事務局 2010年度年報もくじ
第1分科会
「貧困・孤立・競争をのりこえ、子どもを育てる学校づくりを考える」 ―子どもをとりまく実態と求められる実践・運動―

                  葉狩 宅也(地方教育行政研究会)


はじめに


 日本弁護士連合会は2010年10月20日、国会内で「子どもの貧困の根絶に向けて」と題する集会を開き、政府に貧困対策、とりわけ子どもの貧困について、積極的に取り組むように求めた。そうした「子どもの貧困」をめぐる著書や報道等が相次いで発信される中、社会の「貧困問題」とリンクしつつ、独自の実態とその解決のあり方について実践・研究・運動が応えていかなければならない状況にある。

 また、政権交代後1年以上すぎたが、改悪教育基本法制定から「教育3法改悪」を経て進められる新自由主義的教育改革がもたらす、「管理と競争」の教育政策に拍車がかけられている。 他方、国民の教育要求と私たちのねばり強い実践・運動におされて、公立高校の授業料無償化、私学への就学支援金、40人学級の見直し、教職員定数増の方向性など、教育条件を一歩でも前に進めようとする事態をつくり出している。

 私たちの目の前にある子どもの実態とその背景をていねいに捉えて分析し、交流することと、その成長発達を保障する学校をつくることの課題や方向性を明らかにしていくことが求められている。

 こうした問題意識のもと、分科会テーマを「貧困・孤立・競争をのりこえ、子どもを育てる学校づくりを考える―子どもをとりまく実態と求められる実践・運動―」とし、午前の分科会冒頭に葉狩宅也(地方教育行政研事務局長)が分科会の基調報告を行った後、本田久美子氏(全教副委員長)に講演していただいた。午後は奥村久美子氏(京教組事務職員部)、我妻秀範氏(府立高教組綾部高校東分会)、河口隆洋氏(京教組書記長)、山内よし子氏(日本共産党府会議員)の4本の報告を受け、討論を行った。


1.【講演】「憲法に立脚した教育政策への転換めざして」
                 本田 久美子(全教副委員長)


(1)子どもと教育をめぐって

 9月14日に文部科学省が公表した「児童生徒の問題行動など生徒指導上の諸問題に関する調査」によると、昨年度(4月〜3月)の小・中・高等学校の「暴力行為の発生件数」は約6万1千件と、前年度より1千件増加、小中学校においては過去最高の件数に上る。「いじめの認知件数」は約7万3千件と、前年より1万2千件減少している。「自殺した児童生徒」は165人。そうしたデータをどう読み解いていくのかを、子どもたちをとりまく状況と、学校の「評価・管理体制」の中での報告ということを重ねながら検討する必要がある。

 また、「教員勤務実態調査報告書」(文科省)によると、1ヶ月あたり平均一人あたり40時間をこえる残業と20時間をこえる持ち帰り仕事に追われている。病気休職者数は年々増加し、2008年度8578人(うち精神疾患による休職者数は5400人)にも上る。教職員の異常な働き方の実態は深刻さを深め続けている。

 貧困と格差拡大、管理と競争の中の子どもたち、長時間過密労働にあえぎ、管理と統制の中で息苦しく感じている教職員、経済危機で経済困難に陥っている親たち、そんな中での日本の教育と子どもの状況について、国連「子どもの権利委員会」は、6月20日付で第3回日本政府報告書に対しての最終所見を発表した。

 91のパラグラフからなる最終所見のうち、4つの紹介があった。

  19 近年の経済危機のもとで貧困が増加し、現在では人口の約15%が貧困であること、なのに子どもの幸福および発達のための補助金および手当がそれに対応して増加していないことを深く懸念する。

  20a 財政配分が、子どもの権利の視点から中央および自治体レベルにおける予算を精査することを強く勧告すること。

  70 本委員会は、日本の学校制度が並はずれて優れた学力を達成していることを認識しているものの、学校および大学の入学をめぐって競争する子どもの数が減少しているにもかかわらず、過度な競争への不満が増加し続けていることに留意し、懸念する。本委員会は、また高度に競争主義的な学校環境が、就学年齢にある子どもの間のいじめ、精神的障害、不登校・登校拒否、中退および自殺に寄与しうることを懸念する。

  71 過度に競争的な環境が生み出す否定的な結果を避けることを目的として、大学を含む学校システム全体を見直すことを勧告する。 これらの勧告をていねいに読み、運動につなげていくことの必要性を強調された。


(2)民主党政権の教育政策

 民主党政権が2009年総選挙で掲げた政策のうち教育分野は3つの段階を想定して、ある意味ではふらつきながら「階段をよたよたのぼっている」状況にある。

@貧困や格差、教育費、経費に関わる問題…  2010.4.1子ども手当、公立高校の授業料不徴収、私学等への就学支援金創設。そかしながら、教育費無償化などにはまだほど遠い。教材費、給食費などなど…。日高教「2010年度高校生の修学保障のための調査」によると、初年度保護者負担の平均額は、全日制19万2808円、定時制9万8957円。これとは別に通学費、部活動費など別途必要。給食費無償化のとりくみ、高校の就学援助制度の創設、給付制奨学金の創設など、国際人権規約・社会権規約第13条2項(b)(c)の留保撤回を軸に、教育費問題の世論を広げる必要がある。

A教員の質と量を中心とする問題…  「新・教職員定数改善計画(案)」の策定。この案では、1学級の上限を現行の40人から30年ぶりに30〜35人に引き下げるため、2011年度から8年間で教職員の定数を約2万人純増する。今年の文部科学省の概算要求に小学校1、2年生の35人学級にするための教職員定数増を決めた。しかしながら、「日本の元気特別枠」で政策コンテストにかけられ、「B判定」となる。最終的に17日、財務と文科の大臣折衝により、1年生の35人学級の実現という内容を予算案に盛り込んだ。300人の純増を含む2300人の定数改善を行なうとともに、加配定数の一部(1700人)を活用する見通し。この間実施されている都道府県・市町村での少人数学級を引き下げさせず、引き上げる取り組みにすることが大切。

B学校理事会や教育委員会のあり方などガバナンスの問題…  @、Aの課題が一定の方向となった段階で議論が始まると想定される。概算要求に「新しい公共」型学校創造事業(地域コミュニティ学校)のモデルの構築が新たにはいる。これは、地域ボランティア、民間企業の導入、地域を守り学校を子どもの教育の場だけでなく、地域のセンターとしての機能を構想している。「地域主権改革」と合わせて、批判的に検討していかなければならない。

 そうした、「実施された」ものの不十分さへの無自覚、今後の重点課題を取り巻く状況の不透明さなどに目を配りながら、私たちの要求実現のための運動を継続していきたい。


(3)地域・草の根から教育の共同をどう前進させるか

@憲法・子どもの権利条約にもとづいた教育をすすめるために、教育を国民自身で創りあげる運動を  

Aゆきとどいた教育をすすめるための条件整備の運動を  

B人間らしい生き方のできる社会を

 「子ども参加、父母との共同の学校づくり」という課題を正面に据えて、「子どもたちにどんな力をつけるか」「どんな大人になってほしいのか」などの論議を重ねながら、前進させていくことが求められているということを強くよびかけられた。


2.【報告@】「『子どもの貧困』の実態と就学援助制度」
                 奥村 久美子(京教組事務職員部)



 京都の子ども達の現状を学校事務職員として感じるところからの報告。給食費や学級費の徴収状況と日々の暮らしぶりとのギャップからともすれば、子どもの貧困というよりも保護者の意識の問題へと転嫁しがちになりがちである。そうならないように、現在の経済状況をふまえる必要がある。

 子ども達の就学を保障する手立てとしての就学援助制度については、その実施主体が各自治体になっている。準要保護部分への国庫負担が切り捨てられたことにより自治体間格差がより拡大している現状がある。京都府下の各自治体毎の就学援助の状況を「お知らせ」の分析から報告する。分析のポイントとしては、「この制度がきちんと周知徹底されているのか。」「制度を受けようとした時にスムーズに受けることが可能なのか。」「給付内容について」等とした。

 今後「無償教育」という視点からこれらの分析結果をどのように運動化していくのかが課題と言える。

 「就学援助制度」について憲法26条を元に考えるという方向性を持っていないのかという参加者からの指摘があった。


3.【報告A】「『高校生の実態』と高校教育の課題」
                 我妻 秀範(府立高教組綾部高校東分会)



 高校生の就職問題が大きな社会問題となっている。求人数が大幅に減少したことによって、生徒が希望する業種・職種への受験が極めて難しくなっている。特に女子が厳しい状況。また真面目でおとなしい生徒は成績が良くても不調になる。コミュニケーション能力と即戦力が求められている。

 生徒の進路が厳しい状況のなかで、さらに支援を必要とする生徒には厳しい状況になっている。高校における特別支援教育は、2006年以降ようやく具体化されるようになってきた。現状としては、教職員の理解が拡がり、課題のある生徒を把握し支援する体制が整備されてくるようになった。また、外部の専門機関との連携が一定前進してきた。このような状況を一人の生徒との関わり・とりくみを通しての報告。

 一定前進してきたといっても、まだまだ対応が担任任せになっている現状。青年期の生徒に対する指導・援助についての構築が必要。関係機関との連携がまだまだ不十分で組織的対応が難しい。そして、高校卒業後の支援についてはほとんど手つかずの状況となっている。発達障害のある子ども・青年を支援する体制づくり。彼らの就労保障のための各機関の連携が必要となっている。

 高校中退すると、不安定就労しか機会が保障されない。中退者中の母子家庭比率が高く、困難を抱える家庭がさらに困難を再生産せざるを得ない構図がここにある。

 すべての青年の進路を社会としてどのように保障させていくのかが問われている。


4.【報告B】「京都府の『教育振興プラン』を検討する」
                 河口 隆洋(京教組書記長)


 改悪教育基本法第17条により、教育振興基本計画の作成が各自治体に求められた。現在37の都道府県・政令市が作成済。28の都道府県・政令市が作成予定という状況。この教育振興基本計画は、政府による教育介入をねらうものであり、経済効率主義・新自由主義的発想を教育現場におしつけるもの。

 京都府の現状は、「京都府教育振興プラン検討会議」を2009年11月から開催し、2010年10月に「中間案」に対するパブリックコメントが募集され、2010年12月の臨時府教育委員会で決定予定。

 内容上の主な問題点として@現状分析が一面的であり、現状に対する処方との食い違いA教育の目的を人格の完成ではなく「人材の育成」としていることB「明日の京都」中間案(府政運営の基本)に引きずられている問題、特に数値目標の設定が多岐にわたってみられることがあげられる。内容的には、問題点も多くあるが、教育条件整備にいかせる点(少人数授業・学級の拡充、専科教育、父母の経済的負担の軽減等)も見られる。

 「教育振興プラン」の問題点を教育の条理にたって批判し、学校教育への介入をさせない立場で対応するとともに、「教育振興プラン」の「使える部分」をいかして教育条件の改善や教育の充実につなぐことが重要ではないかという視点で今後のとりくみが必要。


5.【報告C】「京都府教育振興プラン策定の経過と議会論戦、問題点について」
                  山内 よし子(日本共産党府会議員)



 2010年3月に示された第1次素案の特徴は、目指すべき人間像(@知恵をつなぎ、自然、人、社会とつながるA積み重ねられた知恵を活用し、新しい価値を作り出す)のみ掲げられ、耐震改修や修就学支援などのことがまったく示されていない。これらの提案を受けて「教育の中身に介入するな。教育行政として、教育条件整備に責任を負うべき。」と論戦。

 2010年10月中間案について主な目標指標が空白で示されていることについて、「『内心』に関することや教育の中身にかんすることについては数値目標を示すべきではない」と論戦。

 2010年12月最終案提示。府教委は、「パブリックコメントをいただいて中間案と大きく変更」と報告。  議会論戦の中では、「もっと数値目標を掲げよ」等の意見もあったが、「教育に数値目標がなじむのか」といった意見もあった。

 教育について考える集い(府主催)での意見では、「人と支え合うことができる人間」「将来の目標に向かい努力できる人間」「30人学級への願い」「専科教員の配置」「学校の施設・設備の改善」等の保護者・子ども達の願いに確信を持って運動をすすめていくことが重要。


6.討論から

○ 中学校30人学級について、来年度からの実施の展望については、府としてはやっていきたいが具体的なことはまだできていない検討に入ったところとの回答を受けている。  

○ 高校の授業料府徴収により生徒の家庭状況が見えにくくなっている。授業料以外の部分への補助が今後も必要。  

○ 立命館の国際平和ミュージアムでボランティアをしているが、京都生徒・児童の見学があまり多くない。見学する子ども達の様子から日常の学校での様子がうかがえる。子ども達には、イラクで戦死した人の数(5年間15万人)と日本の自殺者の数(12年間で36万人)を比較させてどうなのかと問いかけている。

○ 「教育振興計画」が狙おうとしていたのは、国家主導で教育をすすめようとするもの。すすめていた安倍内閣の交替・政権交替により破綻してしまう。地方も法があるので策定しているが、その作り方はバラバラ。中には、子ども権利条約等もふまえまともな議論をしているところも。行政がやるべきことを検討するものであって、学校や保護者に課すものではないという議論をしているところも。一部の自治体が悪のりして自らの首をしめている(無理な数値目標の設定等)のも現状。道理に基づく我々の要求が、財務省に対しての文科省への後ろ盾になることもある。


 「京都教育センター年報(23号)」の内容について、当ホームページに掲載されているものはその概要を編集したものであり、必ずしも年報の全文を正確に掲載しているものではありません。文責はセンター事務局にあります。詳しい内容につきましては、「京都教育センター年報(23号)」冊子をごらんください。
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              2011年3月
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