生活することを困難にするような非正規雇用が大量につくり出され、格差の中で競争社会を勝ち抜くための学校での「生き残り競争」が激化しています。人間らしく生きていくことの保障を「自己責任」で「学力」競争に求める現代の社会のあり方と、子ども・若者を追い立てる競争の教育が子どもたちを「自己責任」と孤立へと追い込んでいます。

 かつて教育基本法を改悪した「政権投げ出しの首相」が再登場しました。首相は「教育再生実行会議」を設置し、「世界トップレベルの学力と規範意識を身に付ける機会を保証する」ことを強調しています。子どもと教職員をさらに競争で追いつめ、学校現場に混乱しかもたらさないことが懸念されます。

 子どもたちの困難を共感的に受けとめ、子どもの声を聞き取り、憲法の理念を生かして、すべての子どもの成長と発達を保障する学校と教育の実現にむけた努力こそが求められています。そのような教育をめざして、いま府内各地の教職員組合で青年教職員とベテランがともに学びあうとりくみが広がっています。青年教職員の学びの要求や悩みに応えて、青年学習会や「マナビバ」、「先生の学校」など、青年教職員が語り合い、学びあう多様なとりくみをすすめています。そこに集まる青年教職員たちは、青年の実践からも学ぼうとするベテランの姿に対してリスペクトの念を抱いています。

 いま、府内各地で、このような青年教職員とベテランの響き合いが奏でられています。この響き合いの輪を父母・地域にも広げていくことは、京都の民主教育を前進させることにつながります。子どもたちの存在そのものが希望であることに共感し、ロマンをもって未来を展望できる学校と教育めざして、学びあい、語り合うとりくみが求められています。京都教育センターの変わらぬご支援をよろしくお願いします。

 
 「京都教育センター年報(25号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(25号)」冊子をごらんください。

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              2013年3月
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